15 森と敵と鍋
仲間割れとはちょっと違う気がするが、ケンカなどしたことがなかった魔女ふたりが、どっちが犠牲になるかで揉めていた。いや、これまでにもケンカになりそうなことは多々あった。だが、どっちかが折れるか、こよりで勝敗を決し、その結果にしたがってきたのだ。
真剣勝負でなかった以上、結果にしたがう必要はないというミリーの言い分に対し、レイルの方はちゃんと勝負したと言い張り、再戦も受け入れないというのが今の状況である。
ミリーがわたしを抱き上げると、レイルの方に突き出した。
「グラナ様のために、何かしたいのはわたしも一緒だよ。でも、自分が囮になってグラナ様を逃がそうとか、わたしは思いつきもしなかった。わたしより頭いいんだから、レイルの方が絶対護衛に向いてるよ!」
レイルは、うつむくと首を横に振った。
「わたしは、グラナ様にはふさわしくないわ」
「そんなことないよ!」
「わたしの魔法はメリーダに破られた。アントラ様が来なかったら、グラナ様を奪われていたわ」
「わたしがやったとしても結果は同じだったよ」
「いいえ。わたしの力が足りなかったから」
「そんなことないって!」
「……ミリー」
「ズルはあれだけど、グラナ様を任せてもいいってレイルが思ってくれたこと、すごく嬉しかった。わたし、レイルのことライバルだと思ってるからさ。レイルに勝ちたい、わたしの力を認めさせたいってずっと思ってきた。レイル、ふさわしくないとかそんなこと言わないでよ。わたしにもレイルを守らせてよ」
突き出されているわたしを挟んで、ふたりの魔女は見つめ合っている。
ミリーは真剣な顔をし、レイルはちょっと困っていた。
――割り込むなら今しかない。
わたしは、ミリーの指をすり抜けるとレイルの肩の上に飛び移った。
後ろ足で立ち上がると、両手を腰に当てる。
ちびドラゴンでも、あの父の娘だ。
精一杯の怖い顔を作ると、口を開いた。
「何か勝手に話を進めているようだけど、誰かが犠牲になるとか、命をかけるとか、わたしは絶対に許さないからね! 絶交して一生口きかないから!」
「……」
「……」
「返事はどうした」
「が、がんばります。グラナ様」
「努力します。グラナ様」
それは望んだ答えではなかったが、意思表明はしたのでそれでよしとする。
わたしは右手の拳を突き上げた。
「三人で生きのびるぞー!」
「えっ」
「えっ」
「三人で生きのびるぞー!」
「おっ、おー!」
「ぉおー!」
ふたりは戸惑いながらわたしに従った。
誰も犠牲にしないことで意見を一致させたわたしたちは、額を突き合わせて作戦を練り始めた。敵に見つからず、どうやってこの場を脱すればいいのだろう。
「こっちも探知魔法を行いましょう」
単独行動をあきらめたレイルが、きりっとした表情で提案した。
「取り囲まれたら終わりです。ので、取り囲まれないようにします」
「向こうは何人で動いてるのかな?」
「わかりません。ただ、城からつけられた様子はないので、森にいるのは残党狩りのはずです。奇襲をかけた者たちより、レベルは下だと思われます」
「でも、数が多いと危険だよね」
「その通りです。向こうは準備もしてきているでしょうし」
準備というのは、魔素の収集のことを言っているのだろうか。
よくわからないが、ザコでもグループを組まれるのはヤバイというのは理解できる。プロボクサーでも、ヤンキーの集団に囲まれたらヤバイだろう。
「敵とぶつかれば、騒ぎに気づいて他の敵が集まってきます」
「それはまずいよね」
「ですので、戦闘を避けつつ包囲網からの突破を試みます」
「なるほどー」
「ひとりが敵を引きつけ、その隙にもうひとりが逃げるというのが最善策なのですが……」
「それは絶対にだめ」
「そうだよ。レイル、しつこいよ」
ふたりがかりで却下すると、レイルは唇を尖らせた。
方針を決めると、ミリーが探知のための魔法を放った。
呪文を唱えたミリーが腕を振ると、小さい三角形がポコポコ生まれ、音もなく四方に散って行く。飛んで行った三角が敵に触れると、ミリーにわかるようになっているという。レーダーみたいな魔法らしい。
「こっちです」
森の一方を示して、ミリーが言った。
探知魔法を使ったことは敵に気づかれているが、飛んできた方角はわかっても、距離は不明のため、発信源を探るのはむずかしいらしい。向こうでも赤外線センサーみたいな糸を張っており、これを避けて通ることはふたりの技量では無理とのことで、敵にこっちの位置を知られているが、こっちも敵の位置を知っていることで、タコ殴りにされる状況だけは回避しようというのが今の状況である。
ミリーとレイルは、再び森を進み始めた。
敵の張った糸を踏むと位置を知られるため、時々方向を変えつつ走り続ける。
そうこうしている内に、ふいに森を出た。
いや、出たというのとは違うのかもしれない。
広くて流れの速い川が目の前にあり、その向こうにもまだ森が広がっている。
吹雪は、だいぶ収まってきたようだ。
サラサラした雪が風に流され、斜めになって降っている。
「逃げ切れた?」
ミリーのフードから顔を出して、わたしは聞いた。
振り向いても、暗い森とその向こうに山々の峰が見えるだけで、城の明かりも、火事の煙もどこにも見えない。敵がいるという気配も感じなかった。
レイルが、背負っていた鍋を下ろした。
元々は父が持ってきたもので、わたしに必要なものだという。
父鍋を地面に置くと、レイルは蓋をとった。
中には、何かごちゃっとしたものが入っている。わたしには色んな種類の葉っぱに見えたが、それが何を意味するかまでは理解できなかった。
「これが、わたしに必要なもの?」
焼き芋でも入っているのだろうか。
ミリーが、わたしを取り上げると大事そうに両手で持った。
「グラナ様、どうかお元気で」
「ん?」
頭の上にクエスチョンマークを浮かべているわたしに、ミリーが頬ずりする。顔を離すと、わたしをレイルに手渡した。レイルは目に涙を浮かべており、震える手でわたしをそっと抱きしめた。
おいおいおい。
「ちょっと、ふたりともどうしたの?」
「かならず迎えに行きます。だから、いい子で待っていてくださいね」
「えっと」
「くれぐれもお体に気をつけて」
「食事はよく噛んで食べるんですよ」
「長風呂はお体に触りますからほどほどに」
「お腹を出して寝たらだめですよ」
「それから……」
「いや、多いよ!」
反射的に突っ込んだものの、わたしは嫌な予感がした。
何かおかしい。
わたしはレイルの手から逃れようとしたが、その前に鍋のなかに放り込まれ、容赦なく蓋を閉められた。当たり前だが、なかは真っ暗だ。
わたしは、手探りで蓋を開けようとした。
空っぽの状態だったら背が届かなかっただろうが、鍋の半分くらいまで何かが詰まっていて、わたしの短い腕でも開けられそうだ。だが重い。磁石でもついてるみたいに、閉じようとする力に押し込められる。がんばって力を込め続けていると、ちょっとだけ蓋が動いた。
細く開いた隙間の向こうに、ふたりの魔女が川辺にしゃがんでいる姿が見えた。
わたしとふたりの間に地面はなく、じゃぶじゃぶと水が流れている。
いやいやおかしい。
さっきまで、わたしもあそこにいたのに。
「ミリー! レイル!」
ふたりが立ち上がる。どちらの頬にも涙が光っていた。
「どこにいても、どんな姿でいても必ず見つけ出します」
泣きながらミリーが言った。
レイルは、祈るように胸の前で指を組んでいる。
「あなたはわたしたちの希望です。どうかご無事でいてください」
ふたりの魔女は背を向けると、しっかりした足取りで森の方へ戻って行った。
ふたりの姿が消えた途端、森のなかに魔法の光が弾けた。
今ならまだ、叫べば声が届くかもしれない。
わたしは何かを言おうとしたが、言葉が出なかった。
わたしのために犠牲になるとか、許さないって言ったのに。
三人で生きのびようって約束したのに。
これは何だ。
何だ。
腕の力がなくなり、尻餅をついたわたしの頭上で鍋の蓋がぱしっと閉まった。
蓋の裏側に何かの模様が浮かび上がり、それが淡い光を放ち始める。
鍋のなかは落ち葉で満たされ、ふかふかの寝床のようだ。
子猫サイズのわたしには、ちょうどいいシェルターである。
「……」
つまりあれか。
最初からわたしだけ逃がす気満々だったわけだ。
いや、ミリーとレイルは途中で乗っかった感じだから、仕組んだのは父だ。
「ミリーの馬鹿! レイルの馬鹿! うそつき! おせっかい!」
「パパの馬鹿! 顔面凶器!」
わたしは叫び、反響した自分の声に耳をやられて悲鳴を上げた。




