角持ち子
これは人に捨てられた少女と人を捨てた男の物語。
なにもかもが分からなくなった男が一人。男は野原で寝ていた。
そこに近づく二つの影アリ。
泥棒か？ まぁ、なんでもいいか。どうでもいい。
しかし近づいてくるだけで何もない。
おかしいと思って目を開けてみれば、子供が二人。
どうして？ と疑問に思うが、頭にあるものを見て納得した。
彼女らには角があったのだ。
角有る者は忌むべき存在だと、子供の頃に教えられた。
一瞬驚きはしたが、しかしそれ以上は無い。
何もかもがどうでもよくなったのだ。角がどうこうなんて事もどうでもいい。
話しかける事もしない。必要がないからだ。
再び目を閉じる男だった。
角持ちの二人が離れていく気配は無いな。
それもどうでもいいのだが。
角持ちは人を喰うだとか教えられたが、それもどうでもいい。
喰われればそれまでだし、幼子の糧になるのならそれでもいい。
どうでもいいのだ。
数秒だったか、数分だったか。時間の感覚すら朧げになっていた。
そして、不意に感じるのは他人と触れ合う感覚。
何日何週何ヶ月感じていなかった、その感覚。
右に一つ。
左に一つ。
触れていたのは一瞬だ。すぐにその感覚が消えていく。
風が流れ。
雲が流れ。
どれだけの時間が流れたのか。
心地よい風。心地よい眺め。心地よい時間。
行く先も無く食料も寝床も無く。いや、ここが既に寝床であったか。
だが、そんな心地よい空間に邪魔が入る。
空腹を満たすために、狩りにやってきたらしい。
狩れる。そう思ったのだろう。
四つの足で地を蹴り牙をさらけ出す。
今日はご馳走だ。なんて考えたのだろうか。
悲しいかな。
幻想を想うまま彼、もしくは彼女か。
黄泉へと旅立ってしまうのだから。
どうでもいいと思っていたはずなのに。
心地よさを邪魔されたからなのだろうか。
右横を見れば少女が一人。
反対を見ても少女が一人。
あらかわいい。まだ、そう思える事ができたらしい。
命のやり取りなど気付くことも無く。
呑気に地に身を預け眠っている。
……
…………
………………
まぁいいか。殺生をした以上放置するのは、流石に気分が悪い。
食べられないのは……こことここで……。これで今日の食事には困らないだろう。
まぁ、あっても無くてもどっちでも良かったが。
起き上がったついでだ。調理もしてしまおう。
食欲を湧かせる匂い。生を求めるこの感覚。
……実にどうでもいいな。
ともかく料理は出来た。渾身の完成度だ。
見た目も、ふむ。味もそれなりにいける。
がさり。音がする。
少女が一人。身体を起こしたのだ。
男を見るや否や片割れをぶん殴る。
うわ、何この子怖い。
当然寝てた子は起きる訳で。
こっちを見るや否や慌てて身体を起こした。
慌てているだけで、別に動きが速い訳ではないが。
一人は右へ。
一人は左へ。
しまった、あっちだったか。
一人は右へ。
一人は左へ。
しまった、あっちだったか。
一人は右へ。
一人は右へ。
ようやく方向性が決まったらしい。
すぐ傍にあった木の後ろへ隠れる。
どうしよう。ちょこちょこしてて、滅茶苦茶に可愛い。
チラリと、木の後ろから顔を覗かせる両名。
一人は右から。
一人は左から。
目が合った途端、顔を引っ込めまたチラリ。
一人は左から。
一人は右から。
目が合った途端、顔を引っ込めまたチラリ。
一人は右から。
一人は左から。
大丈夫、もう見てないからね。
角を覗かせチラチラと。
お尻を隠してチラチラと。
何がしたいのか。何かしたいのか。
まぁ、いいか。
男は作った料理を食べ始める。
不思議な不思議な摩訶不思議。
その手の物はどこから出てきたの？
スープ美味しい肉美味い。
スプーン片手に食事は進む。
二人の涎は止まることを知らず。
どうでもいい。とは思えなかった。
ちょいちょい。
びくびく。
びくびく。
これこれ。
？
？
これ食べんさい。
！
！
恐怖より空腹が勝ったようだ。
角持ち二人は鍋の前で急停止。
指をわなわな。おいまさか。
あっついびっくり。そりゃそうだ。
暴れる暴れる捕まえる。
乱暴だがしかたなし。
右手左手ひっつかむ。今度は反対ひっつかむ。
不思議な不思議な摩訶不思議。
あちあちしない！ いたいた消えた！
綺麗な指は大事にな。
待てと手を向ければ、二人は素直に待てをする。
不思議な不思議な摩訶不思議。
その手の物はどこから出てきたの？
一人に料理をあげた後、もう一人にも料理をあげたのさ。
ぶきっちょ二人は懸命に。今日の敵はスープであった。
あちちあちちでうまうまよ。
幸せいっぱいお腹もいっぱい。おかわりうまうますっからかん。
気付けばお空は真っ赤っか。暫くすれば日が暮れる。
その前に片づけたいが、暗くなれば片付けにくい。
少女二人よ。住処へ帰っていくも、ここにいるのも好きにして。
……忌み子に家があるのか知らないが。
使ったものを洗っていくのだが。それを観察するのは忌み子の二人。
こうすればいいのかな？ ぶきっちょ二人もお手伝い。
割れる割れるのお祭り騒ぎ。
やっちまったと焦った未熟者。割れ物注意のセンサー反応。
かがむ二人を抱き上げる。
危ない危ない怪我の前。
綺麗な指は大事にな。
怪我の元はお掃除よ。破片が地面に溺れてく。
地に足つけばオロオロとする二人。
いけないことをしたと思ったのだろう。
そんな事などどうでもいいのだ。いけないことでも何でもないのだよ。
明かりを用意しよう。もう数十分もすれば真っ暗になるだろうから。
……やっぱそんなことはどうでもいい。
やることも無いし、あとは寝るだけなのだ。
地に寝そべれば二人が近づいてくる。
よしよし、厚めの布を与えてやろうではないか。
自分はいいが、子供には少し寒いだろうからな。
それだけして満足した男は目を閉じる。
日が昇っていた頃も寝ていたせいか、眠気が迎えに来てくれないな。
でも、良いか。
夜になっても心地よい場所なのだ。
こそこそと二人の気配がするのも、何故か心地良い。
ふわりと、身体が包まれる。
恐らく、二人の為にと用意した掛け布団を掛けられたのだろう。
間違いを訂正する気も無い。
が。
モソモソと感じる存在感。
左に一人。
右に一人。
一緒に寝るつもりなのだろうか。
ねじれた角が脇辺りを襲ってくる。しかし、それは些細なことだ。
痛みも無ければ、嫌悪感も無い。
ただ、どうでもよかったのだ。
そうして三人は夜を過ごす。
長く、長く、これから先を共に過ごすことになる三人の出会い。
これは人に捨てられた少女と人を捨てた男の物語。
こんなこと書きたい！ という衝動だけで生まれた作品です。
表現とか文章とかも好きなように書いてみました。
楽しんで頂けたのなら幸いです。
続編？
三人のこれからを書く予定は今の所ありません。
作者はこの三人が滅茶苦茶好きになっていますが。
気が向いたら、という感じですね。
この作品を見つけ、更には読んでくださった読者の皆様。ありがとうございました。
ではまた、機会があれば。
