40 発着場にて
もし職質されたら、ドヤ顔で魔術師ですと答えるつもりでいたが、施設内にいるイコール検問を通ってきた扱いになるようで、ぷらぷら見学していても誰からも呼び止められなかった。がっかりである。
発着場は、大きな洞窟のなかに設けられている。
横は飛行船一隻分、縦は二隻分入る広さがあった。
長いプラットホームを、飛行帆船を眺めながら一番端まで歩く。端っこには、下へ向かうジグザグの長い階段があった。下りた先に、荷下ろし場があるようだ。わたしは、階段を下りることにした。さっき、荷物を引き取りに行くとシュルツが言っていたから、そこで会えるだろう。
荷下ろし場に着き、見上げた飛行船はクジラみたいにでかい。
ぼんやりしていると、取って喰われそうだ。
船尾にまわり、停止している外輪を見上げた。
張り出した船尾楼に覆われるようにして、数十もの外輪が設置されている。船体は木製だけど、外輪だけは鉄製だ。それでも、ちぐはぐな感じがしないのは、外輪の色が黒ずんで、木の色に馴染んでいるせいだろう。
手のひらを向けると、静電気のようなものが感じられた。魔石の槍に触れた時と同じく、気のせいかと思うような微々たる感覚だ。直接触れなくてもわかるのは、魔石の量の違いだろう。
機密情報がどうたらで、飛行船が浮かぶ仕組みは教えてもらえなかった。ただ、船長以下、数人の魔術師が乗務していたようなので、魔具だけで浮いているのではないようだ。
見上げすぎて、首が痛くなってきた。
荷下ろし場にシュルツの姿を探すが、どこにも見当たらない。
まずい。もう、一時間経ってしまっただろうか。
時計はないかと探すが、どこにもない。
その辺の人に、時計を持っていないか聞こうとして、わたしは重大なことに気がついた。アーベルが一時間後と言った、その時刻がそもそもわからない。仮に今が十二時だとして、アーベルたちと別れたのが十時か十一時かわからなければ、一時間後が何時なのかもわからない。うっかりしていた。
わたしは階段を駆け上がり、ふたりと別れた場所に戻った。
しばらく待ってみたが、アーベルもシュルツもやってこない。
それが時間よりも早すぎるせいなのか、がっつり遅刻したせいなのかも、今のわたしにはわからなかった。
ここから動いてはいけませんよ。というシュルツの言葉が脳裏に蘇る。
十六歳にもなって迷子とか……。
羞恥心で膝から崩れ落ちそうである。
いや、待て。
こっちの世界では、まだ一歳にも満たないからセーフだ。
わたしは額の汗を拭った。危ない。あやうく自尊心が崩壊するところだった。
その場で三百まで数えたが、誰もやってこなかった。
ここにいた方がいいとは思ったが、心細さに耐えられなくなって、わたしは荷下ろし場に下りた。そこら辺をうろうろしてみるが、シュルツの姿はやはりない。
船から降ろされた積み荷は、壁に開いたトンネルの方へと運ばれていた。トンネルの床は長い上り坂になっていて、百メートルほど先に出口がある。
わたしは、出口の方へ向かった。
構内に見当たらないなら、外に出たのかもしれない。
トンネルを出た先は、広場のようなところで、降ろした積み荷でいっぱいだった。左手に大きな建物があり、右手の方に大きな門があるが、今は閉じている。敷地内は高い塀で囲まれ、厳重に警備されていることがうかがえた。
うろうろしてみるが、ここにも知った顔はない。
構内に戻るか、それとも建物に行って迷子を自己申告してくるか。
考え込んでいた時だ。積み荷の影で、何かが動くを見た。
何か、ちっこい生き物がいるようだ。野良猫でもいるんだろうか。うきうきしながら、のぞきこんだわたしは「ひぃ」と声を上げた。
「……も……もふもふの生き物!」
木箱の影に隠れていたのは、ウサギとカンガルーを足して二で割ったような、茶色のもふもふした生き物だった。耳は長く、猫背で、前足は胸の前で幽霊みたいにだらんとさせている。長い足と尾っぽの三点で、まるっこい胴体を支えていて、くりっくりの目でこっちを見上げる姿は、まさにもふもふの妖精さんだ。くっそ可愛い。うっかり、変な声も出ようというものである。
「……どっかで見た覚えがある」
もふもふの妖精だが、ワサオみたいにガチの精霊という感じでもない。犬や猫みたいな、一般動物のようだ。こっちにきてから見た覚えはないから、元いた世界で見たんだろう。
「……ポテチ、みたいな名前だった気がする」
名前が出てこない。わたしはアイチャンを呼び出した。
『アーカイブ検索。カンガルー科、ワラビーに酷似』
「それだ!」
ポテチじゃなく、作ってる方の名前だった。サンキュー、カ○ビー。
それはともかく。
アイチャンが酷似というからには、似てるけどワラビーではないようだ。でもまあ、正体がわかるまではワラビーということにしておこう。
わたしは、その場にしゃがみこんだ。
猫くらいの大きさで、見たとこ、首輪もリードもついていない。野良ワラビーか、野生ワラビーだろうか。猫と同じ対応で行けるかな。
「ちっちっちっ、こっちおいでー」
腕をのばして、ワラビーを呼ぶ。
ワラビーは寄ってこないが、逃げもしない。誘われてるけど、どうしようみたいな感じで、こっちをチラ見してくる。
「チョコー、ココアー、カカオー、おいでー」
適当な名前で呼び続けていると、名称不明のもふもふ妖精が、長い後ろ足でぴょんぴょん跳ねて近づいてきた。わたしの手の匂いを嗅いだあと、頭をすりすりしてくる。
「――かわヨ」
わたしは、ワラビーのまるっこい背中を撫でた。毛は柔らかく、みっしりとして上等な絨毯のようだ。あまりの尊さに、わたしは倒れそうになる。もふもふの毛皮に顔をうずめて昇天したい。
「よーし、よしよし。コンブー、カツオー、良い子だねー」
首まわりを探ってみたが、やっぱり首輪はない。細い鎖だと毛に埋もれてることがあるけど、毛の奥まで探しても何もなかった。野生動物が街中にいるわけないし、誰かに飼われていると思うんだけど。
ワラビーを撫で回していたところ、誰かの叫び声が聞こえた。
「ああ――!」
顔を上げると、ひとりの兵隊さんがこっちに走ってくるところだった。
年齢は二十歳くらい。赤色の髪に黄色の目で、軍服を着ているが、服の上からでもヒョロガリなのがわかる。弱そうに見えるが、あるいはヨガの達人なのかもしれない。
「――そこ人! それを捕まえてくれ!」
ヒョロガリが叫んだ。
何を? と思った時には、わたしの手の下から毛皮の感触が消えていた。もふもふワラビーが、前傾ジャンプで逃げて行く。間違いなく、ヒョロガリが叫んだせいである。
「どうして逃がした!」
「お兄さんが、大きな声出したからだよ」
「大きな声など出していない!」
「それだよ!」
血相を変えている兵隊さんに、わたしは言い返した。
尊いもふもふタイムを邪魔しやがって、この腐れ外道が!
「……はあ……はあ……わたしは……もう……だめだ」
どっから走ってきたのか知らないが、脇腹を押さえながら兵隊さんがその場に膝をついた。汗をびっしょりかいている。ヨガの達人ではなく、ただのヒョロガリだったようだ。入隊する時に、体力試験とかなかったんだろうか。
「……捕まえてくれ……頼む……」
「ええ……」
仲間の兵隊さんがいっぱいいるのに、なぜわたしに頼むのか。
「……頼む……この通りだ……」
そう言うと、はあはあ言いながら頭を下げた。
わたしは迷った。
暇な時なら別にいいんだけど、今のわたしは雇用主とはぐれた迷子である。
おまけに、一文なしでもある。
もらった給料は、父鍋と一緒に移動用の荷物の中だ。
ニルグの森に帰ろうにも、飛行船で三日の距離では帰りようがなく、このままアーベルもシュルツも見つからなかったら、街中で雨風をしのげる土管を探し、拾ったパンをネズミと奪い合わねばならないという悲惨な状況なのだ。どんな状況だよ。
いや、待てよ。
「お兄さん。シェローレンのお屋敷の場所って知ってる?」
「……知って……いるが……?」
「オーケー。任せろ」
どうやら、土管は回避できそうだ。
積んである木箱の上によじ登り、ワラビーの姿を探した。ワラビーの姿はなかったが、何かを探している様子の兵隊さんが結構いることに気がついた。みんなワラビーを探しているんだろうか。
見ていると、一部の兵隊さんの動きがあわただしくなった。
どこかを指さしながら、身振りで人を集めている。
指の先を見ると、高い塀の上にいるワラビーの姿を見つけた。
あんなとこ、どうやって登ったんだろう。
大きな網を広げた兵隊さんたちが、塀の下に集まってくる。
網を投げて捕獲しようという作戦のようだ。
邪魔するのもアレなので、わたしは体育座りで見守ることにした。
というか、例によって魔素がない。
シュルツとの訓練で溜めたものは、とっくに消え失せていた。引き寄せた魔素は、一時間で半減、二時間で消滅するので、あれから二時間以上経ったことになる。てことは、わたしの遅刻説が濃厚か。まいったなあ。
魔素を補充しつつ、兵隊さんの捕獲作戦を見学した。
兵隊さんたちは目線で合図を送り合い、いっせーのーで網を投げ広げた。網の端に重りがついていて、獲物を逃がさないようになっている。しかし。
網が届く前に、気配に気づいたワラビーが塀の向こうに飛び降りてしまった。
兵隊さんたちから、落胆の声が上がる。
わたしは、木箱の上に立った。
魔素の補充は50パーセントほど。これだけあれば大丈夫だろう。
跳躍2の呪文を唱え、木箱から木箱へ跳び移って、塀の上に着地する。
向こう側を見下ろすと、そこにはヨーロッパ風の街並みが広がっていた。
石畳の道に、優雅な四角い建物。通りに沿って店が並び、立体的な絵柄の看板が下がっている。道の脇に街路樹が植えられ、馬車と人が行き交っていた。
「――隅々まで探索したい」
安い宿屋とか、品揃えのいい武器屋とか街歩きしながら探したい。
いや、それはまた今度だ。




