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117 迷宮への侵入

※シュルツ視点の話です。


「奴らの邪魔は絶対にするな。息を殺して存在を消せ。わかったな?」


 アーベルの言葉に、ミリーとレイルは眠そうな顔でうなずいた。チュニックにズボン、ロングブーツという格好で、丈の短い黒色のマントを羽織っている。十二時きっかりに起こされ、騙されたと知った時は激怒していたが、アーベルに睨まれるとぶつぶつ言いながらも大人しくなった。談話室での一件が、骨身に応えている様子だ。


 ミリーが、「はい!」と言って右手を上げた。


「それは、助けてやる必要もないということですか?」

「プライドの高い連中だ。いっさい手を出すな」

「なら、了解しました」

「奴らの屍を踏み越えてやります」


 むしろ、喜んでいる様子で言う。

 シュルツは、アーベルに目を向けた。


「……あとで問題になりませんか?」


「戦闘中でのことだ。何とでも言い訳は立つ」


 シュルツは、離れた所で待機している近衛たちを見た。シュルツとアーベルと同じように、黒の衣装を身につけている。人数は、隊長、副隊長を含めて十四名。侵入を悟られないよう、精鋭のみで向かうことを決めたようだ。先程作戦会議を終え、あとは出発時刻を待つだけとなっている。


 シュルツは、胸ポケットから懐中時計を取り出した。竜頭を押して蓋を開けると、針は一時五十二分を指している。蓋を閉じようとして、ふと手を止めた。これを、イチカから贈られた時のことを思い出した。


 イチカは、グリフォンを倒した報酬で買ったと言っていた。しかし、いくらユリウスの仲介があったとはいえ、このように精巧な魔具が魔獣一頭分の報酬で買えるとは思えない。おそらく、自分の欲しいものも我慢して、時計の代金を貯めていたに違いない。それと言うのも、普通の時計は壊してしまうとシュルツが言っていたのを覚えており、壊れない時計を贈りたいと考えたからだ。金額の大小よりも、その心遣いをシュルツは嬉しく思った。


 時計の蓋を閉め、ポケットに戻すと胸に手を当てた。

 これは、イチカからの信頼の証だとシュルツは思う。

 その信頼を失いたくないと思った。





 予定時刻になり、近衛の後ろにつくと、ディオンがやってきてアーベルの目の前に立ち塞がった。


「先程言ったことを、ガロリアの女たちにも伝えたか?」

「元、ガロリアの女たちです。閣下」

「どうなんだ?」

「指示に従わねば攻撃すると、確かに伝えました」

「それでいい」

「閣下、ひとつよろしいですか?」

「いったい何だ」

「我々を脅威と感じるなら、先頭を代わって差し上げましょうか?」


 ディオンが目を剥く。にこやかに立つアーベルとの間に火花が散ったが、ディオンは鼻を鳴らすと離れて行った。シュルツは、ほっとして肩の力を抜いた。


「……アーベル」


「あの男に、サレンスに告げ口する度胸などない」


 やり返す機会を狙っていたようで、上機嫌で言う。今の発言にしても、他の近衛に聞こえるよう言っている様子だ。どうして自ら敵を作るようなことをするのか、シュルツは理解に苦しんだ。


 近衛たちは、宮殿を出ると森の中を進んだ。


 王宮を囲む森には、散策ができるような歩道が敷かれてある。石畳の道が交差する三叉路に差しかかると、ディオンが止まるよう言ってその場に膝をついた。呪文を唱えて道に触れると、三叉路の中央部分が四角く沈みこむ。ぽっかり開いた空洞の中には、下へおりる階段が続いていた。


 隠し通路は狭く、暗闇を見通せる魔法をかけていても、なお暗かった。


 先を行く近衛たちに続いて歩いて行くと、やがて広い空間に出た。壁に短い階段があり、小さな石の扉に続いている。エスター宮へと通じているようだ。


 近衛に続いて扉をくぐると、暖炉の上部に出た。今は使われていない部屋のようで、灰はなく、綺麗に掃除されている。音を立てないように炉床に下り、室内に進む。シュルツのあとからミリーとレイルが、最後にアーベルが出てきた。


 四名のお荷物を待つことなく、近衛たちは探査魔法を始めていた。


 しかし、思うように行かなかったようだ。


「障壁があちこちに作られています」


 探査魔法は、微少な魔法を放って付近の索敵を行うものだ。可視できるものは精度が高い代わりに気付かれやすく、不可視のものは精度が低い代わりに気付かれにくい。近衛が使ったのは後者だった。しかし、強力な障壁が邪魔をして、探査魔法が広げられないと言う。だが、これも想定の内だ。


 ディオンの指示を受けて、近衛たちが動いた。二名一組となると、ラハイヤの居所を突き止めるため宮殿内へと散って行く。ディオンは出て行ったが、キアラはもう一名の近衛と共に部屋に留まった。ここで脱出路を守るようだ。キアラが、アーベルの方を向いて小声で言った。


「陛下が見つかるまで、一切物音を立てるな。……そこの奴! 何をしている!」


 キアラの視線を追うと、ミリーが呪文を唱えていた。近衛が唱えていたのと同じ、不可視の探査魔法のようだ。索敵を終えると、天井を見た。


「……障壁が邪魔してますね」


 ミリーが言うと、キアラが激怒した様子で睨みつけた。


「勝手なことをするなと言ったはずだ!」


「言われてません」


「そうです。物音を立てるなと言われただけです」


 レイルが加勢し、それからミリーに目を向けた。


「何かわかった?」

「四階にいっぱいいる。五階は壁が厚くてだめだった」

「下の階は?」

「一階で動いてるのは、さっき出てった人たちかな。南側に数人立ってるのは、門番だと思う。二、三階にはたぶん誰もいない」


 シュルツは、感心しながらミリーを見た。


「障壁があるのに、わかるんですか?」

「探査魔法に探査魔法をぶつけて、障壁の隙間を抜きました」

「……ぶつけて、ですか」

「こちとら、戦場育ちの元魔術兵なのですよ」


 そう言うと、自慢げに胸を張る。言っている意味がよくわからないが、探査魔法に長けていると解釈していいようだ。


 アーベルを見ると、うなずいて返してきた。


「では、我々は失礼させていただきます」


 そう言うと、キアラの制止を無視して部屋を出る。ミリーとレイルが続き、シュルツもキアラに申し訳なく思いながらあとを追った。




 ミリーの言った通り、三階へ至るまでの通路に人影はなかった。そして、散って行ったはずの近衛にも出会わない。宮殿の構造を知り尽くしている者たちだ。無人であることを確認し、さっさと上階へ移動したのだろう。


 エスター宮は侵入者の妨害のため、複雑な造りになっている。階段はひと続きになっておらず、上階へ移動するには迷路のような廊下を移動する必要があった。


 四階への階段に続く廊下で、争うような音が聞こえてきた。


 近衛がふたり、黒いローブ姿の魔術師相手に戦っている。フードを落とした顔に見覚えはないが、ローブの色と背格好からして、謁見室で対応に出たのと同じ人物のようだ。近衛が放った攻撃魔法を、“客人”が防御魔法で弾く。跳ね返ってきた自分の魔法を、近衛が魔法で撃ち落とした。激しい戦いに見えるが、客人の方は自分の身を守っているだけだ。おそらく、先へ進ませないのが目的だろう。


 シュルツが<霧化>の呪文を唱えようとした所、何かの魔法が脇を追い抜いて近衛の背中に迫った。<緑の蔦>のようだ。幾本もの魔法の蔦が、近衛を絡め取ると床に引き倒した。


「……いったい」


 警戒しつつ振り向くと、両手から緑の蔦を出してレイルが立っていた。本当に近衛の屍を越える気かとシュルツは焦ったが、アーベルは静観している。と言うことは、何か理由があるようだ。


「後ろから、すみません。その人、わたしたちの仲間なんです」


 申し訳なさそうに言ってから、レイルが客人に声をかけた。


「ジャハリさん。わたしです!」


「――お前たち、来ていたのか」


 客人の男が、驚いた様子で声を上げた。どうやら、イチカの父親に仕えている魔術師のひとりだったようだ。


「ジャハリさん、こんな所で何をやってるんですか?」

「アントラ様を探している」

「でもその格好は……?」

「奴らの身辺を探るには、こうするしかないだろう」

「まあ、潜入捜査ですか」

「ジャハリさん、かっこいい!」

「それはいいから……今の状況を説明してくれ」


 うんざりした様子で、ジャハリと呼ばれた男が言う。会話の内容からして、イチカの父親を探すためにココネアの元にいたようだ。シュルツは、はっとして口を開いた。


「イチカは? 今どこにいますか?」


「国王と一緒にいる。無事でいるから、安心しなさい」


 無事と聞いて、シュルツは安堵する。ミリーとレイルも胸をなで下ろしていた。


 ジャハリが、シュルツとアーベルを見た。謁見室で顔を見ているから、イチカの仲間であることは知っているはずだ。


「ココネアのことは?」


「彼女の正体も含め、知っています。陛下の保護が最優先ですが、倒せとの指示が出ています」


 ジャハリは、床でもがいている近衛たちを不安そうに見やった。


「自殺行為だと言ってやりなさい」


「……それほどですか」


 だが、突入してしまった以上、もう後戻りはできない。ジャハリも同じ考えに至ったのだろう。ため息をつくと、四階へ向かう階段の方を見た。


「ふたりは上の階にいる。案内しよう」

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