表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
27/128

27 緑の守護者

 どうやら、奥の手を出す時がきたようだ。


 蔦に捕らわれ、妖怪ファミリーに囲まれたわたしは覚悟を決めた。


「風球、跳躍、ダブルオン!」


 景気づけに叫んでから、呪文を唱えて魔法をかける。捕まる前にかけていた跳躍は、魔素節約のために解除していたので、重ねがけにはならない。


 体のまわりに風球が発生し、長い髪が巻き上がる。

 

「からの、転化解除!」


 わたしは転化を解除した。これも別に叫ぶ必要はない。

 魔法よ解けろと考えるだけで、仮の姿は消え失せる。転化の詠唱に五分もかかることを考えるとやるせない気持ちになるが、人生そんなもんだ。


 風船を針で突いたように、わたしの体は一瞬で子猫サイズに戻った。


 チビ竜の体が蔦の拘束をすり抜け、地面に向かって落下する。


 わたしは風球を引き寄せると、体のまわりに配置した。

 風球は球状の風の塊なので、中に入ることできない。このサイズで入ったら、洗濯機で洗われるぬいぐるみ状態になるだろう。

 

 風球の巻き起こす風で勢いを弱めつつ、わたしは草だらけの地面に着地した。


 ――ああ、世界がでかい。


 周囲には巨木モンスターが立ち並び、根元には切り株モンスターがうじゃうじゃしている。これがアニメのOPなら、絶対絶命のわたしの背後からカメラが回りこんでいるはずだ。絵に描いたようなアウェー状態である。


 捕まえていた人間が消えたことで、巨木トレントはうろたえ、複数の蔦をうねうねさせて落とした獲物を探している。人間が変身したことも、ちんまりしたのが足元にいることにも気づいていないようだ。  


 根っこの足が動き出したので、わたしはあわててよけた。

 踏まれない場所まで離れてから、草むらに身を伏せる。

 ひとまず、嫁に行けなくなる系の危機は脱した。

 しかし、依然として周囲は敵だらけだ。


 草むらに身を隠しつつ、トレント包囲網から脱出できるだろうかと考えてみる。何とか行けそうな気もするが、万が一見つかったら逃げ切る自信はない。切り株トレントの足は速いし、追われる途中で巨木トレントに踏まれたら、この体では一瞬であの世行きだろう。


 下手に動いて注意を引くより、ここでじっとしていた方がいいかな。

 でもわたし、体毛が真っ赤だから景色に溶け込めないんだよね。

 トレントがアホの子だから助かってるけど、賢いのがきたらアウトだ。


 わたしは茂っているシダの葉っぱを千切ると、簑っぽいものを作り始めた。羽織れば、多少は緑に溶け込めるだろう。まさに隠れ簑である。


 完成した簑を羽織ろうとして、首にリボンが結んであるのに気づいた。

 白くて細い、シルクのようなリボンである。

 前に変身した時には、こんなものはなかった。

 わたしはアイチャンを呼び出した。


『転化解除前の衣服の情報を圧縮し、帯状にまとめました』

『ほほう』

『転化の魔法と同時に再生されます』

『そういや、最初に着てた服いつの間にかなくなってたんだよね』

『基本の衣装はイチカから離れると消失します』

『出そうと思えば、また出せる?』

『イエス』

『ただ、このリボンなくしたら制服はなくなると』

『イエス』


 などどやっていると、頭上から声が降ってきた。


「あら、まあ」


 顔を上げると、白目のない真緑の目がわたしを見下ろしていた。


 いかん。賢いのがきてしまった。


 凍りついていると、木の精が漂ってきた。

 草の上にアヒル座りをし、顔を近づけてわたしを凝視する。近くで見ると、お肌真っ白、髪と目は真緑で生きている気配がない。前に会った時も湯気から変身していたし、生身に見えるけど実体はないのだろう。


「この森でドラゴンの子供を見るなんて。何百年振りのことでしょう」 


 真っ白な頬に両手を当て、木の精がほうと息をつく。頬は色づいていないが、目元がうっとりしている。子猫を愛でる女子高生の顔をしていた。

 チビ竜の可愛さは、人外にも有効であったようだ。

 よかった。マジよかった。

 

「こんにちわ!」

「はい、こんにちわ。人になりすましていたとは、驚きました」

「色々事情がありまして」

「おケガはありませんか?」

「肌強いから平気」


 わたしは、ちょっと首をかしげた。

 転化の魔法を解くとこを見られていたらしい。ということは、警邏隊の隊員であることもバレている。それでも友好的に接してくれるのは、わたしが可愛いせいもあるだろうが、同じ人外仲間だからだろう。


「ちょっと聞きたいことがあるんだけど」

「何でしょう?」

「どうして警邏隊の隊員を襲ったの?」

「彼らが約束を守らないせいです」

「約束? 警邏隊と?」

「彼らは約束したのです。魔法の柱を置くのを認めるなら、この森を破壊する魔術師から守ってやると」

「約束って、どれくらい前の話?」

「――つい最近です」


 しばらく考え込んだのち、しれっと木の精が答えた。


 オベリスクは新旧入り交じっているが、古いのはかなり風化している。少なくとも数十年は経っているはずだが、木の精霊だから時間の経過に鈍感なんだろう。いやでも、次はないって警告してから一週間しか経ってないのに襲ってくるんだから、むしろ気が短いのか。ていうか、こないだと同じ人だよね?


「前に会った人だよね?」

「そうですよ。シーラと申します」

「わたしはイチカ」

「人に化けるのがお上手ですね。ドラゴンだとは、ちっとも気づきませんでした」

「約束を守らないって、つまり、今まさに悪い魔術師が森にいるってこと?」

「そうなんです。ひどいんです」

「まあまあ。このチビ竜に話してごらんよ」

「彼らは、この森を守ると約束しました。それなのに、彼らは森を荒らす魔術師を放置し、何もしてくれません。警告に石柱を傷つけ、これ以上何もしない気であるなら、こちらにも考えがあると伝えたのに」

「あー、シュルツ吊す前にそんなこともやってたんだ」

「それなのに……」

「まだ何もしてくれないと?」

「その通りです!」


 鼻息荒く言ったものの、次の瞬間にはしゅんとうなだれた。


「どうしたの?」

「彼らを信じたわたしが愚かでした」

「うーん」

「わたしたちが魔術師と戦えば、森は疲弊し、生気を失います。ですが、彼らに約束を守る気がなくなったのであれば、いたしかたありません。あの魔術師ともども、彼らをこの森から追い出し、以前のように誰も立ち入れないよう結界を張るしかないでしょう」


 さらっと危ないことを言う。

 わたしは、周囲にいるトレントたちを見た。こいつらに総出で襲われたら、砦はひとたまりもないだろう。


「イチカ。わたしに代わり、この森の守護者となっていただけませんか?」

「それは無理かなー」

「そうおっしゃらず」

「それよか、森を荒らしてる奴なんだけど、警邏隊が気づいてないってことはないの?」

「いいえ。それは絶対にありません」

「でもなあ、そんな異常があれば警報が鳴るはずなんだけどなあ」


 砦が見える範囲なら、鐘の音は聞こえると説明を受けた。

 害虫退治中でも、警報が鳴ればわかったはずだが、わたしがきてから砦の警報が鳴ったことは一度もない。森を荒らすと言うからには、それなりに大きな魔法を使っているのはずだ。それなのに、石柱のどれにも引っかかってこないのはおかしい。いったい、どういうことだろう。


「それってガロリア? 隣の国の兵隊なんだよね?」

「いいえ。ガロリアの者ではないと思います」

「えっ、ちがうの?」

「はい。あれが森の東側に入ったことは一度もないので」

「東がガロリア側なんだっけ」

「彼らが勝手に主張しているだけですが」

「その魔術師の居所って把握してるの?」

「ええ。もちろんです」


 普通なら戻ってアーベルに報告するところだが、二度に渡る裏切り行為で、わたしのアーベルに対する好感度は普通を突き破ってマイナスまで落ちている。

 言うとしたらキースさんか。

 でも、隣国の兵士じゃないうんぬんが事実だとしたら、石柱に引っかからないその魔術師っていったい何者なんだろう。


「わたしが確認するから、キレるの少し待ってくれない?」

「少しだけですよ」

「今の隊長さんボンクラだから、うちも大変なんだよね」

「まあ、気の毒に」





 わたしはチビ竜の姿のまま、てってこ走る切り株の上で揺られていた。

 切り株は、チビ竜が乗るのにちょうどいいサイズだ。根っこの足の間から鞭みたいな蔦がわっさーと生えているので、わたしは彼をワサオと呼ぶことに決めた。


 ワサオの前を、シーラが先導して進んでいく。裸足の足は地面についておらず、地面から三十センチくらいのところで浮いていた。

 

「この先です。ですが、幻惑の魔法があるので、このまま進んでも魔術師のところへはたどりつけません」

「同じ場所に戻ってくるとか?」

「いえ、強制的に迂回させられるようです」

「シーラたちには効かない?」

「もちろんです」

「わたしは? 幻術に引っかかると思う?」

「わかりません。なので、抜け道を使います。魔術師に気づかれるのでお静かに」


 そう言うと、すうっと空に向かって浮いていく。

 地面を歩いていくと幻術に引っかかるが、上なら問題ないということか。

 え、ちょっと待って?


 ワサオが蔦をのばし、わたしの胴体に蔦をぐるぐる巻きつけた。


 止める間もなく、近くの木の幹に取り付くと、重力を無視して縦に走り始めた。落ち――はしないが、内臓がふわっとする。めちゃめちゃ怖い。わたしは悲鳴を上げかけたが、静かにしろと言われたのを思い出して、涙目で奥歯を噛みしめた。


 樹上に登ったワサオは、そこから隣の木に向かって華麗に飛び移り始めた。枝から枝へ軽快にジャンプして行き、樹冠のなかにいるシーラの傍までくると、ようやく止まった。

 わたしは、ふらつきながら太い枝の上に降りた。気持ち悪い。


「どうかされましたか?」

「ワサオは、わたしに恨みでもあるのかな?」

「何かお気に障ることが?」

「もうちょっと、ゆっくり移動して欲しいかなって」

「まあ、すみません。言い聞かせておきます」

「で、その魔術師ってのは?」

「あれです」


 わたしは、シーラが指さす先を見た。


 ひとりの女が、背中をまるめてうずくまっている。

 距離があるので、小声である限り、こっちの声は届かないだろう。


 うずくまる女の周囲には、巨大な鉤爪でえぐったような跡がいくつもついている。地面だけでなく、視界に入る木々の全部に同じような傷がついていた。巨大な斧でも振り回したようで、傷の深い浅いはあるものの、周辺は軒並み損傷を受けている。シーラが怒るわけである。これを全部、この女がやったというのだろうか。


「あれって魔法だよね?」

「ええ」

「この辺て、石柱はないの?」

「少し離れていますが、あります」

「幻術が魔法の感知を邪魔してるのかな?」

「わかりません。――あ、女が目覚めたようです」


 うずくまっていた女が、がばっと顔を上げた。

 髪は青で、目の色は水色。歳は二十代後半くらいで、街ですれ違っても記憶に残らないような地味地味しい顔立ちをしている。その顔は、涙でぐっちょり濡れていた。


「フラムス、愛しい人! なぜ戻ってきてくれない!」


 唐突に女が叫んだ。それと同時に、うずくまっていた時に詠唱していたのだろう、女の体から鋭い風が発生する。鎌みたいな風は、土や草をまき散らしながら地面をえぐり、木の幹に当たるとざっくり傷をつけた。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ