104 作戦準備
「青の盾を3にしといた方がいい?」
翌日、朝の訓練をしたあとでシュルツに聞いてみた。今使える<青の盾2>は、お好み焼きサイズしかなく、何個か並べないと頭すら守れない。
「いえ、やめておきましょう」
「何で?」
「2と3では、大して違いがないからです」
<青の盾>は、魔法レベルが上がるにつれて大きさと強度が増していく。<青の盾5>になれば魔法攻撃もある程度防げるようになるけど、4までは物理攻撃しか防げない。2と3では、強度がそれほど変わらないし、数を作れば範囲の狭さもカバーできる。今は後まわしにして、別の魔法を習得した方がいいとのことだ。
「何がいいと思う?」
「光球1を覚えましょうか」
火球を作るには近くに火の気が必要だけど、光球は魔素だけで灯りが手に入る。夜目が利く魔法はもっと高レベルにならないと解放されないので、それまで光球で何とかしよう。ということらしい。
わたしは、<光球1>をフレームに入れた。呪文が浮かんできたので、さっそく唱えてみる。ビー玉くらいの光球が目の前に現れたが、三回目なので大騒ぎはしない。ため息をついて光球を消した。
「5くらいで、目眩ましに使えるそうです」
「……先は長いなあ」
「そもそも、適性がなければ1すら解放されないんですよ」
適性はあるから、がんばれということらしい。
全系統習得するとか、目標立てるの早まっただろうか。
「次は?」
「力の糸2か、緑の蔦1ですね。どちらでもいいですよ」
わたしは、ちょっと考えてみた。
「――じゃあ、緑の蔦にする」
<力の糸>の強度も上げたいけど、それより魔法っぽい魔法のレパートリーを増やしたい。今わたしが使える魔法で、魔法っぽい魔法は<青の盾>しかない。
シュルツのOKが出たので、<緑の蔦1>をフレームに入れて呪文を唱える。唱え終わると、右手に緑色の明かりが灯るイメージが湧いてきた。手のひらを見ると、真ん中に緑色の点がついている。わたしは、シュルツに手のひらを見せた。
「これ、どうしたらいいの?」
「何があるのか見えませんが、説明文を読んでください」
シュルツは<緑の蔦>を習得していないそうだ。
説明文を読む。緑の点を付けたところから魔法の蔦を出せるようだ。手のひらからも出せるし、床や壁でもいい。ただし、自分以外の生物の体はダメと書いてあった。
わたしは、近くの壁に手のひらを押しつけてみた。手を離すと、スタンプみたいに緑色の点が壁につく。そこから、半透明の蔦がするする伸びてきた。長さは30センチくらいで、所々葉っぱがついている。丸や三角のイメージを飛ばすと、蔦がその通りの形になった。
「見て、シュルツ! すごく魔法っぽい!」
「よかったですね」
「……どうやって使うの?」
「ロープ代わりと考えればいいようです」
「シュルツは、これからも習得しないの?」
「ええ。向いてないようなので」
<緑の蔦>を消してから、<力の糸2>をフレームに入れてみる。しかし。
『使用する魔法に対し経験値が不足しています』
アイチャンが淡々と答えた。これで打ち止めだ。
昼食のあとは、エスター宮の見取り図を暗記することに費やした。
持ち出し禁止なので、場所はアーベルの部屋の書斎である。
暗記した上、紙にも書き写せという。アーベルとシュルツは、昨日覚えたと言って不参加だった。アーベルはともかく、シュルツは地図見ても迷うんだから意味なくない? と思ったが指摘するのはやめておく。シュルツのために、コピーを二枚作ることにした。
わたしは、黙々と手を動かした。
テーブルの上には、エスター宮の見取り図の他に、もう一枚、王宮の全体図を描いた地図が置いてある。全体図の方は、かなりざっくりしていた。
上から見た王宮は、中央に丸のある十字の形をしていた。
真ん中に八階建ての高い建物があって、東西南北に五階建ての建物がくっついている。くっついてはいるけど、それぞれが独立した建物なので、宮殿から宮殿へ移動するには、中央にある建物の一階を経由する必要があるそうだ。まさに駅ビルである。
真ん中にあるのがロスター宮で、エスター宮はその北側にある。五階建ての建物のなかに、形も大きさもバラバラな部屋がたくさんあり、廊下は折れ曲がって、階段はぶつ切りになったのがあちこちに設置されている。ラハイヤさんの部屋は、五階の中央にあって壁は円形をしていた。いったい、どんな部屋なんだろう。
夕食のあとでミーティングをし、自室に引き上げようとしたところ、シュルツに呼び止められた。
「すぐ戻るので、少し待っていてください」
言い置くと走っていく。すぐに包み紙を持って戻ってきた。
「約束していたものです」
何だっけ? と思ったが、包み紙を持った感触で思い出した。スカートだ。まじで縫ったらしい。
「……どうもありがとう」
「サイズが合わなかったら言ってください。直しますので」
女性服を縫うのは初めてだから、ちょっと自信がないそうだ。
部屋に戻ると、複雑な気持ちで包み紙の封を切った。
女の子らしくとか言ってたし、ピンクのひらひらとか、赤地に白の水玉模様とかだったらどうしよう……。などと、ドキドキしながら開けてみたが、シンプルな青色の布が見えたのでほっとした。そして、意外にもスカートではなかった。スカートはスカートなんだけど、足通すとこがふたつある。キュロットスカートだ。
姿見の前に移動して、さっそく履いてみた。
お出かけした時の衣装を参考にしたらしく、シュルツが作ったにしては丈が短い。裾が広がっているので、足閉じてるとスカートに見えるけど、構造的には短パンなのでハイキックしても下着は見えない。そして、当たり前のようにサイズぴったりだ。やっぱり、夜中に忍び込まれているんだろうか。
「……あれ? この生地って」
よく見ると、青い色に見覚えがある。
わたしは、クローゼットからシェローレンの制服を出してきた。やっぱり。制服と同じ生地だ。制服の上着に袖を通し、上下揃いにするとマーチングバンドのコスチュームみたいになった。自分で言うのもあれだが、すごく可愛い。明日は、これ履いて行こう。どうせ捨て駒だし別にいいよね。
明日の準備をしてからベッドに入った。
いつもより早い時間のせいで、あんまり眠くない。
天井を眺めながら、ラハイヤさんのお友達魔術師のことを考える。
忠誠を誓っている近衛を追い出してまで、ラハイヤさんは、どうしてその人達を傍に置くことにしたんだろう。サレンスさんの警護の人はいっつも怖い顔してるし、それが嫌になったんだろうか。二十二歳だって言うし、無愛想な国家公務員より、パリピなお友達といる方が絶対に楽しいだろう。
でも、ずっと宮殿に閉じこもっていたのに、どこで知り合ったんだろう?
ラハイヤさんの謎のお友達とは、いったい何者なのか。
何かを思いついた気がしたが、それについて考える前に眠気に襲われた。
わたしは目を閉じた。何にせよ、明日になればわかることだ。
翌朝は、あいにくの曇り空だった。
窓の外が暗かったせいだろう。ちょっと寝坊したわたしは、大慌てで着替えをした。制服にキュロットスカート、黒タイツと長靴を履いて、ベルトにウエストポーチと長剣を吊るす。ちゃんとしたとこへ行くので、腕当てはつけられない。制服の袖は細いし、上から巻くと、刃物剥き出しになって失礼になってしまうからだ。
部屋を出たところで、マデリンさんと鉢合わせた。
「新しい制服ですか? とてもお似合いですよ」
「ありがとう。スカートは、シュルツが縫ってくれたんだ」
わたしが言うと、マデリンさんが「マジで?」みたいな顔をしてスカートを見た。シュルツの評価がまた低下した気がしたが、たぶん気のせいだろう。マデリンさんが、一通の手紙を差し出してきた。
「昨日届いていたんですが、ワーリャ様のとこに混ざってしまっていて」
さっきばあちゃんに渡されて、急いで持ってきたのだと言う。受け取ると、係長からの手紙だった。仕事で王都へ行くことは教えてなかったが、シェローレン屋敷に届いたのを、誰かが転送してくれたようだ。わたしは、手紙をポーチにしまった。
「届けてくれて、ありがとう」
「お気を付けて、行ってらしてください」
「うん。行ってくる」
大半の使用人さんは、クーデターする話を知らない。
わたしは、いつも通りの感じで玄関ホールに向かった。集合時間の五分前だったが、シュルツとアーベルがすでに立っていた。わたしは、指摘される前に自己申告することにした。
「どう? 似合う?」
アーベルは無言だ。シュルツがちょっと眉をひそめた。
「丈が短かすぎましたかね……」
「そんなことないよ。これくらいのが可愛いよ」
「ならいいんですが」
「可愛い?」
「とてもよく似合っています」
「えへへ」
「……シュルツ、お前が与えたのか」
「はい。こういう女性の制服を、前に見たことがあったので」
「理由になっていない」
「生足じゃないし、別にいいじゃん」
アーベルは、どうしてくれようみたいな顔でわたしとシュルツを見ている。アーベル自身は、地味めの貴族服を着ていた。
「間抜けに見える方が、警戒されずに済むか……」
合理的な理由を見つけたようだ。とても失礼だ。
アーベルが顔を上げた。
二階から、ワーリャばあちゃんが下りてくる。セラさんも一緒だ。ばあちゃんの「おはようからおやすみ」までをサポートするセラさんは、わたしたちの仕事内容を知っていた。
「お祖母様、おはようございます」
冷淡な口調でアーベルが挨拶した。無愛想なのは、クーデターの手伝い引き受けてきた元凶が、ばあちゃんだからだろう。ばあちゃんは、まあ、いつも通りだ。にっこりすると、アーベルを見上げた。
「夕食までには帰っておいで」
「ご期待に添えるかどうかは、わかりませんね」
皮肉っぽく返すと「時間ですので」と言って玄関に向かった。態度が悪い。
アーベルを追おうとすると、セラさんが近づいてきた。両手をのばしてきたので、その手をとる。わたしのことを心配してくれているようだ。
「イチカ様。ご馳走を用意して、お待ちしております」
「うん。楽しみにしてるね」
外へ出ると、黒塗りの馬車が待っていた。
わたしたちが乗り込むと、馬車は転送基地に向かって走り出した。