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20 さまよえる副長

 わたしは、アーベルさんに目を向けた。

 魔具がどうのとか言うにからには、この人も魔術師なんだよな。

 腰に剣下げているし、とてもそうは見えないけど。


「では、先に行かせてもらいます」


 わたしは<跳躍1>をフレームに入れた。

 頭に呪文が浮かんでくる。初心者向けなのでほんの二言だ。

 唱えようとすると、アイチャンから待ったがかかった。


『警告。使用する魔法に対し、魔素量が不足しています』


 あ、ほんとだ。

 急いで魔素をかき集める。跳躍の呪文を唱えてから、暗記している水球の呪文を唱えた。呪文に応じて、川面から水球がぽこぽこ発生する。出した水球を二個セットにして、滝の上まで階段状に並べた。


 その場で軽くジャンプして、跳躍魔法の感触を確かめる。

 めちゃめちゃ体が軽い。

 バネの入った靴を履いてるみたいだ。

 地面を蹴ると、水球の上に飛び乗った。わたしの体重を受け止めて、水球がグミのように歪む。バランスを崩す前に、素早く次の水球に飛び移った。

 多少ふらつきながらも、落ちずに崖の上まで行けた。

 えらいぞイチカ。やればできる子。


 ドヤ顔で振り向いたが、崖下にアーベルさんの姿はなかった。


「どこら辺?」


 うおっ、後ろにいた。

 わたしがえいこら登っている間に、どうやってか崖をひとっ飛びしてきたらしい。アーベルさんは、レベルいくつくらいなんだろう。


「もうちょっと行ったところです」


 歩きながら、トゲトゲが暴れた痕跡を探す。

 お、あそこかな。

 川岸に、蔦の切れ端が散らばっている。最初に副長さんを見たのは川の向こう岸だったから、渡りきったところでまた襲われたようだ。

 

「副長さんはあっち側から出てきて、川を渡る途中ですっ転んでました」

「で、こっち側に逃げて行ったと……」

「あのモンスターって何なんですか? 人喰い蔦?」

「いや、おそらくドライアドのしもべだろう」

「ドライアドって木の精霊ですよね? 何でまた?」

「彼らは森の守護者だからね」

「密猟でもしたんですか? それとも森林伐採?」

「何にせよ、彼らを怒らせたのは、うちの副長ではないと思うよ」


 そう言うと、アーベルさんは森の暗がりを覗き込んだ。

 副長さんの奮闘を物語るように、蔦の残骸が森の奥に向かって点々と落ちている。副長さんの姿はどこにもない。


 アーベルさんは、森へ入ると決めたようだ。


 ついて行こうとすると、アーベルさんが振り向いた。


「ここから先は、無理してこなくていいよ」

「えっと……ピンチの副長さんを見捨ててしまったわけですし。心苦しいので、お手伝いさせてください」

「わかってると思うけど、危ないよ?」

「がんばります!」

「うちは素性の知れない者は入れないよ?」

「あ、バレてました?」


 アーベルさんは、わたしの肩をポンポンしてから森に入った。男前だなあ。


 くるなとは言われなかったので、アーベルさんのあとを追った。

 雇用は断られたが、役に立てば一晩くらい泊めてくれるかもしれない。

 しかし実際問題、レベル5のわたしにできることはあまりない。

 使える魔法も、<転化>をのぞけば<水球><跳躍>のふたつだけだ。


 おっと、忘れてた。


 歩きながら、減ってしまった魔素の補充をする。

 魔素がなければ、どんな魔法も発動できない。習慣付けないと。

 念のため、フレーム1に<跳躍1>フレーム2に<風球1>を突っ込んで暗譜状態にする。今できるのは、これくらいか。


 しばらく行ったところで、アーベルさんが立ち止まった。


「この状況。君はどう思う?」


 覗き込んで見ると、副長さんのものらしい乱れた足跡があった。

 ゲームのイベントでよく見るやつである。血痕はない。


 現場を観察するため、わたしはしゃがみこんだ。

 複数人がいたようにも見える重なり合った足跡。だが、サイズが全部同じことから、副長さんひとりのものだとわかる。わたしは足跡を踏まないようにして、現場をぐるっとまわってみた。

 向こう側を見てみるが、先に続く足跡はない。

 点々と落ちていた蔦の残骸も、ここを最後になくなっているようだ。


「ああ。なるほどー」

「何かわかった?」

「ここで激しい戦いがあったようです」

「そのようだね」

「副長さんは必死で戦った。迫る蔦のモンスターを斬っては捨て、斬っては捨て」

「うん、うん」

「しかし。足跡はここで途切れ、どこにも続いていない」

「つまり?」

「罠ですね。これ」


 結論を述べると、アーベルさんが「知ってた」と言わんばかりの笑顔を見せた。

 そうだった。

 この金髪王子は、性格悪いんだった。

 目の前で見てたのに、どうして忘れていたんだろう。

 

 足元に何かの気配を感じ、わたしはそこから飛び退いた。

 土のなかに潜んでいたらしいトゲトゲの蔦が、一斉に飛び出してくる。逃げる間もなく右足をつかまれ、頭を下にして宙吊りにされた。

 かぶっていた鍋が地面に落ちる。

 やばい。やばい。やばい。

 うねうねする蔦が迫ってくるのを見て、わたしは青くなった。

 このままでは、嫁に行けないような格好にされてしまう!


『緊急自動詠唱開始』


「アイチャン?」

 

 跳躍の魔法が足にかかるのがわかった。

 右足に絡んでいる蔦を左足で蹴ると、締め付けがゆるむ。一回転して着地した。


『術式解除。なお、この魔法による経験値の加算はありません』


「ありがとアイチャン。マジ天使」


 あやうく嫁に行けなくなるところだった。

 わたしは暗譜状態にしている<風球1>の呪文を唱え、風球を二個発生させた。

 のびてきた蔦を跳躍でかわし、かわしきれなかった蔦は風球で弾く。

 蔦を弾きつつ、元きた道に後退した。

 悲しいかな、今のわたしは使える攻撃魔法がひとつもない。

 自分の身を守るので精一杯だ。


「頭、下げて」


 背後からアーベルが言い、わたしはその場に膝をついた。

 風切り音が頭上をかすめる。

 アーベルの振り抜いた剣が、迫っていた蔦を切り落とした。


 後退したわたしと入れ違いに、アーベルが罠の中心に踏み込んだ。

 軽くステップを踏みつつ、バッサバッサと蔦を切っていく。切り落とされた蔦は、地面に落ちてタコの足みたいに跳ねていた。きもい。

 

 標的がアーベルに代わったので、わたしは警戒状態のまま魔素を集めた。

 あれ? あんまり魔素が集まってこない。

 集中してないせいか、魔法を使用しているせいか。

 おそらく後者だろう。動画再生しながら充電してるようなもんだし。


 跳躍と風球を維持し、魔素を集めつつ、わたしは蔦のモンスターを観察した。

 数十本あるウネウネの根元は、すべて地面の一箇所から出ている。この蔦は複数のモンスターの集合体でなく、ひとつのモンスターのいっぱいの腕であるようだ。


 蔦の大半を失ったところで、本体が地中から姿を現した。


 見た目は切り株っぽい。ジャック・オー・ランタンみたいな彫刻の顔が側面についており、木の根の足でうんしょっと這い出してくる姿は、ちょっとキモ可愛いかった。本体は茶色で、その下からクラゲの足みたいにトゲトゲのついた緑の蔦が生えている。アーベルが言っていた通り、精霊の一種のようだ。どうして副長さんを襲ったのだろう。

 

「トレントだ。ドライアドの所へ戻るぞ。逃がすな!」


 蔦の残骸のなかに立ったアーベルが、剣を収めながら言った。

 見ると、切り株のモンスターが森の奥へ逃げて行くところだった。


 今の命令は、わたしに言ったんだろうか。

 ……言ったんだろうな。

 またわたしをエサにさし出す気だよ、この人。

 イケメンだからって、何をしても許されると思うなよ。


「早くしろ。見失ってもいいのか」


「はいはい」


 アーベルの言うことを聞くのは癪だが、行方不明の副長さんはわたしを助けようとしてくれた。正真正銘のいい人だ。副長さんは助けたい。


 わたしは跳躍の魔法を使い、逃げて行く切り株を追った。

 近づきすぎると、とっ捕まる。見失わない程度に距離をあけて追尾した。


 跳躍の魔法は、ひと跳びするごとに魔素を消費するようだ。

 しばらくすると魔素の蓄えが残り10%を切った。

 もし切り株が逃げるのをやめ、こっちに向かってきたら確実にやられる。

 

 どうしよう。一度止まって、魔素を蓄え直そうかな。


 迷いながら、切り株が抜けて行った生け垣を跳び越える。


 あれ? 切り株いなくなった?


 そこは開けた場所で、苔の絨毯の真ん中に朽ちかけた大木が枝を広げていた。

 黒々とした枝には、緑の蔦がからみついている。

 その蔦に両腕を縛り上げられ、半裸の副長さんが木の枝からぶら下げられていた。傷だらけだが、命に別状はなさそうだ。


「……スマホがあればなあ」


 制服を裂かれた副長さんは、プロアスリートのような胸筋やら腹筋やらをおしげもなくさらしている。黒い枝から吊り下げられた姿は、カードゲームの挿絵のようだ。本人は気絶しているし、絶好のチャンスだというのに記録媒体を何も持っていないのが残念だった。

 

「――だめよイチカ。ダーリンは二次元だけって決めたでしょ」


 でもこの世界、ゲームもアニメもないんだけど。


 あ、切り株くん発見。

 切り株はコミカルな動きで、向こう側の生け垣に消えて行く。

 それと入れ違いに、大木から湯気のようなものが出てきた。

 吊り下げられた副長さんの横に集まると、人の姿になる。

 白い肌に緑の髪、シンプルな薄緑のワンピース。切れ長の大きな目に白目はなく、十割緑目で感情が読めない。いかにも木の精ですといった感じの木の精だ。


『我々をあなどれば痛い目に遭う。それがわかっただろう』

「いや、わたしは部外者で……」

『今日のことは警告にすぎない』

「人の話を聞こうよ」

『次はこの程度ではすまさない。それを覚えておくがいい』

「聞こうよ」


 木の精は、また湯気になると大木に吸い込まれて行った。


 わたしは、眼前に広がる苔の原を見渡した。

 さっきのことがあるせいで、モンスターでも落とし穴でも仕込み放題に見える。

 今日は勘弁してやるみたいなことを言ってたし、安全だと思うが、どうにも足が出ない。アーベルがくる前に、副長さん助けてドヤ顔したいのに。


 そうだ。いっぱい魔法使ったし、使える魔法が増えてないかな。

 わたしはスキルツリーを確認した。<跳躍1>の先のタイトルがひとつオープンになっている。タイトルは<跳躍2>。1より飛距離が伸びるようだ。やったね。

 わたしは三つ目のフレームに<跳躍2>の魔法を入れた。

 あ、ちょっと呪文が長い。

 1は呪文が短く、飛距離は短い。2は呪文が長く、飛距離は長い。

 魔素も、2の方が食いそうだ。良し悪しだなあ。


 <跳躍2>を使って移動した。

 苔の原を二歩で跳び越え、木の根元に降りてから枝に向かってシャンプする。

 副長さんの頭上の枝に着地すると、蔦をつかんで引っ張った。

 蔦を緩めて降ろそうと考えたのだが、ぎちぎちに巻き付いてびくともしない。


「……だめだ」


 しゃがみこむと、たわんだ枝がミシミシ音を立てた。

 幹の方は腐りかけているし、この枝も中身はスカスカなのかもしれない。


「ひらめいた!」


 わたしは立ち上がると、枝の上でジャンプした。

 バキッと音を立てて枝が折れ、絡んでいた蔦がほどけて副長さんが下に落ちる。

 わたしは、その横に華麗に着地した。やったぜ。

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