表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
3/128

03 炎竜と魔法使い

 ああ、よかった。わりと可愛い


 自分の顔を見て、最初の感想がそれだった。


 爬虫類は苦手だから、自分の顔が受け付けなかったらどうしようかと思った。


 瞳孔が細長い金色の目は猫みたいで可愛く、しかも長いまつげがついている。

 目をぱちぱちする姿は、まさに蜥蜴界の美少女といった感じだ。

 肌はみっしりした赤い毛で覆われ、額の真ん中に鷹の爪の先っぽみたいな角がある。角はガラスのような半透明の素材でできており、見た感じ武器として使えそうだ。背中を向けると、折りたたんでおけるコウモリに似た翼が生えている。そして今気がついたのだが、前足にも後ろ足にも指が五本あった。お箸でご飯が食べられるということだ。やったぜ。


 それにしても可愛いなあ。


 脳内補正がかかってるにしても可愛いなあ。


 ご当地キャラでデビューしたら、グランプリが狙えるんじゃないだろうか。


 鏡の前であれこれポーズをとるわたしを、父は黙って見つめている。

 ちょっと息が荒くなっているのは、なぜだろう。

 わたしは父を見上げた。

 

「パパ、聞きたいことがあるんだけど」

「何だい? 何でも言ってごらん」

「わたしがこの世で一頭きりの炎竜というのは、本当なの?」

「そうだよ」

「なら、ママはもうこの世にいないってこと?」


 わたしはこの世で唯一無二の炎竜であるらしい。

 でも、わたしは卵から生まれてきた。

 わたしという卵を産んだ炎竜はどこにいるのか。という疑問である。 


「わたしの可愛いグラナ。お前に母親という存在はない」


 死んだでも、行方不明でもなく、存在しないときたか。


 わたしは戸惑ったが、父の方でも戸惑っているように見えた。

 そんなことを聞かれるとは、夢にも思っていなかったというように。

 父を失望させるのは怖い。

 でも、聞かずにはいられなかった。


「じゃあ、わたしの卵を産んだのは誰?」


 父は困った顔をする。それから、はっとしたように口を開いた。


「そうか。お前は前世の記憶を持っていないのだね?」


 前世は日本の女子高生、織部市夏。

 だが、父が聞いているのはそういうことではないだろう。

 そうじゃなく、前に死んだグラナティスの記憶がないのかと聞いているのだ。

 炎竜がどういうものであるか、わたしは何となく察しがついたように思った。


「前の炎竜が死んで、卵になって、それでわたしが生まれたと?」

「そう、その通りだ」

「パパは、前の炎竜を知っているの?」

「いいや。炎竜が姿を消したのは、何百年も前のことだからね」

「へえー」

「わたしは炎竜に関するあらゆる文献に目を通し、炎竜の卵がこの世のどこかに眠っていることを知った。卵を探すため、わたしは探索の旅に出た。山をこえ、砂漠をわたり、草の根をかきわけ、長い長い旅の末に、氷山の奥底で眠っていたお前を見つけたのだ」


 その時の感動を思い出したらしく、父は目頭を押さえて嗚咽をもらす。

 わたしは台座から父の肩に飛び移ると、悪人面で男泣きしている父の頭をよしよしと撫でた。魔法使いは文系というイメージがあったが、父はそれに当てはまらないらしい。トレジャーハンター時代の話を、ぜひとも聞いてみたいものである。


 炎竜グラナティスは不死のドラゴン。

 

 生まれて、死んで、また蘇える。

 

 不死鳥のような存在であるらしい。


 それじゃあ、わたしが織部家におぎゃーと生まれてくる前、この世界で炎竜をやっていたなんて過去があったんだろうか。

 記憶はないし、想像もつかない。

 炎竜の肉体は蘇っても、魂はそのつど別人がやってるとかなんじゃないのかな。

 いやでもまさか、クマ○ンじゃあるまいに。

 などと、自分で自分に突っ込みを入れてみる。

 でも何も覚えていないものは、覚えていない。

 炎竜、蘇るたびに中身別人説は、なさそうであるのかもしれない。


「わたしは、氷山のなかにいたの?」


「どういうわけかね」


 そりゃ、炎の竜が氷漬けになっているとは思わないだろう。

 父が見つけてくれなかったら、世界の終わりまで眠り続けていたんじゃないだろうか。


「パパやみんなが唱えていたのは? それにこの魔方陣は?」


 疑問に思っていたことを聞く。

 あやしげな魔方陣に、あやしげな魔法使い集団。髑髏で飾られた台座。

 見た感じ悪魔召喚的な儀式に見えるが、やっていたのは竜の卵を孵化させることだったはずだ。いったい、何の魔法をかけていたのだろう。


「氷漬けの卵を調べた結果、炎竜が誕生するにはあと数十年かかることがわかった。だが、わたしはどうしても待ちきれなかったんだ」

「時間を早める魔法を使ったとか?」

「そんな危険なことができるものか」

「なら、あっためる魔法?」

「おしいが、ちがうよ」


 なぜか、クイズ形式にされている。

 わたしは首をひねった。

 ふと自分の身体を見下ろし、幼児体型のぽっこりお腹に目をとめた。

 

「栄養を与える魔法?」

「うーん。おしいなあ」

「わかんない。教えてよ」


 降参すると、父は「しかたないなあ」とか言いながら答えを教えてくれた。


「精神への攻撃魔法をありったけ撃ち込んだ」


 それは危険なことでは?

 いや、あれか。

 危険な魔法というのは、わたしではなく、それをかける父の身が危ないという意味だったのか。わたしの命が危険なのは問題ないということか。


「声をガラガラにしてまで、わたしに攻撃魔法を――」


 なんということをしてくれたんだ。

 恐怖で白目になるが、父は気づいていない。

 むしろ、己のナイスアイディアを披露してごきげんな様子だ。


「竜の精神は、人のそれより頑強だ。だが、眠りながらも身の危険を感じたお前は、早く目覚めようとしたんだろう」

「まあ、寝てる場合ではなくなるよね」

「わたしの予想は完璧だった。こうしてお前は目覚めたのだから」


 わたしの身体に指で触れ、うっとりした様子で父が言う。

 悪いことをしたという自覚はないようだ。

 それとも、わたしが気にしすぎなのだろうか。

 何といったって、伝説級のドラゴンらしいし。

 人間の使う攻撃魔法なんて、針でつつかれた程度にしか感じないのかもしれない。と、思いたい。


 父の言うことが事実なら、孵化するまで数十年かかるところを、卵への精神攻撃を行うことで、誕生の時期を早めたらしい。もしかして、わたしが十代の若さで早死にしたのは、この父のせいだろうか。


「グラナ。お前に炎竜の姿を見せてあげよう」


 上機嫌で父が言った。

 父の言う炎竜とは、当たり前だがわたしのことではない。

 先代だか、先々代だかの炎竜のことだろう。ややこしいな。


 



 わたしを肩に乗せ、後ろに部下を引き連れて、父は薄暗い廊下を歩いて行く。


 窓には厚いカーテンがかかり、外の様子は見えない。

 天井には蜘蛛の巣。

 廊下のすみを痩せたネズミが走っていく。

 薄汚れた壁には、人間の全身骨格が等間隔で飾られていた。

 趣味の良し悪しというか、もうバチ当たりな感じだ。


「お前の復活にかかりきりで、掃除が行き届いてなくてね」

「汚れてるって自覚はあるんだ……」

「不便はないし、別にこのままでかまわないんだが」

「せめて骸骨は埋めてあげようよ」


 悪趣味なインテリアを眺めつつ言う。

 このままでは、夜中お手洗いに行くこともできない。

 脳裏に「汚城」というワードが浮かんだが、伝わるかどうか疑問だったので黙っておいた。ちなみに父の話す言葉も、自分の言葉も全部日本語に聞こえた


「ここだよ」


 いくつか階段を下りたあと、父が言った。

 薄暗いのでよくわからないが、地下か半地下のような場所である。

 石壁に囲まれた通路の突き当たりに、石でできた扉があった。

 ついてきていた部下ふたりが、進み出て扉を開けてくれる。

 扉の下に溝があるらしく、見た目のわりにすんなり開いた。


 父が扉をくぐる。部下が燭台に火を灯していくにつれ、色違いの石をはめ込んだモザイク柄の床や、カマボコ型にカーブを描いた天井が見えてきた。両側に側廊があり、装飾をほどこした柱が並んでいる。天井は高く、横幅も広い。総面積で言えば、さっきいた広間より広いのではないだろうか。

 墓所のような雰囲気だが、棺らしきものは見当たらない。

 もっと明るければ聖堂に見えただろう。

  

 墓所だか聖堂だかの中心を、父はゆっくり歩いて行く。


 突き当たりの壁の、だいぶ手前で足を止めた。


 父が目線を上げるのを見て、わたしも壁を見上げた。


 正確に言えば、見上げたのは壁そのものではない。


 まだらに黒い、厚手の布が、壁一面を覆っている。

 テニスコートを横にしたぐらいのサイズはあるだろうか。

 黒い布は、燃えたにしては欠けたところがなく、そういう柄というには薄汚い。

 焙煎コーヒーに半年漬け込み、仕上げに墨汁をふりまいたような色合いである。

 布には一面刺繍がしてあり、絵のようなものがうっすら浮かび上がっている。だが、何しろ汚なすぎるので、何が描いてあるかはわからない。洗えばいいのに。


「古い時代に、魔力を込めて織られた布だ」


「へえー」

 

 そう言われると、薄汚いなかに歴史の重みを感じるようなそうでないような。


「真っ黒で、何の絵かよく見えない」


 見ればわかることだが、一応言ってみる。

 聖堂の床は、巨大な布を広げられるくらいの面積がある。

 下ろしてゴシゴシ洗えば、少しはマシになるんじゃないだろうか。


「この絵は、誰の目にもあきらかになるものではない」

「というと?」

「その価値がわかる者にしか見られないようできている」


 父が両手を上げた。

 魔法を使ったようだ。

 というのも、ぴりりと、何かのエネルギーが肌に触れるのを感じたからだ。

 

「わあ――」


 父の魔法を受けて、黒い布の下から、色鮮やかな絵が浮き上がってきた。

 

 躍動感があり、圧倒されるほど大きい。美しい。


 中央にいる一本角の赤い竜が、先代のグラナティスだろう。

 空がふたつに割れ、稲妻が乱れ落ちるなかを、ドラゴンの群れを引き連れたグラナティスが飛んでいる。地上は火の海と化し、兵士の姿はあるものの、剣は折れ、矢も届かず、やられ放題なのが見てとれる。壊れた建物の前で民衆は泣き叫び、それを嘲笑うように、ガイコツが踊り狂っていた。

 絢爛豪華。しかし、描かれているのは地獄絵図という残念さ。

 わたしの歓声は尻すぼみになり、やがて沈黙に変わった。


「これ、滅ぼしてやしませんか?」


「滅ぼしてるねえ」


 誰がとも、何をとも、言わなかったが、話は通じた。


 そうか、滅ぼすか……。


評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ