24 武器庫の番人
「これ、自分で報告盛ってないよね?」
頬杖をついて、わたしの報告書を読んでいたアーベルがつぶやいた。
わたしの報告書と言っても、書いたのはわたしではない。
わたしが日本語で書いたのをシュルツに見せたところ、「クセがすごい」的なことを言われ、清書してもらったやつだ。わたしの「異世界語を日本語翻訳」能力ほど、異世界人の「日本語を異世界語翻訳」能力は優秀ではないようだ。わたしの字が汚いからでは、けしてない。
「盛ってないよ。この辺りの害虫いなくなったじゃん」
「シュルツ?」
「いなくなったは言い過ぎですが、まあ、ほぼ……かなり……」
「かなりだって。かなり!」
「じゃあ、いなくなったは言い過ぎなわけか」
「そこは盛った」
「……何で盛った?」
「ねえシュルツ。隊長、いつにも増して機嫌悪くない?」
シュルツに訴えると、無言で首を横に振られた。いつもこんなもん、それともあきらめろのジェスチャーだろうか。
場所は、砦の上階にある隊長の執務室。
デスクに座ったアーベルは、残りの文章に目を通している。
わたしとシュルツは、アーベルが読み終わるのを突っ立ったまま待っていた。
この一週間、わたしは砦のまわりで害虫退治に励んだ。
最初の数日は手間取ったものの、様子見にきたシュルツに槍の扱い方を教わってからは、害虫退治の腕がめきめき上がった。必殺技も編み出した。
全滅させたは言い過ぎだったが、獲物を見つけるのに困るくらいは、狩って狩って狩りまくった。さぞやレベルが上がったものと思ったが、何日経とうがレベルは5のまま。ぴくりとも上がらなかった。
報告書を置いて、アーベルが顔を上げた。
「勝手に魔法は増やしてないよね?」
「天に誓って」
「だとすると、虫退治が向いていないか、レベルアップまであと少しか」
「無敵なんだから、むしろ向いてるでしょ」
「イチカ。魔法の活用の話ですよ」
「ああ、あれか」
「遊び半分の様子だし、経験値が増えないのもしかたがないかもな」
「わたしが最強すぎるのが悪いんだよね。反省!」
「実際、イチカ君は魔法のコントロールは上手いよね」
「えっ、そう?」
「レベル5じゃ道化師にしかなれないけどね。君はあれだっけ、大道芸人目指してるんだっけ? この程度で副隊長名乗ってるんだから笑えるよね」
そう言うと、アーベルは爽やかな笑顔を見せた。
おかしいな。顔とセリフが合ってない。
「しかたない。巡回にイチカを同行させるか」
「……ですが」
「ですがもしかしもない」
「イチカは……でも……その……」
口ごもりながら、シュルツがこっちをチラ見する。
乙女男子め。
わたしはシュルツの心の声を代弁した。
「訓練を受けた隊員でもない、弱っちい一般人を連れてって危なくないの?」
「君は一般人じゃない。魔術師だ」
「あのさ」
「うん?」
「わたしのいたとこでは魔術師がいっぱいいたけど、普通はそうじゃないの?」
「――場所による。ここで言えば魔術師は五人だけだ」
「えっと……」
「俺、君、シュルツ、キース、バフェル」
「……少なくない?」
「騎士団ならともかく、警邏隊なら多いくらいだ」
ここに魔術師が多いのは、アーベルとシュルツが飛び入りしたせいだろう。
あ、わたしも飛び入り組か。
ティエリさんが魔術師でないなら、飛び入りがくる前は係長とキースさんのふたりだけということになる。かなり少ない。
「イチカ。君次第だ。どうしたい?」
「わたしは早くレベルアップしたい。それだけ」
「俺も同意見だ。シュルツ、いいな」
「……わかりました」
「イチカが石から星に昇級したら、お前の降格を取り消してやる」
「……はあ」
「イチカ。バフェルを探して武器を見繕ってもらえ」
「係長……じゃない、バフェルさん?」
「そうだ。武器庫の管理はバフェルがしている」
「あ、そうなんだ」
わたしは隊長の執務室を出た。
シュルツは居残りだ。
扉に耳をつけてみるが、ふたりの会話は聞き取れない。何話してるんだろう。
ニルグの森で、キースさんに言われたことを思い出す。
「一ヶ月前だ。彼らがここに配属されてきたのは」
「隊長はバフェル、副長はわたしが務めていた。わたしたちを降格させ彼らが上についた」
「頼む。力を貸して欲しい」
わたしは、気づいたことがあったら教えるとキースさんに約束した。
ただ、積極的にスパイ活動をするつもりはないことも伝えた。
キースさんの気持ちもわからなくもないが、アーベルとシュルツが正規の手続きで配属されてきた以上、それは上層部も了解済ということだ。キースさんが気に病んでいるのは、アーベルの思惑がわからないことと、それから――。
近づいてくる足音がしたので、わたしは扉から離れて壁に貼り付いた。
げんなり顔のシュルツが出てくる。わたしの存在には気づいてないようで、ドアを閉めると、肺の空気を出し切るような長いため息をついた。
そりゃ、パワハラ暗黒王子より、まったり係長の方がいいよね。
わたしは、スキップしながら砦の廊下を進んだ。
本当のわたしは手のひらサイズの仔竜で、今のこれは仮の姿だ。
仮の姿ではあるが、幻覚ではない。
イチカ・オリベという人間は、確かに実在していた。手をのばせば物に触れられるし、ふいを突いて誰かに触れられても体がすり抜けたりはしない。運動すれば汗をかくし、息が上がって疲れもする。転べば膝を擦りむくし、血もでるし、痛い。
食事は子猫の分量から、人間一人分に増えた。
自分の魔素を消費して、転化の魔法を使用し続けているせいかもしれない。エネルギー不足を食事で補っているのだ。ここにきてから一度もチビ竜に戻っていないが、特に体調不良とかはなかった。
前世のわたしは、体力測定の翌日に全身筋肉痛に襲われるような残念な若者だったが、今世のわたしは――と言うより、魔法で変身したこの体は強豪運動部レギュラーくらいの運動神経を備えていた。
身体能力がとても高い。
足が速い、腕力が強い、全力疾走しても脇腹が痛くならない。
ミニマム生活にうんざりしていたせいもあるが、想像した通りに動くこの体での生活はかなり快適だった。プリ○ュアに変身したら、きっとこんな感じなんだろうと想像する。変身ってすばらしい。
廊下の先にいた平隊員が、わたしに気づいて道を開けた。
わたしはスキップをやめ、早足でその前を通りすぎる。
当たり前だが、わたしは他の隊員さんたちから副隊長とは認められていない。というか、アーベルの一味だと思われているらしく、隊員さんたちのわたしへの態度は腫れ物に触るようだった。果てしなく、果てしなく、よそよそしい。
「……空気が重い」
何とかならないかなあ。
係長の私室に行く前に、一階の共有スペースを見に行った。
予想通り、談話室で係長の姿を見つける。ティエリさんも一緒だ。
何か話し込んでいたようだが、わたしが近づくと話をやめて顔を上げた。
「バフェルさん。ティエリさん。お疲れさまです!」
頭上に「にっこり」を浮かべてわたしは言う。
係長はともかく、ティエリさんは喜怒哀楽を顔に出さないので感情が読めない。表立ってアーベルに反抗することはないが、係長と一緒にいることが多いのを見ると新参者をよく思っていないのはあきらかだ。
「何かご用ですか?」
「武器庫から獲物をもらってこいって言われて。取り込み中なら出直すけど」
「……獲物。巡回に出るのですか?」
「うん。アーベルが行けって」
「失礼ですが、剣や武術の指導を受けたことは?」
「兄貴とチャンバラやったくらいかな」
わたしは、エア竹刀を振って見せた。
チャンバラという単語が通じなかったのか、はたまた、わたしの素振りがヘボだったせいか、ティエリさんの眉がピクリと動いた。表情は変わらない。
係長が、巨体を揺らしながら立ち上がった。
「両手持ちか。よし、よし。いいのを探してやりましょう」
「お願いします!」
「バフェル、反対しないのですか?」
「シュルツがついていれば大丈夫だろう」
「そう……ですね」
係長が、のしのし歩いていく。
ついて行こうとすると、ティエリさんに呼び止められた。
「イチカ君」
「はい?」
「――君の事情は、わかりません。ですが、わたしは君のご両親が悲しむようなことにならなければいいと考えているし、イチカ君にも考えて欲しいと思っています」
「……」
わたしは感激した。
ティエリさんが、わたしの心配をしてくれている。ジト目で表情一個しかなくて、デレる前の無気力系女子のように何考えてんのかよくわからない、あのティエリさんが!
喜んだのもつかの間、父のことを思い出すとブルーになった。
今どこで何をしているのか不明だが、愛娘が恋しくて号泣しているのは間違いない。わたしだって泣きたい。
「パパはわたしに激甘だから、すでに泣いてると思う」
「……そうですか」
「でもわたし、早く成長してパパの力になりたいんだ。修行の途中で死んじゃったら意味ないけど、でも弱いまんまでもいずれのたれ死ぬでしょ? だから今は、パパを泣かせてもしかたがないって思ってる」
「危険は承知の上だと?」
「うん」
「そうですか。君が納得しているのならいいのです。さし出がましいことを言いました。忘れてください」
「ティエリさん」
「何でしょう?」
「助言聞き入れなくてごめんね。心配してくれてありがとう」
ティエリさんは軽く息を吐く。肩の力を抜くと微笑んだ。
「がんばってね。イチカ君」
武器庫は砦の地下一階にあった。
階段を降りた目の前に鋲を打った大きな扉があり、入って左側が武器庫、右側には暗い廊下がのびている。廊下の入口には鉄格子が嵌まっていて、先に進めないようになっている。どこかから冷たい風が吹いてきて、わたしの首筋を撫でた。
わたしは、係長の背中をつついた。
「あっち何かあるの? ダンジョン?」
「地下牢ですな。悪さをすると放り込まれますぞ」
「アーベルの靴に小石入れるとか?」
「それは隊長のご機嫌次第ですな」
係長はベルトに下げていた鍵束を出すと、武器庫の扉の鍵を開けた。中は真っ暗だ。係長が例の金属板を擦って火球を出し、備え付けのランプに火を灯して行った。
武器庫は、まあ何というか武器でいっぱいだった。
真ん中に細長いベンチがあり、左右の棚に剣やら槍やらの武器が積んである。
かっこいい剣や刀が壁に飾られた部屋を想像していたわたしは、武器庫の倉庫っぽい佇まいにすんっとなる。薄暗いし、カビ臭いし、体育用具室みたいだ。
「フラガラッハとかないの?」
「何ですか、それは?」
「魔法のかかった伝説の剣だよ」
「そんなものがあったら、わたしが使っておりますわ」
「だよね」
「これなど、振りやすくておすすめですぞ」
「……ふつう」
「じゃあ、こっちは?」
「……ふつう。あっ、これかっこいい」
「それは礼装用の装飾品ですな」
あれこれ見せてもらった結果、最初におすすめされた普通の剣を受け取った。
が、実際に帯剣してみるとクソ重たい。こんなに重くては跳躍を使ってもあんまり跳べないだろう。もっと軽いのと要求すると、係長は棚の下にある木箱を漁り始めた。
「か……バフェルさんは、ここの隊長さんだったんだよね」
「よくご存じで」
「アーベルのこと、憎たらしくないの?」
「ここだけの話、あまりいい気持ちがしなかったのは確かですな。しかし、上からの命令であれば不満があろうと従うよりない。それが兵隊というものです」
「大人だなあ」
「とはいえ、久しぶりに戻った小隊長職も思いのほか楽しい。できれば一年くらいいてほしいものですが、まあ、どうなることやら……」
「バフェルさん予想では、近々いなくなる?」
「さてさて」
「キースさんは、アーベルが裏で何してるか知りたいみたい」
「そんな話をしておりましたな」
「アーベルとシュルツは何しに来たんだと思う?」
「何かを隠しているようですが……おお、これがいい」
係長は、木箱から一本の剣を取り出した。鞘から抜いてみると刀身が細く、溝が彫ってあって軽量化されている。腰に吊してもそれほど重くなかった。
「どうですかな?」
「これなら軽い。バフェルさん、ありがとう」
係長はにっこりすると、出した剣を片付け始めた。手伝うためにしゃがもうとしたところ、剣の先が床につっかえた。思った以上に邪魔くさい。柄に手を置いて斜めにし、膝をついてしゃがんだ。
ふと顔を上げたわたしは、木箱が収納されていた棚の奥に、大きなフライパンが横向きに立てかけてあるのを見つけた。でかくて、分厚くて、底が深い。見るからに使い勝手が悪そうだ。……いや、待てよ。




