32 会心の一撃
六本の竜巻がほどけて、ひとつの大きな風になる。
怒れる女魔術師のまわりで、大きく渦を巻き始めた。
そもそも、竜巻や風球がはっきり見えているのもおかしな話だが、魔法の力で動かしているせいか、見えないようで見えるのである。魔素は魔法に変換されるとキラキラしなくなるので、それ自体は目に見えない。ただ、あの辺に魔法が流れてるなあというのは、感覚的にわかるのだ。
ほどけた竜巻が、ルーミエのまわりで渦を描いている。
ルーミエが両腕を掲げると、その上空で横向きの竜巻になった。縦の竜巻がまとまって一本の横向き竜巻に変形するまで、約三秒。竜巻がほどけた瞬間に係長が距離を詰めようとしたが、当然のごとく間に合わない。係長の足が、絶望的に遅いからである。
コイルみたいな横向き竜巻を、ルーミエは自分の前に配置した。
竜巻が防波堤みたくなり、それが係長に迫ってくる。
係長は、真正面から剣で受けた。
でも、今度の竜巻はバラバラにならない。
剣が纏っていた炎が吹き飛び、かき消えそうになる。
押し返そうとするが、その場に踏ん張っているのがやっとのようだ。
推定100㎏超の巨体が、じわじわ押され始めている。
この状況を、キースさんが黙って見ているはずはない。
案の定、危険を顧みず森から飛び出してきた。
吹っ飛ばされて洗濯物にされたのを忘れたわけではないだろうが、命がけで係長を助けるつもりのようだ。
しょうがないなあと思いつつ、わたしは立ち上がった。
キースさんが係長のピンチを見ていることができないように、わたしもふたりのピンチを黙って見てはいられない。
でも、キースさんより先に着くのはやめよう。
見た目弱そうだから、狙い撃ちされるかもしれないし。
身の程を知るのは大事なことだよね。
などと、弱者の知恵を働かせつつ走り出した時だ。
腹にボディーブローのようなものを食らった。
ただのボディーブローではない。
ボディーブローかつ、アッパーカットのようなものだ。
風がぶつかってきたと思ったら、両足が地面から浮いていた。
ちらっと見えた感じだと、横向き竜巻が爆ぜて、無数の細い竜巻に変化したようだ。飛び出した竜巻のひとつが、オートでこっちに向かってきて、それを腹に喰らってしまった。
衝撃の割に痛みがなかったのは、ぶつけられたというより、巻き込まれたといった状態に近かったせいだろう。竜巻が腹にぶつかってきて、わたしを巻き込みつつ急角度で上昇した。キースさんが、木の枝に干されていた光景が頭をよぎる。みんなも、このアッパートルネードを食らって吹っ飛ばされたのだ。
自慢になるが、わたしは警邏隊の誰よりも体重が軽い。
人間に変身している時は、ちゃんと人間の体重になっているが、それにしたって、ムキムキの兵隊さんと、ヒョロガリ女子高生では倍以上の体重差がある。ということは、同じアッパートルネードを食らっても、わたしは数倍吹っ飛ばされるということだ。
わたしの体は、天高く放り上げられた。
竜巻は途中で消えたが、勢いがついたわたしの体はしばらく上昇を続けた。
「――アイチャン!」
わたしが呼びかけると、目の前に魔導書のウィンドウが開いた。
比較的冷静でいるのは、この時点でまだわたしの体は落下していなかったからだ。ジェットコースターでいえば、頂点にむかってガタゴト運ばれている途中である。
魔法のツリーを表示し、<風球2><風球3>をフレーム入れ、呪文を唱える。それぞれひとつ前の風球より1・5倍ほどの大きさの球が出現したが、風の威力は無印と変わらない。ということは、人間ひとりの体重を支えるには不十分ということだ。そこで、わたしは風球から分かれた枝の先に目を留めた。さっきまでは真っ黒だったが、風球2、3を使ったことでオープンになった新たな風魔法がある。それをフレームに突っ込んだ。
「――風の帯」
呪文を唱えるが、何も起きない。
えっと思いながら、説明文を開けて飛ばし読む。風を発生させる魔法ではなく、周囲にある風の向きを変える魔法のようだ。
「おっ」
内臓がせり上がる感覚のあとに、体が落下し始めた。
上昇の頂点に達したようだ。
正直、上昇している間はちょっと楽しかったが、これから地獄が始まる。紐なしでバンジージャンプをしたら、それはただの事故だ。事故など起こしてたまるものか。
恐怖を押しのけて、わたしは魔法に集中した。
風の帯の呪文を再度唱える。下から上に腕を振ると、その通りに風の動きが変わり、落下の勢いがゆるんだ。だが、浮き上がるほどのパワーはない。速度をゆるめるだけで精一杯のようだ。
そして、魔素がぐんぐん吸われてる。
風球と違い、扱う風の量が多いから維持費がかさむのだろう。
魔素の残りは、30パーセント。
下を見ると、まだまだ地面は遠い。
空き地に立っているルーミエの姿が見える。
係長は地面にすっ転んでいて、キースさんの姿はどこにもない。
大魔法? を撃ったばかりにもかかわらず、ルーミエを中心にして風の渦が巻き始めるのが、ここからだとはっきり見えた。新たな魔法を発動しつつあるようだ。
風の渦で守られたルーミエだが、頭上は完全にノーガードだ。わたしが吹っ飛んだのを知らないのか、それとも低級魔術師とあなどっているのだろう。
わたしは剣を抜いた。
呪文を唱え、<風球1>を四個出現させる。
四角形に並べて寄せ、ランダムに巡っている風の向きを、提灯の骨組みみたいに一方向に整える。中央の隙間に向かって回転するよう調整すると、風を吸い込む菱形の隙間ができあがった。菱形の隙間のなかにルーミエの姿をとらえると、わたしは剣を持った腕を後ろに引いた。
害虫駆除をしていたときに編み出した必殺技だが、コントロールの精度が低いのと、的を外した時、剣を拾いに行くのが面倒くさいのでお蔵入りさせた幻の技だ。
刃物を人に向けるなんて、生前のわたしなら絶対にできなかっただろう。
しかし、今のわたしにためらいはない。
自分でもびっくりするくらい、完全にルーミエを仕留める気でいた。
ルーミエも係長もキースさんも、ミリーもレイルも。
魔術師たちは命がけで戦っている。
そうであれば、わたしも命をかけて獲りに行く。
「――つらぬけ! ソードランチャー!」
それ行け発射台みたいな意味になってしまうが、技名がないと締まらないので叫んだ。地面まで遠いし、どうせ誰にも聞こえないだろう。
投げた剣は菱形の隙間に吸い込まれ、風球の回転によって射出された。
キラッとしたかと思うと、剣が消えた。
投げたわたしでさえ目で追えなかったのに、ルーミエは直前で反応したようだ。はっとして顔を上ると、渦巻きを散らして無数のかまいたちをつくった。鎌みたいな形状の風の刃、ルーミエカッターだ。しかし、もう手遅れだ。わたしの剣が、無数のかまいたちを切り裂いてルーミエに迫る。
悲鳴を上げて、ルーミエが背中から倒れた。
が、死んではいない。
倒れたルーミエの右肩すれすれに、わたしの剣が刺さっていた。
もう数センチ下にずれていたら、大怪我を負っていただろう。
狙ってやったわけではないし、狙ったとしてもああも上手くはいかない。たぶん、ルーミエカッターで剣の軌道を逸らしたのだろう。おかげで無事なわけだが、ルーミエ自身もマジ死んだわと思ったに違いない。真っ青な顔をしてこちらを見上げ、新たな魔法を発動させようとする気配はない。
周囲の魔素が薄いし、単に魔素が切れたのかもしれない。
まあ、それはわたしもなんですけどね。
わたしは風の帯を切った。こいつはものすごく魔素を喰う。
残った風球を引き寄せ、落下の速度をゆるめる。
しかし、ほんの気休め程度だ。
人間変身時のわたしには人間並の体重がある。チビの体重は風球で支えられても、人間の体重は支えられない。魔素の残りは1パーセント。
この量では、地面までもたない。
わたしは、一か八か風球の回転数を最大まで上げて体を浮かせた。落下で出ていた速度を、いったんリセットしよう作戦である。50メートルの高さから落ちるのと、10メートルの高さから落ちるのとではダメージがだいぶ違う。
『警告。使用する魔法に対し、魔素量が不足しています』
頭のなかに、アイチャンの声が聞こえた。
魔素が切れ、同時に風球も消えた。
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