38 新たな旅路
タイトルを一部変更しました。
魔素の設定。一時間で四割、二時間で九割減としていたのを、一時間で半減、二時間で消滅に変更しました。
飛んできたシュルツの拳を、わたしは顔をそむけて避けた。
バスケのスピンムーブの要領で、シュルツの脇を抜け、その背後に回る。
よし! 背中とった!
わたしは、シュルツの膝の裏目がけて足を蹴り出した。
足には、<跳躍1>の魔法を付与済みである。
ジャンプ力を増すための魔法だが、要は足の筋力を増強する魔法なので、早く走ったり、目にも止まらぬ速さでキックを繰り出したりなんかができる。普通なら結構な量の練習が必要らしいが、わたしはあんまり苦労せずにできた。おそらく、人間変身時の身体能力が高いおかげだろう。
自慢ではないが、いや自慢をするが、人間形態の時のわたしの運動神経は並ではない。魔法を使わずとも、強豪運動部レギュラー並の筋力、反射神経が備わっており、体力測定の翌日に全身筋肉痛に見舞われるような残念な女子高生とは無縁の存在である。魔法で強化すれば、格ゲーのような人間離れした動きも可能だ。
一般人相手に一対一ならまず負けない。
そう、一般人ならね。
長身のシュルツとわたしとでは、大人と子供ほどの身重差がある。
シュルツの膝裏を狙い、繰り出した足が空を蹴った。
わたしの蹴りよりも早く、シュルツが前に移動したせいである。わたしの運動神経が強豪運動部並なら、シュルツのそれはプロアスリート並だ。なおかつ元軍人という強敵である。ちょっとやそっとでは勝たせてくれない。
目にも止まらぬ速さで振り向いたシュルツは、片足で立っているわたしの胴体を狙って膝蹴りを放ってきた。普通に蹴った方が早いはずだが、それだとわたしが避けられないので手加減しているのだろう。体格差あるし紳士なら当然だよね。
腹に食らう前に、わたしは両手でシュルツの膝を止めた。
両腕には、最近覚え立ての<剛腕1>の魔法がかかっている。
跳躍の腕バージョンで、<剛腕>と言いつつ上半身全体が強化される魔法だそうだ。まあ、胸筋背筋とかと繋がってるし、当然と言えば当然だよね。ちなみに、跳躍の方は下半身全体だそうだ。<跳躍>と<剛腕>を同時にかけると、自動的に全身強化になる。防御力も上がるし、憧れのロッククライミングもお手軽にできてしまうという優れものである。
シュルツの膝蹴りを両手で受けたわたしは、普通に吹っ飛ばされた。
格ゲーでも細身の女性キャラは、重量系キャラに吹っ飛ばされるし、宿命として受け止めるしかない。飛ばされた先に壁があったので、体をひねって両足をついた。膝を曲げて勢いを溜め、両手をクロスさせてシュルツの方に跳ぶ。なんかで見たプロレスの技だけど、どういう技かは知らない。
思いつきでやったものの、これどうやって攻撃するんだろうと疑問に思う。
腕を何とかするのか?
普通に体当たりでいいのか?
体当たりでいいんだよね?
謎のポーズで突っ込んできたわたしを、シュルツはぎょっとしながら受け止めた。胸倉をつかむと、今度は天井に向かって投げ飛ばす。ここの天井は低い。さっきみたいに足をつくこともできたが、距離をとりたかったので体をひねって方向を変えた。天井すれすれを、アーチを描いて飛び、離れた床の上に着地する。
「うげっ」
着地したわたしは、思わず声を上げた。
離れたはずなのに、なぜだかシュルツが目の前にいる。
わたしが吹っ飛んでいる間に、走ってきたらしい。
立ち上ったら、その瞬間にやられる。
わたしは右手の拳を左手に当て、シュルツの腹を狙って肘鉄をくり出した。
当たった! くそ硬い!
岩にでもぶつけたように、骨にジンときて涙目になる。
前に半裸姿を見た時、腹筋きれいに割れてたっけ。写真撮りたかったなあ。
シュルツがわたしの胸倉をつかみ、片腕だけでひょいと持ち上げた。
わたしは、宙に浮いた足をばたばたする。シュルツの腕をつかんだが、鉄みたいに硬く、びくともしない。格闘技なら、腕に足かけて、何やかんやで関節固めに持ち込む流れだけど、その何やかんやがわからない。これ、どうしたらいいんだろう?
シュルツが軽く眉をひそめた。
「強気なのは結構ですが、通らない打撃を正面から撃っても意味がないですよ」
指摘してから、わたしの体を床に下ろした。くちゃくちゃになった襟元を整えてくれ、きれいにしてから手を離す。女子力が高い。
「シュルツが、どこからきてもいいって言うから!」
「背後とか、真下とかそういう意味です」
「そういうのって騎士道に反するんじゃないの?」
「俺もあなたも騎士ではないでしょう」
「それはそうだけどさ」
「方法は問わないので、ダメージを与える方法を考えてください」
「今、肘鉄入ったのは?」
「わざと防御しなかったんです。大したことないのはわかっていましたから」
「腹に鉄板でも巻いてるの?」
「巻いてないし、魔法もかけていません。あなたの臂力が弱いんです」
わたしたちがいるのは、飛行船の一室である。
軽量化のためか、床も壁も木の板でできていて、壁の一面には丸窓が並んでいる。ガラスの表面には木槌で叩いたような模様があり、外の風景を見ることはできない。国の地理が、超機密情報だからである。
この国、ハリファールにおいては、飛行船は国の持ち物で、運用しているのは国の軍隊だそうだ。遊覧飛行船だとか、商用飛行船なんてものはこの国には存在しない。たとえ貴族であっても気軽に乗れるものでなく、今回は逃亡兵であるルーミエの移送のついでに乗せてもらえたそうだ。
ともあれ。
外も見えない、甲板にも出られない状況で、乗船からこっち飛行船の醍醐味を何も味わえていない。兵隊さんらは甲板に行けるからいいが、その他一般人は、ちょっと揺れる狭いホテルに監禁されているようなものである。格安航空機かよと叫んだが、シュルツがきょとんとしていたのでむなしくなった。格安航空機乗ったことないけど。
思えば、砦の下から飛行船を見上げてた時が、一番楽しかった。下からじゃ全容が拝めないとことか、船尾についてる外輪とか、かっこよくてワクワクした。
詐欺にあった気分だ。
いや、完全に飛行船に乗せてやる(外の景色を見せるとは言ってない)詐欺だろう。
シュルツの講義は続く。
「剛腕で強化したとしても、相手も剛腕を使っていれば元々の筋力が弱い方が負けます。力では必ず押し負ける。では、どうすれば俺にダメージを与えることができるか、それを考えてみてください」
「目つぶし?」
「的が小さい上に、確実に視界に入るのでだめです」
「じゃあ股ぐらに――」
「女の子がそんな言葉を使ってはいけません!」
顔を赤らめながら、シュルツが咎めた。そっちこそ大の男のする顔じゃないだろうと思うが、シュルツが傷つくので指摘するのは我慢する。見た目は軍曹、中身は乙女。それがシュルツという人である。
「たとえば刃物での攻撃は有効です。剛腕は筋力を増す魔法であって、肌を鋼鉄化するものではありません。そういう魔法は上位に分類されるので、下位の魔術師でかけている者はまずいません」
「でもシュルツは、刃物を無効化できる魔法持ってるよね?」
「それはそうですが、あれは短時間での使用に限定しています。常時かけているには魔素の消費が激しいし、普通の魔法と違って特殊な副作用もあるので」
「副作用……? あっ、狂戦士化とか?」
「何で嬉しそうなんですか……」
「えっ、かっこいいじゃん。群がってくる敵を無慈悲に殲滅するんでしょう?」
「そんないいものではありませんよ」
嫌な思い出でもあるのか、シュルツは憂鬱そうな顔をしている。
まあバーサクモードといっても色々あるし、黒い剣士みたいのならかっこいいが、初号機みたいのだったら嫌だろう。わたしだったら嫌だ。嫁に行けなくなる。
などとやっていると、扉が開いてアーベルが入ってきた。
貴族っぽい装いで、長い金髪を貴族っぽく細いリボンでまとめている。中身はともかく、今日も腹が立つほどイケメンだ。
きちんとしているのは、これが軍の船だからだろう。実際、わたしたち三人とルーミエのほかは、国の兵隊さんしか乗っていないようだ。船なら海軍だけど、空の上だから空軍になるのだろうか。空兵さんでいいのかな。
「あと一時間ほどで到着するそうだ」
やってくると、そう告げた。
外が見えなくされているように、船の運航スケジュールも機密情報に当たる。そのため、到着時間も直前にならないと教えてくれないのだ。今のわたしはミニマリストの鑑なので、今すぐ下船すると言ってもあわてる必要はない。鍋をかぶって、小銭をポケットにしまえばそれで荷造り完了という身軽さである。
ニルグの森を離れてから、三日が経っていた。
その間、飛行船は浮きっぱなし、ルーミエは眠りっぱなしである。
定期的にポーションを飲まされ、体調に問題はないそうだが、目が覚めた時のことを考えると気の毒ではあった。ルーミエはガロリアを目指していたが、今まさに、そこから遠ざかりつつあるからだ。ちょっと騙されやすいだけで悪い人ではないし、罪をつぐなって強く生きて欲しいと思う。
ルーミエが魔術師でなくなったと聞いたとき、それがどういう意味なのか、最初わたしはわかりかねた。
この世界で魔法を使うには、魔導書との契約が必須条件である。
魔法を使えなくなったということは、魔導書を失ったこととイコールであるが、ルーミエの魔導書はアーベルが持っている。返してやれば元に戻るんじゃないの? という単純な疑問だが、しかし、魔導書を手放すことの意味を教えてもらって驚いた。
曰く、魔導書との契約を解除すると、獲得したレベルはリセットされる。
同じ魔導書と再度契約したとしても、リセットされたレベルは戻らない。
何年もかけて育ててきたゲームのキャラデータを、ゲームごと削除してしまった状態ということらしい。ゲームを再インストールしたとしても、失った個人データは戻ってこない。レベル1からやり直しである。
ルーミエが何でそんなことをしたかと言えば、フラ何とかさんより魔術師であることを選んだ自分に気づき、それが許せなかったからとのことだ。
よくわからんが、やっちまったもんはしょうがない。
ルーミエの上司が機転をきかせて休暇扱いにしていたそうだが、魔導書を手放したとあればもう隠しておくことはできない。ルーミエは軍法会議にかけられるそうで、そのための移送であり、そのための飛行船であった。ルーミエは王都であるハリファまで行くが、わたしたち三人は途中にあるダーファスという街で降りるらしい。
「着いたら、何するの?」
聞くと、アーベルがわたしに目を向けた。
「まずはシェローレンの屋敷に入る。今後の仕事内容はそこで話す」
「ふーん。……シェローレンって何?」
初めて聞く単語に、わたしは首をかしげる。
あれ? アーベルがちょっと引いている。
「――どこの田舎者だ。人間社会について少しは学んだらどうだ」
ひどい言われようである。
よくわからないが、浅草花や○きくらい有名なお屋敷であるらしい。
そのアーベルに向かい、おずおずといった様子でシュルツが口を開いた。
「あの……そろそろ、あなたが何者か教えていただけませんか?」
え? 雇用主なのに?
質問の意図がわからないが、シュルツはとても緊張している様子だ。




