127 懐かしの城
実家のお城は、父がトレジャーハンター時代に見つけたものだそうだ。
見つけた時にはすでに廃墟だったので、前の住民のことはわからない。人間大好物の魔族か、そうでなければ生け贄大好きな魔術師だろうとのことだ。前にアーベルが言っていた通り、普通の人間が住めるような環境ではないらしい。
実家に戻ってから数ヶ月後。生活も落ち着いてきたので、約束していた温泉旅行に父と出かけた。ミリーとレイルも一緒だったが、日中は父と二人にしてくれたので、父はご機嫌だった。色んな効能の温泉に浸かり、名物料理を飲み食いし、楽しい時間を過ごしたあと、たくさんのお土産を持ってわたしたちは城に帰った。
「イチカ! ずいぶん遅かったじゃない!」
城門をくぐった所で、ココネアが向こうから走ってきた。
青緑色の髪を三つ編みにし、青いドレスの上から白のエプロンをつけている。魔導書は凍結中で、ヤスの元で魔法やら道徳やらの勉強をしている最中だ。わたしがヤス塾の一期生だとすれば、ココネアは二期生である。
ココネアのあとから、ヤスが歩いてきた。
「お帰りなさい。こっちは変わりありませんよ」
父とヤスが話し込んでいる間に、ココネアがわたしの腕をガシッとつかんだ。
「見せたいものがあるの! 来て!」
そう言うと、わたしの腕を引っ張って歩き出した。
ヤスから、「迷惑な時は迷惑と注意してあげてください」と言われているが、ココネアは何か嬉しそうにしてるし、迷惑でもなかったので、ついて行くことにする。ふと後ろを見ると、ミリーとレイルがこより勝負を始めていた。わたしについてくのと、大量のお土産を厨房まで運ぶの、どっちがやるかを決めているようだ。負けたのは、いつものようにミリーである。
「ココネア、イチカ様。足元に気をつけてください」
あとから来たレイルが、心配そうに声をかけてきた。
お城の増築工事をしていて、中庭には木材やら大工道具やらがあちこちに置いてあった。作業途中のみんなからの「お帰りなさい」に応えつつ、ココネアに連れて行かれたのは中庭の端っこにある菜園だ。みんなの食事用の野菜は外で買ってきているが、野菜育てるのが趣味という人が一定数いて、その人たちが作っている家庭菜園である。
「ココネアも、何か育ててるの?」
ヤスの授業の一環だろうか? アサガオの観察みたいな。
「そうよ! この区画がわたしの育てたやつよ!」
そう言って示したのは、黄色い紐で区画分けされた一角だ。そこには、大量の枯れている……ように見える植物が植わっている。これは失敗なのか、成功なのか。困惑しながらしゃがみこんだが、よく見ると薄茶色をした豆の莢がたくさん下がっていた。お米みたいに、乾燥させてから収穫するやつかもしれない。
「すごいね。これ、もう食べられるの?」
隣にしゃがんだココネアに尋ねる。ココネアは、近くにあった莢をむしり取ると、「はい」と言って渡してきた。生の豆を食えと言っているんだろうか……?
「……ありがとう」
パキッとやって乾いた莢を割る。すると、中から赤紫色の豆が出てきた。見覚えのある豆を目にして、わたしは歓声を上げた。
「わあっ、小豆だ!」
指でつまんでみる。間違いない。本当に小豆だ。小豆って、こんな風にできるのか。売ってるのしか見たことないから、知らんかった。
ココネアが、満足そうにうなずいた。
「アンパンを食べた時、イチカが好物だと言っていたから、豆をもらって育てたの。感謝なさい!」
「うん。ココネア、ありがとう」
ちゃんと手入れしていたようで、小豆は艶々としてすごく美味しそうだ。レイルがザルを持ってきてくれたので、ココネアと一緒に小豆の莢を収穫した。みんなのおやつを作るような量はなかったので、ココネアと夜に厨房へ忍び込んで小豆を炊く約束をした。
「帰ってきたよ」の報告がてら、そこらを見てまわった。
燃えたとこや、壊れたとこは修復され、襲撃の痕跡はほとんど残っていない。部下の人たちが首謀者であるココネアを受け入れるか心配していたけど、ちょっとアレな人の集まりだけあって「もう酷いことしないなら、いいよ!」とあっさり受け入れた。さすがは、ドラゴンの存在を信じちゃうピュアな心の持ち主だけのことはある。
あの日以来、ココネアの魔導書はロックされたままだ。ヤスが言うには、ロック解除しろとも言わないらしい。ちらっとココネアに聞いてみたら「魔法が使えない今の生活が面白い」とのことだった。よくわからないが、都会っ子が、電気のない田舎に引っ越してきた感じかと想像する。自動車はなくてもリヤカーがあるじゃない、みたいな。まあ、何にしろココネアが楽しそうで何よりである。
お城は現在、増築工事の真っ最中だ。
父の次なる野望、「魔導書がなくても人間が魔法を使えるようにする」を実現させるための第一歩である。魔導書は、太陽の魔術師でないと作れない。その太陽の魔術師であっても、魔導書を作るには経験値を消費する必要があるそうで、年に数冊作るのが限度だそうだ。魔導書が希少なものである限り、権力者たちが魔導書を独占してしまう。だから父は、魔導書がなくても、みんなが魔法を使えるようにしたいと言う。そのための研究施設を作っているのである。
最初の野望「世界を滅ぼして新世界を創る」と比べれば、ごくささやかな野望だ。実際、それを聞いて離れて行った部下の人もいた。娘との温泉旅行のためにあきらめたと知ったら、もっと減っていただろう。でも、多くの人が父の元に留まり、父の夢を応援すると言ってくれた。わたしたちは、悪の組織ではなくなり、魔術の新しい未来を創造する健全な組織として再出発することになった。
めでたし、めでたし。
ではない。ひとつ大問題があった。
レイルの目を盗み、適当な部屋に隠れたわたしはアイチャンを呼び出した。
「アイチャン、今のわたしのレベルは?」
『魔術師レベル25、等級は「星の5」です』
「……ありがと、アイチャン」
わたしは、壁に手をつくとうなだれた。
そう、あれから魔術師レベルが一個も上がっていないのである。王宮での騒ぎの時は、ヤスに魔導書ロックされてたし、<赤の衣>は特殊魔法だから経験値はつかない。城に戻ってから、大掃除とか、壊れた箇所の修繕を魔法で手伝っていたけど、どういうわけかさっぱりレベルが上がらない。新しい魔法も習得できないから、経験値自体が増えていないようだ。これは大問題である。
周辺の森に行けば魔物がいるが、ベル山脈にいるのはガチ目のやつなので、わたしのレベルでは危険だと言う。誰かに手伝ってもらうと修行にならないし、何より、新たな野望に向かって皆が一致団結してる時に「わたしのレベルがしょぼいからレベル上げ手伝って!」なんて頼むのは心苦しかった。
「こうなったら家出するしかない……」
わたしひとりでも倒せる、ほどよい敵を探しに行こう。
しかし、アーベルから逃亡した時と違い、ここにはミリーとレイルという強力なお目付役がいる。修行の旅に出ると言ったら絶対ついてくるし、ついてきたら、わたしが倒そうとする魔物を「キャー、イチカ様危なーい!」とか言って瞬殺してしまうだろう。考えすぎだろうか……いや、あのふたりならやりかねない。
わたしは、はっとなった。
レイルの声が聞こえた。わたしの名前を呼びながら、廊下を歩いているようだ。わたしは壁から手を離すと、近くの棚によじ登った。<転化>の魔法を解くと、チビになって身を潜める。
「イチカ様ー?」
ガチャッと扉が開いた。レイルが部屋を見回す。
「ここにもいない。厨房かしら……」
首をかしげると、扉を閉めて出て行く。
わたしは止めていた息を吐いた。
わたしひとりの力では無理だ。家出をするための協力者を探そう。