118 共闘
※シュルツ視点の話です。
背後から襲われた近衛は激怒していたが、ミリーとレイルが平謝りして理由を話すと、しぶしぶ許した。ディオンたち本隊は、先に四階へ行ったと言う。予想以上に動きが速い。
ミリーが、ジャハリに顔を向けた。
「向こうの魔術師の数は?」
「宮殿の入り口に三名、四階に十八名いる。五階は夜はココネアだけだが、あまりに騒ぐと起きてくるかもしれん」
「ジャハリさんは、どうして三階にいたんですか?」
「侵入者に気付いて、下りてきたところだ」
客人たちは敵の侵入に気付いており、ジャハリだけが斥候のために三階へ下りた。ふたりの近衛に足止めされている間に、ディオンたち本隊が抜けて行ったと言う。レイルが声を上げた。
「どうして行かせたんですか?」
「魔術師十二名だ。命がいくつあっても足りない」
「まあ、情けない」
「ココネアに怒られますよ」
「……お前たちは、いったい誰の味方なんだ」
あきれた様子でジャハリが言う。仲間であっても、この二人をあつかいかねているようだ。
アーベルが、ふたりの近衛の方を見た。
「ディオンからの指示は?」
「男を倒したら、障壁を築いて誰も上に行かせるなと」
「俺たちは、誰もには入らないな?」
「……隊長の邪魔だけはするなよ」
近衛の了承を得ると、アーベルはジャハリたち三人に顔を向けた。
「この中で、“幻術破り”を使える者は?」
ジャハリが「使える」と答え、ミリーとレイルが「使えないが増幅魔法が使える」と答えた。増幅魔法を使えば、幻術破りの効果範囲を広げることができる。
五人は、階段を上がって四階へ向かった。
ジャハリに案内されるまでもなく、四階ではすでに戦闘が始まっていた。
廊下に近衛たちの姿があり、ローブ姿の客人たちが両開きの扉の前に陣取っている。あの奥にラハイヤがいるようだ。どちらも防御魔法を展開しており、間に攻撃魔法が飛び交っていた。見たところ、ココネアの姿はない。
状況を見てとると、アーベルが命じた。
「シュルツ、道を作れ。方法は任せる」
「わかりました」
シュルツは戦場を眺めた。
迷路じみたエスター宮の廊下は、他の宮殿と比べて狭い。廊下は、十対十で戦う魔術師たちと、防御魔法でほぼ塞がれていた。通るには強引に行くしかないが、戦場は大混乱となるだろう。――普通に考えれば、単に近衛の攻撃に加勢した方がいい。そうすれば、十対十五となりこちらが優勢となる。しかし、アーベルはそれでは遅いと判断したようだ。
ココネアは、五階で眠っているという。探査魔法を妨害した障壁が、四階の騒音を遮断していれば、まだ騒ぎに気づいていない可能性もある。ココネアが目覚める前に、イチカとラハイヤを連れ出した方がいい。
シュルツは<霧化>の呪文を唱えた。進路を近衛が塞いでいるため、<跳躍>をかけてその頭上を飛び越える。両陣営の中間に着地すると、そこに立ち上がった。火弾や光の矢など、あらゆる攻撃魔法が飛び交っている。だが、霧化した身体はそれらすべてを素通りさせていた。
最前列にいたディオンが、激怒した様子でシュルツに剣先を向けた。
「お前! そこで何をしている!」
「すみません。お構いなく」
ディオンが何か叫び始めたが、集中するために背を向けた。指示に従わねば攻撃すると言われたが、すでに攻撃は受けている。これでディオンの気が収まることを祈るしかない。
シュルツは、客人たちの方を見た。
扉の前に陣取った客人たちは、<青の盾>を並べて防御壁を築いている。近衛側もそうだが、廊下の幅に制約があるため五人ずつ二列になっていた。十八人いると聞いたから、残り八人は部屋のなかにいるようだ。人質の近辺を固めているのだろう。
シュルツが歩き出すと、客人たちは青の盾を上下にずらして頭上を越えられないようにした。盾と盾との隙間は、青の盾を二重にすることで塞ぎ、攻撃魔法を放つ時だけ、後ろの盾をずらしている。シュルツは、わずかに顔をしかめた。頭が通るだけの隙間があれば霧化で抜けられるが、見た所、それだけの隙間がない。
ディオンが指示を出したようで、近衛側からの攻撃が激しくなった。
攻撃を強めれば、それだけ魔素の消費も早くなる。
だが、短期決戦で行くことにしたようだ。
高レベルの青の盾でも、無限に攻撃を防げるわけではない。色とりどりの魔法が飛び交う中、シュルツはひびが入った盾を探す。脆くなった盾を見つけると、そちらに足を向けた。背後から、いくつもの光の矢が飛んできて、霧化した体を通り過ぎる。青の盾が砕け散った瞬間、躊躇せず飛び込んだ。すぐに新しい盾が形成されたが、シュルツはすでに敵陣の中にいる。
剣を抜くと、近くの敵を斬り伏せた。
想定外の挟撃に遭い、客人たちの足並みが乱れる。まずはシュルツを始末しようと、後列五人で取り囲んだが、防御が薄くなったと見たディオンが近衛を突っ込ませてきた。たちまち陣形が崩れ、敵味方が入り乱れる。
乱戦の中、シュルツは部屋の入口を目指した。
一瞬だけ霧化を解き、体当たりして扉を開ける。だが、扉は元から壊れていたようだ。大した抵抗もなく向こう側へ倒れたので、前のめりになって転びかけた。地面に手をつき、前転してから立ち上がる。目を上げると、シュルツは驚いて息を呑んだ。
「……幻術?」
室内であるにもかかわらず、そこには森の風景が広がっていた。足元も草地になっており、ここで育ったらしい樹木が、高い天井まで聳えている。だが、どうやら幻術ではない。本物の樹木のようだ。
室内は明るい。ランプが灯り、光球がいくつも浮かんでいた。
イチカと、ラハイヤはどこにいるのだろう。
後から、アーベルとジャハリが追いついてきた。ミリーとレイルは、まだ廊下だ。
「――こっちだ」
ジャハリが言い、影になった場所を選んで歩き出した。温室内には、まだ八人の客人が残っている。先に発見されるのを警戒しているのだろう。
しばらく行くと、家畜小屋のようなものが見えてきた。人の姿はなかったが、ジャハリが走り出して金網に取り付いた。シュルツも追いかけて、背後から小屋を覗きこむ。小屋の床には寝藁が敷かれてあり、その上に大きな兎のような動物が沢山いた。この騒ぎで目を覚ましたらしく、身を寄せ合って震えている。昔、タデル湖の近くで見かけたことがあるとシュルツは思い出した。確か、ヴェルカという草食動物だ。
ジャハリが、落胆したように息をついた。
「――いない」
遅れてやってきたアーベルが、小屋の中を見ると目を細くした。
「これが、噂に聞く陛下の愛し子か」
「愛し子?」
「手ずから繁殖させ、育てているそうだ」
「それはまた……」
「ここにいると思ったのか?」
ジャハリに向かって聞く。ジャハリは、うなずくと身を起こした。
「国王はともかく、グラナ様がいると思ったが……」
「他に心当たりは?」
「室内にもうひとつ部屋がある。おそらく、そこだろう」
そう言ったものの、小屋の方を向くと呪文を唱え始めた。
高レベルの防御魔法のようで、詠唱が終わると黒い障壁が小屋を覆った。ヴェルカたちが戦闘の巻き添えにならないよう、配慮したようだ。シュルツは、意外に思いながらジャハリを見た。顔に似合わずと言えば失礼だが、心根のやさしい男のようだ。
三人で温室内を移動した。出入り口とは反対側の壁に片開きの扉があり、ジャハリの言った通り、扉を守って八人の客人が防御壁を築いていた。防御壁は黒い板状の魔法で、半円を描くように立てられている。板の長さを変えることで、上部に鋸のような狭間を作っていた。
客人たちは壁の後ろに身を隠し、周囲に近衛の姿はない。廊下にいる敵を、まだ鎮圧できていないのだろう。
暗がりに身を隠しつつ、アーベルが口を開いた。
「扉の向こうに陛下がいる以上、下手なことはできない」
「接近戦に持ち込みますか?」
「いや。ジャハリ、お仲間にどくよう言えないか?」
「無理だろう。何を言っても不自然になる」
冷静にジャハリが答えた。確かに、温室の外が戦場になっているのに、涼しい顔をして現れたら不自然だ。何か手はないだろうか。シュルツが考え込んでいると、背後に気配がした。剣の柄を握ったが、やってきたのはミリーとレイルだった。
「近衛たちは?」
「勝ちました。今、体勢を立て直しています」
あれだけの戦闘のあとだ。魔素を溜め直す必要がある。四階には一粒の魔素も漂っていないから、魔素を得るには階下へ行くしかない。あの人数が溜め直すとなれば、三階だけでは足りず、まだ時間がかかりそうだ。
客人たちに目を向けたシュルツは、そこから光の輪が広がるのを見た。木々や藪をすり抜け、光の輪がぐんと広がる。探査魔法だと気付いたが、魔法の波を避けるには、跳び上がるか、木の上に登るしかない。やれば、どちらにしろ気付かれる。
探査魔法がアーベルたち一行を感知し、たちまち攻撃魔法が飛んできた。
ジャハリが障壁を張って防ぐ。透明な半球型のものだ。身は守れるが、外に向かって攻撃することはできない。シュルツは、アーベルの方を見た。
「アーベル、俺に行かせてください」
「焦るな」
そう言うと、温室の入口の方を振り返る。見ると、四人の部下を連れてディオンが駆け込んで来るところだった。全員でないのは、魔素を溜め直せた者だけを先に連れて来たからだろう。
アーベルが、ミリーとレイルに目を向けた。
「お前たち、俺に増幅魔法をかけろ。シュルツ、お前はその後だ」
アーベルが詠唱を始め、ミリーとレイルがそれに増幅魔法をかけた。
そうしている間に、ディオンたちが攻撃を開始していた。客人たちは防御壁の裏に身を隠しつつ、狭間から応戦している。こちらへの攻撃が弱まったところで、ジャハリが魔法障壁を解いた。アーベルが腕を振り、客人たちの方へ魔法を放つと、狭間から体を出していた二人が意識を失って倒れた。残りは六人。
シュルツが出る前に、ディオンたち五人が青の盾を構えながら客人たちに向かって行った。防御壁に取り付き、氷の魔法で即席の足場を作ると、攻撃を浴びつつ強引に乗り越える。しばらくして、半円の防御壁が砕け散った。内側では、客人と近衛がまだ戦闘を繰り広げている。
アーベルが走り出したので、シュルツも続いた。後ろに、ジャハリたちもついてきている。近衛の加勢をする気かと思ったが、乱戦のなかを突っ切ったアーベルは、客人たちが守っていた扉に手をかけた。戦っているディオンが「勝手なことをするな!」と叫ぶ。周囲を見る余裕はあるようだ。
アーベルが扉を開け、シュルツに入れとうながす。シュルツは、部屋のなかに滑り込んだ。休憩所か何かのようで、椅子と寝台だけが置かれている。寝台に腰掛けていたラハイヤが、シュルツの姿を見ると微笑んだ。
「早かったね。あれから一日と経っていない」
シュルツは室内を見まわした。ラハイヤの他には誰もない。
右手に扉を見つけたので、歩いて行って開ける。なかは浴室だったが、人の姿はない。洗面台と浴槽の下を見ても、やはり何もいなかった。元の部屋へ移動すると、アーベルたちが入ってきていた。シュルツは首を横に振った。
「誰もいません。陛下、イチカは?」
ラハイヤが微笑んだまま立ち上がった。その手には、いつの間にか抜き身の剣が握られている。シュルツが警告の声を上げる間もなく、ラハイヤが近くに立っていたジャハリの身体を剣でつらぬいた。
「知らないわ。わたしが来たときには、もう消えていたのよ」
少女の声でラハイヤが言う。陽炎のように青年の姿が歪んだかと思うと、そこにはガロリアの女王が立っていた。ジャハリの体から剣を抜くと、無邪気な様子で笑った。
「わたし、夜更かしって大好き!」
アーベルが毒づき、倒れたジャハリを見てミリーとレイルが悲鳴を上げた。