125 家族会議
わたしは、注意深く父の表情を観察した。わたしの言葉に驚いている様子だが、がっかりしている感じではない。でも、まだはっきり「やだ!」って言ったわけじゃないし、失望されるとしたら、これからだろう。父に失望されると、とてもつらい。でも、大量殺人犯にならないためには、この父を説得するしか道はなかった。
「人殺しが嫌ってのもあるんだけど、でも、あちこち行ってわかったんだけど、わたし、今の世界ってそんなに嫌じゃないんだ……」
父の顔をうかがう。まだ、がっかりはしてない。
ミリーとレイルの方を見ると、わたしと同じ様に父の反応を気にしているようだ。賛成か反対かは、ちょっとわからない。ヤスを見ると、続けなさいという風に視線を動かしたので、がんばって続けることにした。
「今は魔術師同士で戦ってるけど、でも、魔術師が戦争しなくなったとしても、一般人が戦わされるだけだよね。貧乏な人や身分の低い人が、本人の意志とは関係なしに戦場に放り込まれたりする。――だったら、魔導書持ってるお金持ちが、自分の財産を守るために身体張ってる方がまだ健全な気がするんだ」
父は、「人が人を殺すために魔法を使う。そういう世界を変えたい」と言っていた。でも、魔法が人を殺さなくても、人を殺す方法は他にもいっぱいある。魔法がなければ剣を、剣がなければ包丁を、包丁がなければ棍棒を持ち出して、戦争は続くだろう。それなら、金持ちが最前線で戦ってる今の状況は、必ずしも悪いことではない。
「魔法を戦争の道具にされたくないって、パパの気持ちもわかるけど、でも結局は魔導書の持ち主次第だと思う。戦争をなくすために、力ずくで止めるって方法も、わたしは好きじゃない。殺戮するのはわたしだし。でも、そんなことしなくてもパパの理想の世界は創れるでしょ? だいぶ小規模になっちゃうけど……」
魔術師同士が戦う今のシステムを変えるには、グラナティスで世界を破壊するしかない。でも、それとは関係なしに、父が父の理想を追い求めることはできるはずだ。
「わたしも手伝うからさ。人殺しはやめようよ。ね?」
「グラナ……」
父は言葉を失っている。わたしの言ったことにショックを受けている様子だ。長年の夢みたいだし、そう簡単にはあきらめられないだろう。
黙って聞いていたレイルが、父に顔を向けた。
「シュルツさんも言っていましたが、グラナ様が嫌だと言っているのに、無理強いするのはよくないと思います」
「ミリーもそう思います!」
「お前たち……」
「わたしたちが戦争を嫌っているからと言って、関係ない人たちまで巻き込んでしまうのは、確かにやり過ぎです。ましてや、こんなに可愛いグラナ様が、こんなにお願いしているというのに」
「そうです。こんなに可愛くて可憐なグラナ様が、こんなにお願いしているというのに」
チビ状態で言われてもあんま気にならないけど、人間姿で言われると結構恥ずかしい。でもこのふたりなら、父と瓜二つの顔でも、普通に可愛い可愛い言いそうだ。そう考えると気が楽になった。
ヤスが、テーブルの上に腕を置いた。
「炎竜グラナティスは、世界を滅ぼす竜とされています。ですが、それは文献にそう書かれていたという事実があるだけです。数百年前、本当に何があったのか、知っているのはグラナ様だけです」
そう言うと、わたしの方を見る。わたしは首を横に振った。
「何も覚えてない」
「と言うことは、事実は誰にもわかりません。炎竜の本性が、世界を滅ぼす竜ではない可能性もある。グラナ様がやりたくないとおっしゃっている以上、アントラ様が引き下がるしかないでしょう」
「ジャハリまで……」
「わたしは元々、アントラ様のお考えには賛成しかねていました」
などと、冷たいことを言う。部下三名と愛娘に反対され、父はしょんぼり顔でうつむいてしまった。さっき、シュツから父親失格みたいに言われたのも効いているようだ。父のメンタルが回復しない内に、わたしは追い込みをかけることにした。
「だいたい、世界滅ぼしたらわたしはいなくなっちゃうんだよ?」
「それは……」
「そうなったら、パパとお出かけもできないよ?」
「お出かけ……」
「そうだよ。ああー、大好きなパパとお買い物に行きたかったなー。温泉旅行とか行きたかったなー。お揃いの浴衣着て、ソフトクリームとか食べたかったなー」
「温泉旅行……」
父の目が、虚空を見つめている。頭の中で、長年の野望と、愛娘との温泉デートを天秤にかけているようだ。普通に考えれば長年の野望だが、わたしの父は頭がイカれている。しばらくすると、そわそわしながら咳払いをした。
「そっ、そうだな。グラナが嫌がってるのに、無理強いはよくないな!」
父の頭がどうかしていて助かった。
ミリーとレイルが、わたしたちも行きたいと言い出し、父が親子の絆がどうとか言って阻止しようとする。ヤスは、やれやれといった表情で椅子に身を沈めた。ちょっと前まで死にかけてたし、疲れてるんだろう。ヤスが防御壁を解除してくれたので、わたしは結果報告に行くことにした。
シュルツとアーベルは、階段下に立ってこっちの様子を見ていた。わたしが行くと、シュルツが「大丈夫でしたか?」と聞いてきたので、笑顔でうなずいた。
「世界滅亡はあきらめるって」
「本当ですか?」
「うん。あんな顔してるけど、パパいい人だし」
「ならいいんですが……」
アーベルが、わたしを見下ろした。
「奴ら、ココネアの行方について何か言っていたか?」
「うん。人形にして保管してる」
「……奪い取ってこい」
「ヤスが捕獲したから、ヤスと交渉してよ」
「まだ他に仲間がいるのか?」
「ヤスは、ジャハリさんのあだ名。わたしがつけた」
「……」
「ちなみに、ココネアの親族? もヤスが持ってる」
わたしが言うと、シュルツとアーベルがぎょっとした。父人形とラハイヤさん人形のことは知っていても、ココネアの部屋にあった他の人形のことまでは知らなかったようだ。
「――ガロリアの王族が生きているということか?」
「そうだよ」
「間違いないだろうな?」
「信じないならそれでもいいよ」
むっとして、わたしは言った。アーベルは眉をひそめている。舌打ちをすると、ヤスのとこに歩いて行った。直接交渉することにしたようだ。わたしは、部屋を見回した。サラウースの主従が姿を消している。
「バルマンさんと、ユリウスは?」
「さあ……どこかへ出かけたようですね」
グラナティスがどうのとか、新世界の創造がとか言ってるのを聞かれたが、大丈夫なんだろうか。あ、そういえば、まだシュルツにお礼を言ってなかった。
「わたしのために怒ってくれて、ありがとう」
「いいえ。当然のことを言ったまでです」
きっぱりとして、シュルツが言う。思い出してムカついてきたらしく、テーブルにいる父の方を険しい顔で見た。父は世界滅亡をあきらめてくれたし、仲直りしてくれるといいんだけど。
シュルツが、わたしの方に体を向けた。低めのハイタッチを求めるみたいに左手を上げたので、何だろうと思いながら右手を上げる。大きな手がわたしの手に重なり、指を曲げると軽く握り締めた。
真剣な表情で、シュルツが口を開いた。
「異国の住民でも、何万年と生きている竜でも、イチカが俺にとって大切な人であることに変わりはありません。嫌なことをされそうになったら、いつでも相談してください。どんなことがあっても、何を聞かされても、俺はイチカの味方をしますから」
何を聞かされても、と言うのはグラナティスのことを言っているんだろう。成り行きでアーベルにはバラしたけど、シュルツには何も教えていなかった。アーベルから聞かされて、何で話してくれなかったのかと、さびしく感じたに違いない。わたしは、シュルツの手を握り返した。
「黙ってて、ごめんね」
「いえ、言い出しにくいことであるとは理解しています」
「アーベルにはたまたまバレただけで、わたしからバラしたわけじゃないよ?」
「そうだったんですか」
「今度からは、ちゃんとシュルツに相談する」
「そうしてください」
「わたしも、何があってもシュルツの味方だからね」
約束すると、シュルツはゆっくり微笑んだ。
シュルツが何か言おうとした時、玄関扉が開いて大勢の人が入ってきた。先頭に立っているのは、赤っぽい茶髪をしたおっさんだ。見たことがあるから、たぶん近衛の人だろう。後ろにいるその他大勢は、制服からして衛兵さんのようだ。近衛の人が声を張り上げた。
「全員、その場を動くな。大人しく、我々と同行してもらおう!」
シュルツが、手を離すとわたしを背にして立ち塞がった。父たちが警戒する顔で席を立ったが、アーベルが何もするなという風に腕を上げる。よそ行きの笑顔を貼り付けると、近衛の人に話しかけた。
「近衛の隊長がお出ましになるとは、どのような用向きでしょう?」
近衛の人が、いまいましそうな顔でアーベルを見た。
「勝手に姿を消しておいて何を言う。とにかく来い。国王陛下がお呼びだ」




