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39 特権階級

 アーベルは、ちょっと考えてから口を開いた。


「俺は、アーベル・シェローレンだ」

「しかし……」

「直系ではない。傍系からの養子だ」

「婿入りですか?」

「違う。妻はいない」

「……それにしても、お披露目もされていませんよね?」

「俺が、虚言を吐いているとでも言いたいのかな?」

「いや……その……いいえ」


 アーベルに微笑まれて、シュルツの目が横に泳いだ。

 わたしは、シュルツの腕をつついた。

 話が見えない。完全に置いてけぼりだ。


「いったい何の話?」

「ええと……」

「着く前に、シェローレンについて説明してやれ」


 そう頼んだからには、アーベルはどっか行くんだろうと思ったが、しれっとそこにいる。単に説明が面倒くさかっただけのようだ。この人には、こういうものぐさ太郎的なとこがある。


「王の元で、特権階級を持つ者が貴族と呼ばれることは知っていますね?」


 話が逸れたので、ほっとした顔でシュルツが言う。

 わたしは、うなずいた。


「領地を経営? してる人たちのことだよね?」

「そうです。ハリファールの貴族のなかでも、特に大きな力を持っているのが、シェローレン、サラウース、アルバルの三家です。それぞれ広大な領地を持ち、また国政にかかわる要職は、すべてこの三家の者で占められています」

「ふーん。徳川御三家みたいなもんか」

「とくがわ……?」

「ニホンの貴族だよ。――つまり、アーベルが超お金持ちの家の養子になったけど、シュルツはそれを疑ってるってことでいい?」

「いや……疑っているわけでは……」

「シュルツの家は何家なの?」

「俺の家名は、ヤレンです。分家の分家の分家くらいの血の薄さなので、本家とはほとんど関わりがありません。シェローレンの屋敷にも入ったことはありません」

「最後にレンがついてると、シェローレンの家系?」

「その通りです」


 確かに、シェローレンより、ヤレンのが立場弱そうな響きではある。

 わたしは、アーベルに目を向けた。


「アーベルは、どうして偽名を使ってたの?」

「何で知っているんだ」

「キースさんが教えてくれた」

「あの男、そんなことまでお前に喋っていたのか」

「誰かさんと違って、わたしは人望がありましたから!」

「……」

「イチカ、やめてあげてください」

「最初から御三家名乗ってれば、もめずにすんだんじゃないの?」


 キースさんは、アーベルの性をエッベンだと言い、その素性が不明であることをあやしんでいた。偽名ではなく、最初からシェローレンを名乗っていれば、問答無用で言うことを聞かすことができたのではないだろうか。


「国境警邏隊ごときに、俺が入ると不自然だろう」

「ごときって言い方はひどくない?」

「ひどいも何もない。事実だ」


 わたしは、シュルツの方を見た。シュルツが、「まあそうだよね」みたいな顔をしていたので、そういうものかと理解する。確かに、紀州徳川家が関所で働いてたらおかしいか。


「貴族の若様が、魔術師の勧誘してるのは不自然じゃないの?」

「若様はよせ、色々事情がある」

「色々とは?」

「それはあとだ。今は時間がない」


 逃げやがったなと思ったが、言われてみると船の揺れが収まってきていた。


 魔法の飛行船といっても、気流をとらえて走っているので、ジェット旅客機のような快適なフライトとは行かない。気流が不安定なとこだと結構揺れるし、安定してるところでもまあまあ揺れる。それが収まったということは、気流の安定したところに入ったか、あるいは減速中なのだろう。





 乗船時は開いた船底から入ったが、降りる時は甲板に案内された。


 甲板にはマストが林立し、そうはならんやろってくらいの大量のロープがあっちこっちに張られている。ここだけ見ると大航海時代の帆船のようだが、飛行船の船尾には水車を繋げたような外輪がついている。ディ○ニーの外輪船に帆はなかったし、どっちかひとつでいいんじゃないかと思うが、海と違って、自力で浮かなくちゃならない分、大量のエネルギーが必要なのだろう。


 飛行帆船が収まっているのは、大きな洞窟のような場所だった。


 穴の向こうに空が見えているから、山の中腹か、崖の途中のような場所らしい。


 細長い洞窟の片側には、下船のためのプラットホームがあり、下には荷物を積み下ろしするための場所が設けてある。船の後ろにくっついている外輪のせいか、わーんというような変な音が岩壁に反響していた。


 甲板から、ホームへは橋がかけられていた。

 造りはちゃんとしているが、板の隙間から下が見えるのが怖い。

 シュルツの背中を見ながら渡りきると、わたしはほっと息をついた。 


 あれ? アーベルどこ行った?


 先に出たはずだが、どこにも姿がない。


 あ、あんなところにいた。


 ホームの端には、木箱やら樽やらが山積みになっている。

 そこに隠れるようにして、アーベルがひとりの紳士と話していた。紳士は六十歳くらい。貴族の服装をしているものの、「おかえりなさいませ。お嬢様」とかいうセリフが似合いそうな、穏やかな顔立ちをしている。あんな隅っこで、何をヒソヒソやっているんだろう?


 わたしは、シュルツの腕をつついた。


「ちょっと、ちょっと、シュルツさん。アーベルがあやしい紳士と密談してるよ」

「……普通の紳士に見えますが?」

「密輸品の受け渡しじゃない?」

「イチカ。ここは軍の施設ですよ」

「ああ、そっか」


 まわりは兵隊さんだらけだ。

 不審者がいたら、速攻でつまみ出されるだろう。

 それなのに堂々と密談しているのだから、信用のある人物ということだ。


 アーベルが、持っていた鞄を紳士にさし出した。


 紳士は、受け取った鞄を部下の人にわたす。部下は二人いて、こちらはシンプルな黒服を身につけている。鞄の中身を確認すると、主人に向かってうなずいて見せた。完全にポリスメンの出番である。だが、わたしは鞄の中身を知っていた。入っているのは、ルーミエが手放した魔導書だ。


 この世界の魔導書は、ものすごく高価なものであるそうだ。


 わたしとしては、高スペックPCを所持しているくらいの感覚しかないのだが、シュルツの説明から推測するに、ウン億円の価値があるものらしい。だから貴族階級の人間しか持っていないし、庶民で持っているのは魔石加工とかポーション製造とかの匠に限定される。


 魔導書との契約は自分で放棄しない限り、解除されることはない。

 魔術師が不慮の事故で死ぬと、魔導書も一緒に消滅してしまうから、殺されて奪われるとかの心配はないが、誘拐からの脅迫or拷問で取り上げられる事件などは稀にある。だから、力の弱い魔術師がひとりでぶらついているのは、あんまりよろしくないみたいな注意を受けた。


 紳士が、部下を連れてこっちに歩いてきた。飛行船に乗船するようだ。


 わたしとシュルツの方をちらっと見たが、何も言わずに通り過ぎていく。

 シュルツも知らない人のようだし、わたしたちがアーベルの手下とは知らないはずだが、何が気になったのだろう。それとも、手下と知っているんだろうか?


 途中で職務質問されるのではと思ったが、紳士と部下二名は、誰に止められることもなく甲板へわたり、船内へ消えた。何者だろう?


「今の誰? 水戸徳川家のご老公?」 


 アーベルが戻ってきたので、わたしは尋ねた。


「それこそ誰だ」

「ニホンの有名貴族だよ。悪者を退治しながら、各地を旅してるの」

「そんなもの、兵士に任せればいいだろう」

「貴族が平民のために体を張るとこに、ロマンがあるんだよ」

「意味がわからん」


 アーベルは、不可解そうな顔をしている。

 まあ、史実は違うらしいし、リアル貴族に伝わらないのはしょうがない。


「あれが誰であるか、お前たちは知らなくていい。どこかで見かけたとしても、お前たちからは絶対に話しかけるな。わかったな?」

「どこかの王様なの?」

「興味を持つなと言った。俺はここの責任者と話してくる。一時間くらいで戻る」

「では、俺は荷物を引き取ってきます。イチカはどうしますか?」

「一時間で済むなら、ここで待ってる」


 辺りを見ながら、わたしは言った。

 飛行船の発着場は、秘密基地みたいで見応えがある。一時間くらい、あっという間だろう。


「ここから動いてはいけませんよ」

「わかった」

「一度出たら、イチカだけでは入れませんからね」

「わかった」

「知らない人に話しかけられても、ついて行ってはだめですよ」

「わかってるって」


 ここに係長がいれば、お母さんかよの突っ込みが入るのだが、残念ながら遠いニルグの森である。わたしが「お母さんかよ」をやると、義理の母にかみつく反抗期の連れ子みたいになってしまうし、悩ましいところである。


 わたしたちは、それぞれの予定のために一度解散した。

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