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12 嵐の夜

 その日は、朝から強い風が吹いていた。


 お茶をしに父の書斎を訪れていたわたしは、窓の方に目をやる。

 まだ昼の三時だというのに、外が暗い。

 ヒュウヒュウ風音がして、灰色の雲がものすごい勢いで流れていた。


 山の上だから天気が荒れるのは珍しくないが、こんな台風前夜のような状態は初めて見る。城は魔法障壁で守られているから、窓にガムテを貼る必要はないし、停電の心配はそもそも無用だ。それでも、どういうわけか胸騒ぎがした。


「――風、強くなってきたみたいだね」

「そうか。吹雪になるなら、障壁を厚くしないと寒くなるな」

「そこにある暖炉は飾りなの?」

「薪を燃やすと掃除が大変だし、薪割りとか色々面倒だからね」

「動かないと太るよ」

「うむ。……グラナは、ふくよかな父親をどう思う?」

「たとえパパの腹が出て、顎が二重になって、足音がドスドス言って、殺し屋風からマフィアのボス風にキャラ変したとしても、わたしは嫌いにはならないよ。でも、一緒に歩くのは恥ずかしいかな」

「それを聞いて安心した。今日から薪割りを日課にするよ」


 机に向かっているヤスが、早く帰らねえかなという風にチラチラわたしの方を見てくる。邪魔もそうだが、会話がうざいのだろう。


「ヤ……ジャハリさんも、ひと休みしたら?」

「わたしは結構です」

「グラナもこう言ってることだし、外の空気でも吸ってきたらどうだ?」

「結構です」

「そうか。では、わたしが外に行こうかな」

「一歩でも出たら、部屋に火をつけます」

「冗談でも言っていいことと、悪いことがあるぞ」

「わたしが冗談を言うとでも?」


 真顔でヤスが言い返す。あれは本気の目だ。

 父が、青ざめた顔でソファーから立ち上がった。


「……そろそろ仕事に戻ろうかな。グラナ、明日またおいで」


「うん。お仕事がんばってね」


 ひかえていたレイルが、やってきてわたしをカゴに入れた。


「お仕事が終わるまでの辛抱ですよ」


 小さな声でささやいた。


 父とヤスは、わたし用の魔導書を作っている。らしい。

 魔導書というのは、魔法を使うためのOSのようなもので、それがないとソフトウェアである魔法を使用することができない。魔法を使うための魔法であり、魔術師にとって必要不可欠のものだそうだ。


 魔導書さえ完成すれば、わたしは魔法が使えるようになるし、父も仕事から解放される。その日がくるのを、わたしは心待ちにしていた。





 夜半に向け、風はますます強くなっていった。

 

 雲の切れ間に星が瞬き、笛の音のような風音が響いている。


 雪が降りそうな雲行きだが、まだ降り出してはいない。


 窓辺に立ったわたしは、ガラスに両手をついて外の様子を眺めていた。

 魔法障壁が働いているので、どんな強風が吹こうが窓ガラスはびくともしない。障壁は暑さ寒さから城を守るだけでなく、外からの攻撃もある程度まで防いでくれる。だから、台風並の嵐がきても、雹や雷が乱れ落ちても大丈夫とのことだった。


 そのはずだが、どういうわけか胸騒ぎがした。


 わたしは寝台の方を振り向いた。

 そこには、ミリーとレイルがすやすやと寝息を立ている。チュニックに短パンという格好で、何で普通の寝間着を着ないのか聞いたら、何かあったときに、素早く行動できるようにとのことだった。


 何かって何よ? と思う。


 ミリーとレイルだけじゃない。


 昼夜を問わず、みんなが交代で見張りに立っているのは、いったい何のため?


 父と部下の人たちが世界の滅亡を目的としているなら、敵対するのは世界を救おうとする正義の魔術師だろう。問題なのは、その正義の魔術師が、いたら危ないよねという仮想上の敵なのか、それとも、本当の本当にいるのかどうかである。


 仮想上の敵なら、避難訓練みたいなものだし、必要以上に怖がることはない。

 でも、実際にいるのだとしたら。

 父の居場所を突き止めていて、攻撃の機会をうかがっていたとしたら。

 こんな嵐の夜は、夜襲をかける絶好のチャンスなのではないだろうか。

 

「――わたしの考えすぎかな」


「何が考えすぎなの?」


「ん?」


 ひとり言のつもりだったが、返事があったことに驚いた。


 声のした方を見る。


 いつからいたのか、部屋の扉にもたれかかって、ひとりの女性が立っていた。

 赤色の巻き毛に、白い肌。身につけている白いドレスは、上半身は体のラインに沿っていて、スカートはひだを重ねてふんわり広がっている。ドレスのあちこちに赤い花のコサージュをつけており、全体の色合いが金魚っぽい。


 扉を開ける音はしなかった。

 ミリーがかけ忘れたのでないなら、鍵もかかっていたはずだが、どうやってか不法侵入したらしい。その割には、服装からしてまったく忍ぶ様子がない。部屋の主としては「忍べよ!」と叫びたいところだったが、初対面の人なので我慢した。

 

「えっと、どちら様ですか?」


 もしかしたら、敵でない可能性もあるので一応聞いてみる。

 通りすがりのドラゴンマニアかもしれない。

 金魚ドレスの女は、扉から身を起こすとこっちに歩いてきた。

 

「あら、お行儀がいいのね」

「えへへ」

「高位ドラゴンの孵化には成功していたと……。思ってたのと全然ちがうけど。ねえ、あなた本当に伝説の炎竜なの?」

「どうでしょう?」

「殺すのは簡単だけどペットにしたら面白そう。そう思わない? お嬢さんたち」


 たち?

 寝台に目をやる前に、ふたつの影がわたしと金魚女の間に割り込んできた。


「グラナ様!」


「後ろに隠れていてください!」


 きりっとした様子でふたりが警告する。

 ぐっすり眠っていると思ったが、侵入者の存在に気づいていたようだ。

 いや、ミリーはよだれを拭っているな。しょうがないな。


「ひさしぶりの再会だっていうのに、挨拶もないの?」


 やれやれといった表情で女が首を振る。

 わたしは、ふたりの背中を見上げた。


「知り合い?」

「……昔の仲間です。ここにくる前にいた」

「仲間っていうか、元上司?」

「ふたりよりレベル上ってこと?」

「……たぶん」

「やばいじゃん!」

「ミリー、気をつけて。グラナ様、こちらに」


 わたしは窓際から、レイルの肩に飛び移った。

 レイルは硬い表情を浮かべていたが、横目でわたしを見ると無理にも微笑んだ。


「ご安心ください。わたしとミリーが必ずお守りします」

「でも、向こうの方が強い魔法使いなんでしょう?」

「残念ながら。でもこっちはふたりいます」

「レイルの言う通りです! 流星の1だろうが、明星だろうが負けませんよ!」

「足が震えてるわよ。ミリー」

「そっちだって、顔色真っ青じゃん」

「肌が白いと言って」

「わたしだって寝起きでふらついてるだけだよ」

「なら、早く目を覚ましてよ」

「わあってるよ!」


 ミリーがキレ気味に言い返した時、城のどこかで爆音が轟いた。それと同時に、部屋の窓枠がガタガタと揺れ始める。掛け金がかかっているから開かないが、外の風が直接打ち付けているようだ。ということは魔法障壁が消失したらしい。


「ようやくね」


 女が言い、床を蹴るとふわりと空中に浮かんだ。

 天井が高いので、女が動くスペースは十分にある。ひだを重ねたスカートが、女の動きに合わせてぷかぷか揺れ、わたしの目には金魚の尾鰭のように見えた。


 金魚ドレスの女が微笑んだ。


「あんたたちの、秘密基地ごっこを終わらせてあげる」


 正義の魔術師の襲来である。

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