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22 星々と針仕事

「受け入れられません。いくら何でも無茶苦茶だ!」

「隊長の決定に不服でも?」

「上に、どう報告するつもりですか?」

「イチカ君は、シュルツの母方の遠縁だ。魔術師だし、何の問題もない」

「いや、家出人だとさっき……」

「だから、家出してシュルツを頼ってきたんだよ」

「シュルツさん! 何とか言ってください!」

「……すみません」

「言い忘れてたけど、彼はもう平隊員だよ」

「シュルツさん!」

「……本当に……すみません」


 シュルツさんは、長身を猫背にしてうなだれている。びしっと立っていればベテラン軍曹みたいな雰囲気なのに、姿勢と発言のせいで台無しになっていた。


「不服がある者は、いつでも出て行ってくれてかまわない」


 アーベルが笑顔で言う。

 輝く金髪王子の内面を知った今、その笑顔が不穏に見える。

 キースさんは、これ以上言っても無駄だと判断したらしく、静かに怒りを押し殺している。立派な人だ。キースさんが隊長やればいいのに。





 国境警邏隊の砦は小高い丘の上にあり、四つの小隊が駐在していた。


 隊長アーベル、副隊長兼第一小隊長シュルツ、第二小隊長キース、第三小隊長ティエリ、第四小隊長バフェル。ティエリというのが、あの緑髪の冷めたお姉さん。バフェルは吊りズボンが似合いそうな太めのおっさんで、わたしは心のなかで彼を係長と呼ぶことに決めた。


 砦に残っていた人たちとも顔を合わせたが、わたしが女子だと気づく人は誰もいなかった。声や話し方でわかりそうなものだが、日本語の“わたし”や“おれ”が、英語だと全部“I”になるように、異世界語翻訳だと違った風に聞こえるのかもしれない。あと、女子がひとりで家出するわけがないという思い込みにも囚われているようだ。女性隊員もいるから言ってもかまわないんだけど、変に気を遣われてもあれだし、そもそもこの体型では信じてもらえないだろう。


 副隊長兼第一小隊長に任命されたわたしだが、いきなり職務をこなせるわけがなく、実際の仕事は全部シュルツさんがやることで話がまとまった。わたしはただのお飾り。一日警察署長みたいなものである。


 警邏隊は国境沿いの砦に等間隔に配置され、決められた区画を巡回警邏している。パトロール警官のようなものだが、国境警邏隊は国境を守ることが任務なので、よっぱらいを介抱したり、泥棒を捕まえたりはしない。そもそも、この辺り、あんまり村や街もないらしい。じゃあ何をやってるのかって言うと、国境を接している隣国から侵攻の気配がないかに目を光らせている。実際、偵察隊みたいのはちょいちょいきているそうで、そいつらとドンパチやって、追い返したりブチ殺したりが主な任務だそうだ。

 

「新しい魔法を使用すると、経験値が減ります」


「マジで?」


 シュルツさんの言葉に、わたしは驚きの声を上げた。

 場所は砦の裏庭の端っこ。

 真ん中に運動場みたいなところがあり、そこで第一、第四小隊が合同で訓練をしている。剣の素振りとか、腕立て伏せとかなかなか暑苦しいことをしており、一緒にやれと言われなくてよかったとわたしは思う。訓練には指導役の隊員が別にいて、上官は参加してもしなくてもいいそうだ。


 わたしとシュルツさんは、木のテーブルを挟んで座り、わたしの魔術師レベルを上げよう作戦の会議をしていた。――そのはずだが、シュルツさんの手元には裁縫道具と、真新しい制服がある。一番小さい上官服でもブカブカのわたしのために、シュルツさんが手直しをしてくれるそうだ。頭の上に「?」が浮かんだものの、どこから突っ込んでいいかわからなったので、わたしは黙って受け入れた。


 チクチクと針を進めつつ、シュルツさんは続けた。


「魔法を使用すると経験値が増え、水準に応じて魔術師としてのレベルが上がって行きます。多くの魔法が使える方が、様々な場面に対応できて便利です。しかし、使ったことのない魔法を使用するには、経験値を消費しなくてはいけません」


 わたしはうなった。

 オープン魔法には使用したことのある黒文字のものと、使えるけど使ったことのない青文字のものがある。フレームに入れさえすれば全部使えるものと思っていたが、青文字魔法を使用するには、経験値を消費しなくてはいけないという。――ということは、今後、経験値不足のため使用できませんとかアイチャンに拒否される可能性もあるわけだ。


「レベル上げ無視して、魔法開拓に全振りしたらどうなるの?」

「開示される魔法はレベルに応じるので、どこかで頭打ちになります」

「レベル5の魔術師には、レベル5の魔法しか見せないよってこと?」

「その通りです」

「経験値の加算条件は開示されてないって聞いたんだけど」

「開示されていないというか、個人差があるというのが正解ですね」

「その話、もっとくわしく」

「単に魔法を使用するだけで経験値が増えるなら、たとえば風球を何百個も作れば簡単にレベルが上がることになります。ですが、実際はそうじゃない」

「意味のある使い方をしなくちゃいけないってこと?」

「そうです。魔法をただ使うのではなく、活用しなければ経験値は増えません」


 ややこしい話になってきたが、つまりはこういうことだ。

 仮にレベル5からレベル6へアップするのに経験値が100必要、新しい魔法を使用するのに経験値が10必要、一回の冒険で経験値が20獲得できるものとする。五回冒険をこなせばレベルアップできるが、冒険のたびに新しい魔法を一個使ってたら、十回冒険をこなさければレベルアップはできないということだ。


 わたしは考え込んだ。

 多くの魔法を覚えようとすると、経験値不足でレベルアップが遅くなる。

 少ない魔法でやりくりするとレベルアップは早いが、使える魔法が限られる。

 良し悪しである。

 

「ちなみに、シュルツさんってレベルいくつなの?」

「シュルツでいいですよ。俺は星の4です。今はあなたが上官だから教えましたが、職務上の理由や特別なことがない限り、普通は聞かないし、教えません」

「そうなんだ」

「自分のレベルも、人に話さない方がいいですよ」

「はーい。星の4ってレベルでいうといくつなの?」


 シュルツは裁縫道具から補修用の黒い布を取り出すと、チャコペンみたいなので器用に文字を書き始めた。


LEVEL100【太陽】

LEVEL90~99【月】

LEVEL80~89【明星】

LEVEL70~79【流星1】

LEVEL60~69【流星2】

LEVEL50~59【流星3】

LEVEL40~44【星2】LEVEL45~49【星1】

LEVEL30~34【星4】LEVEL35~39【星3】

LEVEL20~24【星6】LEVEL25~29【星5】

LEVEL10~14【星8】LEVEL15~19【星7】

LEVEL1~9【石】


 ということは、シュルツはレベル30くらいということか。意外に低くない?


「一般的に、レベル何なら一人前なの?」

「そうですね……星は8級から1級までありますが、常人が努力して行けるのは星の1までと言われています。それ以上進むには、特別な才能が必要です」

「わたしの知ってる人で二十歳で流星の3って人がいるんだけど」

「まあ、そういう人もいますね」

「おかしなことじゃない?」

「ええ。特別な才能とはそういうものです」  


 そうか、ミリーとレイルは選ばれし一流魔術師だったのか。

 星クラスはレベル49までだから、そこがプロとアマチュアの壁ということだろう。一般人のMAXが49だとすれば、シュルツの30もそんなもんかと思える。

 ミリーはレベル52だったっけ。

 わたしはどのくらいまで行けるんだろう。

 あっ、係長だ。


「新副長殿。勉強ははかどっておりますかな?」


 ぶらぶら歩いてきた係長が、立ち止まると言った。

 赤毛でまるまるした第四小隊長は、シュルツ行方不明事件のときは砦で留守番をしていた。副長交代を聞いても特にドン引きもせず、普通に接してくれている。というか、若干面白がっている様子だ。


「始めたばっかだよ」

「新副長殿はレベルいくつなのですか?」

「レベル5だよ」

「イチカさん!」

「イチカでいいよ。係長……じゃない、バフェルさんのレベルは?」

「新副長殿といえども、教えるわけにはいきませんな」  


 そう言うと、係長はわははっと笑った。このやろう。


「バフェル、初心者相手にたちの悪い冗談はやめてください」

「まあまあ。ところで新副長殿、今使える魔法は何がありますか?」

「えっと……」

「いいですよ。教えても」

「何だシュルツ。お母さんか」

「冗談はやめてください」


 やれやれといった感じで肩をすくめると、シュルツは裁縫の続きにとりかかる。どう見たってお母さんなわけだが、シュルツが傷つくので黙っておいた。  


「水球、風球、跳躍、跳躍2、の四つかな」

「まあ、妥当なとこですな」

「そうなの?」

「火、土系統は経験値を食いますから」

「火球の魔法を覚えようと思ってたんだけど」

「何に使いたいかによりますな。結局、使わなければ経験値の無駄遣いですから」

「攻撃魔法がひとつくらい欲しいなって」

「……うむ。一度、火球をお見せしましょう」


 苦笑いを浮かべつつ、係長が言った。何だ?


 係長はテーブルから離れると、ポケットから二枚の板状金属を取り出した。メタルマッチみたいに擦り合わせると、ぱっと火の粉が散る。


「よく見ていてください」


 係長が呪文を唱えると、火の粉のひとつが明るく燃え上がる。深夜の墓場で見るような、まるっこい火の玉になった。下には落ちず、ちゃんと空中に浮いている。

 なるほど、これが火球か。……何だこれ。


「ちっさ! うそでしょ? ちっさ!」


 水球や風球はサッカーボール大だ。

 だから、火球もそのくらいの大きさとばかり思っていたが、浮いてる火球は弁当に入れるようなプチトマト大だった。これを敵にぶつけたところで、たいしたダメージにはならないだろう。


 針を進めながら、シュルツが口を開いた。


「それ、火起こししなくていいから、楽なんですよね」

「火起こし以外の使い道は?」

「火球3でこぶし大になるので、それなら攻撃に使えないことはないかと」

「それってレベルいくつで使えるようになるの?」

「さあ……10以上なのは確実ですが。ちなみに俺は3は使えません」

「どうして?」

「何度か試して経験値が足りなくて。後回しにしてそれっきりです」

「どれ、2と3もお見せしましょう。新副長殿の就任祝いです」


 火球を浮かせたまま、係長が別の呪文を唱え始める。

 プチトマト大の火球が、プラム大になり、オレンジ大になってから消滅した。

 わたしは拍手をした。魔法っぽい魔法を見るのは久しぶりだ。


「ご披露、ありがとうございました」


「いやいや。ではわたしはこれで」


 手直しの終わった制服を渡されたわたしは、木の裏で服を着替え始めた。


「しばらくは新しい魔法禁止ということで」


 シュルツの言葉を聞いて、わたしは顔を上げた。 


「四個ぽっちの魔法で? 無理だよ」

「稼いだ経験値を溜める方が先です」

「でも、色んな魔法が使えた方が便利じゃない?」

「それをやってると星の8にも届かないまま、お爺さんになってしまいますよ」

「ならないよ」


 なるなら婆さんだ。

 着替え終わったわたしは、木の裏から出た。ちゃんと採寸したわけでもないのに、制服は体にぴったり合っていた。わけわかんねえな、この人。

 

「窮屈なところはないですか?」

「ぴったり。ありがとう」

「では、経験値を稼ぎに行きましょうか」


 立てかけた槍を取り上げながら、シュルツが言った。

バフェルがイチカに敬語なのは、お客様扱いだからです。

シュルツには前からタメ口です。理由は後ほど。

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