46 休暇と武器屋
※文末にダーファスのマップがあります。
転送基地に戻り、別の場所へ移動した。
シュルツに地図を見せてもらうと、ダーファスはざっくり菱形をしていた。
北東から南西にかけて斜めに断層があって、上段と下段に分かれている。シノブを捕まえた時、わたしが見たのは北東の断層であったようだ。北区と西区が上段で、段差を挟んで、南区と東区が下段になる。
聞くと、やはり浮島だそうである。天然もので、魔法を使って浮かせているわけではない。下は穀倉地帯になっていて、小麦やトウモロコシなんかを育てている。都市の食料にもなるけど、輸出なんかもしていて、これがシェローレン家の財源になっているそうだ。
転送基地を出てから、また歩いた。
シェローレン屋敷があったのが北区で、下町っぽいところが南区、今いるところが西区だそうだ。貴族や軍人が住んでいて、建物が高く、全体に高級そう。東京でいえば上段が世田谷、下段が浅草みたいな感じだろう。
アーベルが指定した店は、商店街のはずれにあった。
住宅街との境目で、あまり人通りもない。その上、看板といえば入口の横にちょこんと立てかけられた板だけだ。商売っ気がまるでない。ミハイ君がいなければ、何度も通り過ぎることになっていただろう。
「いらっしゃいませー」
扉を入ると、そこには肩どころか谷間まで剥き出しにしたお姉ちゃんがいた。ぴちぴちのチューブトップに、作業着風のズボン、ウェーブのかかった紫色の髪。入る店を間違えたかと思ったが、壁には色んな種類の剣が横向きにかけられ、弓や盾なんかも飾られている。夢にまで見た武器屋っぽい武器屋である。やったぜ。
「何をお探しですか?」
店員さんが近づいてきた。
店主らしき人はなく、わたしたちの他に客もいない。
「アーベルの紹介できました」
シュルツが、一枚のメモを店員さんに渡す。ちょっと引き気味なのは、店員さんの服装が過激なせいだろう。ミハイ君は慣れているようで、棚の商品なんかを眺めている。ずっといるけど、ひょっとして暇なんだろうか。
「魔術師のお嬢さんが使う剣ですね」
メモを見ながら、ふんふんとうなずく。
店員さんが近づいてきて、わたしの体を頭からつま先まで眺めた。「失礼します」と言ってから腕をとり、肉をもみ、手のひらを調べる。店員さんが動くたびに、わたしの目の前で谷間が揺れた。すごい光景だ。
「普通の女性でしたら細身の剣をおすすめするのですが、魔術の補助があるなら大剣もおすすめできます。いかがでしょう?」
「大剣、かっこいい……」
「持ち運びが大変ですよ」
シュルツが、無情な現実を突きつけてくる。
戦闘時は<剛腕>の魔法を使えばいいとして、でかい剣を持ち歩くには魔法を常時かけっぱにしなくてはいけない。ただでさえ魔素切らしがちだし、何なら今もすっからかんのわたしには使いこなせないだろう。
「わたしくらいの剣士が使うような、ごく普通の剣をください!」
初心者だし、素直にスタンダードなのを選んでもらおう。
店員さんが、三本の剣を見繕ってくれた。
裏口に案内され、出ると建物に囲まれてちょっとした庭があった。花壇も樹木もない。土剥き出しの地面に、試し斬り用らしきカカシや、的とかが立っている。庭というより訓練場だ。
みんなが見守る中、わたしは一本ずつ剣を振った。
ひとつは軽く長く、ひとつは重く短く、ひとつはその中間くらい。
「いかがですか?」
「軽いのが楽だけど、ちょっと頼りない感じがする」
「それ、全部重さは同じなんですよ」
にっこりして店員さんが言った。まじか。
わたしは、シュルツに助けを求めた。
「どれにしたらいいと思う?」
「長い方がいいと思ます。イチカの場合、ほとんどの敵がイチカより大きいわけですから。ただ、魔術の補助があるので、少し重くらいがいいでしょう」
「魔素切れたらつらくない?」
「疲れる以前に、打撃が弱いと負かされます。イチカは臂力が弱いですが、体力はあります。なので、余裕があるなら強い剣を持つべきです」
「小柄なのを活かして短剣使うとかは?」
「十年早いです」
「十年経ったら小柄じゃなくなるじゃん!」
「そういうことです」
「……ぐぬぬ」
「では、この長さでもう少し重いものですね」
店員さんが店に引っこむ。しばらくして二本の剣を抱えて戻ってきた。
「こちらなどいかがでしょう」
庭の真ん中に移動し、両手で持って振ってみた。
さっきのと同じ長さだけど、それより重い。刃の厚みが違うようだ。重いけど、振り回すのがしんどいほどではない。魔法の補助が切れたとしても、この程度なら充分やれるだろう。
「――良い感じ」
「そうですね」
「さっきのと同じじゃね?」
あくびをしながらミハイ君が言う。ちょっと飽きてきたようだ。
二本目の方もためしてみる。重さ長さは一本目と同じだけど、握りの形がちょっと違う。一本目のがしっくりきたので、そっちを買ってもらうことにした。
「それから、投げナイフを少々とありますが?」
メモを見ながら、店員さんが言った。投げナイフ?
「なんじゃそら」
「イチカが使うんですよ。ルーミエとやりあった時に、何かしたそうですが」
「あー」
「アーベルが剣を投げるのはやめろと。何のことです?」
「うんと……説明できないから見せるよ。お姉さん、安い鉄の棒とかない?」
「太さ長さは?」
「片手で持てるくらいなら何でもいい」
「ちょっと待ってください……」
そう言うと、庭の隅にあるがらくた置き場から、杭みたいな鉄の棒を持ってきた。テントを留めるような細いやつである。
わたしは、その場で魔素を集めた。風球を四つ出して菱形に寄せ、風向きを整えれば<ソードランチャー>の完成である。
「やるよー!」
庭の向こうにある的に狙いをつけ、菱形の隙間に向かって杭を投げる。吸い込まれた杭は、キラッとしたかと思うと次の瞬間には的に刺さっていた。真ん中を狙ったはずが、左の方に寄ってしまっている。まあ、当たったからヨシ!
「とまあ、こういう技がありまして……」
外れなくてよかったーと思いながら、わたしは振り向いた。
店員さんはプロの目つきで考えこんでおり、シュルツはびっくりした顔をしている。ミハイ君は、ベンチで居眠りをしていた。あれだけ寝てまだ寝るか。
「よく考えましたね……というか、よくそんなことができますね」
「風球は初心者でもできるでしょ?」
「できますが、それだけ寄せるのは……普通なら破裂しておわりです」
「練習すればできるよ」
「できません。少なくとも、俺なら習得するのに何ヶ月もかかるでしょう」
「そうかなあ」
わたしだって、最初からうまくできたわけではない。風球を寄せすぎて消滅させたり、離しすぎて剣をふっとばしたりしたものだ。それでも、的に当たるまで数日かかったぐらいで、何ヶ月もかかるとか、お世辞にしか聞こえない。でも、シュルツが言うなら、そうなんだろう。確実に的に当たるくらいは、練習した方がいいかもしれない。
「なるほど。ナイフより杭のようなものがいいですね……」
考えこみながら、店員さんが言う。
「すみません。数日お時間をいただいてもよろしいでしょうか?」
「杭って店に置いてないの?」
「いえ、面白そうなので自作してみます」
店員さんは楽しそうだ。
オーダーメイドとか、高そうだけどアーベルは払ってくれるかなあ。
近くの店で服と日用品を買い、骨董品の店に移動する。中古の懐中時計を探すが、どれもこれもケタがひとつふたつ多い。買えないことはないけど、買うと財布の中身が寂しいことになる。来月まで給料出ないのに、おやつも買えないとかつらすぎる。
迷っていると、ミハイ君が南区に古物市が出ていると教えてくれた。
古物市。要するにフリーマーケットである。
不要品のほかに、質流れの品なんかもあるそうだ。何でそんなことを貴族の坊ちゃんが知っているか謎だが、たぶん屋敷の備品をホニャララしているせいだろう。
転送基地に向かう。三度目なのでさすがに慣れてきた。
看板を見ると、北区、西区、南区ともうひとつ、島外という表示がある。基地から浮島の外へも転送してくれるらしい。
左回りが、北区→西区→南区→島外のループ。
右回りが、北区→島外→南区→西区のループ。
便利な世の中になったものである。
古物市をまわり、よさげな懐中時計を見つけたので購入した。
裏蓋の下にネジ巻き穴があるタイプで、小さな鍵がついている。
全力で値切ったが、それでもウン万円した。お高い。
「帰ったら、巻き方を教えますね」
「シュルツの時計もネジ巻くやつなの?」
「俺は持っていません」
「そうなんだ。なんで?」
「すぐに壊してしまうので」
「ああ。吊されたり、縛られたり、服破かれたりするもんね!」
「イチカ、その話は……」
「お前ら、ニルグでいったい何やってたんだよ?」
ミハイ君が不審な目を向けてくる。
誤解されてるのはシュルツだけだし、別にいいや。
「時計なくて不便じゃないの?」
「慣れました。魔素の減り具合で時間は計れますし」
「貧乏くせえなあ」
わたしではない。ミハイ君である。
必要なものはそろったので、ぶらぶらしながら帰る。
古物市の近くには、生鮮市場などもあって、卵や小麦粉なども売っていた。エッグタルトの材料を買いたかったが、今日は散財したので我慢する。お給料が出たら、また来よう。




