42 迷い子の宿
「助けて! 誘拐される!」
「誘拐犯め! 手を離せ!」
大声で助けを求めるが、通行人は苦笑いで通り過ぎて行く。ヤンキーと歳が近いせいで、兄弟がふざけているように見えるらしい。どうしたら、わたしの本気が伝わるだろう。奇声を上げながら、地面を転げまわってやろうか。
「うるっせえなあ。黙ってついてくればいいんだよ」
「知らない人に、のこのこついて行くわけないだろう!」
「知らない人じゃねえよ」
「どっからどう見たって、知らない人だろうが!」
叫んでから、わたしははっとした。
「もしかして、芸能人の方ですか?」
「何だそれ?」
「えっと、舞台とか吟遊詩人とかの有名人ですか?」
「ちげえよ」
「じゃあ、やっぱり知らない人だ」
「……お前、アーベルが連れてきた魔術師だろ?」
怪訝な顔でヤンキーが聞き返した。怪訝な顔はこっちも同じである。
「ちがうのか?」
「……ちがいません」
「迷子のくせに態度悪いな」
「どちら様ですか?」
「言ってなかったか?」
「聞いてないです」
「俺は、ミハイル・シュテーレンだ」
ミントの匂いのヤンキーが名乗った。
最後に“レン”がつく、その名字。こんな風体で、こんな態度であるのにアーベルの親戚であるらしい。わたしは、その場にくずれ落ちた。
「おい。どうした?」
ミハイル君が、心配そうにかがみこんだ。
わたしは声も出せない。元々、シノブを捕まえた時点でへとへとだった。気力だけて持っていたが、その気力がどっかへ行ってしまった。HPが赤で点滅している幻覚が見える。
「持病か? どっか悪いのか?」
あわあわしながら聞いてくる。見た目はあれだが、いい人のようだ。
「あ、大丈夫です。安心したら気が抜けただけです」
「本当か? それと、別にかしこまらなくてもいいんだぞ」
「分家の分家だからですか?」
「ああ?」
ミハイル君が軽くキレてくる。顔が怖い。親戚だけあって、アーベルと同じ系統の匂いがした。シュルツよりは本家に近い血筋のようだ。
「お前、名前は?」
「イチカ・オリベ。聞いてなかったの?」
「ああ。桃色の髪した、小僧みたいな間抜け面の女ってことしか」
「おのれ、アーベルか」
「お前、あの人に逆らうんじゃねえぞ」
「……」
「必ず仕返しされるからな」
同族のなかでも有名であるらしい。
地面に膝をついて、ミハイル君が背中を向けてきた。
「ほら。おぶってやるから、乗れよ」
めちゃめちゃ、いい人じゃないか。
わたしは、嬉々としてミハイル君の背中におぶさった。疲れ切っていたので、下心はない。自分の足で歩かなくていいことが、ただ嬉しかった。
とても眠かったが、ミハイル君によだれを垂らすわけにはいかないので、がんばって目を開けていた。しばらく行ったところで、ひとつの建物の前でミハイル君が足をとめた。
建物は、Y字路の真ん中にあった。正面は狭く、奥に向かって広くなっている。小綺麗なレストランといった外装で、民家には見えないけど、貴族のお屋敷ってほど豪華でもない。わたしは首をかしげた。
「ここが、シェローレンのお屋敷?」
「ちげえよ。俺のばあちゃんち」
「へえー」
ミハイル君がしゃがんだので、お礼を言って背中から降りた。扉にドアノッカーがついていたが、ミハイル君はいきなり扉を開けた。
「俺だけど! ばあちゃんいる?」
ミハイル君の声が、がらんとした玄関に響く。
わたしは、ミハイル君の後から玄関に入った。玄関の隅っこに、大きな旅行鞄が何十個も積み上げられているのが目に入る。旅行の荷物にしては多すぎるが、夜逃げの予定でもあるのだろうか。
奥へ続く廊下から、小柄な女性が出てきた。
ぱっと見老人だと思ったが、すぐにわたしの勘違いだと気づく。歳は十八、九くらい、ミルクティーみたいな白茶色のショートボブに、目は薄青。黒のスカートに白いエプロンをつけ、背筋がピンと伸びている。衣装に萌えはないがメイドさんのようだ。
「セラ。ばあちゃん、いる?」
「いらっしゃいますよ。そちらはご友人ですか?」
「いや。アーベルが連れてきた新しい手下」
「こんにちわ! 手下二号のイチカです!」
「……そうですか」
セラと呼ばれたお姉さんは、何か言いたそうな顔でわたしを見ている。
挨拶が軽すぎただろうか。もっと真面目にやればよかったかな。
反省していると、セラさんがためらいがちに口を開いた。
「あの……ルーミエ様は?」
意外な名前が出てきたので、わたしは驚いた。どうして知っているんだろう。
「ルーミエはこないよ。魔術師やめちゃったから」
「魔導書を返上したのですか? まさか……」
「普通の女の子になって、好きな人のとこへ行くんだって」
「それは……何というか……」
「まあ、罪を償ってからなんだけどね」
ルーミエは、これから軍法会議が待っている。何とかさんのところへ行くのは、きっちり罪を償ってからである。
セラさんは片手を口に当て、目を泳がせている。すごく動揺しているようだ。
ミハイル君を見ると、さあ? という風に肩をすくめられた。しかし、思いあたることがあったようで、セラさんに顔を向けた。
「こいつも、一応は魔術師だぜ」
「……そうですか」
「話にならないくらい、等級低いらしいけど」
「……」
「そこまでひどくないよ」
団体戦とはいえ、ルーミエにとどめ刺したし。
セラさんの表情は曇ったままだ。自分で言うのもあれだが、凄腕魔女ルーミエの代わりが、これでは確かに不安だろう。わかる。
理由は不明だが、セラさんはルーミエの戦力をアテにしていたようだ。
落ち着きを取り戻したセラさんは、ミハイル君に視線を移した。
「ご夕食を召し上がっていかれますか?」
「実はめちゃめちゃ腹へってる」
「ではすぐに仕度をしますね」
「ばあちゃんは?」
「自室におられますよ」
ミハイル君についていくと、廊下の途中に二階に上がる階段があった。踊り場に窓があり、外は夕暮れの赤に染まっている。もうそんな時間なのか。
「あのさ」
「あ? 何だよ」
「ミハイル君は、頼まれてわたしを探しにきたんだよね? アーベル……は、いいとして、シュルツはミハイル君戻ってこないと心配するんじゃない?」
「ミハイでいい。みんなそう呼んでる」
「じゃあ、ミハイ君」
「シュルツって、あの黒髪のでかい人?」
「そうそう。あれ? 会ったことなかったの?」
「名前は知ってたけど、本人見たのは今日が初めてだ」
「分家の分家の分家だって言ってた」
「ふうん」
ミハイ君は興味がなさそうだ。それか腹ペコで頭が回っていないのかもしれない。面倒くさそうに、わたしを見下ろした。
「一日くらいならいいんじゃね?」
「くらいって……」
「十日戻らなかったら、さすがに死んだかと思うだろうけど」
「それは放蕩息子の発想だよ」
「お前が気にしすぎなんだよ。面倒くせえなあ」
そう言うと、階段を上がって行ってしまった。親不孝者め。
「……ゼインさんが伝えてくれてるといいけど」
ミハイ君と合流したと知れば、わたしが無事であるとわかる。アーベルたちが、まだ発着場にいたらの話だけど。こんな時間だし、もういないかな。
「ばあちゃーん。生きてるかー?」
孫の特権で、ミハイ君が超失礼な挨拶で部屋に入っていく。
ミハイ君のばあちゃんなら、二十代で子供産んだとして六十すぎくらいか。
セラさんの時失敗しちゃったし、今度は礼儀正しくしよう。そう考えながら、わたしは顔面に笑顔を貼り付けた。だが。
あれ? 誰もいない?
窓際にベッドがあり、正面に暖炉、反対側の壁はぎっしり本棚で、その前に書き物机がある。仕事をしつつ、疲れたらすぐにベッドへ直行できる実用的なお部屋である。しかし、ざっと見渡しても誰もいない。セラさんはいると言っていたのに。お手洗いにでも行っているのだろうか。
「おお、ミハイ。ようきたなあ」
誰もいないはずの部屋から、声がした。
わたしは、声の出所を探した。暖炉の前に椅子がひとつあり、椅子にはパッチワークの座布団と背当てがついている。その模様に埋もれるようにして、コロポックルみたいなばあちゃんがちんまりと座っていた。コロポックルみたいと言ったが、比喩でなく、どう見ても何かの妖怪だ。
「そっちは誰だい?」
「アーベルが連れてきた新しい奴。さっそく迷子になってやがんの」
「そりゃ大変だったなあ」
「戻るのタルいから、こっちつれてきた」
「それがええ。ゆっくりしていきな」
ミハイ君が、コロポックルと普通にしゃべっている。
これが、本当にばあちゃんであるらしい。
年齢はよくわからない。六十歳にも百歳にも見える。丸顔で肌はツヤツヤ。髪は真っ白で、目が細くて何色だかわからない。身長は140センチないだろう。椅子に座った足が、床からだいぶ離れている。
「ええと……イチカ・オリベです。初めまして、ミハイ君のおばあちゃん」
「ダーファスへようきた。長旅で疲れたじゃろ」
コロポックルが、身軽に椅子から飛び降りる。
わたしのところまでくると、片手を出した。
「ワーリャ・シェローレンじゃ」
そう名乗ると、ニカッと笑った。
迷子のイチカを探して、ゼインと一緒に目撃情報をたどりつつ南下。イチカを発見し、シノブをゼインのとこへ持って行こうとするも、イチカが拒否したのでケンカ。という流れです。




