106 エスター宮
「なぜ、いらっしゃれないのですか? どうか陛下に会わせてください!」
事前の打ち合わせ通り、ルドルフさんが食い下がった。さっき代役を頼まれたばかりなのに、かなり上手に演技している。でも、黒色ローブの人が心を動かされている様子はない。淡々と断りの返事していた。
「――」
わたしは、黒色ローブの人を凝視した。
その声に聞き覚えがあった。でも、フードを目深に被っていて口元しか見えない。わたしは、首を傾けると、フードの中をのぞきこむようにした。もし、黒色ローブの人がわたしの予想通りの人なら、あれがあるはずだ。
――あった。
左側の頬に、見覚えのある刃物傷を見つけた。
間違いない、ヤスだ。
わたしは嬉しくなった。脱出した時、城が火事になってたから、無事に逃げられたかどうか気がかりだった。見たとこ、大きな怪我とかしている様子はない。していたとしても、魔法で治したんだろう。何にせよ、ヤスが生きていて本当によかった!
それはいいとして。どうして、こんなところにいるんだろう?
わたしは、茶色ローブの人達を見た。
お城にいた部下の人たちの顔は、全員覚えている。けど、茶色ローブの三人組の顔は見たことがない。わたしが出てったあとで、加入した可能性もあるけど、何と言うか他の部下の人とは雰囲気が違っている。父の組織の人とは思えなかった。
父の組織は、トップがあれなせいか、全体にゆるい。
世界を滅ぼす炎竜を復活させておきながら、その可愛さにメロメロになってしまうという、残念な人たちだ。でも、この茶色ローブ三人は、チビ竜を見たところで「可愛い!」とか「さわりたい!」とか言いそうもない。まあ、それはヤスもそうなんだけど、ヤスはヤスなりにわたしを可愛がってくれた。魔素のあつかいが上手くできないわたしに、父に隠れて訓練をつけてくれたのがヤスだ。
お友達旅団は、父の組織とは別の組織だ。てことは、ヤスは父のとこを辞めて、転職したということか。父の行動にあきれてたし、愚痴も多かったから、あり得ない話ではない。
わたしが考え込んでいる間も、ルドルフさんは喋り続けている。台本でも読んでるかのような流暢な喋りっぷりで、ラハイヤさんに会わせてくれと訴えていた。
それを撥ね除けているヤスは、部屋に入った時から、わたしの方は一度も見ていない。父の魔導書作りを手伝ってたから、<転化>の魔法でわたしがどんな姿になるか、ヤスは知っているはずだ。見れば、すぐにわたしとわかるだろう。
フードを被ってるから、わたしに気づいてないのかな?
それとも、気づいた上で無視してるんだろうか。
辞めた職場の上司の娘となんか、話したくないのかな。
そわそわしていると、廊下の方が騒がしくなってきた。走って行く足音や、大きな話し声がしている。サレンスさんが宮殿の結界を解除したようだ。
茶色ローブのひとりが部屋を出て行き、すぐに戻ってきた。
「宮殿の結界が消失しているようです」
ヤスが、ルドルフさんの方に顔を向ける。ルドルフさんは、ぎょっとした表情をすると、顔の前で両手を振った。
「わたしじゃない! 無関係だ!」
「……様子を見てきます。ここでお待ちください」
言い置くと、部屋を出て行ってしまった。
ヤスが出て行くと、茶色ローブの三人組が扉の前に立ちはだかった。ヤスが戻るまで、ここで大人しく待っていろということだ。
アーベルは、いつの間にか呪文を唱えていたようだ。
前に出ると、茶色ローブたちに向かって魔法を放った。目には見えなかったけど、空気の振動みたいな余波を感じた。いつもの精神攻撃のようだ。ふたりがその場に崩れ落ち、ひとりは呪文を唱えて立っている。アーベルの魔法を跳ね返したらしい。ということは、流星以上の魔術師だ。
流星の魔術師が別の呪文を唱えようとしたが、その前にシュルツが飛び出して腹に一撃入れていた。拳銃と同じく、引き金を引かれる前にやっちまえの精神のようだ。速攻は成功し、殴られた茶色ローブは、シュルツにもたれかかるようにして、ぐったりとなった。
ルドルフさんが、感心した声を上げた。
「あっという間に片づいたな!」
アーベルが、息をついてから振り向いた。
「ルドルフ様こそ、見事な演技で感服いたしました」
「いやいや、生きた心地がしなかったよ。わたしは、どうすればいい?」
「接着の魔法が使えますか?」
「魔法なんか、もう長いこと使っていない」
「できませんか?」
「魔導書を出すから、ちょっと待ってくれ……使えるようだ」
「扉を接着して、この部屋に立てこもってください」
「誰か来たら?」
「閉じ込められて、出られない演技を」
「わかった」
「イチカ、シュルツ。こいつらのローブを脱がせろ」
気絶している三人を示して、アーベルが命じた。
茶色のローブは、頭から被る式ではなく、前ボタンがたくさんついていた。シュルツと手分けしてボタンを外し、茶色ローブから茶色ローブを剥ぎ取る。三人分のローブをゲットして身に付けると、アーベルはサイズぴったり、シュルツは丈が足りなくて、わたしは裾を引きずっていた。
「厚底ブーツでも履いてくれば良かった……」
しょうがないので、ウエストの生地をつまんでベルトの隙間に押し込む。ちょっと不格好だけど、遠目にはわからないだろう。
「そんなもの履いたら転びますよ」
「無駄口を叩くな。行くぞ」
扉を開け、誰もいないのを確認してから廊下に出た。
アーベルを先頭に、迷路のような廊下を進み、階段を登った。
ローブの前を留めてないし、裾を踏みそうになるのですごく歩きにくい。アーベルの背中を追いながら、エスター宮のマップを思い浮かべる。あっちこっち曲がってる内に、早くも現在地がわからなくなってきた。アーベルを見失ったら、あっという間に迷子になりそう。
わたしは、薄暗い宮殿内を見渡した。
侍女さんらしき人は時々見かけるものの、ローブを着たお友達旅団のメンバーとはすれ違わない。広い宮殿内に二十人くらいしかいないらしいし、結界が消えた騒ぎで、出入り口や窓のある部屋を確認しに行ったのだろう。この分なら、ラハイヤさんの部屋に行くのも楽勝そうだ。そう思ったのだが――。
「――お前たち、ちょっと待て!」
遠くの方から声がかかった。ちらっと振り向くと、廊下の先に灰色のローブを着た三人組が立っていた。茶色ローブも三人組だったし、三人一組が基本のようだ。
「持ち場を離れるな! どこへ行くつもりだ!」
灰色ローブが走り出す音が聞こえた。
「イチカ、足止めをしろ」
アーベルが小声で命じた。わたしを生け贄にして先へ進むようだ。
「えーと、わかった」
アーベルが「ここは俺に任せて先に行け!」とか言うはずないし、シュルツはぼっちにしたら速攻で道に迷う。まあ、妥当な選択だろう。廊下の角を曲がったところで、アーベルとシュルツが走り出した。
「イチカ、気をつけて」
「そっちもね」
わたしは、立ち止まると薄暗い廊下を見回した。
要は時間稼ぎすればいいんだから、やっつける必要はない。でも、後顧の憂い? を断つには倒した方がいいだろう。天井を見上げたわたしは、壁の上部に装飾の出っ張りがあるのを見つけた。あそこに足をかければ、天井付近に身を隠せそうだ。
わたしは<緑の蔦1>を唱えると、床の上にスタンプした。<力の糸1>を唱えて壁を登り、壁と天井の三角スペースに貼りついたところで、灰色ローブたちが角を曲がって駆け込んできた。わたしは、床の蔦を操作して先頭ローブの足をつかんだ。
「うわっ!」
蔦に足をとられた仮称一号がすっ転び、びたーんと床に腹ばいになる。あとに続いていた二号三号が、驚いて足を止めた。
「どうした!?」
「罠か?」
二号三号が気をとられている隙に、わたしは三人組の背後に着地した。
宮殿全体が薄暗いので、隠密行動がやりやすい。呪文の短い<剛腕1>を唱えながら、留め具を外して鞘ごと剣を抜く。振り向いた二号の腹に一撃入れ、続けて三号を攻撃しようとしたが、<青の盾>で弾かれた。
わたしは、後ろに下がった。
<剛腕2><跳躍2>を唱えながら、剣を抜いて構える。
二号は気絶しており、三号は青の盾で防御中。一号は床でごそごそやっていたが、立ち上がると三号を見た。蔦のからまった靴が床に残されている。かしこい。
「どうする?」
「俺がやる。お前は、前のやつらを追え」
三号の言葉で、一号が走って行った。わざわざ三人組でいるくらいだし、別行動は危険なはずだが、わたしなんか簡単に倒せると思ってるんだろう。そうは行くか。
三号が、青の盾を構えたままで呪文を唱える。三号の周囲に、ミカン大の火球が出現した。火種もなく出してたから、たぶん<火弾>の方だろう。飛んでくる危ないやつだ。
すぐに火弾が飛んできた。
ぎりぎりで避けたけど、羽織っていたローブに火がついた。続けて飛んでくる火弾を避けながら、わたしは大慌てでローブを脱ぎ捨てる。また火弾がかすったが、確認すると制服は燃えていない。防火仕様になっているか、燃えにくい素材でできているようだ。ありがてえ。
ちらっと見ると、火弾のぶつかった床や壁が、真っ黒に焦げていた。
直撃したらやばそうだ。
でも、あんまり時間がない。早く一号を止めに行かないと、アーベルとシュルツが背後から襲われてしまう。
わたしは身体の前に剣を構え、身を低くしながら三号の方へ走った。
飛んでくる火弾を、剣の腹を使って左右に弾き飛ばす。火球でやれるなら、火弾でもやれるだろの精神だったけど本当にできてびっくりだ。でも、攻撃用なだけあって火弾の威力は強い。しっかり握ってないと、剣を吹っ飛ばされそうだった。
コツをつかんだわたしは、最後の火弾を正面に向かって弾き飛ばした。
驚愕した表情の三号が、とっさに青の盾を構える。でも、三号の青の盾は、物理攻撃しか防げない下位レベルだったようだ。火弾が突き抜け、三号の胴体に直撃する。至近距離で食らった三号は、燃えながら後方に吹っ飛んだ。クリーンヒットだったから、結構な威力があったらしい。
おっかねーと思いながら、わたしは剣を構え直した。
仰向けに倒れた三号は、起き上がってこない。
警戒しつつ近づくと、打ち所が悪かったようで気絶していた。服がめらめら燃えていたので、手で叩いて消してあげる。王様の宮殿が火事になったら大変だ。
気絶している二号三号を近くの部屋に放り込み、ローブの燃え残りを拾って、扉の取っ手をぎちぎちに縛り上げた。これで、簡単には出られまい。
「逃げた一号に追いつかないと」
一号を倒すべく廊下を走り出したが、すぐに立ち止まることになった。
目の前に分かれ道がある。でも、どっちに行けばいいのかわからない。
マップは頭に入ってるけど、2Dで見るのと、3Dの現場を歩くのでは感じが違う。わたしは、半泣きになりながらカンニングペーパーを取り出した。現在地の見当をつけ、たぶんこっちと思う方へ歩き出す。本当に、こっちで合ってるかな……。
「――あっ!」
きょろきょろしながら歩いていて、部屋から出てきた侍女さんにぶつかってしまった。教会のシスターみたいな服装をしていて、わたしを見ると怯えた表情を浮かべる。そういえば、茶色ローブ脱いじゃったんだった。王族以外立ち入り禁止のエスター宮で、知らん人が剣持って歩いてたら怖がって当然だろう。
「脅かしてごめんね。あと、危ないから部屋から出ない方がいいよ」
わたしが謝ると、侍女さんは怯えながらうなずいた。部屋に戻ろうとしたが、ふと立ち止まると、わたしの方を見た。
「陛下をお捜しなら、逆方向です……」
小声で言うと、ばたんと扉を閉めた。
親切に教えてくれたのか、それとも罠だろうか。
ちょっと迷ってから、侍女さんの言葉を信じることにした。
お友達旅団の味方なら、わたしと出くわした時に悲鳴を上げていたはずだ。
しばらく行くと、上に向かう階段を見つけた。
階段を駆け上がり、出た廊下の左右を見る。
右手の先に、一号らしき灰色ローブの後ろ姿を見つけた。もう片方の靴も脱いだようで、裾をからげて裸足で走っている。ネズ○男のようだ。
わたしは、ポーチから投剣を取り出した。<風球>を四つ出し、無防備な背中に向かって<ソーンショット>を二発撃ち出す。まともに喰らったネズ○男は、前のめりに倒れると動かなくなった。死んでませんように!
アーベルたちは、この先にいるんだろうか?
風球を消して走り出そうとした所、背後から声がした。
「たくましくなられましたね」
ヤスの声だ。振り向いた途端、視界が揺れた。黒いローブの足元を見ながら、わたしは床に倒れこんだ。