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25 最初の任務

「あのフライパン、貸してもらってもいい?」

「かまわないが、持てますかな?」

「――部下を。部下を二、三名貸してください!」

「どれ、わたしが調理場まで運びましょう」


 巨大フライパンを、係長が調理場まで担いで運んでくれた。

 のしのし階段を登っていく背中を見て、脳裏に「親方」という言葉が浮かんだが、わたしはその気持ちを押し殺した。係長は係長だ。


 はりきって調理をしようとしたが、材料が足りないことを知った。


 貯蔵庫を探しても、白い小麦粉などどこにもない。

 実家の厨房には、小麦粉、砂糖、天然酵母、生卵などの材料が揃っていたので、当然あるものと思っていたが、ひとつとしてない。現実は厳しかった。


 じゃあ、毎食出てくるカチカチのパンはどうやって作っているのか。

 疑問に思いながら厨房を見渡して、大量のパンが焼けるような窯がどこにもないことに気づいた。アゴが丈夫になるからとか、そんな前向きな理由でカチカチなのだと思っていたが、保存のきくものをどこかから仕入れていたようだ。


 係長に相談したところ、欲しい食材は注文すれば手に入るとのことだったので、そうしてもらうことにした。砦の食料は、森の外にある農場から仕入れており、天候を見て数日おきにやってくるとのことだ。ともあれ、電話もネットもアマ○ンもない世界である。物が届くのは、いつになるかわからないと言われた。





 翌朝、身支度を整えてから、わたしは砦の一階に降りた。

 ちなみにこの世界、普通に時計がある。一階にある大きな柱時計は朝の八時を示しており、裏庭からは訓練中の別隊の暑苦しいかけ声がしていた。


「――やっときたか」


 砦の前には整列した第一小隊十数名。

 それと制服を着込んだアーベルがいた。今日も腹が立つほどイケメンだ。

 シュルツの姿はどこにもない。

 わたしは、きょろきょろしたあと目を擦った。 


「おかしいな。シュルツがアーベルに見える」

「おかしくない。今日は、俺が第一の小隊長だ」

「そんな馬鹿な」

「誰の何が馬鹿だって?」

「シュルツは? どこ行ったの?」

「君が知る必要はない。そういうわけで、よろしくね。イチカ君」


 爽やか笑顔でアーベルが言った。

 ……シュルツは無事だろうか。

 アーベルはあごに指を当てると、わたしの全身に視線を走らせた。


「付け焼き刃の割には、様になってるな」

「あざます」

「ちょっと風球を出してみて」

「? わかった」


 わたしは風球を出そうとして、魔素が空っぽなのに気づいた。

 引き寄せた魔素は何もしなくても体の表面にくっついているが、時間の経過とともに劣化し、消滅してしまう。昨日持っていた分は、とっくの昔に消え失せていた。


 魔素を引き寄せようとしたところ、アーベルに頭をつかまれた。


「いたっ……いたたた……」

「これから仕事だっていうのに、魔素なしで現れる魔術師がどこにいる」

「ここにいま……」

「いないよな?」

「……いたたた」

「レベル以前の問題だ。気をつけろ」


 アーベルが手を離したので、わたしは急いで後ろに下がった。

 ――とうとう、手まで出してくるようになったか。

 がたがた震えながら、魔素をかき集めた。

 小隊のみんなの方を見ると、どの顔にも額のあたりに縦線で影が入っている。わたし額にも、同じように縦線が入っているに違いない。おうちに帰りたい。





 巡回のルートは何種類かあり、どのルートを行くかはランダムで決める。


 ルートを固定してしまうと、敵に待ち伏せされる危険があるからだ。


 ニルグの森の西側はハリファールの領土で、東側はガロリアの領土だ。

 中央に国境線があり、ハリファールの場合、国境線の内側に警報の発信器である石柱を等間隔で建てている。石柱は強い魔法と地面の揺れに反応する。魔法はともかく、地面の揺れというのは、大勢の人間やら馬やらがどしどし歩くと起こる地面の震動のことだ。石柱がそれを感知し、砦の警報を鳴らす仕組みである。


 小隊もまあまあの人数がいるが、小隊長がノーカウントにするアイテムを所持しているため、警報が鳴ることはないそうだ。ちなみに砦には厩舎に馬が三頭がいるが、近隣の砦との連絡用で巡回には基本使わない。巡回は、侵入者の形跡を確認するとともに、このオベリスクみたいな石柱が損傷していないか、チェックするのも仕事のひとつだった。


 就任して一ヶ月ちょいのアーベルは、当然ニルグの森には不案内だ。

 ベテラン小隊が歩いていく後ろをわたしが歩き、その後ろをアーベルがついてくる。背後にいられると不安を感じるのは、わたしだけではない。小隊のみんなはそわそわそわし、石につまづいたり、木の枝に顔を叩かれたりしていた。


「モンスター退治はしないの?」


 歩きながらアーベルに聞いた。

 さっきルートの折り返し地点を曲がったので、あとは砦に戻るだけである。


 リスやシカみたいな平和的な動物は見当たらないが、クマやオオカミに似た形状のモンスターはうろうろしていた。しかし、それらは、遠巻きにわたしたちを見こそすれ、決して近づいてはこない。いいことなんだろうが、RPG的な展開を期待していたわたしには退屈だった。


「近くに村や街があるわけじゃないから、必要ないんだよ」

「どうして襲ってこないの?」

「この制服を見て、勝てない相手だと学習しているんだろう。もちろん、そんな聞き分けのいい奴ばかりじゃないけど」

「トレントみたいな?」

「あれは木の精の僕だから、上を怒らせなければ手は出してこない」

「シュルツはどうして怒らせたの? あ、怒らせたのはシュルツじゃないんだっけ」

「無駄口を叩いてる暇があるなら、前見て歩け」


 我ながらナチュラルに聞けたと思ったが、アーベルの返事はそっけない。

 静かな緊張が広がる中、小隊のザカザカいう足音だけが森に響く。

 気まずい。早く砦に着かないかな。


「――アーベル、あのさ」


 沈黙に耐えかねて振り向いたが、そこに暗黒王子の姿はなかった。

 ――お手洗いだろうか。

 黙って行くとは、意外に恥ずかしがり屋なのかもしれない。などと考えていると、左手にある木の幹からアーベルが顔を出した。何でそんな離れた所に?


「各自、自分の身は自分で守るように」


 わたしと、小隊のみんなの頭上に「?」が浮かんだ。

 アーベルはにっこりすると、手を振りながら木の陰に姿を消す。その直後。


 傍にあった木が、ゆさゆさと枝を揺らしながら立ち上がった。


 そう、立ち上がったのだ。


 大根でも引き抜くように、根っこを地面から出し、どっこいしょっと立ち上がる。木の幹には、さっきまでなかった顔がついていた。顔は、大きさこそ違うが、あの切り株のモンスターと同じだ。切り株はミニサイズでキモ可愛いかったが、顔のある巨木はどう見たって凶悪モンスターだ。しかも、五匹もいた。


 立ち上がった巨木たちの樹冠から、野太い蔦がしゅるしゅると降りてきて、隊員たちに向かってくる。隊員たちは悲鳴を上げ、散り散りに逃げ惑った。

 いや、悲鳴ではない。

 アーベルに対する罵詈雑言だ。


「金髪クソ野郎!」

「ひとりだけ逃げやがって!」

「何が、各自だ!」

「あの野郎をぶん殴って辞めてやる!」


 みんな元気だなあ。

 うんうんとうなずきながら、わたしは剣を抜いて<跳躍1>の呪文を唱えた。

 のびてくる蔦は切り株のより太いが、そのせいで動きは鈍い。切り株の蔦が鞭なら、巨木の蔦は綱だ。ぶつかったら痛いだろうが、ぶつからなければしのげる。


 隊員たちは、訓練しているだけあってうまく逃げていた。

 だが、なかには運悪く捕まっているのもいる。

 わたしは跳躍を使って移動すると、隊員を捕らえている蔦を剣で断ち切った。


「わっ、変な汁がっ」


 切り口から、緑の汁がぶしゃっと吹き出す。

 わたしは、あわてて横に避けた。

 一張羅がモンスター汁で汚れるところだった。危ない危ない。


 蔦の拘束が解けると、隊員が急いで逃げ出す。

 

 わたしは剣を握り直した。お飾りとはいえ副長だし、アーベルが逃亡した今、魔法使いはわたししかいない。


 剣道の経験はないが、ソウルキャ○バーなら囓ったことがある。

 運動神経抜群の今の体なら、ゲームキャラの動きも再現可能だ。ただし、剣から衝撃派は出ないし、人間離れした動きまでは再現できない。できる範囲をさぐりつつ、跳躍を使って蔦を避け、とっ捕まってる隊員を見つけると助けに入った。


 全員が逃げたのを見届け、さあわたしもずらかるぞと思った時だ。

 緊張が解けたのと、疲れて息が上がっていたせいだろう。

 飛んできた蔦に反応するのが、少しだけ遅れた。


「変な汁が――変な汁がああぁぁ――」


 蔦に傷がついていたのだろう。緑の汁がわたしの顔にかかった。

 ネトネトした汁で、目を開けることができない。胴体に太い蔦がからみつき、足が地面から浮くのが感じられた。まずい、まずい。


「アイチャン、助けてー!」


『魔法を使用しますか?』


 悲鳴混じりに叫んだが、アイチャンの反応は薄い。そういえば、フレームに何の魔法も入れていない。完全に油断していた。    

 わたしは頭を振る。顔についた汁をできるだけ飛ばすと、右目を開けた。


 わたしは両腕と胴体をがっちり拘束され、巨木の枝の下にぶら下げられていた。すぐそこにトレントの不気味な顔があり、獲物の大半を逃がしてしまったせいか、困り顔できょろきょろしている。ちょっとキモ可愛い。言ってる場合か。

 汁がかかった時に、剣は落としてしまっていた。

 風球でこの蔦は解けないし、水球ではもっと無理だろう。


 シュルツの言いつけを破って、火球を使おうか。


 いや、あれは火種がないと使えないんだった。


 だめだ。万策尽きた。





 他の隊員たちの姿はどこにもなく、戻ってくる気配もない。

 捕まえる獲物がいないことを理解したのか、五匹のトレントはしょんぼりした顔をする。わたしをぶら下げたのを先頭にして、森の奥へと移動し始めた。

 体は大きいが、どずどすとは歩かない。

 タコが海底を進むようなすり足で、すべるように木の間を進んで行く。

 たぶんだが、足音を立てるとオベリスクが反応するので、そうした歩き方をしているのだろう。アーベルが言っていたように学習しているのだ。


 三十分ほど移動したところで、トレントが足を止めた。

 辺りには巨木が立ち並び、樹冠から木漏れ日が射している。

 トレントが、「ギギギ」みたいな声をあげると、まわりにある巨木が答えていっせいに身震いをした。巨木の全部に彫刻の顔が現れ、こっちを見る。それだけでなく、木の根元からは切り株のミニトレントがうじゃうじゃ出てきた。


 どうやら、トレントの巣窟に連れてこられたようだ。


 顔のある巨木と切り株が勢揃いしている風景は、ファンタジーというより妖怪大集合といった感じだ。一匹だけならキモ可愛い言ってられる余裕があるが、この数だとさすがに言ってる余裕はない。ただのホラーだ。絶望しかない。


 前に見たシュルツの様子を思い出して、わたしは青くなった。

 木の精はあれが警告で、次は容赦しないと言っていた。

 その次が今なんだとすれば、服をズタズタにされるだけでは済まないだろう。

  

 わたしは震え上がった。嫁に行けなくなってしまう!

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