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108 未詳の魔女

※シュルツ視点の話です。

 窓辺に立っていたシュルツは、馬車が入ってくるのを見て振り向いた。


「――殿下がいらっしゃいました」


 ゲオルグの別荘へ戻ってから、一時間が経っていた。


 王宮内では人の目が多すぎ、機密が保てないとの理由でゲオルグの別宅にて報告をすることになった。会議室には、アーベルの他にワーリャの姿もある。シュルツは、アーベルの斜め後ろに立つと、サレンスたち一行がやってくるのを待った。


 やがて、近衛を引き連れてサレンスがやってきた。


 通常の護衛二名にくわえ、近衛の隊長と副隊長が顔を揃えている。隊長は赤銅色の髪をした四十代の男で、副隊長は同じ年代の女性だ。アーベルとワーリャが立ち上がって出迎えると、サレンスは座るよう口にしながら、自身も近衛が引いた椅子に腰を下ろす。近衛は、全員がサレンスの背後に並び立った。


 サレンスは穏やかな表情をしている。


「――不首尾の理由を」


「ラハイヤ陛下から、サレンス殿下に言伝をおあずかりしてきました」


 予想外の答えだったのだろう。サレンスか怪訝な顔をした。


「陛下と会えたのか?」

「はい。状況はともかく、ご健勝のご様子でした」

「それで?」

「寝所を乗っ取られた。助けてくれとの仰せです」

「……それは、間違いなく陛下のお言葉か?」

「勿論です。むしろ、近衛を排除したという陛下のお言葉の方こそ、本当に陛下のものであったのか、疑わしいかと存知ます」


 アーベルの言葉を受けて、サレンスが息を呑む気配がした。


 シュルツは、アーベルから聞いた話を思い出した。近衛に退去を命じたラハイヤは、その場でサレンスが宮殿に立ち入ることも禁じた。エスター宮から追い出された近衛は、ラハイヤの言葉だけをサレンスに届けた。その後は、訪問自体を拒まれているため、サレンス自身は異変後のラハイヤとは一度も会っていない。


 騙されていたのではないかという言葉に、近衛たちの目の色が変わった。敵意を持った視線がアーベルに向かうのを見て、シュルツは僅かに身構えた。サレンスの前で騒ぎを起こすはずはないが、何事にも絶対ということはない。アーベルとワーリャを守るのは、シュルツの役目だ。


 サレンスが、ちらと近衛の方を見る。前を向くと口を開いた。


「近衛たちが、偽物に騙されていたと言うのか?」


「そうでなければ、陛下のお言葉の辻褄が合いません」


 そう言うと、アーベルは薄く微笑んだ。


「もし、お心当たりがないのであれば、騙されていた間抜けはわたしと言うことになります。近衛は騙されておらず、陛下も囚われていないことになる。その方がよいのであれば、わたしは喜んで道化となりましょう。殿下は、どちらの事実をお望みになりますか?」


 サレンスは黙り込んでいる。アーベルの言葉を認めれば、客人の幻術によって近衛が騙され、サレンスは偽の情報に踊らされていたことになる。とんでもない失態だ。


 ワーリャが口を開いた。


「責任の所在を、どうこう言うておる場合ではない。不備を不備として認めねば計画の穴を埋めることもできず、敵の思うつぼじゃ。陛下をお救いすることを、今は第一に考えるべき時ではないのか」


 顧問官であり、友人でもあるワーリャの言葉に、サレンスは諦めた様子でうなずく。アーベルを見ると口を開いた。


「おそらく、君の言う通りだろう」


「なぜ、そのようなことに?」


「腕の立つ魔術師は、すべてわたしに付いていた。陛下のところへは、最低限の警護の者しかつけていなかった。偽物に気付かなかったのは、そのせいだろう」


 本来であれば、最優先に警護されるべきは国王であるラハイヤだ。しかし、エスター宮から出ない国王に対し、国王代理であるサレンスは妻子とともに王宮の外で暮らし、王の代理として王都を離れることもあった。そのため、エスター宮の警備は最低限でいいとラハイヤ自身が指示していたと言う。


 シュルツは、アーベルの横顔をうかがった。苛立った目をしているのは、なぜ、事前にそれを話さなかったのかと腹を立てているからだろう。警護の不備を知っていれば、偽物の存在を予想することもできた。


「では、わたしがお会いした陛下が本物である可能性が高いということですね」

「ああ。だが、確認のための時間が欲しい」

「勿論です。しかし、時間があまりないことをお忘れなく」

「客人についての情報は?」

「幻術と催眠、両方の魔術を操る魔術師がいました」

「その者がラハイヤの偽物を作り出し、近衛を欺いたと?」

「わたしはそう考えます」

「いったい何者だ?」

「暗い青緑色の髪をした、十六歳前後の女魔術師。等級はおそらく星の1か、それ以上。人を食った性格から、どこかの貴族か王族であることは間違いないと思われます。それから、通称である可能性が高いのですが、ココネアという名を名乗っていました」


 シュルツは、驚いてアーベルを見た。魔女は名乗っていないし、誰も彼女に呼びかけていない。にもかかわらず、魔女の名前をどこで知ったのだろう。


 近衛の者達は、互いに目を見交わしている。心当たりはないようだ。サレンスは、深刻な表情をして眉をひそめていた。


「……至急、調べさせよう。他に情報は?」


 アーベルは、エスター宮での出来事を話し始めた。青緑色の髪をした魔女の詳細の他に、ローブを着た魔術師たちについて所見を述べる。最後に、イチカが敵に囚われたことを報告した。


 サレンスが顔を上げた。


「あの子か。ワーリャ、すまないことをしたね」


「アーベルが選んだ子だ。そう簡単にくたばっちゃいないよ」


 ワーリャが確信を持って言う。アーベルは何か言いたそうにしたが、口を閉じると、サレンスの方を見た。


「こういう事情ですので、何かわかりましたら、こちらにも情報をいただけないでしょうか?」


「ああ、君たちの助力には感謝している」


 そこへ扉にノックの音がした。「失礼いたします」と断ってセラが入ってくる。


 ワーリャ付のメイドであるセラは、他の使用人には知らされていない多くのことを知っている。緊急時に限り、会議室への出入りも許可されていた。何事かと皆が注目する中、足早にやってきたセラは、ワーリャではなく、アーベルの傍に立ち止まった。


「イチカ様を訪ねて、お客様がいらしております」


 囁くような声で、そう告げた。


「イチカに?」


「はい。イチカ様の侍女だと名乗られました」


 シュルツは、イチカが持っていた手紙のことを思い出した。ミリーとレイルが、ニルグ砦に探しにきたと嬉しそうに話していた。ダーファスに行き、イチカがここにいると教えられたに違いない。


「取り込み中だと言って、追い返せ」


 アーベルが命じると、セラが「かしこまりました」と答えて会議室を出て行く。

 シュルツは、眉をひそめた。


「その……他に言い方は……」


「よそ者にかまっている時間はない」


 会議を再開しようとした所、大きな音を立てて扉が開いた。


 今度はセラではない。白いブラウスに茶色のロングスカート、その上から黒いマントを羽織った女性がふたり、足並みをそろえて部屋に入ってくる。ひとりは茶色の短い髪、ひとりは金髪を肩までのばしており、どういうわけか鍋の蓋を小脇に抱えていた。


「たのもう!!」


「たのもーう!!」


 声を張り上げると、足を開いて立つ。


 近衛たちがサレンスをかばって身構え、アーベルも腰を浮かせた。


「グラ……じゃない、うちの大事なお嬢様はどこですか?」

「グラナ様ー! お迎えに上がりましたよー!」

「だめよ、ミリー。イチカ様かお嬢様とお呼びしなくては、手紙にそう書いてあったでしょう」

「あっ、そうだった」

「誰が聞いているかわからないのだから、気をつけましょう」

「そうね。気をつけなくちゃね」

「さあ! さっさとお嬢様をお出しなさい!」

「そうだ! 痛い目に遭いたくなければ、お出しなさい!」


 その場にいた全員が、呆気にとられてふたりの女を見た。


 シュルツも困惑していた。侍女というのは間違いで、本当はイチカの姉たちではないのかと疑う。元気で、少し抜けているところがそっくりだ。会話の内容からして、茶色の髪がミリーで、金色の髪がレイルのようだ。


 表情だけはにこやかに、アーベルが立ち上がった。


「殿下。片付けて参りますので、少々お待ちください」


 そう言うと、ミリーとレイルの方に歩いて行く。ふたりの腕をつかんだ。


「――お前たち、ちょっと来い」

「お嬢様は?」

「その話は外でする」

「外? あっ、さては追い出す気ですね!」

「いいから来い」

「痛い! 指食い込んでる!」

「ちょっと! 気安く触らないでよ!」


 ふたりの腕をつかんだまま、引きずるように部屋から出て行く。廊下でおろおろしていたセラが、お辞儀をしてから扉を閉めた。





 サレンスが席を立った。疲れた顔をしていた。


「王宮へ戻る。何かあれば、わたしの執務室に出向いてくれ」


 国王の錯乱ではなく、何者かの侵略である可能性が出てきた以上、悠長にしている時間はない。早急に事実確認をし、アーベルの言葉通りであれば、国王の救出作戦を立てる必要があった。


「ワーリャ、君の助言に感謝するよ」


「大したことは言うておらん。それより早く事実を確認しておくれ」


「わかっている。急いで調べよう」


 サレンスたち一行を見送り、玄関扉を閉めたところで女性の悲鳴が聞こえてきた。ワーリャが片方の眉を上げ、シュルツはぎょっとして振り向く。悲鳴は階段の上、二階にある談話室の方から聞こえてきたようだ。


 急いで駆けつけると、アーベルが怒りの形相で立っていた。


「お前たちの頭の中には、紙くずでも詰まっているのか!」


 アーベルの足元には、折り重なるようにして先程のふたりが倒れている。ぐったりしているが、意識はあるようで、かすかに呻き声を漏らしていた。精神に作用する魔法を撃ち込まれたようだ。シュルツは、アーベルに近づいた。


「サレンス殿下がお帰りになりました」

「そうか」

「……何をしたんですか?」

「身の程を教えてやっただけだ」

「遠くから訪ねてきてくださったのに……」


 気の毒にと思いながら、シュルツは倒れている女性の傍に膝をついた。


「大丈夫ですか? 気をしっかり持ってください」


 助け起こすと、レイルが薄く目を開いた。


「あなた……シュルツさんでいらっしゃいますか?」

「はい。イチカが手紙を?」

「……お嬢様が、いつもお世話になって……おり……ます……」

「ああっ、しっかりしてください!」


 悲鳴を聞いて駆けつけた使用人たちが、何事かと遠巻きにしている。セラが「水を持ってきます」と言って走って行き、すぐにコップと水差しを持って戻ってきた。セラと、もうひとりのメイドが手伝って水を飲ませると、ふたりはようやく身を起こした。


「ありがとうございます」


「おかげで、生き返りました」


 セラたちに礼を言ってから、アーベルに恨みがましい目を向ける。


「お嬢様が書いてらした通りでした。まさに人の皮を被った悪魔」

「あの顔と引き換えに、悪魔に魂を売ったに違いありません。おぞましい」

「……」

「あの、これ以上怒らせない方がいいと思います」


 アーベルの顔色をうかがいながら、シュルツが諫めた。集まっていた使用人たちが、アーベルの様子に恐れをなして逃げて行く。セラとメイドも、一礼してから去って行った。


「お嬢様……イチカ様は、どこですか?」


 この騒ぎにも姿を見せないことを、不審に思ったのだろう。きょろきょろしながら、ミリーが聞いた。シュルツは、申し訳なく感じながら口を開いた。


「残念ですが、イチカはここにはいません」


「では、どこにいるんですか?」


「それは……」


 シュルツは、言いよどんだ。イチカの身に関わることとはいえ、ハリファール王家の内情を話すわけにはいかない。返事を迷っていると、アーベルが口を開いた。


「――ここでは話せない。ついてこい」

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