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17 活動する魔導書

『術式の取り込みを開始しますか?』

「おお――」

『取り込みを中止しますか?』

「イエス。いや、ノーか? 中止しないで」

『取り込みを開始しますか?』

「します。してください。この通りです」


 両手をつくと、魔導書に向かって土下座した。

 魔法も使えないヘナチョコドラゴンに明るい未来などない。

 魔導書に見捨てられたら、わたしはお仕舞いだ。


『所有者の名前を登録してください』

「オリベイチカ」

『ファミリーネームを登録してください』

「オリベ?」

『オリベイチカ・オリベでよろしいですか?』

「あ、いったんキャンセルでお願いします」


 わたしは首をかしげた。

 何というか、最新家電と会話しているみたいだ。


「まず、わたしの名前はイチカ」

『イチカ』

「ファミリーネームはオリベ」 

『イチカ・オリベでよろしいですか?』

「イエス」


 父には悪いが、グラナティスという選択肢はなかった。

 グラナティスが、自分の名前であるという認識は持っている。だが、ピカ○ュウ的な分類名であって個体名ではないというこだわりも同時にあった。それに、人前で魔導書を可視化しなくちゃならない事態が、今後起きないともかぎらない。その時、伝説の破壊竜と同じ名前では色々不味いだろう。


『わたしの上に手を置いてください。――接触を確認しました。なお、術式の取り込みには数分から数時間かかる場合があります。準備はよろしいですか? 開始します』

 

 魔導書が発光し、ふわっと分解したかと思うと、逆再生したシャワーのようにわたしの手のひらに吸い込まれて行った。手を引くと、さっきまで魔導書があった場所には、もう何もない。手をぐーぱーしてみる。特に違和感はない。本当に、わたしのなかに入ったんだろうか?


「えっと、魔導書さん? どこにいますかー?」


 魔導書頼みの状況なので、思わず敬語になる。

 返事はない。


 しばらく待っていると、魔導書が再び姿を現した。

 元と同じ姿、サイズだが、立体映像のように透けて実体がなくなっている。地面から数ミリ離れたところに浮いていた。


『術式の取り込みが完了しました』

「ご苦労様でした」

『――』

「あのさ」

『あのさ』

「魔導書さんって呼ぶのもあれだし、名前つけてもいいかな?」

『識別名称の登録は可能です』

 

 わたしは、わくわくしながら頭をひねった。

 どんな名前にしよう。

 声が女の子だから、可愛くて呼びやすいのがいいなあ。 


 ミクは狙いすぎだし。

 シリでは訴えられそう。

 リンナはタメ口きいてきそうだし。

 ハナコ、キナコ、ウメコ、モナコ……。うう、頭痛くなってきた。


「……AIっぽいから、アイちゃんでどうよ」

『アイチャンで登録しますか?』

「イエス」

『アイチャンで登録しました』

「人を呪わば穴ふたつって言ってみて」

『人を呪わば穴ふたつ』

「……」


 ちょっと怖かった。


『報告。イチカの記憶野に、隔離されたアーカイブが存在します』

「何それ?」

『わかりません』

「わかりませんって、どういうこと?」

『わかりません』

「うーん。そのアーカイブってのの中身が知りたいんだけど?」

『了解しました。統合準備開始。――アーカイブの統合に失敗しました』

「あらら」

『アーカイブをコピーして文書形式を付与。成功。視覚化します』

「おっ」


 アイチャンが黙ると同時に、魔導書の横にもう一冊、新しい魔導書? が出現した。デザインは同じだが色が違う。一冊目が黒で、二冊目は白だ。


 手を伸ばすが、映像なので触れない。だが、中を見たいというわたしの意思が伝わったようで、白い魔導書がパラリと開いた。


「わあっ日本語だ」

『ニホンゴ』

「わたしが前に住んでた世界の文字だよ。懐かしー」


 こっちに転生して一ヶ月ちょっとだが、日本の夏が遠い幻のように思える。 


 わたしは、ページをパラ見して行った。

 どうやら、前世の記憶を利用した百科事典のようだ。わたし個人に関する記録はなく、向こうの世界での一般知識やら、オタ知識やらが満載されている。

 アイチャンは、隔離されたアーカイブと言っていた。

 たぶんだが、生まれ変わった時に前世の記憶ファイル? の一部が、今世の記憶ファイルのなかに突っ込まれた感じなのだろう。わたし個人のデータが皆無なのが謎だが、家族写真とか見たら泣くので結果的にはよかった。


「でも、わたしの知らない情報も載ってるんだけど、何でだろう?」


 ページを確認しながら、首をかしげた。

 ゲーム、アニメの情報がイラスト付きで記載されてるのはわたしっぽいし、理科算数の知識が薄いのもわたしっぽい。わたしの記憶で間違いないようだが、流し見程度のことも記録として残されているようだ。こうなるとわかっていれば、もっと真面目に勉強したんだが、まあわたしの頭ではたかが知れているだろう。


「アイチャンも、これの中身って見られるの?」 

『内容確認を命じられた際、閲覧権限を取得しました』

「さっき文書形式って言ってたよね」

『イエス』

「二冊の情報をデジタルに落とし込むことってできないかな? 見た目それっぽくできれば十分なんだけど」

『デジタル』

「表示をこう、ウィンドウ形式にして……」


 参考として、わたしはいくつかのゲームとパソコンのOSの名前を上げた。


 マイ○ロソ○トにバレたら使用料を請求されかねないが、まさか異世界にまで取り立てにはこないだろう。いや、待てよ。逆にパチモンを制作して、他の魔術師に売り込みをかければわたしが使用料を取れるんじゃないだろうか。「異世界にウィンド○ズを持ち込んだら、大金持ちになりました」が始まるんじゃないだろうか。その前に、この世界に著作権保護の法律はあるんだろうか。

 などとひとりで盛り上がっているうちに、アイチャンは淡々と作業を進めていた。


『イメージを確認しました。表示の変更を実行しますか?』

「イエス」

『構築準備開始。作業完了までには数分から数時間かかる場合があります。実行しますか?』

「やっちゃってください」


 二冊の魔導書が、同時に目の前から消え失せた。

 しばらく待ったが、何も起きない。

 無茶振りしすぎただろうか。


 パソコンだったら残りの作業時間が確認できるが、デジタル化真っ最中のアイチャンにはそれを知らせるすべはない。成功を祈りつつ、ただ待つしかなかった。

 わたしは川辺でごろごろして過ごした。蝶々を追いかけ、花をむしり、草笛を吹いて遊んでいると、ふいにアイチャンの声がした。


『作業完了。デジタルへの移行に伴い、アーカイブの統合に成功しました』


 わたしの目の前に、無数のウィンドウが表示された。

 半透明の青色で、四角いフィルムが浮いているようにも見えるが、実体はない。

 近くの画面を指でスライドしてみると、ページがぬるぬる動く。文字が日本語表記になっている上、アーカイブには文書形式の時にはなかった動画が組み込まれていた。ざっと確認すると、過去に視聴した動画が、記憶にあるものもそうでないものも全部網羅されている。アイチャンの容量は大丈夫だろうか。


「アイチャン。ありがとー」


『確認完了。ホーム画面に戻ります』


 無数にあった画面が、ひとつを残して消え失せた。

 旧魔導書の表紙を模したホーム画面上には、「魔導書」と「アーカイブ」のふたつの表示がある。


 わたしは「魔導書」を選択した。

 開いた画面には、横向きの長方形が無数に並んでいて、それぞれが線で繋がっている。ゲームでよく見るスキルツリーである。

 一番上には魔法の名称らしきものが表示されているが、二列目以降は真っ黒に塗りつぶされている。黒い塗りつぶしに指で触れてみるが、何の反応もない。おそらく、レベルに応じて魔法が解放される仕組みなのだろう。


「とりま、魔法のひとつも使ってみたいんだけど。使い方教えてくれる?」

『使用したい魔法を選択してください』

「えっと……火は危ないから、水系で」


 とっかかりの部分の魔法から、わたしは<水球1>を選択する。他に<火球1><風球1><跳躍1>などがあったが、水球が一番想像しやすいし安全そうだ。水球の文字をタッチすると、手前に新しい画面が開いた。水球がどんな魔法であるかの日本語での説明と、発動のための呪文が異世界文字で書かれている。動画はない。文字説明だけだ。


「そういや、魔法使うのに呪文がいるんだっけ……」


 日常会話は日本語で聞こえるのに、魔法の詠唱だけは異世界語で聞こえていた。表示されている異世界文字も、音はわかるが意味はさっぱりだ。


『水球の魔法を使用しますか?』


「イエス。あ、いや……ちょっと待って」


 大事なことを思い出した。


 どうしても覚えたい魔法があると、父にねだった。

 この魔導書が父からの贈り物なら、あの魔法が絶対にあるはずだ。

  

 水球の画面を引っ込めると、スキルツリーに視線を走らせる。

 ない。ない。ない。

 あ、これかな。

 スクロールして行くと、ツリーの真ん中あたりに独立したタイトルを見つけた。<未分類/継承>と書いてあり、ツリーのどこにも繋がっていない。周囲のタイトルが真っ黒でなかったら、見落としていただろう。


 <未分類/継承>のタイトルに触れ、画面を開く。なかには、独立した長方形がいくつか並んでいた。魔法タイトルは、ほぼ真っ黒。ひとつだけ開示されている魔法には<転化>と書いてある。<転化>の文字に触れると画面を開いた。

 説明が何も無い。長ったらしい呪文が書いてあるだけだ。

 でも、たぶんこれだろう。


「アーイーチャーン」

『転化の魔法を使用しますか?』

「イエス」

『使用したい魔法をフレームに挿入してください』

「フレーム……フレーム……あ、これか」  


 右下に、文字検索をするような空白のスペースが三つ並んでいた。

 空白には、それぞれ1、2、3の数字がふられている。


 <転化>の画面のなかに動かせそうな文字はない。

 スキルツリーに戻って、<転化>のタイトルを指で押さえた。指を離すと画面が開いてしまうので、ドラック&ドロップの要領で右下のフレームまで移動させる。空欄に<転化>の文字が入ると、頭のなかに魔法を発動させるための呪文が浮かんできた。


「これ、普通に呪文を唱えればいいの?」

『魔導書に詠唱を任せることもできます』

「おお」

『ただし、魔法の効果は六割減となり、経験値への加算もありません』

「ま、そう簡単には行かないよね」

『警告。転化の魔法を使用中は、イチカの能力に制限がかけられます』

「制限? あー」


 わたしが全力を出すと、空にデススターを出現させてしまう。だから、能力を制限するための枷をつくってくれと父にお願いしていたのだった。警告どころかウェルカムだ。


「他に注意することはある?」

『使用する魔法に対し、魔素量が不足しています』

「あ、そうだった」


 わたしは、細心の注意を払って魔素を引き寄せた。

 加減はしているが、どれだけ集まったのが見えないので不安だ。


「あのさ。魔素が見えるようになる魔法があるはずなんだけど」

『検索。該当する魔法はありません』

「そうなん?」

『そうなん』

「魔素が見えるようにするにはどうすればいいの?」

『補助機能の使用を推奨します』

「その機能ってのは、アイチャンについてるの?」

『イエス』

「じゃあ、お願い」

『視覚化補助開始。なお、この機能は魔導書発現時のみ有効となります』


 アイチャンの言葉が終わると同時に、魔素が浮いているのが見えるようになった。これでウィンドウを開いている時は、魔素が見えるようになったわけだ。しかし、補助機能と言うからには、本来は自力で見えなければいけないらしい。そこはこれからの課題だろう。


「まあ、初心者ですし」


 とりあえず、わたしは魔法を使ってみることにした。

 転化の呪文は頭に浮かんでおり、歌い込んだアニソンのように自然と口を突いて出る。呪文は長く、唱え終わるまでにたっぷり五分はかかった。

「人を呪わば穴ふたつって言ってみて」

※ネタ元は地獄少女です。

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