10 ドラゴンの実力
十日ぶりに外へ出られる!
わたしはヒャッハーと叫んで、出窓から寝台にジャンプし、宙返りでソファーに飛び移る。背もたれにジャンプしてから、また寝台に移ると、そこで上下に跳びはねた。
ミリーとレイルは、ニコニコして見ている。
「グラナ様、遠足のおやつは何にしましょう?」
「ああ、忘れてた」
「また、どら焼きにしますか?」
「うーん。あんこの完成度がいまいちなんだよね……」
「おいしいですよ?」
「おいしいよ。でも、あんこじゃないんだよ」
「?」
あんこを知らないふたりに、あんこの味わいを伝えられないのがもどかしい。
厨房にあったすべての種類の豆を試したが、どれもあんこには程遠かった。
コックさんの腕で、おいしい豆の砂糖煮はできた。
しかし、ちっともあんこじゃないのである。
厨房の材料を見た感じ、元いた世界とあまり変わりはなかった。
大豆やトウモロコシがあるなら、小豆もどこかにあっていいはずだが、市場どころか城の周辺にさえ出かけられない身では、探しに行くことはできない。
そういや、チョコレートも原材料は豆なんだよなあ。
どこかにひょっこり生えてないかなあ。
「グラナ様?」
「うーん。じゃあ、エッグタルトにでもするか」
厨房の材料でできるものと考えて、わたしは提案した。
一時期、週末になるとは作っていたので作り方は覚えている。
アホほど作っていた理由は忘れた。
推しキャラの好物だったとか、たぶんそんな理由だ。
クッキー生地で作るレシピもあるが、パイ生地で作るのが正統なレシピである。
わたしはレシピを教え、こより勝負に負けたミリーが厨房へ走って行った。
レイルは鼻歌を歌いながら、ちりひとつない床を掃き始める。
集計をしているわけではないが、ざっくり数えただけでも勝率はレイルの方が圧倒的に高い。特に、こういう肉体労働系の負けは、ミリーの方が確実に負っているようだ。レイルがこよりに細工をしていないと信じるなら、何か必勝法があるのだろう。ミリーが気づいてないなら、わたしはそれでもいいんだけど。
「ほどほどにね」
主語も述語も省いたが、レイルがぎくっとして箒を床に落とした。
そして翌日。
昼食を済ませたわたしたちは、城を出発した。
メンバーはいつもの四人、プラス前回よりも若干増えた八名の護衛の方々。
父は今回も眠れなかったようで、目の下にどす黒い隈をつくっていた。
「パパ、大丈夫……?」
父は足元がふらついている。
肩に乗っているわたしは、心配になった。
「戻って休んだ方がよくない?」
「いいや。ここで引き返したら、わたしは失意のあまり死んでしまうだろう」
「それは大変だ」
「でも、お前を思うあまり絶命するのなら、わたしは本望だよ」
「パパ、わたしのためにそこまで……」
「見てごらんグラナ。おいしそうな羊が山の上でお昼寝しているよ」
「パパ、あれは雲よ」
背後から、ヤスのため息が聞こえた。
今回は、前回とは違うルートを辿った。
一時間ほどして、なだらかな斜面が山裾まで続く、広々としたところに出る。地面は石ころだらけで、所々に短い草が生えていた。
「ミリーとレイルと特訓していたそうだが、手応えはどうだい?」
「うーん……」
わたしは返答に困った。
魔法障壁のなかで魔素をあつかえるようにはなったが、それはヤスによって魔素の数が制限された中でのことだ。制限を外して練習したことは、まだ一度もない。
城の中庭とは違い、外にはたくさんの魔素がある。
また、魔素を爆発させてしまったらどうしよう。
自信をなくしていると、ミリーとレイルが元気に声援を飛ばしてきた。
「グラナ様の辞書に、不可能という文字はありません!」
「そうです! できないことは何もありません!」
「グラナ様は、アントラ様を超える逸材なんです!」
「否! もうすでに超えているのです!」
「ははっ。お前たちそんな当たり前のことを」
あかん。プレッシャーで心が折れそうや。
わたしは、ばくばく言い始めた心臓を手でおさえた。
スパイ○ーマンの言葉を思い出す。
緊張したら、観客がみんな下着姿だと思えばいいよ。
おっさんの下着姿には興味がない。
ミリーの下着は、たぶん白かグレーだろう。ボクサーショーツに、スポーツブラ。レイルは、色白だから、黒のベビードールなんか似合いそうだ。――いや、待てよ。それならミリーにだって、ヒラヒラのベビードールを着せたい。ミントグリーンに、ピンクのリボンとかどうだろう。
「グラナ様?」
「しっ、精神統一なさっているのよ」
わたしは、ふたりに申し訳ない気持ちになった。
だが、いらんことを考えたおかげで緊張は消えた。サンキュースパイ○ィ。
わたしは父の肩の上に立ち上がると、深呼吸をした。
前回だって父のおかげで大丈夫だった。
今回も、たぶん死人は出ないだろう。
出ないと願いたい。
わたしは短い前足を突き出すと、慎重に魔素を呼び寄せた。
ひとつ、ふたつ。
輝く魔素が寄ってきて、わたしの手の上で塊になる。
一瞬で野球ボール大の塊ができあがり、わたしは急いで魔素の引き寄せを止めた。手元にある魔素の塊に集中し、維持することだけを考える。これは、魔素収集ほどには難しくない。魔素を引っ付けている感じで、剥がさなければいいだけの話だ。ヤスとの訓練の賜物である。
「ヘイ! パパ」
わたしは父に向かって、魔素のボールを放り投げた。
魔術師の父は、慌てる様子もなくそれを受け取る。空中でクルクルさせた。
「短期間で、これほど上達するとは……」
父は、感心した様子で魔素の塊を見ている。
わたしはヤスの方を見た。
ヤスはそれでいいという風に、小さくうなずいて見せた。
合格、ということでいいんだろうか。
これで、合格と言えるんだろうか?
「グラナ? どうしたんだい?」
父が、心配そうにわたしを見ている。
わたしは、父にだけ聞こえるように小声で言った。
「自意識過剰なら、そう言って欲しいんだけど……」
「うん?」
「わたしが全力を出したら、こないだの大玉みたいのができるんだよね? その状態で制御できてないと、制御できてるって言えないんじゃないかなって……」
父はしばらく考えこんだのち、口を開いた。
「やってごらん」
「でも、また山が削れるよ?」
「削れば良いじゃないか」
「いやいやいや」
「練習なんだから、いくらでも削ればいい」
快活に言うと、父は他のメンバーのまわりに半球型の魔法障壁を作り上げた。
いつもの透明なやつではない。鉄球みたいな黒い障壁だ。
「見えなくしたの? どうして?」
「この方が強度が上がるからね。お前が心配しているようだから」
「さすがパパ」
「ジャハリが何かを察して障壁を破ろうとしているから、早くしなさい」
「さすがヤス」
魔素の引き寄せは、わたしにとってコントローラーのスティックを、ちょっとだけ傾ける感覚だった。中庭の特訓でそうしていたように、そのちょっとを倒したところ、一瞬で野球ボールサイズの魔素が集まってきた。
もし、スティックを完全に倒したら。
倒したあとで、わたしは魔素の塊を制御できるのだろうか。
知るのが怖い。
でも、わたしは知っておかなくちゃいけない。
わたしは父の頭の上によじ登ると、両手を空に突き出した。
「やるよー」
わたしは、魔素収集のスティックを、きゅっと倒した。
前触れもなく、目の前が真っ白になり、バリバリと雷音が響き渡った。
爆発か? また魔素の豪雨が大地をえぐるのか?
わたしは慌てたが、引き寄せた魔素は無意識にホールドしていた。
こわごわ空を見上げたわたしは、「ひぃ」と声を上げた。
そこには前回作り上げた大玉など比較にならない、視界を埋め尽くすような、デススター並の魔素の塊が浮かんでいたのだ。
「パッパッパッ……」
「グラナはすごいなあ。まだまだ子供だとばかり思っていたのに……うう」
「泣かないでパパ!」
「そうだな。親としてグラナの成長を喜ばなくてはいけないな」
「これ、離していい? 離しても爆発しない?」
「いきなりやると前みたいになるから、そっとやりなさい」
そっとやる。そっとやる。そっとやる。
心のなかで繰り返しつつ、わたしは傾けたスティックを慎重に戻して行った。
デススターから魔素が放たれ、次第に小さくなる。
捕まえた蝶を放す気分で、わたしは魔素が散ってゆくのを見つめた。
さあ、お前達。元の世界にお帰り……。
魔素を集めるのは一瞬だったが、散らすには時間がかかった。
一時間ほどかかってデススターを消滅させたわたしは、父の頭に倒れ込んだ。
父がわたしをつまみ上げ、大事そうに胸に抱える。
「おつかれさま。グラナ」
「にゃー」
魔法障壁が解かれるなり、ミリーとレイルが飛び出してきた。
ぐったりしたわたしを見て、ふたりの顔色が変わる。
「アントラ様の人でなし! 鬼! 悪魔!」
「父親失格だわ! グラナ様をこっちによこしなさい!」
「……お前たち、口の利き方」
気づくと、父のうしろに真顔のヤスが立っていた。
「城に戻ったら、きっちり説明してもらいますよ」
歯を食いしばったまま、小声でそう口にする。
わたしは震え上がったが、父は気にしていない様子でニコニコしていた。
「グラナは本当に才能豊かだ。将来が楽しみだなあ」
城に戻るなり、父の書斎に直行した。
ミリーとレイルは追い払われ、書斎には父、ヤス、わたしの三人だけだ。
「いったい、何があったんですか?」
苛立った表情でヤスが聞いた。
「何、ちょっとグラナの全力を見せてもらっただけだ。すさまじい力だった」
反省の二文字を知らない父が、さくっと事実を告げる。
ヤスが、目を見開いて父の胸ぐらをつかみ上げた。
「あんたは、本当に死者を出すつもりですか!」
「そんなことにはならない!」
「グラナ様は炎竜です。人の手で止められると考えるのは傲慢です」
「グラナは自分で制御できていた!」
「今回はうまく行ったとしても、次はわかりません」
「偶然ではない。グラナの実力だ!」
わたしは、ふたりの会話に割って入った。
「――それなんだけどさ」
二十分後。
物で溢れたテーブルの隅っこで、わたしたち三人は紅茶をすすっていた。
皿の上には、エッグタルトがならんでいる。
わたしがダウンしたせいで、おやつタイムを開くような空気でなくなり、持って帰ってきたのを厨房で温め直してもらってきた。サクサクのパイにかぶりつくと、なかから濃厚なカスタードクリームがあふれ出す。こってりした味を、香り高い紅茶で流し込む幸せをかみしめた。
「使う分だけの魔素を集めろっていうなら、できるよ? できるけどさ、でも、やりづらいのもそうだけど、ストレスが溜まるんだよね」
父とヤスに向かって、わたしは不満をぶちまけた。
「かゆいのにかいちゃダメっていうか、フルスイングで殴りたいのに、なでるだけで我慢しろみたいな。わかる? パパ?」
「わかるよグラナ」
「さすがパパ」
「修行時代、わたしも同じように我慢を強いられたからね」
ヤスが、パイの欠片を口につけたまま顔を上げた。
「その時はどうなさったのですか?」
「全力を出せないよう、師匠がわたしに枷をつけた。……言っておくが、同じものをグラナにつける気はないぞ。あんな重苦しいもの、わたしのグラナには絶対につけない!」
「じゃあ、苦しくないやつ作ってよ」
「うむ……」
紅茶をすすりながら、父は物であふれたテーブルの方を見た。




