126 これからのこと
兵隊さんたちに囲まれ、連れて行かれたのは王宮の一室だった。
ラハイヤさんの手が空くまで待てと言われ、出されたお茶と軽食を飲み食いし、ミリーとレイルと一緒に長椅子でうとうとする。いつの間にかアーベルが姿を消しており、しばらくして、使いの人を連れて戻ってきた。父とヤスに一緒に来るように言い、ミリー、レイル、シュルツは居残りとのことだ。
サレンスさんは気軽に会ってくれたけど、立場的にはラハイヤさんの臣下である。ラハイヤさんは国王様で、この国で一番偉い人なので、それなりの身分の人でないと面会できないらしい。わたしも居残り組だったが、父が「娘が一緒じゃないと行かない」と言い出したので、連れて行ってもらえることになった。
使者さんの案内で、長い廊下を移動する。着いた先は、エスター宮の謁見室だ。前に来た時は椅子がひとつあるだけだったけど、今は部屋の真ん中にテーブルと椅子が設置されている。壁際には侍女さんたちが控えていた。
「いやあ、待たせて悪かったね」
やってきたラハイヤさんが、いつもの調子で言った。白と金のゆったりした衣装を着て、眼鏡はなく、銀色がかった茶色の髪をオールバックにして固めている。キチッとしていると、サレンスさんに似ていた。
お誕生日席に落ち着いたラハイヤさんは、お使いの人と侍女さんたちを部屋から出した。残ったのは、父、ヤス、アーベル、それに近衛の隊長さんと副隊長さんだけだ。
「それで、イチカは無事だったのかな?」
人払いが完了したあとで、ラハイヤさんが尋ねた。
わたしは右手を上げた。
「ここにいます!」
「ああ、魔法が使えるようになったんだね」
「シノブ放り出してきちゃったんだけど……」
「元気にしているよ。元気すぎるくらいだ」
「よかった。ラハイヤさんは、眼鏡なくしちゃったの?」
聞くと、近衛の隊長さんに「無礼だぞ!」と小声で注意された。まあ、確かに。
「かまわないよ。遠視だから、読み書きする時以外は必要ないんだ」
ラハイヤさんは、わたしに向かってにっこりする。「さて」と言うと、父の方に顔を向けた。
「では、あなたがイチカの父君かな?」
「いかにも。わたしが父親だ」
「アーベルから、君たちがガロリアの王族を捕らえていると聞いた。いくら払えば彼らを引き渡してくれるだろうか?」
笑顔を浮かべたまま、奴隷商人みたいなことを言う。とは言え、引き渡せと言われるのは予想通りだ。どうするかは、みんなで話し合って決めていた。代表して父が答えた。
「ガロリアの王族たちは、元に戻してそちらに渡そう。その代わり、ひとつ条件がある」
「条件?」
「ココネアを、我々にあずからせて欲しい」
「それはまたどうして?」
驚いた顔をしてラハイヤさんが聞いた。
宮殿を乗っ取った極悪人だし、はいそうですかというわけに行かないのはわかる。ちなみに、ココネアをあずかりたいと言い出したのはヤスだ。ヤスが理由を説明し始めた。
「ココネア自身に問題があるのは、確かです。ですが、魔術の才があったために祭り上げられ、重圧と孤独のなかで成長する内に、ああなってしまった部分もあるとわたしは考えます。どうか、彼女に更生の機会を与えては頂けないでしょうか?」
「うーん」
「無理なお願いであることは、重々承知しております」
「困ったなあ……イチカも同じ意見?」
「わたしは、ココネアのことはよく知らない。けど、ずっと一緒にいたヤスがそう言うんなら、そうだと思う。まだ未成年だし、許してもらえないかな?」
ラハイヤさんは、ちょっと考えている。わたしたちの要求を飲んだとして、何かまずいことがあるか思案している様子だ。「うん」と言ってうなずくと、みんなの顔を見渡した。
「じゃあ、ココネアは死んだってことにしよう」
「わーい」
「アーベルも、内密に頼むよ」
「承知しました」
アーベルが大人しく返事をする。にこにこしていたラハイヤさんが、「そうだ」と口を開いた。
「深夜にドラゴンが現れたと大騒ぎになっているらしいんだけど、何か心当たりはあるかな?」
人形化されてたラハイヤさんは見てないが、あちこちから目撃情報が寄せられ、噂が広まっていると言う。どうしよう、退治されるんだろうか。震え上がっていると、ヤスが助け船を出してくれた。
「あれもココネアの幻術、ということにしていただけませんか」
「ドラゴンのなかに人がいたという話は?」
「それもココネアということに」
「死人が大活躍だね」
ははっと、ラハイヤさんが笑う。ココネアには申し訳ないが、本当のことを言ったら退治されてしまうので、身代わりになってもらうしかない。
ラハイヤさんが、顔に手をやった。眼鏡を押し上げようとしたらしいが、ないと気付くと、ため息をついて手を下ろした。
「――今回の件について、事実は公表しないことにした。敵国の女王に宮殿を乗っ取られたなんて、笑い話にもならないからね。僕が“悪い友人”たちを宮殿に引き入れ、仲間割れによって“友人”の一人が命を落とした。それで目が覚めた僕は、心を入れ替え政務に復帰する、という筋書きにする」
乗っ取りの事実を知っているのは、サレンスさんと近衛の人をのぞけば、アーベル、シュルツ、ワーリャばあちゃんだけだ。侍女さんたちは、偽物を本物と信じこんでいたし、深夜にバタバタやってたのは仲間割れだったで説明できる。誰かが秘密を漏らさなければ、事実が明るみに出ることはないだろう。
「そういうわけだから、君たちにも秘密を守ってもらいたい」
そう言うと、わたしたち三人に目を向けた。ハリファールの人たちは言うこと聞くだろうけど、わたしたちに守秘義務はないからだ。
「秘密は守るよ。絶対に誰にも言わない」
わたしが約束すると、父とヤスも同意した。
ラハイヤさんは、アーベルに目を向けた。
「アーベル、君の働きに感謝している。表立って礼ができないことを心苦しく思う」
ラハイヤさんが監禁されてることも、ココネアがガロリアの女王だってことも、サレンスさんに教えたのはアーベルだ。本当なら恩賞とかもらえていいはずなのに、事件をなかったことにするから何も出せない。ということらしい。
アーベルは、にっこりすると答えた。
「いいえ。陛下のお役に立てただけで光栄です」
腹の内が読めないが、ムカついている空気ではない。お金なんか腐るほど持ってるだろうし、ラハイヤさんに恩売れてラッキーぐらいの気持ちなんだろう。
わたしは、ラハイヤさんを見た。さっき話した筋書きのなかで、心を入れ替えて政務に復帰すると言っていた。サレンスさんと約束した五年まで、まだ二年残しているけど、いいんだろうか。
「エスター宮から出るの?」
「うん。警護が手薄になったのも、元はと言えば僕のわがままのせいだし、これ以上王宮を混乱させるわけにもいかないからね。手引書の概要はできているから、何人か学者をやとって、あとを引き継いでもらうことにしたよ」
「……シノブたち、手放しちゃうの?」
「いいや。王宮の庭に、もっと大きな温室を建設しようと思っている。温室の中に湖も作って、ヴェルカたちの生息地に近い環境を作るつもりだ」
うっとりした顔でラハイヤさんが答えた。夢をあきらめるどころか、税金を注ぎ込んで、もふもふの楽園を拡張するつもりのようだ。すごくうらやましい!
ラハイヤさんが、父に顔を向けた。
「イチカから、父君は太陽の魔術師だと聞いたんだけど?」
「いかにも」
「ハリファールには、元老院という機関がある。簡単に言えば、国王に助言をする知識人の集まりだ。あなたを、特別会員としてお招きすることはできないだろうか?」
「そうしたものに興味はない」
「……残念だな。まあ、それを抜きにしても、気軽に立ち寄って欲しい」
「考えておこう」
もったいぶって父が言う。戦争嫌いだし、権力者が好きじゃないんだろう。それはそれとして、父が出入り自由ということは、わたしも自由に出入りしてもいいんだろうか?
「ラハイヤさん。わたしも王宮に遊びにきていい?」
「いいとも。欲しいだけ通行証をあげるから、シノブに会いにおいで」
気前良くラハイヤさんが言った。その後ろで、近衛の人が非常に迷惑そうな顔をしている。わけのわからん奴らに出入りされると、警備が大変になるからだろう。父が太陽の魔術師というのも信じていない様子だ。今回まったく活躍してないし、しょうがない。
わたしたちは、しばらくゲオさんの別荘に滞在することになった。
人形化の魔法を解除できるのは、ココネアの魔導書を閲覧したヤスだけだ。けど、まだ元に戻さないで欲しいとラハイヤさんにお願いされた。ガロリアの王族を滞在させるとなると、めちゃめちゃ費用がかかるから、とのことだ。人形であれば、飲み食いしないし、待遇に文句も言わない。
人形のなかには逃げ遅れた父の部下の人もいるけど、どれがどの人だかわからない。いったん全員戻したあと、ガロリア王族だけ人形にするという案も出たが、人形化できるのはひとりにつき一回だけとヤスが言ったので無理だと判明した。それで、大量の人形を所持したまま、ゲオさん家に滞在することになった次第である。
その間に、ラハイヤさんはガロリアに極秘の使者を送ったようだ。
ガロリアには現在、直系の王族がいない。ココネアが最後の直系王族だったけど、「ハリファールを手に入れてくる!」と言って出て行ったきり、行方知れずになってしまったからだ。ガロリア政府は、この事実をひた隠しにしているという。
ラハイヤさんは、ココネアの死亡を伝えるとともに、ココネアが虜にしていたガロリア王家の人たち、それにココネア配下の魔術師たちを帰す準備があると伝えた。
無期限の停戦協定を結ぶなら、という条件付きだったけど、ガロリアの重臣たちはすぐに飛びついてきた。ココネアが“すっごく古い国”と言うだけあって、ガロリア王家は初代の王様から続く由緒正しい家柄で、王家の血筋が重要視されている。それ以外の王様では、国民を納得させることができないそうだ。
王族の人たちを人間に戻したあとで、正式な停戦協定が取り交わされた。将来的に反故にされる可能性もあるけど、歴史ある王族としてのプライドがあるので、今の王様が王様やってる間は守るだろう。とのことだ。その間に、友好条約的なのを結ぶのがラハイヤさんの目標だそうだ。
三年前に即位して以来、エスター宮に閉じこもりきりだった国王様だが、“ガロリア国との停戦”というでっかいお土産を持って姿を現し、重臣たちを仰天させた。サレンスさんは激務から解放され、今は甥っ子のお妃様候補を探している。可愛い嫁がいればラハイヤさんのヴェルカ熱が冷めると考えているようだけど、ラハイヤさんは、お嫁さんにするならシノブがいいと言っていた。シノブも、まんざらでもない様子だ。
すべての人形を人間に戻したわたしたちは、ゲオさんの別荘を出て北東へ向かった。何日もかけてのんびり旅をし、ベル山脈の中程にある少し焼け焦げた我が家へと帰りついた。