28 隠れ住む者
わたしは、シーラを見上げた。
シーラは、鬼の形相で女を睨みつけている。
激怒しながらもトレントをけしかけないのは、女の魔法を食らえば、ただでは済まないとわかっているからだ。シュルツや警邏隊のみんなが森の守護者を殺すことはないが、あの女は普通に反撃してくる。
女はまたうずくまると、しくしく泣き始めた。
幼稚園児並に情緒が不安定だ。
わたしは、小声でシーラに尋ねた。
「あれ、ずっとあの調子なの?」
「そうです。なのに、砦の魔術師どもは何もしません」
「あれが森にきたのって、どれくらい前?」
「――こないだです」
「そうか。こないだか」
さっきは数十年をつい最近と言っていたし、シーラの時間の感覚がよくわからない。わたしは周囲の様子を観察した。幹についた傷や、葉っぱの落ち具合からして、数週間といった感じだ。少なくとも、何ヶ月も経っている様子ではない。
幻術に守られて、泣きながら森を破壊する女魔術師。
あの様子ではうかつに近づけないし、いったん戻ってキースさんに相談した方がいいだろう。そう思った時、誰かがやってくる気配がした。
地上に目を向けたわたしは、ぎょっとして枝から落ちそうになった。
「やあ、ルーミエ。今日も絶好調だね」
片手を上げながら、アーベルが爽やかに挨拶した。
話しかけた相手は、もちろんあの女魔術師である。
おいおいおい。
「えっ、あのふたり知り合いなの?」
「そのようです」
「マジか」
アーベルは、ルーミエと呼んだ女に近づいた。
ルーミエは涙を拭きつつ顔を上げる。アーベルの方を振り向いた。
「――放っておいてくれと言ったはずだ」
「そっちこそ、そろそろあきらめたらどうかな」
「あきらめるものか! ああ、自由のないこの身が呪わしい……」
「いい加減、無駄だとわかりそうなものだけどね」
「そんなことはない!」
「そんなことがあるんだよなあ」
「わたしの愛の力でどうにかしてみせる!」
「なってないから、今の状態なんだろ」
ため息をつくと、アーベルは警戒する顔で辺りを見回した。
「森の精霊が騒ぎ始めている。その内、君もただでは済まなくなる」
「知ったことか」
「フラ何とかは戻ってこない。頭を冷やしてよく考えろ」
「黙れ! あっちへ行け!」
「――そうそう、いつもの場所に食料を届けておいたよ」
「いらん世話だ! しかし、親切には感謝する!」
「でも、これが最後だ」
「……」
「あきらめるか、飢えて死ぬか。好きな方を選ぶといい」
そう言うと、アーベルは去って行った。
わたしはシーラを見上げた。シーラは黙って女を見下ろしている。
警邏隊が森を荒らす魔術師を放置していると、シーラは言った。アーベルを警邏隊に含むなら、シーラの言い分は正しい。でも、アーベルを警邏隊に含めないなら間違っている。正しくは、アーベルが女魔術師をかくまっていて、その悪行を知りながら放置しているだ。いったい、何がどうなっているんだろう。
シーラと別れたわたしは、ワサオに乗って森のなかを移動した。
ワサオは、安全運行でてくてく進んでくれている。
子供のころ、ゴールデンレトリーバーの背中に乗って旅をするのが夢だったが、ちょっとだけ夢が叶った気分である。ワサオの見た目が妖怪だとしても。
目的地は砦ではない。
トレント父に襲われ、隊のみんなとはぐれた場所まで戻るつもりだ。
キースさんに話すなら砦に行った方が早いが、第一小隊のみんなに良心があるなら、わたしの姿がないのに気づいて心配しているだろう。
気づいて……くれているだろうか……。
まあ、誰もいなかったら、ちょっと泣いてまた考えればいいや。
移動をワサオに任せ、わたしは今までの出来事を振り返ってみた。
時系列にならべるとこうだ。
およそ一ヶ月前、アーベルとシュルツが突然赴任してきて、係長とキースさんが隊長と副隊長の職を解かれた。
それとほぼ同時期? に、謎の女魔術師ルーミエが森にやってきて、風の魔法で木々をズタズタにし始めた。そんなことをすれば石柱が反応し、警邏隊が飛んでくるはずが、存在を隠す幻惑の魔法と、謎の警報スルーのせいで今だにバレていない。これはアーベルのしわざのようで、どうやらアーベルは、ルーミエをかくまうために赴任してきたものと思われる。
警邏隊――というか、アーベルがルーミエを始末しないので、警告の意味でシーラが近くの石柱を傷つけた。警報が鳴り、砦のみんなが出動するも、幻惑の魔法のせいでルーミエが発見されることはなかった。わたしが、みんなと出会った日の出来事である。
シュルツを捕らえたシーラは、アーベルに向けて警告を発した。我々をあなどれば痛い目に遭う。というあれである。しかし、ルーミエは依然として居座ったまま。さらに一週間が経過し、巡回中のアーベルを見かけたシーラがトレント父をけしかけ、何やかんやでわたしがとっ捕まったという次第である。
シュルツを吊るし、第一小隊を襲ったシーラが、ルーミエに直接攻撃をしないのは、警邏隊と交わした約束があるせいだ。
約束とは、敵の存在を知らせる石柱の設置を許す代わり、森を破壊する魔術師は警邏隊が始末するというものだ。森を破壊する魔術師とは、ちょいちょいやってくるというガロリア兵のことだろう。今回の敵は違うけど、約束は約束だ。
森の守護者と言えども、魔術師とやりあえばそれなりのダメージを食らう。だから、ルーミエに直接攻撃をせず、約束を守れと警邏隊をせっついているのだ。
ルーミエという女魔術師は、誰かが戻ってくるのを待っているようだ。森林破壊は、それ目的でなく、八つ当たりのとばっちりのように見えた。しかし、森に住んでいるシーラたちにしてみたら、人間スライサーの存在は恐怖でしかない。アーベルがどういう理由でルーミエをかくまっているのかは不明だが、早いとこ捕まえた方がみんなが幸せになれるだろう。
ワサオが足を止めた。
わたしは顔を上げる。姿は見えないが、近くに人のいる気配を感じた。
「どっか、人のいないところに降ろして」
お願いすると、ワサオは離れた茂みの陰に降ろしてくれた。
わたしは転化の呪文を唱えると、人間に変身した。
足音を立てないようにして、人の気配の方へ近づく。
ちらちら見える制服は警邏隊のものだが、やたら数が増えている。砦から応援がきているようだ。やったぜ!
そう思ったが、シュルツの姿を見つけてわたしは舌打ちをした。
シュルツはアーベル側の人間だ。号泣魔術師のことは当然知っていただろうし、こっちが知ったことをアーベルにチクられたくない。どうにかしてキースさんだけ呼び出す方法はないだろうか。
悩んでいると、ワサオが蔦でわたしの腕をトントンした。
何か言いたそうな目をしている。
「キースさんを呼んでくれるの?」
うなずいたワサオは、地面に沿わせて蔦をのばした。背を向けているキースさんに近づくと、その背中をトントンする。キースさんが振り向いたので、わたしは手を振って注意を引いた。唇にひとさし指を当ててから手招きした。
係長に耳打ちしてから、キースさんがさりげなく隊から離れた。
離れた場所まで移動すると、キースさんと向き合った。
キースさんは何とも言えない顔をして、わたしの腕のなかにいるワサオを見ている。ワサオは精霊の一種なので、抱えてもそれほど重くないのだ。
「お友達のワサオです!」
「ギー!」
「またドライアドと会ったのか?」
「うん。話したらわかってくれたよ」
「ドライアドと会話……? そんなことが可能なのか?」
「……あ、いや、ちょっとだけね」
キースさんの驚愕している様子を見て、あわてて言い添える。
木の精は人間と会話したりしないらしい。そういえば最初に会った時も、こっちの発言はガン無視だったし、あれが対人間モードなのだろう。
わたしは、森で見聞きしたことをキースさんに話した。途中で係長もやってきて、話にくわわった。
「幻術がかかってると、石柱って反応しないの?」
確認すると、係長は首を横に振る。キースさんの方を見た。
「幻術自体には反応しないかもしれないが、攻撃魔法を使ったのなら必ず感知するはずだ。感知しないとなると、無効化の護符を持たせているのかもしれん」
「今すぐ、その女魔術師を捕らえに行きましょう!」
「アーベルから話を聞くのが先だろう」
「そのアーベルはどこにいるんですか?」
「ここにこないということは、砦に帰ったのかもしれん」
「――なら、ふたりが離れている今こそ好機です。女魔術師を捕らえたあと、アーベルを捕まえ、それから話を聞けばいい」
「アーベルから投降するよう呼びかけられるかもしれん」
「裏切られたら? 結託されればこちらが不利になります」
係長は難しい顔をしている。
キースさんの言う通り、アーベルを連れて説得に行ったとして、ルーミエと共闘を組まれたらシャレにならない。それに、ふたりを敵にまわすということは、シュルツも敵にまわすということだ。平隊員を戦力に含めたとしても、係長とキースさんで魔術師三人を相手にするのはさすがにキツいんじゃないだろうか。
「――アーベルと話をするなどと、生易しいことを言っている場合ではありません。無効化の護符を渡し、森を破壊する罪人に味方していた以上、奴は紛うことなく犯罪者です!」
キースさんが、熱のこもった口調で言う。
職務のためというより、アーベルを捕まえたくてしかたがない様子だ。
付き合いの浅いわたしでさえ、ぶん殴りたいと思うくらいだ。パワハラを受け続けたキースさんなら、ブチ殺したいと思っていて不思議ではない。
「今から女魔術師を捕らえに行くとして、シュルツをどうする?」
「イチカに手伝ってもらいます」
「えっ、わたし?」
「イチカを砦に帰すよう指示します。女魔術師一人を捕らえるだけなら、ここにいる者で十分対処可能です。女を人質にとれば、アーベルも抵抗できないでしょう」
「強引な気もするが、それが現実的か」
「悪どいなあ」
「イチカ、絶対にシュルツさんに気づかれるな」
「……それは約束できないよ」
わたしは言ったが、みなぎっているキースさんの耳には届いていないようだった。




