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モブが一番

一度で良いから、こう言う物語が見て見たかった。共感してくれる人がいてくれると嬉しいです。

 この世には、二種類の人間がいる。輝ける人間と、輝けない人間だ。輝ける人間は人生を謳歌しており、毎日充実した時間を過ごしている人間。“主人公”や“悪役”と呼ばれる人間達の事を指す。では逆に輝けない人間とは何か、答えはシンプル。人生を謳歌しておらず、毎日退屈な時間を過ごしている人間。“モブ”と呼ばれる人間達の事を指す。世界の大半はこの“モブ”が占めており、“主人公”や“悪役”と言った花形の人間は、極稀なのである。


 「あ、あの……“秋山”くん!!」


 そしてこの俺、“秋山信孝”は……。


 「私……秋山くんの事が好きです!!」


 数少ない輝ける人間である。




***




 時を遡る事、八時間前……。


 「……朝か……」


 二階に位置している俺の部屋。カーテンの隙間から漏れ入る光に、俺は目を覚ました。眠たい目を擦りながら、ベッドからゆっくりと起き上がると、床に散乱した漫画やゲーム機器を器用に避けて部屋を出て行く。


 「ふぁ~あ……おはよう……」


 「あら、おはよう。ご飯、出来てるわよ」


 台所まで降りて行くと、既に母が朝御飯の準備を整えていた。俺は母に朝の挨拶を済ませると、食卓の席に腰を下ろし食事を取り始めた。


 「父さんは?」


 「もう会社に出掛けたわよ。あんたも、早く食べ終わって学校に行きなさい」


 「はーい……」


 俺は、気の抜けた返事をしながら食事を再開する。家族構成は母、父、そして息子である俺の三人家族。母は専業主婦。父は中小企業のサラリーマン。極々一般的な家庭、平凡で目新しさは無いが、俺はこの平凡な生活に満足している。



 

***




 「忘れ物は無い?」


 玄関で靴を履き、靴紐を結んでいる俺に母が忘れ物の有無を聞いて来た。


 「うーん……大丈夫」


 大体、学校に必要な教科書類は全て学校に置き勉している。つまり、今の俺の鞄は空っぽの状態。その為、俺は母の問いを聞き流しながら適当に答える。

 

 「行ってきまーす」


 「行ってらっしゃい」




***




 「おはよう」


 「「「おはよう」」」


 家を出た俺は、転校生と曲がり角でぶつかる等と言った運命的な出会いも無く、無事に学校に到着した。


 「おはよう秋山。お前、今朝何食べた?」


 席に着くなり声を掛けて来たのは、俺の友達である……えっーと、何て名前だったか…………忘れた。友達と言っても、朝の他愛もない会話をするだけでそれ以降は全く喋らない。言わば、他の友人が来るまでの暇潰し相手と言った関係だ。


 「ご飯と納豆」


 「そっか……俺は食パンと牛乳だ」


 「そっか……」


 「あぁ……」


 「…………」


 「…………」


 会話が続かない。終始無言の時間が流れ始める。基本、話す内容は朝飯の話だけだ。こいつは、それ以外の話題を振る事が出来ない。勿論、俺も振る気は毛頭無い。


 「……えっと……それじゃあ、席に戻るわ」


 「そうか……じゃあな」


 「あぁ……じゃあな」


 気まずい雰囲気に堪えかねて、名無しの友達は自分の席へと戻って行った。


 「……本でも読むかな」


 ホームルームが始まるまでの間、暇な時間を持て余す俺は、机から入れっぱなしだった読み掛けの本を取り出し、黙々と読み始めた。




***




 「お前ら、席に着け。ホームルームの時間だぞ」


 本に夢中になっていると、いつの間にかホームルームの時間になっていた。中年風の雰囲気を醸し出す無精髭を生やしたおっさん先生が、席に着く様に声を掛ける。俺は読み掛けの本に栞を挟むと、再び机の中へと仕舞い込んだ。


 「……それじゃあ、今日のホームルームを始める前にだ……転校生を紹介する」


 「「「えぇえええええ!!?」」」


 「…………」


 煩い。俺以外の大半のクラスメイトが、転校生という言葉に驚きの声を上げる。そして徐々に、クラス全体が騒がしくなり始める。


 「先生!!転校生は、“男”ですか!?“女”ですか!?」


 「…………“女”だ」


 「「「うぉおおおおお!!!」」」


 女という答えに、思春期真っ盛りの男子生徒数人が歓喜の雄叫びを上げる。


 「はいはい、静かに静かに!!」


 「「「…………」」」


 先生の声に雄叫びを上げていた男子生徒数人は、一瞬にして静かになった。


 「全く……こう言う時だけ素直になりやがって……それじゃあ、早速入って来て貰う……おい、入っていいぞ」


 「はい…………」


 クラスの扉が開く。入って来た転校生は、一言で言うなら“美人”だった。整った顔立ちに、綺麗な黒髪のロング、背筋を真っ直ぐと伸ばしており、育ちが良い事も伺える。


 「じゃあ……軽い自己紹介をして貰うか」


 「はい……“遠藤遥”です……福岡から来まし……あ……」


 その時、転校生である遠藤遥は向かい側に座っている一人の男子生徒に、目線を向けていた。


 「あ……あぁ!!」


 驚きの声を上げながら、遠藤遥は顔を赤らめ、その男子生徒に向けて指を指した。それは勿論、この俺…………の後ろの席に座っている男子生徒だった。


 「あっ!!お、お前は今朝の“イチゴパンツ”!!」


 指された男子生徒は、席から勢い良く立ち上がり、転校生に向けて指を指し返しながら大声を上げた。


 「イチ……!?やっぱり、見えていたんじゃない!!この変態男!!」


 「あ、あれは不可抗力だ!!」


 「何だ何だ、二人は既に知り合いだったのか。それじゃあ、遠藤の席は“変態男”くんの隣って事で決定な」


 「「えぇ!?」」


 二人の口喧嘩に、先生は要らぬ気遣いを働かせて、転校生を“変態男くん”の隣に座らせた。


 「(成る程な……後ろの“変態男くん”は俺と違って“運命的な出会い”を果たしてしまったらしい……)」


 俺は後ろの男子生徒を知らない。だが、何があったのかは大体想像出来る。遅刻ギリギリの登校に、曲がり角で転校生とゴッツンコ。転校生の咥えていた食パンが宙を舞う。輝ける人間に起こるべき出来事が起こった……という事だ。


 「よぉーし、遠藤の自己紹介も無事に終わった所で、ホームルームを始めるぞー」


 気だるげな先生の挨拶を尻目に、俺の後ろでコソコソ言い合っている転校生と男子生徒。二人のお喋りを不快に思いながら、ホームルームが始まった。




***




 「…………」


 これは夢だろうか。現在、昼食兼の昼休み。俺はいつも通り、母親が作った弁当を机から取り出して食べようとした。しかしそこには、弁当箱の他にピンク色の便箋に、ハート型のシールが貼られた手紙が入っていた。


 「これはまさか……ラブレター?」


 俺は恐る恐るハート型のシールを剥がし、ピンク色の便箋を広げる。そこにはたった一文


“放課後、体育館裏でお待ちしています♥️”


と書かれていた。


 「…………」


 俺は無言で、そのラブレターをポケットに仕舞い込んだ。そしてゆっくりと立ち上がり、男子トイレの個室トイレへと駆け込んだ。


 「マジかー……マジかー……」


 扉に鍵を掛け、便座に座り込んだ俺はラブレターをじっと見ながら、繰り返し同じ言葉を呟いた。


 「はぁー」


 溜め息が漏れる。いったい誰が? という疑問が脳裏を過るが、そんなのは会えば分かる事だと深くは考えなかった。心臓の高鳴りを抑え、俺は個室トイレから出る。そして、放課後が訪れるのを静かに待ち続ける事にした。




***




 「よーし、それじゃあこれで帰りのホームルームを終わりにするぞ」


 「起立…………礼!」


 「「「ありがとうございました」」」


 「……よし、行くか」


 さて、何の面白味の無い午後の授業を終え、無事に放課後になった所で早々に約束の体育館裏へと行くとしよう。


 「しかし、いったい何処の誰が……全く心当たりが無いぞ」


 ぶつぶつと独り言を呟きながら、足早に体育館裏へと足を運ぶ。


 「周囲に女性の気配は無かった……それなのに何故……まさか、情報の見落としがあった? そんなまさかあり得ない……」


 「いや待て、そもそもラブレターと決まった訳じゃない。もしかしたら、俺をリンチする為の呼び出しの手紙かもしれない…………いや、それならわざわざ♥️と文の最後に添えるだろうか…………駄目だ、全然思い当たる節が無いぞ」


 あれこれ考えていると、いつの間にか体育館裏へと辿り着いていた。


 「着いてしまった…………ん?」


 そこには一人の女子生徒が立っていた。背丈は160センチ前後、黒髪のロングで枝毛が見られない事から、それなりに整えている模様、後ろ向きに立っている為、顔こそよく見えないがスカートから出ている足の肌は色白で美しいと感じた。


 「あ、あの……」


 俺は震える声を何とか圧し殺し、それとなく自然に声を掛けた。


 「!!…………良かった、来てくれた……」


 俺の声を聞いた瞬間、勢い良く振り返る女子生徒。その顔は非常に整っており、色白の肌に良く似合っていた。彼女は俺が来てくれた事に安堵したのか、少し涙目になっていた。


 「来てくれないんじゃないかって……心配してたけど……来てくれて嬉しい……」


 そして、俺は彼女の事を知っている。彼女はこの学校において超有名人。学年でも指折りの可愛さを誇る。マドンナの西条百合子だ。


 「来てくれて……という事は、この手紙は君が?」


 俺は手元の手紙を西条に見せる。すると西条は頬を赤く染めながら、静かに頷いた。


 「それで……こんな体育館裏に呼び出して……いったい何の用かな?」


 「あ、あの……その……えっと……」


 体をもじもじとさせて、ハッキリとしない口調の西条。そんな状態が一分、二分と続き、俺の額から汗が流れ落ちる。


 「……あー、用が無いならもう行くよ?」


 「あっ、まっ、待って!!」


 この場から離れようとする俺の片腕を、西条が両手で必死に掴んで来る。身長差から上目遣いになる。


 「あ、あの……“秋山”君!!」


 心臓の高鳴りが治まらない。


 「私……秋山くんの事が好きです!!」


 「!?」


 時が止まった。学年でも指折りのマドンナからの告白。この時間が永遠に続いて欲しいと思うこの空間には、俺と彼女の二人…………と、その告白をたまたま目撃していたモブA。


 「(見つけたぞ!!)」


 俺は透かさず、モブAと目線を合わせる。急に目線が合ったモブAは、肩をビクンと強ばらせるが、目線を反らされる前に俺は心の中で“念じた”。


 「(入れ替われ、“ロール・チェンジ!!”)」


 その瞬間、俺とモブAの視点が入れ替わる。つまり俺はモブAに、モブAは俺になったという事だ。


 「ね、ねぇ……秋山くん……大丈夫?」


 入れ替わった事を知らない西条は、俺になったモブAに声を掛ける。


 「えっ、あっ、ご、ごめん……憧れの西条さんに告白して貰えるなんて、夢にも思わなかったから……少しボーッとしてた……」


 「あ、憧れだなんてそんな……そ、それで返事は……」


 「も、勿論OKだよ!! 西条さんとつき合えるだなんて、凄く嬉しいよ!!」


 「本当!? 私も凄く嬉しい!!」


 そう言うと西条は、嬉しさのあまり秋山に抱き付いた。急に抱き付かれた事により、顔を真っ赤に染める秋山。恥ずかしがりながらも、彼女を優しく抱き締め返すのであった。


 「…………よし、行くか」


 そんな熱々な二人を、たまたま見掛けたモブAこと、“俺”は足早にその場を後にした。




***




 改めて自己紹介しよう。俺は“秋山信孝”……だった男だ。先程の一件を見て分かる通り、俺には他人と入れ替わる事が出来る。しかも、入れ替わった相手は入れ替わった事に気付かず、そのまま入れ替わった人物の役を全うする。


 人にはそれぞれ定められた“役”が存在する。自分では決して気づく事の無い運命。俺はその運命を入れ替わった段階で確かめる事が出来る。…………えっ、なら何故あのまま告白を受け入れないのかって? その方が美味しい想いが出来ただろうって?


 分かっちゃいないな。そんなの面倒臭いだけだろう。確かに、綺麗な女の子と付き合えるだなんて、滅多に無い出来事だ。それがクラスのマドンナなら尚更。素敵な彼女と供に過ごす学校生活は、きっと甘酸っぱい素晴らしい日々となるだろう。


 俺がこの力に目覚めたのは小学三年生の頃、当初こそ俺はこの力を利用して輝ける人間と役を入れ替わり、甘い汁を啜っていた。しかし中学三年生の頃、入れ替わりまくった俺は面倒臭いと思う様になっていた。誰かと付き合うにしろ、一からデートプランを考えたり、彼女を喜ばせる為にどうしたら良いのか。それに対する友人関係の維持など、色々な物事に意識を向けるのが面倒臭いと感じたのだ。


 えっ、贅沢な悩みだなって? じゃあ、想像してみろ。お前がクラスでも指折りの可愛さを持つ女の子と付き合い始めた。すると、何処から嗅ぎ付けて来たのか、四六時中休み無しでクラスメイトが話をしに押し寄せて来る。彼女と一緒に過ごしている間にも、嫉妬という鋭い目線で睨み付けられる。


 月曜日から金曜日まで、心身共に疲れ果てて漸くゆっくりと休める土日も、彼女との長電話とデートの約束で潰されてしまう。つまり誰かと付き合うというのは、非常に疲れる作業なのだ。


 そんなの偏見だ。そう思っているだろう。勿論、これは何度も入れ替わりを利用した俺の経験からなる個人的な考えに他ならない。だが、俺自身もう面倒事はごめんだ。静かに平穏な日々を過ごしたいと思っており、それこそ輝けない人間“モブ”として人生を謳歌したい。


 「ちょ、ちょっと西条さん……ち、近過ぎるよ……」


 「…………ん?」


 俺が校門から帰ろうとすると、先程入れ替わった秋山信孝が目線の先にいた。秋山の片腕には、西条百合子が体を密着させていた。恥ずかしさから頬を赤らめる秋山に対して、西条は満面の笑みを浮かべている。


 「だってー、秋山くんと恋人同士になれて嬉しいんだもん」


 「で、でも皆見てるし……」


 「気にしない気にしない」


 「えー…………」


 皆に見せつける様に、校門から出て行く二人。西条はいいとして、おそらく秋山は明日、クラスメイトから根掘り葉掘り問いただされる事になるだろう。そして最悪の場合、嫉妬という名の怨みを買ってしまうだろう。こういう事があるから俺は、輝ける人間と入れ替わるのを辞めて、輝けない人間と入れ替わっているのだ。まぁ、何が言いたいのかって言うと結局の所、“モブが一番”って事だ。




***




 「さて……このモブの“人生ステータス”はどうかな?」


 人生ステータス。それは、各々がどういった人間なのかを簡易的に表記した物である。これは俺が入れ替わりの能力に目覚めた時、同じく目覚めたサブ的な能力だ。モブAの自宅へと向かっている中、俺はモブAの人生ステータスを覗き見る事にした。




 佐藤 彰文(17)


 一人称 僕

 職業 高校生

 家族構成 父 母 妹

 特技 なし

 趣味 料理

 好きな食べ物 妹の作る料理

 嫌いな食べ物 ゴーヤ

   ・

   ・

   ・

 「…………不味いな」


 一見すると、何処にでもいそうな高校生の人生ステータスだと思われるが、問題なのは“趣味”と“好きな食べ物”だ。趣味が料理なのに対して、好きな食べ物が妹の作る料理…………そう“妹”の作る料理だ。家族構成が母 父 妹なのにだ。一般的に高校生の朝御飯や晩御飯は、母親が作ってくれるだろう。しかし、例外は存在する。それは両親が共働きをしており、出掛けるのが早く帰りが遅い時。それならば、兄妹で料理するのは普通で妹の作る料理が好きな食べ物になるのも自然…………そう思うだろう。


 しかしだ、少し見方を変えて見て欲しい。この佐藤 彰文の趣味は“料理”だ。趣味とは人間が自由時間に、好んで習慣的に繰り返して行う行為、事柄やその対象のことを指す。つまり、この佐藤 彰文は料理が大好きなのだ。ここで一つ疑問が思い浮かぶ、そんな趣味で大好きな料理を他の者に任せるだろうか? 勿論、仲の良い兄妹だから一緒に料理位するのは当たり前と言ってしまえば話は簡単だ。だが、それならばこの好きな食べ物の所には、妹“の”作る料理では無く妹“と”作る料理になる筈だ。


 細かいと思うかもしれないが、面倒事を避けたい俺としては、かなり重要な事だ。特にこの人生ステータスにはハッキリと内容が記されており、曖昧な内容は一切存在しない。これらの内容から察するにこの兄妹は、かなり仲の良い兄妹ではないかと伺える。それの何処が問題化って? …………兄妹と言えど、一組の男女。帰りの遅い両親により、家では二人っきりの時間が多い。俺の考えが取り越し苦労なのを願う…………。


 そうこうしている内、佐藤 彰文の自宅へと辿り着いた。二階建ての一軒家で庭付きの外見から見るに、暮らしは中の上。中々に良い暮らしをしていると思える。俺は呼吸を整え覚悟を決めると、玄関の扉を鍵で開けようとした……その時!!


 「お兄ちゃんお帰り!!」


 「!?」


 鍵を差し込む前に玄関の扉が勢い良く開かれ、中から一人の女の子が出て来た。黒髪のツインテールに、あどけなさが残る顔、少し角度を変えれば見えてしまうのではないかと思える程の大胆キャミソールとミニスカート。十中八九間違いないこの子が妹だろう。


 「うんうん、今日も寄り道せずに真っ直ぐ帰って来てくれたんだね。えらいえらい」


 「た、ただいま…………」


 「あれ? お兄ちゃん……いつもと何か雰囲気が違う気がする……」


 「そんな訳無いだろう……何処からどう見ても、“僕”はお前のお兄ちゃんだよ」


 入れ替わりに、唯一欠点があるとすればこれだ。どんなに人生ステータスで情報を得ようとも、その人物を演じるのは中身である俺だ。ご近所程度なら騙せるが、身内など身近な人間は騙すのに時間を有する。俺はいつも通り、入れ替わった人物の振りに徹する。


 「うーん……確かにお兄ちゃんと同じ臭いがしてるけど……うん?」


 俺に近付き、臭いを確かめる妹の表情が一瞬強張った。すると妹の目から光が消え、俺の腕を強く掴んで来た。そのあまりの強さに骨の軋む音が聞こえる。


 「……お兄ちゃん、どうしてお兄ちゃんの体から私とは別の女性の臭いがするの?」


 「!?」


 心臓の鼓動が早まる。俺は脳みそをフル回転させて、女性との接触があったか人生ステータスを調べる。しかし、女性と接触した記録は見受けられなかった。


 「き、気のせいじゃないのか?」


 「ううん……確かにお兄ちゃんの体から、私とは別の女性の臭いがする。鼻が曲がるような嫌な臭いがする。ねぇ、私言ったよね? 私以外の女性とは“三メートル”以上離れて接してって、忘れちゃったのかな? そんな訳無いよね。だってあんなに優しく体に教え込んであげたんだから、私以外の女性と関係を持つなんてあり得ない。お兄ちゃんは私だけのお兄ちゃんなのに、どうしてお兄ちゃんは私以外の女性を見るの? お兄ちゃんは私だけの物、他の誰にも渡したくない。お兄ちゃんお兄ちゃんお兄ちゃんお兄ちゃんお兄ちゃんお兄ちゃんお兄ちゃんお兄ちゃんお兄ちゃんお兄ちゃんお兄ちゃんお兄ちゃんお兄ちゃんお兄ちゃんお兄ちゃんお兄ちゃんお兄ちゃんお兄ちゃんお兄ちゃん」


 「…………」


 呪詛の念仏。そう思わせる程に、暗く陰湿な雰囲気を漂わせる妹。あどけなさの残る表情が、より一層怖さを引き立たせる。


 「(三メートル以内……という事は、まさかあれか?)」


 三メートル以内という言葉に思い当たる節があった。それは、先程の入れ替わりタイミングだ。体育館裏での告白をたまたま目撃してしまった佐藤。あの予期せぬハプニングも含まれているとしたら、何とも理不尽な言い分だ。


 「(やっぱりな……くそっ!! 嫌な予感が的中してしまった。仲の良すぎる兄妹も考え物だな……さて、ここからどうやって逃げ出そうか……)」


 「お兄ちゃん……言い訳なら後でたっぷり聞いて上げるから、早く家の中に入ろう……」


 「(ま、不味い!!)」


 腕が引っ張られる。女性とは思えない強い力で、ずるずると家の中に引きずり込まれそうになる。


 「大丈夫……もうこれ以上、大好きなお兄ちゃんが意地汚い女達に誑かされない様、私がお兄ちゃんの面倒を見て上げるね。だからもう学校なんかに行かなくてもいいんだよ。安心してね……お兄ちゃん」


 「(不味い不味い不味い!! このままじゃ、ブラコンヤンデレ妹によって家の中で永久に監禁されてしまう!! 誰か……誰かと入れ替わらなければ!!)」


 俺は周囲を見渡す。しかし人の気配は無く、完全な無人の状態だった。因みに、妹と入れ替わる事は出来ない。どういう訳か、性別や種族が違っていると入れ替わる事が出来ない。つまり、俺が入れ替われるのは人間の男性のみという事になる。


 「(くそっ……ここまでか……)」


 もはやこれまで、大人しく人生を受け入れようと諦めかけたその時、道路の突き当たりでタクシーが止まるのが見えた。


 「(あ、あれは!?)」


 夢か幻か。中からは、スーツを着た一人の男性が降りて来た。


 「(やった!! まだ神は俺を見捨ててはいなかった!!)お、おい!! ちょっと待てって!! そんな引っ張るなよ!!」


 家の中に引きずり込まれそうになりながら、俺はわざとらしく大声で喚き散らした。静かな住宅街で大声が聞こえれば、自ずと声のした方向を向いてしまう。人間の心理を生かした最後の作戦である。


 「ん? なんだか騒がしいな?」


 「(向いたな!! “ロール・チェンジ”!!)」


 作戦は見事に成功。タクシーから降りたスーツの男性は大声に気が付き、声のした方向を向いた。その瞬間、俺とスーツの男性の視点が入れ替わる。俺はスーツの男性、スーツの男性は佐藤 彰文になった。


 「ほらほらお兄ちゃん、私と一緒に愛を育もう」


 「ちょっ、ちょっと待っ……!!」


 言い終わる前に佐藤 彰文は、妹の手によって家の中へと引きずり込まれた。そんな一連のやり取りを目撃したスーツ姿のモブである俺は、安堵していた。


 「危なかった……もう少しで静かで平穏な日常とは程遠い世界に巻き込まれる所だった……次からは、もっと慎重にならないといけないな」


 俺は入れ替わった男が締めているネクタイを引き締め直し、男の自宅へと向かい始めた。




***




 「ふぅー……今日は災難の連続だったな……精神的に疲れた……」


 今現在、俺はスーツの男性が暮らしている自宅で風呂に浸かっていた。


 「……そう言えば、慌てて入れ替わった物だからこの男がどんな人物なのか、まだ詳しく調べて無かったな……」


 ふと思い出した俺は、風呂に設置されている鏡を覗き込む。その容姿は中の下、老けた中年顔で何処と無く頭皮も薄かった。


 「……まぁ、目立たなければ別にいいか……この顔立ちなら、女絡みの面倒事に巻き込まれないだろう……」


 痩せ細った体に、陰険そうな見た目。これまでの人生で苦労重ねて来たであろうシワの数々、俺は何気なく人生ステータスを表示した。




 後藤 秀作(33)


 一人称 私

 職業 中学教師(数学)

 家族構成 父 母

 特技 なし

 趣味 読書

 好きな食べ物 カレーライス

 嫌いな食べ物 なし

   ・

   ・

   ・

 「成る程、中学校の先生なのか……まぁ、これまでにも大学の教授と入れ替わった経験があるからな。中学レベルの勉強なら教えられるだろう」


 俺はこれまで、数えきれない程の入れ替わりをして来た。時には高校生、時には大学教授、時には幼稚園児。あまりに入れ替わり過ぎて、本当の自分が何歳なのか覚えていない……という様な事は全く無く、しっかりと覚えている。俺の元々の体、今は中学三年生になっている。もう、元の体には戻れない……いや、戻りたくない。俺の元の体は、あまりにも目立ち過ぎた。


 俺が初めて入れ替わった小学三年生の当時、俺は父親の仕事の関係で引っ越しばかりしているある女の子と交流を持っていた。交流と言っても、学校が終わった後に公園で一緒に遊ぶだけの関係だ。その子は、ある特殊な病気を抱えていた。他の子と少し容姿が異なっており、その事から他の子から避けられていた。


 だが、当時の俺はそんなの全く気にしていなかった。確かに容姿は他の子と異なっていたが、雪の様な肌と髪を持つ彼女を綺麗だと小学生ながら思っていた。仲良くなりたいと思った俺は、毎日その子と遊んだ。


 そんなある日の事だった。いつもの様に、公園でその子と遊ぼうと向かっていると、公園でその子が知らない大人の男性に誘拐されそうになっていた。俺はその子を守ろうと大人の男性相手に飛び掛かった。だけど、大人と子供では力の差は歴然。俺は見事に投げ飛ばされてしまった。その時、俺はその子を庇いながら大人の男性を睨み付けた。そして願ったんだ。“俺がお前だったら……お前みたいな大人だったら、この子を守れるのに!!”


 それが、初めての入れ替わりだった。突然視点が入れ替わって、何が起こったのか分からなかった。酷く混乱する中、俺だった存在はその子の手を取って、その場を逃げ出した。俺は訳が分からず、その場で立ち尽くしてしまった。その時のその子の表情は、今でも忘れられない。情緒不安定になる俺に、困惑した表情を浮かべていた。


 結果俺は、少女誘拐未遂として警察に逮捕されてしまった。取り調べで俺は、ありのままの事実を警察に伝えた。だが勿論、警察は信じてくれなかった。すると今度は、目の前の取り調べをする警察と入れ替わった。俺はこの時、自分が目覚めた力の使い方を理解した。また入れ替わった後もその人間は、役を全うするという事実も知った。


 それから俺は急いで、元の体に戻ろうとした。しかしその時にはもう少女誘拐未遂事件を解決した少年として、世間から褒め称えられており、接触する機会が中々現れなかった。


 いつしか時は流れ、元の体に戻った頃にはその子は側におらず、代わりに別の女の子達複数人に囲まれていた。どうやら、俺がチンタラしている間にその子はまた別の所へと引っ越してしまったらしい。さよならも言えず、俺は女の子達にちやほやされる人生を過ごす事となった。それから俺はその子の名前や容姿を忘れてしまった。目覚めた力を生かして甘い汁を啜るのに忙しかった。しかし、何故か嬉しくは無かった。色んな可愛い女性と付き合ったが、何故か楽しく無かった。


 「…………のぼせた」


 俺は火照った体を冷やす為、風呂場を後にする。あの出来事から、俺の心にはポッカリと穴が空いている気がする。




***




 「さぁ皆、席に着きなさい」

 

 「「「はぁーい」」」


 翌日、俺は中学教師後藤 秀作として中学校の教壇に立っていた。


 「(そう言えば、さっき職員室で転校生の話をされてたな……)」


 「えー、ホームルームを始める前に……皆さんに新しいお友達を紹介したいと思います」


 「転校生ですか!?」


 「えー、どんな子だろう?」


 「カッコいい子かな?」


 「可愛い子だと良いな!!」


 ざわざわと騒がしくなる教室。俺は、教室内を静かにさせる為、両手を叩いて大きな音を鳴らした。


 「はいはい、お喋りはそこまで。これから来る転校生は、ある特殊な病気の持ち主で皆と少し異なった見た目をしている」


 それも職員室で聞いた話。名前は“城崎 茜”名前だけ聞いており、実際に会うのはこれからだ。


 「しかし!! だからと言って、先生は特別扱いはしない。だから皆も、友達と接する時と同じ様に接する様に……分かったか?」


 「「「はい!!」」」


 「(まぁ、この先生の人生ステータスを見るに、この生徒達は聞き分けが良く素直な子達らしいから、問題なさそうだな……さて、窓越し廊下を見るに教頭先生が転校生を連れて来てくれたみたいだな……)よし、それじゃあ入って来て良いぞ」


 俺の声と共に、教室の扉が開かれる。そこから現れた転校生は女の子だった。まるで人形の様な整った顔、おとぎの国から来た様な不思議な雰囲気を放っていた。しかし、職員室で言われた通り他の子とは容姿が異なっていた。それは肌だけでは無く、髪までもが真っ白な雪の様な色をしていたのだ。


 「わぁー、きれーい」


 「か、可愛い……」


 「まるで天使みたいだ……」


 教室内がざわつく。可愛いと綺麗の連呼で、語彙力が低下していた。俺はそんな生徒達を無視して、転校生に自己紹介する様に促す。


 「それじゃあ、自己紹介の方をよろしくお願いします」


 「…………」


 「…………」


 しかし転校生は自己紹介しようとせず、俺の顔をじっと見つめて来た。


 「えっ、えっと……城崎さん?」


 「…………やっと見つけた」


 「えっ?」


 すると城崎は突然、俺の体に抱き付いて来た。


 「私の……王子様……」


 「「「えぇえええ!!?」」」


 絶叫の嵐が、教室内を包み込む。


 「先生!! 何やってるんですか!?」


 「えっ、いや、これは……その……」


 「先生!! そう言う趣味だったんですか!?」


 「違う!!」


 生徒達が、俺に対して質問攻めし始める。俺自身、いったい何がどうなっているのか。頭がパニックを起こしていた。


 「(ヤバいヤバいヤバいヤバいヤバい!! どうしてこうなった!? 何でこの転校生は初対面の俺に抱き付いて来たんだ!? まさか…………この後藤と城崎は、昔付き合っていた? いやいや、あり得ない!! それだったら人生ステータスに記されている筈だ!! と、とにかく今は他の奴と入れ替わるしかない!!)」


 俺はこの窮地を脱する為、一番後ろの席で目立たなそうにしているモブ男子生徒と目を合わせる。


 「(入れ替われ!! “ロール・チェンジ!!”)」


 その瞬間、俺とモブ男子生徒の視点が入れ替わる。俺はモブ男子生徒、モブ男子生徒は後藤 秀作になった。


 「(よしよし……何とかなったな……あの先生には悪いが、犠牲になって貰う)」


 「ちょっ、ちょっと城崎さん……いきなり何を言い出すんですか!?」


 「…………?」


 すると先程まで、後藤の顔を見つめていた城崎が首を傾げる。


 「…………」


 そして教室内を見回し始めた。教室内をある程度見回していた城崎は俺を見つけた瞬間、まるでぬいぐるみが歩く様に小さな歩幅で城崎が近づいて来た。


 「…………」


 「…………」


 無言。じっと見つめてくる城崎に、俺は唾を飲み込む。


 「…………見つけた」


 「!!?」


 次の瞬間、城崎は入れ替わったばかりの俺に抱き付いて来た。


 「「「えぇえええええ!!?」」」


 この城崎の異常な行動には、先生を含めて生徒達も驚きを隠せなかった。いや、俺自身も驚きを隠せなかった。


 「(ど、どういう事だ!? 先生に抱き付いたと思ったら、今度は男子生徒にまで抱き付いて来たぞ!? いったいこの女……何者……)」


 「…………えっ、えーどうやら城崎さんは、とても人懐っこい性格の子の様ですね……それでは“安堂君”が城崎さんにこの学校の案内をして下さいね……」


 「なっ!? な、何故ですか!?」


 「いや、それは……どうやら城崎さんは安堂君の事が気に入ったみたいですので……お願いしますよ」


 「そ、そんな…………」


 理不尽だ。何故こんな身も知らぬ女の案内をしなければいけないのか。俺自身でさえ、まだこの中学校に慣れていないのに…………。


 「私の……王子様……」


 「(くそっ!! 昨日から災難続きじゃないか!! 一刻も早く輝けない人物と入れ替わって、目立たない静かで平穏な日々を送ってやるからな!!)」


 俺は決意を新たに、入れ替わりの力を使った目立たない静かで平穏な日々を送る事を心に誓うのであった。




















 「(……例え“あなた”が何者になろうとも、私は“あなた”だけを愛し続ける……もう決して見失ったりしない)」


 そう言う城崎の瞳は、真っ赤に妖しく光輝いていた。

この物語はこれで完結になります。

こうした、続きが気になる終わり方が凄く好きなんですよね。この短編小説の人気具合によっては、ちょっとした続きを書くのも良いなと思っていますので、続きが気になる方は感想でコメントして頂けるとありがたいです。

モブにはモブの良さがある。主人公や悪役の存在は物語において欠かせない存在だけど、モブだって物語には欠かせない存在なのは間違いない。因みに作者は、悪役の次にモブが好きです。長くなりましたが、最後までご愛読ありがとうございました。


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― 新着の感想 ―
[一言] 控えめに言って気持ち悪い主人公ですね。 入れ替わり能力というものを悪用して都合の良い悪いで替えていっていますし、嫌悪感を抱くのは方向性の問題というべきでしょうか。 ・主役(主人公視点)に憧れ…
[良い点] ミステリーを残した終わり方。 [一言] 平穏とか、つまらない日々だとか感じ方は人それぞれですから、主人公が納得のいく人物に入れ替われることは、奇跡に近いかも知れませんね。 そして、城崎茜の…
[良い点] すごくいい。入れ替わりの話は色々あるけど、話しの展開が斬新で非常に面白い!
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