45 休暇と名物
「ま、はっきり言って無茶だよな」
歩きながら、ミハイ君が言った。
午後から休暇をもらい、シュルツと買い物に出たところ、しれっとついてきた。
ついてきたというか、今や先に立って歩いている。どこかへ連れて行こうとしているらしいが、現地民のミハイ君に新参者が逆らえるはずもない。シュルツもわたしも、黙ってついて行くしかなかった。
「サラウースの魔術師って強いの?」
「強いんじゃねえの? 知らねえけど」
「ミハイ君より?」
「だから知らねえって」
「じゃあ無茶って言ったのは?」
「数多かったらどうにもならねえだろ」
「うーん」
「その辺りは、アーベルが考えていると思いますよ」
控え目にシュルツが言った。手に地図を持っているが、持っているだけで開いていない。ここは街のどの辺りなんだろう。
「その……ミハイ様、俺たちは商店街に行きたいのですが」
「あんた、シュルツだっけ?」
「はい。シュルツ・ヤレンと申します」
「アーベルはアーベルなのに、何で俺はミハイ様?」
そういやそうだな。
アーベルなら様をつけろとか言いそうなもんだけど。
「ゲオルグ様の指示で、アーベルは身分を偽ることがあります。敬称で呼ぶと、偽称が意味をなさなくなる場合があるので」
「じゃあ、俺もミハイでいいよ」
「そうおっしゃるなら」
「ミハイ君は、身分隠して遊んでるの?」
「ばあちゃんだってそうだぜ」
「ワーリャばあちゃん?」
「そう。あの家住んでるのも、そのためだし」
確かに、ばあちゃん家は小金持ちの家といった程度で、大貴族の奥様が住むような家ではなかった。七十歳が、身分隠して何をしているのだろう。ゲートボールで無双とかだろうか。
「……あの……どちらに行かれるのですか?」
「昼飯食うに決まってるだろ」
「……昼飯、ですか」
「お屋敷でお昼ご飯食べたじゃん」
「あんなんで足りるかよ」
「――ええ」
「育ち盛りなんだよ」
「シュルツ、どうする?」
「あとで商店街まで案内していただけますか?」
「しょうがねえなあ」
しょうがねえのはお前だ。
大通りをしばらく歩いて行くと、道の先に大きな建物が見えた。外壁が螺旋状に巻き上がって、先っぽは潰れている。全体に富士山みたいな形をし、下の出入り口から人や馬車が出入りしていた。何かの施設だろうか?
馬車が通れるくらいだから、入口は広い。
壁の一部をとっぱらい、柱だけ立っている感じだ。建物に入ると、なかはイベント会場みたいに広かった。屋根と外壁の内側がそのまま見えているのも、イベント会場と同じである。頂上部分がまるく抜けて、青い空が見えている。外光が入るので辺りは明るい。雨の日はどうしているのだろう。
視線を下げると、床に直接色づけされた通路が目に入った。通路の先にあるのは、直径20メートルくらいの円形の台座である。スロープがついていて、馬車も上がれるようになっている。まったく同じものが、建物内に四つあった。
台座の上が人と馬車でいっぱいになると、係の人がゲートを閉めた。
四つある台座のうち、ふたつの台座の上には誰も乗っていない。
係の人が台座のまわりを点検し、赤い旗を掲げる。四箇所全部の旗があがると、中央にある監視台みたいなとこから鐘の音がし始めた。煉瓦の土台の上に、屋根と柱と手摺りがあるだけで壁はない。係の人が鐘を叩いている姿もバッチリ見えた。
音がやむと、台座の上が光り始めた。
光は徐々に強くなり、人々の姿を包んでゆく。
光が消えると、台座の上には誰もいなくなっていた。
わたしは、ぽかんとした。
もう一度よく見てみるが、台座の上にいた人達はやっぱりいない。
逆に、空っぽだった向こうの台座には人が出現していた。
ということは――。
「あれって転送魔法?」
わたしは、シュルツの袖を引いて聞いた。
「そうですよ。都会という感じがしますね」
シュルツが、うきうきした様子で答える。
馬車がバスやタクシーだとして、電車みたいな感じのようだ。
「あれって魔具だよね?」
「ええ。対になる円盤が別にあって、それと交換する形になります」
「もうひとつは空っぽってこと?」
「そうです。人がいてもできるそうですが、いない方が術式が安定するのだとか」
「これで王都へも行けるの?」
「いいえ、距離に制限があるので遠方へは飛べません」
「飛び石みたいにしても?」
「理論上は可能ですが、実用には向かないでしょうね」
先を歩いていたミハイ君が、足を止めて振り向いた。
「何を、たらたら歩いてるんだよ」
「すみません。イチカと転送可能な距離について話していました」
「距離?」
「これで王都まで行けないのかなって」
「行けねえよ」
「一番遠くてどれくらい飛べるの?」
「知らねえ」
「およそ40キロと言われています」
40キロというと、フルマラソンにちょっと足りないくらいか。
走って4、5時間といったところだ。
都市中はともかく、都市間だと微妙な距離である。
台座前の通路には、行列ができていた。
ミハイ君が年パスみたいのを見せると、わたしとシュルツも通してもらえた。当たり前だが、運賃を取られるようだ。そう思って行列を見てみると、乗客は身なりの整った人ばかりだ。素足にサンダル履きみたいのは一人もいない。
順番がきたので、スロープを上がって台座の上に立った。
石でできた台座の上に、鉄製の大きな円盤が埋まっている。表面に魔方陣みたいな模様が描かれ、魔石でできている証拠に、手をかざすと静電気みたいのが感じられた。シュルツは、円盤の交換だと言っていた。ということは、円盤の瞬間移動に人間がくっついていく感じか。
ゲームだとファストトラベルなんか珍しくもないけど、リアルに体験するのは初めてだ。わくわくするが、不安でもある。気持ち悪くなったりとかしないかな。
「何か気をつけることってある?」
「じっとしていればいいですよ」
「わかった」
「途中で落ちると下敷きになるからな」
「えっっ」
「ミハイ、やめてあげてください」
「嘘なの? 本当なの?」
「落ちたとしても、ここに取り残されるだけです」
「取り残される!」
「そもそも動かなければ落ちません。大丈夫です」
などとやっているうちに、出発を知らせる鐘の音が響いた。
円盤が光り、視界が白くなったかと思うと、見えている風景が変わった。
同じようなイベントホール系の建物だが、内装が違う。
無事に転送されたようだ。
何も気持ち悪くないし、視界が揺れるとかもなかった。
ちょっと拍子抜けである。
乗客がぞろぞろ降りていくのに、わたしたちも従った。
ミハイ君についていくと、外へ出ずに別の台座の方へ向かった。
転送基地はダーファス市内に四ヶ所あって、右回り、左回りがあるそうだ。本当に電車である。
移動した先の基地から外へ出ると、そこは下町のような場所だった。色んな身なりの人がいて、色んな店があって、ごちゃついている。肩剥き出しでサンダル履きのお姉ちゃんもいるし、半ズボンのおっさんも歩いている。ここでなら、鍋をかぶって歩いていてもスルーされそうだ。
ミハイ君は、慣れた足取りで歩いていく。
一軒の店の前で足を止めた。人気店のようで狭い店内は満席、店の前に立ち食いの人々がうじゃうじゃいる。炭火で焼かれているのは、どう見てもソーセージである。何ということでしょう。
名物は、ソーセージ三種盛りだそうだ。
皿の上に、赤、黒、緑のどでかいソーセージがのっている。
自称育ち盛りのミハイ君は、三皿頼んでいた。わたしとシュルツは、ひと皿をふたりでわけることにする。木の串がカウンターの上にあり、それをとって外に出る。ソーセージは、シュルツがナイフで切ってくれた。
赤はトウガラシ、黒は胡椒、緑は何かのハーブのようだ。ジューシーさはあまりないが、スパイスを効かせた粗挽き肉がとてもおいしい。脂肪分多いと痛みやすいし、冷蔵庫もないのによくやっている方だろう。持ち帰りとかないのかな。
「で? 何を買うって?」
食後のミントを噛みながら、ミハイ君が聞いた。大きなソーセージを九本も平らげたというのに、けろっとしている。自分で育ち盛り言うだけのことはある。
「服と、日用品と、時計?」
「それから魔石の剣ですね」
「えっ、高くない?」
「この分は、アーベルから費用を預かってきました」
「そうなんだ。剣の料金水増しして、浮かしたお金で時計買ってもいい?」
ダメって言われるだろうけど、一応おねだりしてみる。
シュルツは首を横に振った。
「だめです」
「時計だって仕事に使うじゃん!」
「それならアーベルと直接交渉してください。不正はだめです」
わかっていたが、頭が固い。てか、わたしが使う武器の代金をシュルツに渡すあたり、アーベルのわたしに対する不信感をひしひしと感じた。ちょろまかすって思われてるんだろうな。普通にちょろまかすけど。
ミハイ君が、シュルツに顔を向けた。
「武器屋ってどこの?」
「地図に印をつけてもらいました」
シュルツが地図を広げると、横からミハイ君がのぞきこむ。シュルツが顔をしかめているのは、メンソールが鼻にくるせいだろう。ミント噛んでるミハイ君は、何と言うか軽い生物兵器だ。
「ここなら知ってる。うちの御用達じゃないけど」
「うちってシェローレン家?」
「そう。ここはもっとくだけた店だな」
「くだけた?」
「行きゃわかるよ。つかアーベルよくこんな店知ってたなあ」
ミハイ君が感心している。
またケースを出すのを見て、わたしは手を出した。
「一個、味見させて」
「ん」
一個と言ったのに、手のひらにざらざら出された。シュルツが、軽く引いている。くれた相手がミハイ君でなかったら、たぶん止められていただろう。
わたしは、手の上でミントの実を転がしてみた。小さな青い実で、お正月飾りの南天ぐらいの大きさだ。シュルツが何か言いたそうにしているが、気にせず口のなかにほおりこむ。口に入れただけでは、味がしない。軽く噛んでみるとぐにぐにした感触がし、力を入れて皮を破ると果汁がプシッと出てきた。
「うがあっ!」
わたしは悶絶した。ミントの辛みで舌はしびれ、口から鼻へかけてメンソールが突き抜けてくる。ミハイ君の息はミントの匂いなのに、ミントの味なんてまったくしない。ただただ辛いだけだ。目に涙がたまる。何だこれ!
「イチカ、大丈夫ですか?」
そう言いつつ、後ずさっているのは、今のわたしが生物兵器だからだろう。飛びついて顔面に息吹きかけたら、わたしでもシュルツを倒せるだろうか。
「腹もいっぱいになったし、武器買いに行くぞ」
ミントを噛みながらミハイ君がせかした。
鼻をすすりながら、わたしは思った。ミハイ君は人類じゃない。




