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101 図書館の令嬢 

 しばらくは、午前中はシュルツと訓練、午後は自主練をして過ごした。


 次の休みをもらえたのは、外出した日から五日後のことだ。


 朝食を食べたあとで、厨房の片隅を借りてドーナツを作り始めた。こないだ服を選んでくれたメイドさんたちへのお礼も兼ねて、従業員さん全員の分を作ることにしたので、量は多目だ。


 前にも作ったポテトドーナツと、それからプレーンドーナツも作って粉砂糖とシナモンパウダーを振りかける。シナモンは、出入りの業者さんにお願いして納めてもらった。高価なものではないけど、南方の香辛料だから王都ではあんまり使わないそうだ。また休みがもらえたら、今度はシナモンロールを作ろうと考えながら片付けをし、昼食の準備をしているコックさんにお礼を言って屋敷を出た。


 転送基地を乗り継ぎ、向かったのは王立図書館だ。


 前にきた時から、一週間経っている。部屋の場所を忘れてしまったので、館内地図を確認してから「諸外国の本」の部屋へ向かう。二階まで吹き抜けになった部屋に着くと、がらんとした閲覧用スペースに前にも会ったあの女の子が座っていた。確か、ココネアって名乗ってたっけ。


「遅かったじゃない! ずっと待ってたのよ!」


 目を三角にして、ココネアが言った。


 背後を確認するが、誰もいないのでわたしに言ったようだ。でも、わたしは会う約束なんかしていない。また来るか聞かれて、正直にわからないと答えたはずだ。人の話を聞かない系か、それともガチのやばい子なのか。


「……えっと、また来るかわからないって言ったよね?」

「そうね」

「それなのに待ってたの?」

「わからないってことは、いつか来るってことでしょう?」

「えっ、違うよ」

「こうして来たじゃない。何言ってんの?」


 だめだ、やばい子だ。わたしは震え上がった。


「ここ、座って」


 隣の椅子を引くと、座面をばしばし叩く。


 ものすごく逃げたかったが、ガロリアの本はこの部屋にしかない。もやもやしながら、わたしは椅子に腰を下ろした。ココネアが、足元の鞄から一冊の絵本を取り出した。


「あなたに、あげようと思って待ってきたの」


 ココネアが絵本をテーブルに置く。表紙に描かれているのは、赤い竜と少年だ。シェローレン屋敷で見たのとも、図書館にあったのとも絵柄が違う。どっかから手に入れてきたらしい。


「――わざわざ探してくれたの?」

「たまたま古本屋さんに行って、たまたま見つけたのよ」

「そうなんだ。ありがとう」

「本当に、たまたまよ? だから勘違いしないで」

「わかった」

「……でも、少しは気にしてもいいのよ?」


 むくれて言う。あつかいが難しい。


 わたしは絵本を手にとった。古本屋にあったと言うが、新品みたいに綺麗だ。もしかして、何軒も探し回ったんじゃないのかな。そうだとしたら、探し回ったのは使用人の人だろう。ありがとう使用人の人。


 絵本をめくる。内容は、他の絵本と同じでブレはない。世界滅亡後のグラナティスが消息不明なのも、他の絵本と同じだ。考え込んでいると、ココネアが口を開いた。


「あなたを待ってる間に、グラナティスのことを調べてあげたわ」

「待ってる間って、一週間も?」

「そうよ。感謝なさい」

「えと、ありがとう」

「あなた、グラナティスはどうなったんだろうって言ってたわね?」

「うん。自分の巣? に帰ったのかな?」

「いいえ。力尽きて死んだのよ」


 ココネアが、わたしの手から絵本を取り上げ、一枚一枚、ページをめくって行く。人間たちの戦争、願いを叶えるというドラゴン、ベル山脈を越える冒険、そういう物語がドラマチックな絵柄で描かれている。


「紙とか薪みたいなものよ。火をつければ燃えて、燃え尽きたあとは灰になる。でも、グラナティスは不死の竜だから、時間が経てば灰の中からまた蘇ってくるの」

「そいつって、何のために存在するんだろうね」

「愚かな人間たちに、制裁を下すためだと思うわ」

「制裁かあ……」

「グラナティスの力は、大地の怒りなのよ」

「そうなの?」

「って、学者の本に書いてあったわ」


 ドヤ顔で言う。まあ、ゴジ○にも天災説があるし、ないとは言えない。


「じゃあ、少年のお願いって何頼んでも無駄だったってこと?」


 わたしが聞くと、ココネアは絵本のページを指先で叩いた。


「よく読みなさい。少年は、グラナティスが破壊の竜とは知らなかったと書いてあるわ。つまり、まぬけだったのは少年の方よ」

「そういえば、そうだね」

「でも、最後には一国の王様になってる」

「だから?」

「グラナティスの力を借りれば、下民でも王様になれるってことよ」


 今度は、人災の話になってきた。うちの父も新世界がどうのと言ってたし、グラナティスにお願いすれば自分の国が手に入るってことだろうか?


「えっと、つまりグラナティスは大地の怒りで、蘇らせた人間を王様にするの?」

「ちがう。炎竜の力で王様にするわけではないわ」

「と言うと?」

「炎竜が世界を滅ぼすのは、愚かな人間たちに制裁を加えるためって言ったでしょ。炎竜の力は今ある世界を壊すための力であって、下民に権力を与える力は持っていないのよ」

「じゃあ、何で少年は王様になれたの?」

「簡単よ。ベル山脈を越えて炎竜を蘇らせるなんて、それだけの根性と体力があれば王様やる素質は十分でしょ」

「それも学者さんの本に書いてあったの?」

「そうよ!」


 メモも見ずに喋ってるから、かなり勉強したようだ。


 ココネアの言うことを信じるなら、炎竜グラナティスは、この世界を破壊するだけのデリートキーのような存在みたいだ。少年はそうと知らずにデリートキーを押してしまったけど、刷り込みによって親になっていたから炎竜に殺されずに済んだ。少年は努力と根性で自分の国を作って王様になり、役目を終えた炎竜は灰になった。でも、炎竜は不死の竜だから、いつかは灰のなかから蘇ってくる。


 ココネアが絵本を閉じる。テーブルの上に置くと、わたしの顔をじっと見た。


「だから、グラナティスは悪い竜ではないのよ」

「そう?」

「悪いのは、私欲のために炎竜を利用しようとする人間の方ね」

「うーん」

「まあ、炎竜なんているわけないのだけど」

「おとぎ話だからね」

「そうよ。信じるのは子供くらいのものだわ」


 さっきから、あなたの目の前にいるんですけどね。


 怪談みたいだなと思いながら、わたしは絵本を指さした。


「これ、本当にもらってもいいの?」

「あげるって言ったでしょ」

「じゃあ、ありがとう」

「……わたしたち、もうお友達よね?」

「ええと、そうだね」


 わたしが答えると、ココネアは唇の端をぴくぴくさせた。笑顔になるのを我慢しているようだ。不可解な子だなあ。


「あ、ドーナツあるけど食べる?」


「ドーナツ?」


 図書館のなかって飲食禁止だっけ? 部屋を見回すが、注意の張り紙は見当たらない。まあ、怒られたら謝ればいいか。


 わたしは、籐カゴのバッグからドーナツと水筒を取り出した。懐中時計を買ってお金がないので、昼ご飯用にと二個持ってきたのだ。油紙の上にシナモンドーナツを乗せ、コップにアイスティーを入れてテーブルに置く。わたしは水筒から直接飲むことにした。


「……この茶色い粉は何?」

「砂糖とシナモンだから、苦手だったらはたき落として」

「しなもんって?」

「香辛料。胡椒とか唐辛子とかの仲間」

「……揚げパンに砂糖と胡椒をかけたの?」

「胡椒よりはからくないよ」


 わたしは、自分のドーナツを手にとる。服にこぼさないよう気をつけながら、ひとくち頬ばった。シナモンがスパイシーで超おいしい。


 ココネアは不審そうな顔をしている。指二本でドーナツをつまみあげ、油紙の上に戻してから、シナモンシュガーのついた指を舐めた。


「……あら、全然からくないじゃない」


 拍子抜けしたように言うと、一口大にドーナツを千切って口に入れた。


「変な風味だけど、おいしいわ」

「シナモン入りのミルクティーって飲んだことない?」

「ないわ」

「展望台の近くのお店で売ってたんだ」

「わたし、お店の料理は食べたことがないの」

「そうなんだ」

「誰が作ったかわからないものを、口に入れたらだめと言われてるのよ」


 そう言いつつ、庶民が作ったドーナツをもぐもぐ食べている。


「……変なもの食べさせてごめんね」

「平気よ。あなたが毒味してくれたでしょう」

「あっ、そうだね」


 毒味役がいるってことは、すんごいお嬢様なんだろうか。ココネアと名乗ったものの、家名は言わなかったので素性がわからない。わたしの上司が誰か探ってきたことからして、サラウースか、アルバルのどっちかだろうか。わからないけど、うっかり情報漏洩しないよう気をつけよう。


 ドーナツを食べ終わると、ココネアが席を立った。


「わたし、行くわ!」

「あっ、うん」

「また、会いましょう」


 そう言うと、スカートを翻して走って行った。


 テーブルを片付けてから、わたしは絵本に目を通した。


 挿絵を眺めながら、自分のことについて考えてみる。


 わたしは……というか、炎竜グラナティスは、今ある世界を破壊するためだけに生まれてきた。でも、目覚めたわたしはまだ仕事をしていないし、これからしようとも思わない。これは、いったいどういうことだろう?


 ガロリアの王は、蘇らせた炎竜に「戦争を止めて欲しい」とお願いした。


 グラナティスは、世界を滅ぼすことで“ある意味”戦争を終わらせた。


 もし、発動する条件が刷り込みの親の命令であるなら、父に「世界を滅ぼしてこい」と命令されない限り、わたしはそれをしなくてもいいんじゃないだろうか。もし、実家を探しに行かず、ベル山脈が見えない外国まで行って、二度と父のところに戻らなければ――。


 わたしは、心臓が跳ね上がるのを感じた。


 そうしたら世界を滅ぼさずに済む。

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