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となりの魔王城

作者: 京本葉一

 家のとなりに、魔王城があらわれた。


 新手のアミューズメント施設ではない。二階の自室からのぞける敷地内では、槍をかついだ骸骨兵士や、豚頭や犬頭といった、二足歩行をする異形たちが武器をたずさえて、城のまわりを巡回している。


 あらわれたといっても、湧いて出たわけではない。建設期間中、いや、完成したあとも、数多くの騒動があった。隠蔽された事件もあれば、血なまぐさい凄惨な出来事が表沙汰になったこともある。


 だれかが勝手に魔王城とよびはじめただけで、魔王が住んでいるかもわかっていない。多くの謎を秘めたまま、変わらぬ静けさを保っている。


 今朝もまた、おれは自室の窓をあけて、その威容をながめていた。


 最近は不法侵入者もいなくなり、平穏がつづいている。あいかわらず、西洋風の重苦しい外観が、ありふれた住宅街にまったく溶け込んでいなかった。黒い霞をまとう城の上空には、いつもどおり暗雲がたちこめていて、近隣住民の日照権を一部侵害していた。





 もともとは、マンモス学園の異名をもった、一貫校の敷地であったらしい。


 校舎や実験棟、運動施設は、どれも当時の最新設備が整っており、おれの母さんは子どもたちを入学させるつもりで転居してきたのだが、二歳上の姉さんが小学生になる前に、学園が破産した。


 おれが小学生になったころには、すべての施設が解体されて更地になっていた。


 当時、工事の看板には「領事館建設予定地」と書かれていた。土地を購入したのは、日本人には馴染みのない国家で、それは間違いないらしい。


 国連加盟国ではあるものの、政情は不安定で、経済的にも悲惨としかいえない小規模国家が、どうして広大な土地を購入して領事館を建設しているのか? 賃貸ビルの一室で十分なのでは? という違和感は当時からあったらしいが、気にしない人間が多数派でもあった。


 小学生のおれは、ぜんぜん工事が進まないな、としか思っていなかった。二階の自室からながめるかぎり、地上では作業らしい作業はない。地下へもぐるトラックが、土砂を運搬しているだけだった。


 長い期間をかけて、地下に巨大な施設をつくっていたらしい。


 おれが中学生になったころ、地上に建物ができることなく工事が終わった。核シェルターをつくっていたという噂と、地下へもぐる入り口だけを残して、土地から人の気配は消えた。


 ふつうは気になっても立ち入りはしないが、どんな地域でも、悪ガキはいる。


 夜に不法侵入した先輩たちが、

「犬の化け物に追いかけられて逃げてきた」

 と証言して、学校中の笑いものになった。


 先輩たちがふたたび調子にのりだしたのは、その一週間後くらいだろうか。犬の頭をした二足歩行生物が、昼間、敷地内をうろつくようになっていた。

 動画が世界中に拡散されて、マスコミもそうでない人々も集まってきて、母さんと姉さんがキレイになっていった。

 毎日のようにインタビューされると、女性は美しくなるものらしい。

 お金のかけ方が半端じゃなくなる。


 各国政府もマスコミも、土地の所有者である国家に説明をもとめたが、まともな返答はない。領事館のための土地であり、敷地内の侵入は固く禁ずるの一点張りだった。日本は法治国家であり、法律の前では、政府も警察も自衛隊も手の出しようがない。


 しばらくすると、豚頭の二足歩行生物と、彼らがなんらかの建築物をつくりはじめたことが確認された。彼らは決して敷地外に出てこない。建築資材は地下への入り口から運び出されており、異界につながっているのではないかと噂されはじめた。


 建設作業は、午前九時から午後五時まで。

 きっちり法律を守ってくる。

 しかし、某国は法律なんて気にしない。


 近隣住民になんの事前報告もないまま、軍用ヘリが空から攻撃を開始した。異形の生物たちに弾丸の雨を打ち込んだあと、敷地内に着陸して部隊が攻略を開始する。

 戦争のはじまりだ。

 登校中であったので詳細は知らないが、開始十分で結着がついたらしい。黒いモヤが地下からあふれ出して終わったようだ。

 攻略部隊は壊滅して、だれひとり帰ってこなかった。

 ヘリも死体も、すべてが地下に運び込まれた。

 しばらくして、骸骨兵士が確認された。


 近隣住民のなかには、すぐさま遠くへ転居することを選んだ人もいる。海外の国家機関らしき手合いが大金をちらつかせてもいた。時がたつほどに引っ越しを考える住民はふえた。父さんもそのひとりだったが、母さんと姉さんはそうじゃなかったし、おれもそうじゃなかった。


 当時、おれは中二になっていた。他人に誇れるほどの中二病患者ではなかったが、自室の窓から見える光景に少なからず興奮していた。異形である彼らに対して、好意的なものを感じていた。


 異世界があるとかレベルアップができるとか、興奮しすぎて頭のおかしくなった連中が、不法侵入して彼らに襲いかかり、逆に殺されたりもしたのだが、自業自得としか思えない。


 傭兵部隊が侵入を試みたこともある。

 いくつかの海外勢力は、異形の生物を捕獲したかったのだろう。

 戦争をふっかけて、おれたち一般人が犠牲になろうとも、彼らを敷地外へ出したかったにちがいない。


 ある日、城らしきものが建設されていると判明したころ、姉さんがバックパッカーの金髪イケメン外国人を家に招き入れた。

 そのとき両親は出かけていた。ふたりは速攻で姉さんの部屋にとじこもったので、なにも見なかったことにしようと決めたのだが、一時間もすると壁がドンドンと騒がしい。あまりにも激しいので文句を言いに出向いたら、ロープで縛られた姉さんが部屋から転がり出てきた。

 なかを見ると、遠距離射撃用のライフルを構えた金髪イケメン外国人が、狙撃態勢で石化していた。

 城にいる誰かを狙った?

 なにか重要な存在がいたのか?

 おれが姉さんを放置して考えていると、ぞろぞろと見知らぬ外国人がやってきて、石化したスナイパーを外に運んでいった。けっして口外しないことを誓わされて、それなりの迷惑料を受け取った。

 泣いていた姉さんの拘束を解くと、「すべて忘れなさい」と姉さんはいった。おれは黙ってうなずいて、静かに迷惑料を受けとった。


 似たような試みは各処で何度も行われていたのだろう。近隣住宅で活動を続けていた海外の方たちが、めっきり少なくなった。最低限の観察要員を残して帰ってしまったようだと、母さんがスナックで情報を仕入れてきた。





 城が完成したのは、おれが高校生になったころだ。


 町の住民を退避させて核攻撃をしかけるべきだ、と国連で演説していた某国の偉い人がみるみる干からびていったのを最後に、アンタッチャブルであることが世界の共通認識となった。「これは世界の問題である」と言い張っていた各国も、「これは日本の問題である」と主張しはじめた。


 日本政府は、法律を盾にして放置する方針だ。「そのうち勇者があらわれるんじゃない?」とつぶやいた国会議員が、それなりの支持を集めつつも釈明に追われていた。


 異形の彼らは敷地外へ出てこない。

 問題は何も起きないわけだが、どの世界にも、悪ガキはいるらしい。


 その日、おれは一人で留守番をしていた。

 マスコミのいう、不安を感じながら生活しなければならない近隣住民である、母さんと姉さんはエステに出かけており、父さんは送迎役として車を出していた。

 いつものように窓から敷地内をながめていると、こそこそと近づいてくる者たちがいる。ふたりは塀を乗り越えて、うちの庭に侵入しようとしていた。低学年の小学生くらいの体格しかなく、犬頭の子どもたちとおもわれた。


 中学の先輩は殺されることなく追い出された。

 ならばこちらは、オモテナシである。





 マヨネーズだった。生態はわからんが子どもならアイスだろう、お菓子だろう。そんな思い込みをくつがえして、彼らの嗅覚が一番反応したのはマヨネーズだった。アイスもお菓子も食べたのだが、マヨネーズをかけて食べやがった。とんだマヨラーどもだった。


 食べつくすころには大人の犬頭が塀を跳び越えてあらわれたが、そいつもマヨラーだった。チューブに残っていたマヨネーズを吸い尽くすと、尻尾がだらんと下がっていた。家にあったマヨネーズを袋につめて全部わたすと、目を大きく開いてこっちを見ていた。


 その日、彼らが去ったあと、マヨネーズを補充するために買い物に出かけた。

 帰ってくると部屋には、暗灰色のローブをまとった骸骨がいた。

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