31 荒らぶる魔術師
わたしたちは、各自配置につくために散開した。
作戦開始は三十分後。
といっても、懐中時計を持っているのは係長だけなので、みんなは移動して待機。係長の合図を待って行動という形になる。
わたしは、係長とキースさんと一緒に森の東側へ移動を始めた。
途中で、国境が通っているという場所を教えてもらったが、見てわかるような目印は何もなかった。しいて言えば、他の場所とくらべて緑が濃いということくらいだ。地面から、たっぷり水分を得ているおかげだろう。
周辺の魔素が薄い。
いつもなら鳥取の夜空くらい光っているのに、今は埼玉の夜空くらいの光しかなかった。鳥取行ったことないけど。
魔素は、生命活動の余剰エネルギーみたいなものなので、魔素が消えても森に影響はない。しかし、魔素を消費して魔法を発動する魔術師にとっては死活問題だ。
「一度目の時って、何がどうしたの?」
「うむ。まずは話し合いで解決しようと試みたのだがな……突然怒り出したのだ」
「我々を、誰かと勘違いしていたようでしたね」
「で、いきなり吹っ飛ばされたと。バフェルさんも空飛んだの?」
「わたしは転がされただけだ。風の上位魔法のようだが、正直よくわからん」
「説得は無理っぽい?」
「うむ。まあ一応はやってみるが……」
「あれに話が通じますかね……」
「いや、無理はしない方がいいよ。うん」
取り残された隊員さんたちを救出する間だけ、ルーミエの気を逸らせればいいのだ。
話し合いをするには近づかなければいけないが、一度目の惨状を考えるにあまりに危険すぎる。拡声器みたいな魔法があれば話は別だけど、そんな使い道が限られるマイナーな魔法、係長もキースさんも習得していないだろう。
「わたしは? 何をすればいい?」
「とりあえず、これに乾いた土を集めてくれ」
そう言うと、キースさんが畳んだ麻袋二枚と小さなスコップを渡してきた。救助道具を背負っている隊員さんもいるので、そこから持ってきたようだ。
「乾いてなくちゃいけないの?」
「ああ。なければ落ち葉でもいい」
「じゃあ、ちょっとその辺掘ってくる」
「あまり遠くへ行くなよ」
「はーい」
係長が、懐中時計を取り出した。
横からのぞき見ると、時刻は十二時十五分。
そういえばお腹減ったなあと考えていると、係長が腰に下げた鞄から携帯食を出して、わたしとキースさんに分けてくれた。係長のわがままボディは、こうした努力の積み重ねの上にできているのだ。
係長が、確認のために言った。
「一番は敵の気を逸らすことだ。可能ならば生け捕りにするが、選択肢に入れてはいかん」
アーベルが庇っている以上、ルーミエは国内の有力貴族である可能性が高い。殺すのはまずいので、生け捕りなのは必須。しかし、こっちはケガ人を救出しなくちゃいけないし、三十人あまりを吹っ飛ばした魔法の正体もわかっていない。だから生け捕りのことは考えず、チャンスがあったら拾うか、くらいの気持ちで行こうね。という係長からのお達しである。
キースさんは何か言いたそうにしていたが、了解して「はい」と答えた。
わたしたちは行動を開始した。
ルーミエの居場所を大きく迂回して、東側正面に向かう。ルーミエを隠していた幻術は、発信していた魔具をすでに回収済みとのことだ。
ルーミエ自身は国境を越えられないが、ルーミエの放つ魔法は国境を越えて飛んでくる。なるべく遠い方が安全だけど、離れすぎても攻撃が届かない。安全を確保しつつ、攻撃が届くぎりぎりに陣取る必要があった。
なるべく音を立てずに森を進む。
目的地に到着すると、木々の向こうに青髪の女魔術師の姿が見えた。
シーラと一緒に覗き見した時より、周囲はさらに無残な状態になっていた。
台風一過といった様子で、木の枝はへし折れ、地面には暴風にむしり取られた青い葉っぱが積もっている。その中心に立って、ルーミエと呼ばれる女魔術師は、完全に臨戦態勢でいた。
詰め襟の上着にロングスカートという、フランクフルトからやってきた家庭教師みたいな服装をしており、その格好で腕を組んで仁王立ちをしている。ルーミエの周囲を、四本の細い竜巻が時計まわりにまわっているが、どう見てもオート防御か攻撃の魔法だ。周囲の状況といい、まさに中ボスのバトルステージといった様子である。
わたしたちの姿に気づくと、ルーミエの表情が変わった。
「性懲りも無く、また現れたか虫けらどもめ!」
などと、これまた中ボスっぽいセリフを叫ぶ。
係長が、ふうとため息をついた。
話し合う余地は欠片もない。戦闘開始である。
「各自配置につけ」
係長の指示を聞いて、わたしとキースさんは左右に散った。
三箇所から攻撃することで、敵の気を散らすとともに狙い撃ちをさせない作戦である。とはいえ、わたしの使える魔法といえば初級レベルのしょぼい奴だけだ。弱いとばれたら速攻でつぶされるので、ふたり以上に注意する必要があった。
わたしは木の陰に隠れると、麻袋から乾いた土をつかみ出した。
手のひらに土を乗せたまま風球の呪文を唱え、風の毛糸玉のなかに土を巻き込み、閉じ込める。思ったより上手くいったので、もうひとつかみ土を足してみた。土が多い方が攻撃力が上がるけど、重すぎても風球が解けてしまう。限界を見極めつつ、土混じりの風球を複数個作って浮かばせた。
どんっという衝撃音がし、わたしはびくっとした。
木の陰から顔を出す。係長が何かしたようで、片手を突き出した格好で立っていた。キースさんの姿を探すが、うまく隠れているようで姿は見えない。
もう始めちゃっていいのかな。
今のが合図っぽいし、いいよね?
若干びびりつつ、わたしは土混じりの風球をカーブさせながら飛ばした。
この辺のコントロールは、害虫駆除をしている時に身につけたものである。
風球のみだったら、フォークなども投げられるのだが、土入りの重いやつでは曲げるだけで精一杯だ。
わたしの飛ばした風球が、カーブを描きつつルーミエに迫る。
子供だましみたいな魔法だけど、竜巻が反応してルーミエを守った。風球が割れると、派手に土煙が上がる。竜巻の風はチェーンソーみたくなっているので、触れた異物を撒き散らしてしまうのだ。
土に混ざっていた小石が、ルーミエの顔にバチバチ当たっている。
うざいだろう。うざいはずだ。それが狙いである。
得意になっていると、反対側からキースさんの土入り風球が飛んできた。
なかなかの速球だったが、これも竜巻が防いだ。
土煙が上がる。キースさんは折った小枝を混ぜていたようで、弾け飛んだ木片が、ルーミエのこめかみに当たった。ルーミエが顔を押さえ、ものすごい形相でこっちを睨みつけてきた。いや、今のはわたしじゃない!
よそ見の隙をついて、キースさんの二球目が炸裂した。
ルーミエの注意が逸れた一瞬に、わたしは跳躍を使って場所を移動した。
そうしながら、土入り風球ふたつを左右から飛ばす。
竜巻に触れるのを確認すると、煙幕を利用して、また場所を変えた。
ルーミエの魔法は竜巻だけじゃない。
木の幹をざっくりやる、ルーミエカッターもある。
あれを食らったら、わたしの竜肌でも危ないかもしれない。
土と小石を撒き散らすだけという、攻撃とも呼べないような攻撃だったが、国境を挟んでいるおかげでルーミエはこっちには来られない。
痺れを切らしたルーミエは、竜巻を増やすことで、風球に対応することにしたようだ。自分の近くで回していた竜巻はそのままに、その外側に新たに四つの竜巻を発生させた。二重にすることで、土と木片を浴びないようにしたらしい。
キースさんの飛ばした風球が、外型の竜巻に弾かれた。木片が飛び散るが、距離があるのと、内側の竜巻が明後日の方向へ拡散してしまうのでルーミエには届かない。
わたしは三つの風球を同時に飛ばし、外側の竜巻を抜けられないかやってみた。
ふたつは簡単に割られた。ひとつが抜けたと思ったが、ルーミエが腕を振ると、竜巻の腰がぐねって割られてしまった。そんな動きもできるのか!
ルーミエが、ふふんっといった感じで笑う。
迎撃は自動だけど、変則的の動きはルーミエがマニュアルでやるようだ。
キースさんとタイミングを合わせれば攻撃を通せそうだけど、キースさんの居場所がわからないので合図を送り合うことはできない。
隙を見て、わたしはまた場所を移動した。
正面から徐々に移動してきて、今はルーミエの左斜め前くらいまできている。これ以上進むと国境を越えてしまうので、次動くとしたら横か後ろに戻るしかない。
わたしは、麻袋の中を覗いた。
できて、あと三つくらいか。
麻袋を逆さにし、土の山を三つに分けると風球でくるんだ。
係長の姿が見えないけど、どこにいるんだろう?
見つからないように気をつけながら、係長の姿を探した。
お、いた。
係長は、最初の場所から少しも動いていないようだ。さぼりかと思ったが、抜き身の剣をかまえた格好で呪文の詠唱をしている。見ていると、巨体を揺らしながら駆け出した。
生け捕りには消極的だったはずだが、算段がついたらしい。
速さはないが、ひと足ひと足が地面にめりこむような力強い走りである。
係長の援護のために、わたしは残りの風球を飛ばした。
キースさんも同じことを考えたらしく、反対側からも風球が飛んでくる。
これなら一個通せそうだ。
ふたつの風球と、キースさんの風球を囮にして、わたしは一個の風球を地面すれすれまで落とした。ルーミエは気づいていない。背後からの方が確実だけど、それをやるとわたしの視界からも消えるので、コントロールできなくなってしまう。囮の風球をルーミエの正面に、本命の風球は左後ろぎりぎりから飛ばす。正面の方がほぼノーコンになってしまったが、キースさんの風球も来ていたので、それで誤魔化せた。
さんざん飛ばしたおかげで、土入り風球の操作にも慣れてきた。竜巻の自動迎撃より、わたしの風球のが速い。外側の竜巻を抜け、内側の竜巻の間もすり抜けさせると、ルーミエの顔面に風球をぶつけた。
土煙が上がった。
目潰しを食らったルーミエは、目を閉じて咳き込んでいる。
絶好のチャンスだが、係長はまだルーミエのところまで到達していなかった。
わたしが早すぎたのか。
いや、係長の足が遅すぎなのだ。
係長の剣が、油でもひいてあったように燃え上がった。
オートの竜巻が行く手を遮るが、係長は燃える剣でそれを切り裂き、竜巻を霧散させた。剣で風を斬れるはずはないが、魔法か剣のどっちかに消去の効果がついているのだろう。
二本目の竜巻も、係長は同じようにして斬った。残りは六本。
ルーミエの視界がふさがっている今、竜巻は単に自動迎撃してくるだけだ。動きが読めるし、切り裂くのはたやすい。そのはずだったが。
「虫けらどもが、卑怯な手を使いおって!」
片目を開けて、ルーミエが叫んだ。
係長は三本目の竜巻を斬ろうとしていたが、その前に竜巻が消え失せた。




