33 落下と反撃
腕をクロスし、両膝を曲げ、わたしは出来るだけ体の面積を小さくした。
うまくすれば木の枝とか、生け垣がクッションになって助かるはずだ。理想は足から落ちて受け身をとることだけど、そんな技は身につけていないので祈るしかない。
わたしは、ぎゅっと目を閉じた。
背中に、ばしばし木の枝が当たる。
どこかに引っかからないか期待したが、枝の間を通り抜けてまた落ち始めた。
地面まで、たぶんあと数メートル。
――ぶっつけで、受け身やってみるか。いや、失敗して足とか折れたら、ものすごく恥ずかしい。恥かいた上に、痛い目に遭うとか絶対に嫌だ。
大人しく激突しておこう。
本体が本体だし、人間みたいな大怪我はしないはずだ。たぶん。
覚悟を決めた時、ふいに体が風にくるまれた。
誰かが、風の魔法を使ったようだ。
落下の速度が消え、ふわっとなってから背中に何かがぶつかる。
ぶつかったというか、誰かの腕にキャッチされたようだ。
どこも痛くないし、背中と膝の裏に硬い腕の感触がある。
わたしは目を開けた。
予想では、キースさんが心配そうに見下ろしているはずだったが、現実は違った。
「うおおおおお」
「おかしな声を出すな」
あきれた様子でアーベルが言った。
金髪のイケメンにお姫様抱っこされるという、端から見れば最高の状態だったが、このイケメンはただのイケメンではない。わたしの命を何度も危険にさらし、凶悪な魔法使いを放置してシーラを激怒させた極悪人である。
わたしは、きょろきょろした。
池か? 池にぶん投げられるのか?
だが、池も沼も周囲には見当たらない。
じゃあ何だ? どこにぶん投げられるんだ?
「暴れるな。今、下ろしてやる」
わたしの上体を抱えたまま、足を先に下ろして立たせてくれた。
こいつ、手慣れてやがる。
何もされないなら、お姫様抱っこを堪能すればよかった。
ハアーもったいない、もったいない。
などとのんきに考えている間に、アーベルがルーミエの方へ歩き出した。ルーミエは地面に座り、剣を向けている係長をむくれた顔で睨んでる。
発射したわたしの剣は、根元近くまで地面にめり込んでいた。
ルーミエが軌道を逸らせていなければ、確実に仕留めていただろう。それが悔しいような、相手に怪我がなくてほっとしたような、変な感じがした。
周囲には、一粒の魔素も漂っていない。わたしはすっからかんだし、係長もそんなに残っていないだろう。アーベルの魔素が満タンだとすれば、ルーミエを奪われてしまうかもしれない。
わたしは、アーベルの背中に目を向けた。
背後から跳び蹴りでもするか、それとも係長に任せるか。
迷っていると、わたしの横を人影が駆け抜けて行った。
抜き身の剣を下げたキースさんだ。
「止まれ! それ以上、この女に近づくな!」
ルーミエを背にして立つと、キースさんはアーベルに剣先を突きつけた。乱れた髪に葉っぱがついているところを見ると、今回も盛大に吹っ飛ばされたようだ。無事でよかった。
アーベルが足を止めた。
「派手にやってくれたな」
「剣を置いて、魔素を解放しろ」
「誰に向かって指図しているのか、わかっているのか?」
「――黙れ。裏切り者が」
「ひどい誤解だ」
肩をすくめたアーベルだが、係長とキースさん相手では勝ち目がないと判断したようで、鞘ごと剣を外すと地面に置いた。立ち上がったアーベルの体から魔素が浮き上がり、溶けるように消え失せる。
キースさんが、持っていた剣を地面に落とした。
手に怪我でもしていたのかと思ったが、右腕を引くと、目にもとまらぬ速さでアーベルの頬に拳を叩きこんだ。殴られたアーベルは、後ろ歩きでたたらを踏む。大きくよろめいたものの、倒れはしない。案外とタフである。指先で頬に触れると、眉をひそめた。
「無抵抗の人間を殴って、楽しいか?」
「いいや。わたしはお前とは違う」
否定しながらも、キースさんは晴れ晴れとした顔をしていた。
しばらくして、警邏隊の皆が姿を現し始めた。
ポーションが足りなかったようで、無事な隊員さんが、怪我人に肩を貸したり、背負ったりしている。そのなかにシュルツの姿を見つけた。怪我人ではなく、怪我人を背負っている方だ。すっかり存在を忘れていたが、救助活動を手伝っていたらしい。警邏隊のみんなを心配する言葉は、嘘ではなかったようだ。
足元に気配を感じ、見下ろすとワサオがいた。
「お手伝い、お疲れ様。ありがとね」
「ギー」
返事をしてから、ワサオは森の方を見た。
木々の間に、白い人影がある。
わたしが手を振ると、シーラが手を振り返してくれた。
どうやら、お別れの時間が来たようだ。
膝をついて、わたしはワサオの頭を撫でた。
蔦がのびてきて、わたしの腕にからみつく。
さみしいが、精霊と人間は一緒には暮らせない。
ワサオは森で、わたしは砦で暮らそう。 会いに行くよ。ヤッ○ルに乗って。
アーベルから取り上げたポーションで怪我人を治し、わたしたちは砦に帰った。
ルーミエは地下牢に入れられ、アーベルは執務室に軟禁された。
シュルツは、自室で待機という係長の指示を断り、自分から地下牢に入った。きっと、アーベルの報復を怖れてのことに違いない。暴れるルーミエを放ったらかし、アーベルがぶん殴られてた時に他の隊員さん助けてたんだから、怒られて当然である。警戒が厳重な地下牢なら、パワハラ暗黒上司も簡単には近づけまい。
ごたごたが落ち着いた夕刻。
キースさんがアーベルに話を聞きに行くと言い、わたしも同行を求められた。
「何でわたし?」
「女魔術師について、ドライアドから話を聞いたのは君だからだ」
「ああ、証人ってことか」
「気が進まないなら、無理にとは言わないが」
「うーん……行こうかな。アーベルの泣きっ面見たいし」
「見るだけでいいのか?」
「うん。キースさんがアーベルぶん殴るのを見てスッキリしたから」
「わたしはまだ殴り足りないがな」
「あの綺麗な顔を、よく殴れるよね」
「毎日見ていれば慣れてくる」
綺麗な顔という所は否定しないんだ。
わたしでも毎日見てれば、アーベルを躊躇なく殴れるようになるんだろうか。
いや、女子には無理だなー。
執務室に行くと、アーベルと係長がいた。
係長は長椅子に腰掛け、アーベルは窓辺に立って外を見ている。
わたしは部屋を見回した。
シュルツの姿はない。てことはまだ地下牢か。
「何が望みだ?」
アーベルが、振り向くと腕を組んだ。頬骨の上に紫のアザが出来ている。
係長がキースさんの方を見る。キースさんが口を開いた。
「我々は、我々の職務をまっとうすることを望む。すなわち、国境を脅かした犯罪者の拘束と、彼女および彼女の協力者への尋問の行使だ」
「もっともな要求だ」
「お前の目的は何だ?」
「忘れているようだが、俺はまだここの隊長だ」
「それがどうした」
「そのつもりで丁重にあつかってもらいたい」
「砦のなかの誰ひとり、お前を隊長と認めている者はいない。最初からな」
「全員に聞いてまわったのか?」
アーベルは苦笑を浮かべている。
味方が誰もいないこの部屋で、なおもキースさんに喧嘩を売るのだから大したものである。
「あの女魔術師は誰だ?」
「――彼女の名はルーミエ。ハリファールの宮廷魔術師だ」
「宮廷魔術師が、なぜこんなところに?」
「ガロリアへ行った男に、会いに行きたいそうだ」
「どうして森を荒らしていた?」
「彼女の持つ魔導書は宮廷から貸し与えられたもので、制約により国外へ持ち出すことはできない。国境が越えられないなら、国境自体を破壊してしまえば通れると考えたらしい。やめさせようとしたが無駄だった」
「手に負えないから、放置したのか」
「説得は続けていた」
「止められなかったのなら、何もしていなかったも同じだ」
「力ずくというのは趣味ではない」
どの口が言うかと思ったが、部外者なので黙っている。
係長が、ポケットからナイフを取り出した。お、ヤバ目の尋問開始かと思ったが、テーブルの上の果物をとると皮を剥き始めた。甘酸っぱい匂いが辺りに広がる。ああ、緊張感が……。
係長のもぐもぐタイムをよそに、ふたりの会話は続く。
「逃亡した宮廷魔術師を捕獲する。それがお前の目的か? それだけのために、警邏隊の長におさまったのか?」
「それが一番簡単だった」
「上から捕獲命令が下れば、わたしたちは任務としてそれを遂行した」
「飲み込みが悪いな。それをさせないために俺がきたんだ。宮廷は、彼女が自発的に戻ってくることを望んでいる。それには警邏隊の存在は邪魔でしかないが、警邏隊に指示する立場なら仕事がやりやすい」
「それでお前が雇われたと? お前が?」
「雇われたというのは少し違う」
「というと?」
「取り引きをした。彼女を穏便に連れ帰れば、欲しがっているものを与えると」
「欲しがっているもの?」
「答えるつもりはない。この件には関係ないことだ」
「その取り引きとやらのために、わざわざ隊長に収まったというのか?」
「それで上手く行っていた」
「昨日までは、な」
キースさんが不適に微笑む。
アーベルが犯罪者とわかって以降、別人のように生き生きしている。
「トレントがいたな。ルーミエのことはドライアドが教えたのか?」
何気ない調子でアーベルが聞いた。アーベルがワサオを目撃したとすれば、警邏隊のみんなが戻ってきた時だが、あの騒ぎのなかでよく気づいたものである。
キースさんがわたしを見た。
わたしは息をついた。
王子部分を脱ぎ捨てた暗黒アーベル、雰囲気ヤバくておっかないんだけど。
「……そうだよ」
「どうやって交渉を持った?」
「戦って、さらわれて、友情が芽生えた? みたいな?」
「頭が単純同士、気が合ったということか」
「精霊さんは、邪悪な心の持ち主とは話さないんだよ」
アーベルがイラッとした顔をしたので、わたしは係長の後ろに隠れた。
「これを、上が承認しているとは思えませんな」
ふたつめの果物に手をのばしながら、係長が口を開いた。
「警邏隊の隊長をすげ替えるのは、まあ一部の権力者からすれば朝飯前でしょう。しかし、逃亡した宮廷魔術師を連れ戻すという理由を、正直に話したとは思えません」
アーベルは不敵に微笑んだ。
「俺を突き出す気か? どんな罪状で?」
キースさんが、カッとなった。
「あれだけのことをしておいてよくも――」
「ニルグの森で伐採が禁じられていることは知っている。だが、それだけだ。誰かを殺したわけでも、敵国にくみしたわけでもない」
「警邏隊に被害が出ている」
「怪我人が出たのは、訓練不足のせいだろう。魔術師ひとり何とかできないで、何が国境警邏隊だ。笑わせる」
キースさんが剣に手をかけ、ものすごい形相でアーベルを睨んだ。
アーベルは、武器のたぐいは取り上げられている。――どうしよう、止めた方がいいのかな。おろおろしていると、キースさんがハッとした表情でわたしの方を見た。うつむくと、剣から手を離す。そうだよね、未成年の前で流血沙汰はまずいよね。
キースさんが、アーベルに目を向けた。
「――ニルグの森の精に警邏隊の存在を受け入れさせるのは、簡単ではなかった。我々はこの森を魔術師から守ることと引き換えに、ここに存在していることを許されている。もし森の精の信頼を失ったら――お前の行いのせいで、国境の砦すべてを失っていた可能性もあった」
「傷をつけたのは、広大な森のほんの一部だ」
「規模の問題ではない」
「では何だ? 実際に起きてもいないことを謝れと?」
「その言い草は何だ!」
「キース。落ち着け」
「しかし!」
「我々は、話し合いをしておるのだ」
係長は、果物をぽいっと口に入れた。
「そちらの事情は理解しました。で、何が望みかと聞きましたな」
「……ああ」
「女魔術師を無罪放免しろというなら、我々の要求することはふたつです。一刻も早く、女魔術師を連れて砦から立ち去ること。これがひとつ」
「もうひとつは?」
「バフェル隊長、それでは――」
「それから迷惑料として、厩舎の増築と、常駐の鍛治師とその設備の手配、ポーション五十本の特別支給。女魔術師がぼろぼろにした樹木を治すための、治癒術に長けた魔術師の派遣。それらの費用の全額負担。といったところで手を打つとしましょう」
すらすらと係長が言う。ふたつめの要求多いな。
アーベルはちょっと考えるようにしていたが、ややあってうなずいた。
「いいだろう。その代わり、今回のことは外部に漏らさぬよう徹底して欲しい」
「お安いご用です」
キースさんは必ずしも賛成ではないようだったが、警邏隊の人事を自由にできるような大物がついているなら、アーベルとルーミエが何かの罰を受けることはまずない。それなら、アーベルの雇い主? に迷惑料を要求した方が警邏隊のためになるだろう。
アーベルと係長が細かい話を詰め始めたので、わたしは部屋を出た。




