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13 三人の魔女の攻防

 そりゃ、うちの父は見るからに凶悪な顔をしている。

 黙っていれば殺し屋に見え、にこやかにしていれば快楽殺人者に見える。

 世界の破滅を願ってもいる。

 願うだけでなく、計画して行動に移している危険人物である。

 でも、わたしにとっては大好きな父だ。


 父だけじゃない。

 ミリーもレイルもヤスも、他の部下の人たちも大好きだ。

 世界の破滅を願っているから何だというのだ。

 世界を滅ぼす炎竜を復活させて何が悪い。

 うちの組織に危害をくわえようとする者は、たとえ正義の魔法使いだとしても、わたしにとっては悪の魔法使いだ。


 金魚女が胸の前に両手を上げた。

 呪文を唱えると、手の間に黄色っぽい光が集まり、みるみる球形になっていく。

 今のわたしは魔素が見えないはずだから、たぶん何かの魔法だろう。


 前に見せてもらった父の魔法は、炎の竜巻だった。

 だが今、金魚女が出している光球は自然には存在しない光で、CGで加工したように見えた。魔法っぽい魔法攻撃を見るのは初めてのことだ。


「メリーダ! お願いだから放っておいて!」


「思い上がらないで。連れ帰るために来たのではないわ」


 そう答えると、こぶし大の光球を放ってきた。


 メリーダが光球を放つ前に、レイルも何かの魔法を発動していた。


 両腕を突き出すと、そこに透明な青色の盾が出現する。半球型の大きな盾で、幾何学模様が全体に描かれている。わたしは「おおー」と感嘆の声を上げた。これも、すごく魔法っぽい防御魔法だ。


 光球は、青の盾に弾かれると火花のように飛び散った。

 やったぜと思ったが、メリーダはすでに二つ目の光球を手の間に出現させている。格上魔術師というのは間違いないようで、二対一だというのに余裕たっぷりの様子だ。

 服装はあれだし、不法侵入だし、わたしをペットにするとか言うし、あっちのがよっぽど悪の魔法使いに見えるのだが、もうちょっと正義の魔術師らしくできないのだろうか。


「その高位ドラゴンが本物か偽物かは不明だけど、どっちにしろ、あんたたちにはすぎた代物よ。レイル、その子をこっちによこしなさい」

「――ふざけたことを」

「素直に言うことを聞くなら、命だけは助けてあげてもいいのよ」

「グラナ様は、絶対に渡さない」

「そうだ! 寝言は寝てから言え!」

「あら、怖い顔」

「わたしたちが、どんな思いでこの方の孵化を待ち望み、その誕生に歓喜したか、あなたには想像もできないでしょう。グラナ様は渡さない。この命に代えても」

「そう。じゃあ、力づくで行くわね」

 

 メリーダは、にこっとしながら二発目の光球を放ってきた。


 レイルの盾は光球を弾いたが、その直後に砕け散った。ミリーがレイルの隣に肩を並べ、両手を上げると同じ青色の盾を出現させた。ミリーの盾が防いでいる間に、レイルが新しい盾を発動させる。

 次々に光球が飛んでくる。

 盾が壊され、もうひとりが新しい盾をつくる。

 ふたりがかりでも、防ぐのが精一杯のようだ。


「グラナ様、絶対にお守りしますからね」


 わたしの不安を感じ取ったのか、レイルが励ますように微笑んだ。


「さっきの爆発。パパは大丈夫かな」

「アントラ様なら大丈夫です」

「そうです。アントラ様は誰にも負けません。というか早く助けに来て……」

「ミリー。弱音を吐かない」

「うう……足が寒いよう。鼻水が出るよう」


 短パンから出た生足を擦り合わせ、ミリーが泣き言を言う。

 城を守る魔法障壁が消えたせいで、部屋の温度がみるみる下がっていた。わたしは竜肌なのであまり感じないが、薄着のふたりは寒いだろう。


「あんたたちのご主人様なら、ここには来ないわよ」


 メリーダが言った。

 わたしたちは、驚いて顔を上げた。


「どういう意味?」

「どういうも何も、そのままの意味」

「アントラ様にかなう魔術師がいるはずない」

「いないわけじゃない。まあ、数少ないのは確かだけれど」

「何をしたの? いえ、あなた以外に誰が来たの?」

「さあ、誰かしら?」

「メリーダ!」

「他人の心配をしている余裕が、今のあんたたちにあるの?」


 哀れみの表情を浮かべて、メリーダはふたりを見下ろす。


 父が来ないとは、どういう意味だろう。

 考えてみれば、爆発音と一緒に魔法障壁が消えてずいぶん経つ。

 それなのに、誰も様子を見に来ないのはおかしい。

 自分で言うのもあれだが、わたしはこの組織のボスの娘で、計画の要でもある超重要生物だ。異常があったら、何よりまずわたしの無事を確かめに来るのが普通ではないだろうか。他の人はともかく、父が来ないのはあきらかにおかしい。


 わたしは不安になった。


 父は強い魔術師だ。簡単にやられはしない。

 でも、何かしら妨害を受けているのは間違いないようだ。

 わたしも魔法が使えていたら、と思う。ミリーとレイルを助けて戦えるのに。 


 レイルは唇を噛み、怖い顔でメリーダを睨んでいる。

 ミリーが、不安そうな表情でレイルを見た。


「……レイル?」

「あんたくらい、わたしとミリーでひとひねりよ!」

「そ、そうだ! ひとひねりだ!」


 ミリーが言うのに、わたしも続いた。拳を振り上げる。


「そうだ! わたしは誘拐なんかされないぞ!」

「グラナ様を誘拐なんてさせないぞ!」

「出て行け不法侵入者!」

「訪問時間を考えろ!」

「ひとりだけ厚着しやがって!」

「そっちも脱ぎやがれ!」

「TPOをわきまえろ!」

「そうだ! わきまえろ!」


 ミリーとふたりで、やいやい言う。

 TPO(状況に応じてふさわしい態度、服装をしようねという和製英語)が、通じるかは挑戦だったが、ミリーの様子を見ると無事通じたようだ。異世界翻訳ってすごい。


 レイルが吹き出し、メリーダの表情は険悪になった。


 わたしはレイルの肩の上に立ち上がると、金魚女を指さした。


「ミリーさん、レイルさん。こらしめておやりなさい」

「はい! グラナ様」

「まかせて! グラナ様」


 二人は青の盾を三枚出現させると、左右に跳び離れた。


 標的が二手に分かれたわけだが、メリーダは特に動揺しない。


 製造途中の光球をスライムみたいに分けると、両腕を広げてそれぞれに放った。

 だが、分けたことで力が弱まったようだ。スライム光球を何発か食らっても、青の盾は破壊されなかった。


 レイルはソファーの裏に、ミリーはチェストの影に身を隠すと、身を守る盾を倍の六枚増やした。上下左右を完全に囲ってから、別の呪文を唱え始める。


「時間かせぎなら無駄よ」


 そう言い放つと、メリーダは両腕を広げたまま、左右の手のなかに光球をつくり始める。両手でやっていた時より、製造スピードが遅い。しかし、クルミ大になった光球は、メリーダの手の中で形を変え始めた。にょきにょきとトゲが生え出し、見た感じウニのようになる。

 ウニをぶつけられたら、とても痛い。

 わたしは震え上がった。


 メリーダが、完成したウニ状光球を飛ばしてきた。


 レイルは呪文に集中していたが、はっとして青の盾を動かした。ウニ状光球は一枚目の盾を破壊し、二枚目の盾にヒビを入れてから消えた。間髪入れずに二発目が飛んでくる。破損していた二枚目の盾が砕け、三枚目が砕け散る。三発目は、四枚目を砕いてから五枚目にヒビを入れて霧散した。

 残った盾は、あと二枚だけだ。

 だが、レイルには新しい盾を出現させる余裕はない。

 青ざめながら、何かの呪文を唱え続けていた。


 四発目のウニ状光球が飛んでくる。

 レイルは二枚の盾でそれを防いだ。

 一枚が砕け、最後の一枚に大きくヒビが入る。

 

 レイルはソファーの裏から走り出ると、残った盾をメリーダの方へぶん投げた。

 

 避ける余裕がないと判断したのか、メリーダは製造途中の光球を放って迎撃した。盾は砕け散ったが、光球の方は霧散せず、そのままレイルの方に向かって来る。レイルの脇をかすめ、服を裂くと床に刺さって霧散した。


「レイル? 大丈夫?」


 レイルが、脇腹を押さえて膝をついた。手を離すと、ひどい火傷を負っている。すごく痛そうだ。歯を食いしばりながらレイルが立ち上がり、メリーダを睨みつけた。


 ふたりの間には、もう何の障壁もない。


「悪あがきもいい加減になさい」

「どうかしら」

「あと一撃で終わらせてあげる」

「無理よ」

「何ですって?」

「言ったはずよ。わたしとミリーでひとひねりだと」


 舌打ちをして、メリーダが身をひねった。


 レイルが移動したことで、メリーダはミリーに背を向けていた。

 というより、レイルが飛び出したと同時に、ミリーの方でもメリーダの死角目がけて移動していたようだ。


 メリーダの背後には、ミリーの放った火球が迫っていた。


 上体を反らせることで、メリーダは火球を避けた。うまく避けたものの、予想外だったことは焦った表情からわかる。その間に、レイルが中断していた呪文の残りを完成させた。


「捕らえろ!」


 両腕を伸ばしながら叫ぶ。

 半透明の緑の蔦が、螺旋を描いてレイルの腕から放たれた。空中に浮かんでいるメリーダに蔦がからみつき、両腕を拘束すると、胴体に引きつけてぐるぐる巻きにした。


「くそっ」


 メリーダが顔をゆがめる。絡め取られたメリーダの両腕は、背中側でひとくくりにされていた。これなら、もう光球をつくることはできない。


 レイルが、両腕から伸びた蔦を握りしめた。


「答えなさい。さっきの爆発は何? あなた以外に誰が来ているの?」

「調子に乗らないで。ちょっと油断しただけでしょ」

「何もできないくせに、強がりはよして」

「何もできない? わたしが? うそでしょ?」


 鼻で笑うと、蔦のなかでごそごそと身動きする。


 レイルが緊張するのがわかったが、何重にも巻き付いた蔦はびくともしない。メリーダは肩をすくめると、わざとらしくため息をついた。


「何てね――格が違うのよ。あんたたちとは」


 メリーダが言った途端、白いドレスのスカートがひとりでに舞い上がった。幾重にも布を重ね、たっぷりさせたスカートが花弁のように広がると、その間には無数のウニ状光球がくっついていた。


「レイル! 伏せて!」


「グラナ様!」


「にゃー」


 まぶしい光が炸裂し、それに視界を覆われた。

 

 誰かの悲鳴、何かの砕ける音、割れる音、倒れる音。


 視力が戻るまでに、しばらくかかった。


 部屋を見下ろしたわたしは、呆然となった。


 ベッドもテーブルもソファーも、部屋のなかのあらゆるものが破壊されている。

 床にへたりこんだレイルの前には、かろうじて間に合ったらしい青の盾が浮かんでいる。ミリーは、家具と壁の三角の隙間に身を寄せ、両腕で頭を防御していた。見た感じ、大きなケガはなさそうでほっとする。


 それで、わたしはと言えば。


「あら、本当にちっちゃい。それに毛皮がふわふわなのね」


 わたしを捕らえたメリーダが、甘い声を出して目を細めた。

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