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109 尋ね人の部屋

※シュルツ視点の話です。

 アーベルが先に立ち、移動したのはイチカの部屋だ。掃除のメイドが入るため、鍵はかかっていない。部屋の扉を閉めた途端、ミリーとレイルが詰め寄ってきた。


「お嬢様は? どこにおられるのですか?」


 シュルツは、アーベルの方を見る。話してやれという風に視線を動かしたので、ふたりの方を向くと重い口を開いた。


「申し訳ありません。イチカは、敵に捕まりました」


「どういうことですか!」


「きちんと説明してください!」


 ほぼ同時にふたりが叫んだ。


 客室には、寝台の他にテーブルとソファーがあった。ソファーにかけるよう言って、シュルツは事情を説明し始めた。アーベルは出窓に腰掛け、足を組んでいる。話を聞くにつれ、ミリーとレイルの表情が青ざめて行った。


「では、国王を捕らえている賊のところへ、大事なお嬢様を置き去りにしてきたってことですか!」


「……申し訳ありません」


「今すぐそこへ案内してください! そいつらを八つ裂きにしてやります!」


 そう言うと、ふたりが立ち上がる。シュルツは「落ち着いてください」と言って、座るよううながした。あの時のアーベルの気持ちがわかった。


「賊は国王を人質にとっていますが、そのことを今日まで隠し通していました。近衛は追い出されましたが、長年仕えている侍女たちは今も宮殿に出入りしています。ということは、イチカも国王と同じように、無傷で人質に取られているものと考えられます」


「だから、安心しろとおっしゃるんですか?」


「いいえ。ですが、イチカは必ず取り戻します」


 シュルツが言うと、ふたりは「ちょっと待ってください」と言い置いて部屋の隅に移動する。ひそひそ声で話し合っていたが、戻ってくるとレイルが口を開いた。


「下で集まっていた方々と、国王の救出に向かわれるのですよね?」


「……そうなると思います」


 シュルツは答えた。協力を求められるだろうし、求められなくても、こちらから頼んでみるつもりだ。


「わたしたちも、一緒に連れて行ってください」


 声を揃えてふたりが言った。


 いくらイチカの身が心配だとはいえ、一般人を宮殿へ連れて行くことなどできない。断りの返事を口にしようとして、シュルツはふと思いとどまる。イチカの父親の部下と言うことは、この者たちは魔術師なのではないだろうか。


「あなたたちは、魔術師なんですか?」


「勿論です」


「聞かれるまでもありません」


 胸を張って答える。イチカの侍女だと名乗ったそうだが、この様子だと護衛も兼ねていたようだ。そうであれば、勇ましい態度にも納得できる。


 窓辺にいたアーベルが口を開いた。


「お前たちは、ガロリアの魔術師か?」


 ミリーとレイルが、むっとした表情で唇を引き結んだ。答えたくないようだが、そうした態度がすでに答えになっている。シュルツは、困惑しながらアーベルに目を向けた。ココネアという魔女の名前といい、いったいどこから情報を仕入れてきたのだろう。


 ミリーが、とげとげしく聞き返した。


「それが、お嬢様の救出と何か関係があるんですか?」

「あるから聞いている」

「どのような?」

「お前たちの話を聞いて、それから判断する」

「納得できません」

「――それは、もう一度身の程を教えて欲しいということかな?」


 アーベルが微笑むと、ふたりはギクッとして身を寄せ合う。あきらめた様子でレイルが口を開いた。


「ええ、そうです。元がつきますけど」

「どうして国を出た?」

「あるお方と出会い、その方について行こうと決めたからです」

「イチカの父親か」

「……その通りです」

「その男と出会った経緯と、ここに来るまでのことを手短に話せ」

「……それもお嬢様に関係が?」

「くどい」


 ふたりは不満げな顔をしたものの、しぶしぶ過去を語り始めた。


「わたしたちは、ガロリアの魔術兵でした。ガロリアの国境を押し広げるべく、日々、戦いに身を投じていました」


「アントラ様は、傭兵に混じって戦場にいらっしゃいました。魔術師同士が争い合う世を変えたいとおっしゃり、そのために力を貸して欲しいとおっしゃいました。アントラ様の理想に賛同した魔術師が、戦火に紛れて国を離れました。隠れ家に身を置きつつ、決起の時のために鍛錬を続けていました」


「ですが、ガロリアからの追っ手に見つかりました。目的は、祖国への義務を放棄した脱走兵と、そそのかしたアントラ様に対する制裁でした。隠れ家を包囲された上に火を放たれ、わたしたちはアントラ様の一人娘であるお嬢様を連れて隠れ家を脱出しました」


「隠れ家を囲む森の中にも、多くの魔術師が配備されていました。お嬢様を逃がしたあと、敵を足止めするためにわたしたちはそこに残りました。どうにか生き延びたわたしたちは、避難用の隠れ家で仲間と合流しました。しかし、そこにアントラ様の姿はありませんでした。逃げ遅れた者たちの救出に向かわれ、その後、行方がわからなくなったとのことでした」


「わたしたちは、お嬢様を探すために仲間の元を離れました。川を下り、その途中で魔具の蓋を見つけました。アントラ様が、お嬢様のためにお作りになったものです。そこから周辺を探して行き、ようやくお嬢様の手がかりを得て、ここまでやってきたのです」


 代わる代わる、淡々としてふたりは話した。その手には、途中で見つけたという鍋の蓋を持っている。シュルツがイチカと出会った時、鍋の蓋はすでになくなっていた。川底に沈まず、下流まで流されたので、ニルグ砦に辿り付くのに時間がかかったようだ。


 シュルツは立ち上がると、部屋を見回した。


 イチカはあの鍋を大事にしており、ケレースへの旅にまで持参していた。ということは、ここにも持ってきているはずだ。目につくところにはなかったので、クローゼットを開けてみる。棚の上に目的のものを見つけた。


「この鍋のものですよね?」


 鍋を見せると、ふたりがぱっと顔を輝かせた。受け取ると、持っていた蓋をかぶせる。ふたつはピタリと合った。


 アーベルが口を開いた。


「お前たち、ココネアという名に心当たりはないか?」


 なぜ今、その名前が出てくるのか。シュルツは怪訝に思ったが、ふたりの反応を見て驚いた。目を見開き、愕然とした表情を浮かべている。例の魔女を知っているようだ。


「その名前を、どうして……?」


 聞き返す声が震えていた。ひどく怯えている様子だ。ココネアという魔女と、何か因縁でもあるのだろうか――そう考えたシュルツは、アーベルが何を言わんとしているかに気がついた。しかし、にわかには信じがたいことだ。


 アーベルが口を開いた。


「イチカが、ココネアと名乗る同じ歳くらいの女と会ったと言った。そして今日、国王の宮殿で、強力な魔女の妨害を受けた。青緑色の髪に、琥珀色の目をした十六歳ほどの女だ。そして、あとから追ってきたはずのイチカが姿を消した」


 顔色をなくしたレイルが、信じられないという表情で呟いた。


「ココネアが……グラナ様を……」


 ミリーが、レイルの背中を撫でる。落ち着かせようとしているようだが、そのミリーも動揺を隠せないでいた。シュルツはアーベルの方を向いた。


「あの魔女は、ガロリアの者ということですか?」


 ミリーとレイルは、ガロリアの魔術師だった。そのふたりがココネアを知っているということは、ココネアもまた、ガロリアの魔術師ということになる。しかも、ふたりとは敵対関係にある様子だ。


「そうだ」

「イチカの家を襲った連中と、エスター宮の賊が同じだと?」

「そのようだ」

「……そんなことがあり得るんですか?」

「あり得そうもないが、事実として起きているのだから認めるよりない」

「どうして分かったんです?」


 ふたりは、ガロリアからの追っ手としか話していない。それなのになぜ、アーベルは襲ったのがココネアだと分かったのだろう。シュルツが尋ねると、アーベルが説明した。


「例の魔法を作ったことからして、イチカの父親はかなり上級の魔術師のようだ。それが倒されたということは、敵側にもそれなりの魔術師がいたということになる。それほどの魔術師で、力任せに敵陣に押し入るというやり口を好み、なおかつ、イチカと関わり合いのある者が、何人もいるとは思えない」


「……やり口、ですか」


 聞き返すと、アーベルはうなずく。ミリーとレイルの方に目を向けた。


「イチカの父親が行方知れずだと言っていたな」


「……ええ」


「お前たちの主人も、ココネアに囚われているのではないか?」


 レイルが、おそらく反論しようとして口を開いた。だが、その可能性は否定できないと気づいたようで、深刻な表情でミリーと見交わした。


「信じがたいことですが、ないとは言い切れません」


 アーベルが、組んでいた足を解くと身を乗り出した。


「ココネアについて、お前たちが知っていることをすべて教えろ」





 話を聞き終え、廊下に出たアーベルは一冊の絵本を手にしていた。


 部屋に入る時は持っていなかったから、イチカの部屋のものを持ち出してきたようだ。そういえば、書き物机の上に、赤い表紙の本が置いてあったような気がするとシュルツは思い出した。


「サレンスは、王宮に戻ると言っていたか?」

「はい。何かあれば執務室に来るようにとの仰せでした」

「すぐに向かおう。それから――」


 手を上げると、持っていた絵本をシュルツに押しつけた。


「これを読んでおけ」


「……何ですか?」


 アーベルが手を離し、落ちそうになった絵本をシュルツはあわてて受け止める。表紙を見ると、凶悪な顔をした赤い竜が描かれていた。瞳は金色で、額には鋭い一本角がある。ドラゴンの時のイチカと形状が似ている。父親だろうか。


「連中が、炎竜グラナティスと呼ぶ化け物。そして、イチカの正体だ」


 鋭い目をしてアーベルが告げた。

ミリー、レイル→グラナティスであるイチカの侍女。ココネア→イチカに近づきグラナティスの絵本を渡した。このことから、アーベルは三人がガロリア人ではないかと考えました。しかし、ふたりがイチカの正体を話さなかったので、グラナティスの名前を出さずに説明しています。


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