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34 檻の中の獣

 わたしは、ぷらぷら廊下を進んだ。


 砦のなかは、あんまり人がいない。裏手の方から、いつも以上に暑苦しいかけ声が聞こえてくるので、みんな訓練に励んでいるようだ。声が元気なのは、赤毛の元隊長が現隊長に復帰したせいだろう。


 地下への階段を下りていくと、牢への入口には見張りが立っていた。

 全員の顔を覚えているわけではないが、森で見た覚えがあるから、キースさんか係長のとこの隊員さんだろう。入ってもいいか聞くと、眉をひそめられた。


「バフェル隊長の許可をとっていますか?」

「……とってない」

「では、許可を」

「誰も通すなって言われてるの?」

「それは……いいえ」

「じゃあ、いいじゃん」

「あとで隊長に報告しますよ」

「いいよ。そういえば、魔法対策ってどうしてるの?」

「地下牢の壁は、魔素を吸収する素材でできているのでここで魔法は使えません」

「そうなんだ」


 隊員さんが鍵を開けてくれたので、わたしは奥へ進んだ。

 「何かあったら大声を出してください」と声が追っかけてくる。

 てことは、中に見張りはいないのか。

 不用心な気がするが、シュルツはあれだし、ルーミエも魔法が使えなければ逃げられないので大丈夫との判断なのだろう。


 牢屋は、廊下の片側にだけ並んでいる。

 ランプの明かりがついているものの、薄暗くて、寒い。

 ためしに手持ちの魔素を離してみると、壁に吸い込まれて消えて行った。なるほど。これでは魔素が溜められない。

 

 一番手前の牢のなかをのぞくと、青髪の女魔術が壁の方を向いて寝っ転がっていた。広さは六畳ほどで、寝台がふたつと、壁から吊り下げる式のテーブルが設置されてある。


 おっかないので、足音を忍ばせてスルーする。


 真ん中あたりに、もうひとつ明かりのついている牢があった。

 なかを覗くと、シュルツの姿を見つけた。

 壁を背につけ、体育座りで膝を抱えている。

 鉄格子を見ると、閂は通っているが錠前はついていない。これでは逃げられ……いや、アーベルが簡単に侵入できてしまう。てっきり、ガタガタ震えてお祈りしているものと思ったが、様子が違うようだ。怯えているというより、すごく落ち込んでいる様子だ。


 閂を外していると、物音に気づいたシュルツが顔を上げ、すぐに目を逸らせた。

 何かわからんが、めっちゃ意識されている。

 わたしは牢のなかに入ると、シュルツの前にしゃがんだ。

 シュルツは視線を合わせない。


「アーベルならまだ上だよ」

「……」

「どこいたって締められるんだから、部屋にいたら?」

「……」

「だいたい、大事な時にいなかったのはアーベルも同じじゃん。一番反省しなきゃいけない人が反省してないのに、シュルツが反省する必要あるの?」

「……」

「何で隅っこに移動するの? ホコリたまってるから汚いよ?」

「……あの」

「何?」

「俺が怖くないんですか?」


 部屋の角に詰まったシュルツが、哀しげな表情でわたしを見ている。


 わたしは頭上に「?」を浮かせた。何のことだ?


 色んなことが起こりすぎて、頭の整理が追いついていない。

 こめかみに人差し指を当てて、今日の記憶を逆再生していく。

 あれか、黒い霧になって縄抜けしたやつのことを言ってるのか。

 

「そういえば、そんなこともあったなあ……」


 今日のことなのに、ずっと前のように感じる。

 早起きして巡回に出て、トレント父に攫われて、シーラとワサオに会って、ルーミエと死闘を繰り広げて、アーベルをひっ捕まえて。アニメなら五話くらい使いそうな出来事を、半日ちょっとでこなしたのだ。シュルツを蓑虫にしたこととか、シュルツが邪悪な魔法を使って拘束をすり抜けたこととか、すっかり記憶の彼方に飛んでいた。


「そんなことよりさ」

「そんなこと!?」

「ちょっと驚いたけど、魔法って本来そういうものでしょ?」

「……ちょっと、ですか?」

「ちょっとだよ。肝が冷えた度で言えば、あっちでふて寝してる人の魔法のがやばかったよ。天まで吹っ飛ばされて、あやうくあの世行きだったんだから」

「助けに行くのが間に合わず、すみませんでした」

「――わざと隠れてたんじゃなくて?」

「そっ、そんなことはありません。信じてください」

「冗談だよ」

「…………」

「怪我人見つけて、ほっとけなかったんだよね?」

「……それと道に迷いました」


 がっくりうなだれてシュルツが言う。

 アーベルが聞いたら激怒しそうだ。


「それで落ち込んでたの? 道に迷って大事な時にいなかったから?」

「そもそも、あなたに騙されていたことに気づくべきでした」

「まあ、人聞きの悪い」

「……すみません」

「冗談だよ」

「…………」


 そこでふと、シュルツがこの地下牢に居座っている理由に気がついた。


「もしかして、ルーミエ見張ってるの?」

 

 小声で聞くと、シュルツはうなずいだ。律儀だなあ。


 シュルツはアーベルの手下で、ルーミエの存在を知りながらそれを黙っていた。

 アーベルの命令だったからと言って、シュルツのしたことは許されることじゃない。――と言いたい所だけど、反省してるし、怪我人助けてるし、どの道アーベルには締められるだろうし、この人は許されていいのかもしれない。


「あの魔法って、何がどうなる魔法なの?」

「見たままですよ。一時的に体を霧に変化させる。それだけです」

「てことは、ここから脱獄することもできる?」

「ここでは魔法は使えません」

「魔法が使えたと仮定して」

「それでも無理です。頭が通る隙間がないと、抜けられません」


 猫か。見た目邪悪なのに、意外に不便な魔法だ。


「レベルが上がれば、わたしでも使えるようになる?」

「いいえ。これは俺にしか使えない魔法です」

「オリジナルの登録魔法?」

「と、言えるのかどうか……」

「ワケあり?」

「ええ。この魔導書の前の持ち主が魔族だったらしく、魔導書を取り込んだ時に余計なものも取り込んでしまったようなんです」

「えっ魔族っているの?」

「いますよ。非常に希有な存在ですが」

「そんなヤバ目な魔導書よく持ってるね」

「……これがないと失業してしまうので」

「――ああ」


 良心に逆らって、アーベルの言いなりになっているのも、これが理由か。世界は変われど、金の力が物を言うのは変わらないようだ。





 ルーミエの牢の前を通ろうとして、わたしは足を止めた。


 さっきまで寝ていたルーミエが目を覚まし、なおかつ腹を空かした猛獣のように檻の前に貼り付いていた。硬直しているわたしを、じっと睨んでいる。こっちの牢の鍵は……よしよし、ちゃんとついてる。魔法が使用不可だから怖がることはないんだけど、怖いもんは怖い。――どうしよう。引き返して、シュルツに付き添ってもらおうかな。


「あの時の魔術師だな」


 めっちゃ真顔で、ルーミエが言った。

 シュルツのとこに戻ろうと足を引きかけると、ルーミエが檻の間から右腕を突き出してきた。あれ? わたし刺されんの?


「最後の一撃、あれは見事だった」


「――はあ」


 突き出されたルーミエの手は、何も持っていない。

 何なの? 罠なの? 

 怖かったが、無視したらしたでヤバそうな気配がする。

 そろそろ近づく。

 握手をすると、強い力で握り返された。でも、それだけだ。

 わたしは、こわごわ口を開いた。


「あのさ。自由になったら、また逃げた恋人追いかけるの?」


 手を離したが、ルーミエは檻に貼り付いたままだ。

 わたしの言葉に、両目を吊り上げた。


「逃げられたのではない! 今でも相思相愛だ!」

「でも戻ってこないんでしょ?」

「きっと戻ってこられない事情があるんだ」

「その人は、何しに隣の国に行ったの?」

「……仕事、だと言っていた」

「つまり、愛より仕事を選んだわけだ」

「そんなはずはない!」

「でも、一緒に来てって言われなかったんでしょ?」

「それは……」

「言われてなくて、行ったきり音信不通なんでしょ? 確信犯じゃん」

「――うう」

「世の中の半分は男なんだよ。もっと大事にしてくれる人を見つけなよ」


 ルーミエは言葉を失っている。わたしごときで論破できるのに、アーベルは一ヶ月も何をしていたのだろう。まあ、あのイケメンに乙女心はわからなそうだが。


「お前は……」


「ん?」


「お前は、恋人はいるのか? 年上の女性をどう思う?」


 さっそく近場で済まそうとするんじゃない!


「いや、こう見えて自分女子なんで」


 さくっと返事をすると、牢の奥の方で何かが倒れる音がした。何だ?


「そうか。そんな気はしていたが、残念だ」


 意外に物分かりがいい。

 恋人に逃げられて分別を失っていただけで、根はまともな人なのかもしれない。

 いや、色恋沙汰で分別を失うような人は、まともな人ではないか。

 反省して、改心してくれればいいんだけど。

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