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120 偉大なる魔術師

 わたしは、気が遠のきかけた。


 だめだ、気絶したらシノブがやられる。


 シノブは、何体もの人形に押さえつけられ、動きを封じられていた。前足と後ろ足をがっちり掴まれ、口は人形の両腕でロックされている。何とか脱出しようとばたばたしてるけど、シノブの脚力を持ってしても難しいようだ。貴族のご令嬢みたいな服着てるくせに、どんだけ馬鹿力なんだあの人形。


「シノブ、今助けるからね!」


 両手に魔弾を作ると、シノブを捕まえている人形たちに向けて放った。


 しかし、飛んで行った魔弾は、浮かんでいる人形たちによって阻止された。弾道の前に出てきて、魔弾を止めてしまうのである。そして、鉄製のドアノブを破壊する威力の魔弾を喰らっても、壊れる様子がない。後ろに弾かれるだけで、しばらくすると平然と戻ってきた。魔法の何かで保護されているようだ。


「……おのれ」


 わたしは唸った。


 漂っている人形たちが、魔弾を喰らいながらも徐々に近づいてくる。


 シノブだけでなく、わたしも捕獲しようとしているようだ。


 わたしは、辺りを見まわした。

 魔弾が届かない以上、わたしがあっちに行くしかない。でも、ベッドからテーブルまでは、かなり距離がある。がんばって大ジャンプしたとしても届くかどうか。もし、途中で邪魔されたら床に落ちてしまう。丸テーブルの脚は一本だけだから、下から登ることもできないし、わたしまで捕まったら万策尽きてしまう。


 魔法さえ使えれば、<跳躍>でひとっ跳びできるのに。

 わたしは、空中に浮いている人形たちを睨んだ。

 魔弾を止めるためか、人形たちは、広く散らばって浮かんでいる。


「ひらめいた!」


 走って行くと、ベッドの端を蹴った。思いっきりジャンプし、浮かんでいる人形の頭に着地する。人形の腕に捕まる前に、別の人形の方へジャンプし、次々飛び移って、シノブのいるテーブルの上に華麗に着地した。あー怖かった!


 魔弾を作ると、 シノブに取り付いている人形を弾き飛ばした。怖ろしいことに、この至近距離で喰らっても壊れる様子はない。吹っ飛ばされた先で、平然と空中浮遊していた。どうしたらやっつけられるんだろう。


 起き上がったシノブが、黒目をうるうるさせながら、わたしに頭を擦り付けてきた。さすがのシノブも怖かったようだ。わたしはシノブの頭をわしゃわしゃした。よくがんばったね。


 ふと、テーブルの上に目を向ける。

 ビスクドールは台座の上に置いてあるものと思っていたが、テーブルの上には何もない。まさかの空気椅子だったようだ。衣装はゴスロリなのに、とても体育会系だ。魔弾で撃たれても壊れないわけである。


「こいつら、いったい何なんだろう……」


 空中に浮かんでいる人形は、警戒する様子でこっちを見ている。これで包丁とか持ってたらびびるんだけど、幸いなことに全員素手である。シノブのことも腕力で押さえつけてたし、武器らしい武器は持たされていないようだ。目からレーザー砲とか出てくる感じでもない。


 魔弾で撃たれても壊れないくらい頑丈だけど、セ○ムの代わりにするには弱すぎる。てことは警備兵じゃないのか。警備兵じゃないのなら、どうしてシノブを捕まえたり、わたしを捕まえようとしたんだろう?


「ココネアのお友達……?」


 そして、わたしとシノブを新たなお友達にしようとしている?


 それだったら、武器を使わないのも納得できる。だってお友達だもの。


「あっ、まさか」


 わたしは、浮かんでいる人形兵たちに目を向けた。


 顔も髪の色も様々で、豪華なドレスもみんなデザインが違っている。その顔をひとつひとつ確認して行く。――その中で、一体だけピンとくる人形がいた。黒い巻き毛に黒いドレスを着て、鮮やかな紫色の目をしている。父というより、わたしに似てる奴が。人形ながら他人とは思えない。絶対にあれだ。間違いない。


「――パパ? パパだよね?」


 ゴスロリ警備兵の正体は、ココネアに倒された人間たちだ。姿を変えられ、意志を奪われ、ココネアの部屋でお友達をやらされている。触れた時、魔具だと感じなかったから、きっとココネアの特殊魔法なんだろう。魔具じゃないからヤスにもバレなかったようだ。


「パパ、起きて! 助けにきたんだよ!」


 呼びかけるが返事はない。完全に操られているか、意識がないようだ。


 わたしは、急いでシノブによじ登る。首の後ろの定位置につくと、父似の人形を指さした。


「シノブ。あの人形、捕まえて!」


 シノブが、テーブルからジャンプする。黒髪の人形に体当たりし、床に落ちたところで口にくわえた。捕獲成功だ。でも、どうやって魔法を解いたらいいんだろう?


 困っていると、シノブが窓辺にジャンプした。仲間を奪われた人形兵が、じりじりと近づいてきたせいだ。魔弾で何体か撃ち落とすと、人形たちの動きが止まった。父も見つけたことだし、こっから出た方がよさそうだ。


 そう思って部屋の扉を見ると、開きっぱにしてたはずの扉が、いつの間にか閉じられていた。扉の前には、複数の人形兵が浮いている。内側に開く扉だから、どっちにしろシノブの跳び蹴りでは開けられない。閉じ込められてしまった。


 わたしは窓の外に目を向けた。


 寝室は五階の北側にあったようで、はみ出した四階部分が下に見えていた。屋根がガラス張りだから温室のようだ。魔具ガラスの特殊効果で室内は見えないけど、全体に明かりが灯り、魔法らしい光がチカチカしている。迷宮旅団と近衛が戦っている様子だ。


 魔弾を当てて、窓の掛け金を外した。


「シノブ、窓開けてくれる?」


 お願いすると、力強い後ろ蹴りでシノブが窓を開けた。わたしの意図を察したようで、体の向きを変えるとひょいと窓から飛び下りる。宮殿の謎構造のせいで数メートルの高さがあったが、ガラスの屋根の上にすたっと着地する。すぐに、前傾ジャンプで移動し始めた。


 わたしは上を見た。人形兵たちが、空中浮遊で窓からぞろぞろ出てくる。こうなったら、ガラス割って温室に逃げ込むしかない。温室にヤスがいればロック外してもらえるし、ヤスがいれば父にかかった魔法を解いてくれるかもしれない。


「でもたぶん、ココネアもいるだろうなあ……」


 寝室に忍び込んだのバレたら、絶対にキレられる。人形兵の仲間にされて、空気椅子でピラミッド作らされることになったらどうしよう。


 わたしは、下に木の枝がありそうな所を狙って魔弾を撃ち込んだ。ラハイヤさんが「そこらの城壁より強い」と言ってただけあって、一回では割れない。シノブがUターンしてくれたので、コントロールした魔弾を同じ場所に次々撃ち込んだ。十何発目かで、枠組みの中のガラス板が砕け散る。下に誰かいたらごめんなさい。


 シノブが、割れた穴に飛び込んだ。


 木の枝がクッションに……と思ったが、すぐに向こうへ突き抜けた。わたしは、落下していくシノブにしがみついた。誰か助けて!


 どさっと音がしたが、地面に叩きつけられた感じはしなかった。怖々目を開けると、シノブが東屋の屋根の上に着地していた。結構な高さがあったし、邪魔な人形をくわえていたのに、シノブは平気そうだ。いつもジャンプしてるだけあって、足腰が強いらしい。よかった。


 シノブが後ろ足で立ってくれたので、肩車みたいな格好で温室内を見回した。

 ラハイヤさんの休憩室の扉が開いていて、その周りで黒ずくめの人がローブの人たちを押さえつけている。どうやら、戦闘は近衛の勝利で終わったようだ。そう思ったが……。


 休憩室の奥から、悲鳴のような声が聞こえた。


 近衛が顔を向けると、扉からアーベルが走り出てくる。あとからミリー、レイルが続き、最後にシュルツが飛び出してきた。ミリーとレイルの姿を見て、わたしは嬉しくなった。血相を変えているが、元気そうではあるようだ。でっかいムカデでもいたんだろうか? そう思ったが。


 すぐあとから、五人目が出てきた。青緑色の髪をなびかせたココネアだ。ココネアは、手に血塗られた剣を下げている。――誰の血だ? そう思って部屋の奥を見たわたしは、ヤスが倒れているのを目にして、心臓が止まりそうになった。


「一人も逃さないわ!」


 ココネアが叫ぶと、持っていた剣が、身長の倍はあるような大鎌に変化した。


 片手に持った大鎌を横薙ぎにすると、近くにいた近衛の体を真っ二つにする。上半身と下半身が泣き別れ、その間から赤い――血ではない、薔薇の花びらが吹き出して、草地の上に派手に飛び散った。イリュージョンの一種のようだけど、近衛の人の体は分断されたままだ。


 近衛の人たちが、ココネアに向かって攻撃魔法を浴びせかけた。


 だが、まるで効いていない。


 炎の魔法はオレンジ色の花びらに、氷の魔法は水色の紙吹雪に、雷の魔法は金色のテープに姿を変えられ、放たれる傍から無力化されている。その中で、ココネアは楽しそうに大鎌を振るっていた。陽気な小道具が飛び交っているせいで、パーティを開いて遊んでいるように見える。でも、ココネアに切り裂かれた人たちは、倒れたまま起き上がってくる気配はない。


 アーベルたちは、何かしてココネアを止めようとしているようだ。アーベル、ミリー、レイルが詠唱し、シュルツが三人を守っている。でも、上手く行っていないようで、ココネアがダメージを受けている様子はない。


 真っ赤な花びらをまき散らしながら、近衛の人の体が吹き飛ぶ。


 幻でなく現実だったら、とても直視できないような大惨事だ。


 近衛が全滅したら、次はシュルツたちの番になる。


 わたしは、シノブから飛び下りた。


「シノブ、パパを……」


 お願いすると、くわえていた人形をおろしてくれた。わたしは、父人形を屋根の上に横たえた。黒い巻き毛に黒いドレスを着て、瞳は鮮やかな紫色をしている。キリッと上がった目尻が、父とわたしによく似ていた。上の部屋では元気に暴れてたが、今はぐったりして微動だにしない。移動する間にどっか壊れたか、それとも寝室から離れすぎたせいだろうか。


「パパ、パパ、早く起きて!」


 呼びかけながら、人形の体を揺さぶり、胸倉をつかみ上げて左右の頬を引っ叩いてみる。だが、父人形はいっさい反応しない。普通の人形のように、ただ横たわっているだけだ。どうしよう。このままでは、ココネアに全員殺されてしまう。


 わたしは、人形の胸に顔を押しつけた。


 実家が襲われた時、わたしは何もできなかった。それがくやしくて、悲しくて、強くなろうと魔法修行をがんばった。アーベルとシュルツのおかげで、四分の一人前の魔女になれた。もしまた家族が襲われても、ただ逃げる以外のことができると思った。でも、今また、わたしは何もできずにいた。みんなが危険な目に遭ってるのに、剣も魔法も使えず、ただ見ていることしかできない。また、何もできない。


 しくしく泣いていると、誰かがわたしの頭に触れた。


 わたしは顔を上げた。


 触れていたのは、父人形の腕だった。ぱっちりした紫の目で、わたしを見ている。何も聞こえなかったが、父の声を聞いたような気がして、わたしは泣き止んだ。今、何と言ったのだろう?


 唐突に、アイチャンが喋り出した。


『報告。管理者権限により、魔導書の機能制限が解除されました』


『管理者権限により、特殊魔法が解放されました』


『術式解放。赤の衣、使用可能です』


 わたしは、ぽかんとした。よくわからんが、父が何かして魔導書のロックを外した上、特殊魔法も解除してくれたようだ。でも<赤の衣>って? 


「赤の衣? 白じゃなくて?」


 涙を拭くと、スキルツリーを表示させた。<未分類/継承>のフォルダを選んで開けると、以前は真っ黒だったところに<赤の衣>のタイトル名が出現していた。<白の衣>が防御全振りだから、攻撃全振りみたいな感じだろうか? どんな魔法か不明だけど、この状況で父が解放してくれたんだから、ココネアを倒せる何かに違いない。


 わたしは、<赤の衣>のタイトルをフレームに突っ込んだ。


『特殊魔法の術式を確認。緊急自動詠唱開始します』


 <白の衣>の時と同じように、アイチャンが報告してくる。


 そういえば白の衣発動時は、いつも人間の姿だよなと思い出す。ドラゴンの状態だとカラーリングはどうなるんだろう? 白の衣なら白だけど、赤の衣なら変化なしじゃないだろうか?


 などと考えていると、体を引っ張られるような感覚がした。


 感覚だけじゃない。実際に体が浮かび上がり、斜めに飛んで、温室の屋根を突き破る。エスター宮を見下ろす北の空に達すると、そこで静止した。


 いったい何だ? 何が起きた?

 わたしは、あわあわしながら辺りを見回した。

 暗くてよくわからないが、結構高い場所にいるようだ。

 斜め下に王宮の姿が見え、わたしは暗い空の上にぽつんと浮いている。

 

 挙動不審になっているわたしを目がけて、沢山の魔素が押し寄せてきた。

 わたしは魔素を引き寄せていないから、<赤の衣>の効果で引き寄せられているようだ。ヒュンヒュン飛んできた魔素は、わたしの存在を核にしてみるみる膨れ上がる。わたしの視界を覆い尽くすほどの量になると、半透明の赤い色に変わった。


 気がつくと、わたしは変わり果てた姿でそこに浮かんでいた。


 蜥蜴に似た巨大な身体に、胴体と同じくらい長い尻尾。鋭い鉤爪がついた前足と後ろ足。全身が半透明の赤い鱗に覆われ、背中には蝙蝠と言うより、もはや恐竜みたいな大きな翼が生えている。


 鏡を持ってきてと、誰かに要求するまでもない。


 わたしは、グラナティス(大)になっていた。

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