89話 僕は重大な危機に直面です
ディータランドが開園してから約一ヶ月。
約束の期限まで半分を切ったところで、僕は重大な問題に直面していました。
「足りません……」
目標の十万枚に、このままだと到達出来ないのです。
というのも、思ったほど客足が伸びていないから。
当初の想定では一日平均五千人くらい来て頂ければ、なんとか十万枚に到達する見込みでした。
しかし現在のところ、平均来場者数は三千五百人。
割引券の期限が過ぎてから、客足が落ちているのです。
「何か僕が見落としている欠陥があるのでしょうか……」
なので今日は緊急対策会議。
ラシアさん、ミントさん、ラムストンさんに加え、マルグリッタさんにもお越しいただいて意見を頂戴する運びとなったのです。
「それはないと思います。来場された方は皆様満足して帰られているようですし、実際お客様と接する機会の多い私も「素晴らしかった」というお声を頂戴しております」
ちょくちょく時間を見つけては接客に周り、スタッフの働きに目を光らせているラシアさんが言うのですから、それは間違いないことなのでしょう。
「市井の話にもディータランドの話題は出てきているようですけれど、どれも良い噂ばかり。ロッケンヒルの会合においても、是非うちの国にも作って欲しいと、各国の代表達に評判でしたよ?」
ラシアさんの話にマルグリッタさんも賛同。
情報網の広い彼女は、ディータランドの評判が浸透してきていることを教えて下さいました。
しかしそうなると、ますますこの状況が疑問です。
なぜ客足が伸びてくれないのか……。
「そういえば気になっていたんだがな」
「なんですかミントさん。どんな話でも良いので聞かせて下さい」
今は少しでも情報が欲しい。
そう思って真剣な眼差しを向けると、ミントさんはなんだか嬉しそうに慌てだし、しかしすぐに居住まいを正して語り始めました。
「う、うむ。……訪れる客層なんだが、身なりの良い客ばかりじゃないか?」
「あ、それは私も気になっておりました。入場料は大人でも銀貨一枚と安めに設定してある割りに、ご来場下さるお客様は裕福な方ばかりに思えます」
となるとどういうことでしょうか。
割引券の期限が切れてから客足が落ちたので、僕は入場料を落とせば回復するかもと思っていたのですけど、そういうわけではないのかもしれません。
「宣伝に効果があり、評判は上々。値段もお手頃となれば、商人の経験からして売れぬ筈はないのでございますですが……」
こればっかりは原因が分からないと、経験豊富な商人であるラムストンさんまで頭を捻っています。
こうなると、本当にお手上げでしょうか。
「まさか……。ポードラン王が何か妨害工作のようなことをしている可能性はないでしょうか?」
手を上げたのはラシアさんです。
顔面を蒼白にして、彼女はポードラン王の関与を疑ってきました。
確かに僕達が金貨十万枚を稼いで一番都合が悪いのはポードラン王かもしれませんが
「その可能性は薄いだろ。現時点で十万枚は夢のまた夢だし、普通に考えて達成は不可能な話だ。わざわざ妨害するほどだとは思えん」
「私もミントの意見に賛成ね。放っておいても達成出来ない可能性の方が高いのに、工作を仕掛けて見破られれば、それをネタに反故にするという事も出来てしまうもの。そんなリスクは冒さないでしょう?」
「それは……そうかもしれませんが……」
ラシアさんはポードラン国に不信を抱いているので、あの国の関与という可能性を否定し切れないようです。
しかし僕も、今回はその可能性は薄いと思っています。
本当に妨害工作が仕掛けられているのであれば、富裕層のお客様だけが来場してくれているという状況に説明がつきません。
「情報が足りませんな。我々が見落としている不満点があるのやもしれないでございます」
「そうだな。もう少し情報を集めてみないことには何とも言えん」
「ではしばらくの間私も接客に周り、お客様方から要望や不満がないか聞いてみます。ディータ様よろしいですか?」
「分かりました。ラシアさんの分の事務は僕の方でなんとかしますので、よろしくお願いします」
僕の返答を受けてにこやかにお辞儀したラシアさんは、ならばさっそくと立ち上がりました。
僕も動かなきゃなりません。
原因が分からなければ対策が出来ない。対策が出来なければ金貨十万枚に届かないのですから。
それはつまり、僕を含めた皆さんの死と同義。そしてナティの不幸と同義です。絶対に認められません。
ヘドロの中を泳いでいるような息苦しに、僕は焦りを覚えていました。
「ま、待てっ! 私もやるぞっ!」
ミントさんも同じ気持ちだったのか跳ねるように立ち上がり、接客に出ようとしていたラシアさんを呼び止めたのです。
が
「やる、とは接客をですか?」
「もちろんだ! 私だってディータランドの一員だからな! 少しでも役に――」
「認められません」
「な――っ!?」
振り返ったラシアさんにビシッと拒絶され、ミントさんの顔が凍りつきました。
それはみるみる怒り顔に変わり、猛然とラシアさんの胸倉を掴み上げたのです。
「ふざけるなっ! 今は争っている場合じゃないだろうがっ! 自分だけ点数稼ぎみたいな真似――」
怒り心頭といった感じで詰め寄るミントさんですが、その腕をバシッと払い除け、ラシアさんが冷め切った顔で見下ろします。
一触即発の雰囲気に、僕やラムストンさんは固唾を飲んで見守るしかありません。
しかしマルグリッタさんは表情を崩さず、暢気に紅茶を啜っていました。
彼女はミントさんの親友ともいえる方なので、その態度は非常に不自然なのですが、続くラシアさんの言葉で僕もなるほどと納得だったのです。
「私とて状況は把握しております。今は一人でも多く協力者が欲しいところですし、決してミント様が思っているような下賎な理由ではございません」
「ならなんでだよっ! 私も協力すると言っているんだぞっ!」
「失礼ですが、ミント様は侮っておいでですか?」
「な――なにを……」
「普段からの粗野な立ち居振る舞いを見るに、私にはミント様がしっかりとした接客が出来るとは到底思えません。接客とはそのように甘いものではないのです」
「接客くらい――」
「くらい。くらいと言いましたか? ふざけないで下さいっ!!」
滅多なことでは聞けないラシアさんの怒声に、思わずミントさんも後ずさりでしょうか。
僕も彼女がこれほどの怒りを口にしたのは初めて聞くので、ビクッと身体が震えてしまいました。
そんな僕達に構わず、彼女は続けます。
「ディータランドにお越し下さったお客様の印象は、最初に出会ったスタッフとの五秒で決まるのです。僅か五秒。それだけで、この素晴らしい施設の印象が最悪になる可能性もあるのですよ? しかも印象とは減点されていくものです。どれだけ楽しまれていても、接客した者の態度一つで急転直下するなどということも日常茶飯事。それは接客中でなくとも、ふと気を緩めたところを見られただけでもあり得ることなのです」
ラシアさんの言葉はどこまでも真摯で、真剣で、真っ直ぐに接客という仕事と向き合っている者にしか言えない言葉。
だからこそ、それはミントさんの心にもしっかり届くのです。
「だから私は過剰とも言える厳しさでスタッフを教育しましたし、私自身も園内に出たならば一瞬とて気を緩めません。それがミント様に出来るのですか?」
「それは……」
「そこまで考えた上で「接客くらい」と申されたのでしたら、私から言うことはもうございません。ですが忘れないで下さい。確かに今はお客様達の本音をお伺いし、少しでも現状改善に努めたいという時です。けれどもディータランドは今日も、明日も、これからずっと続くのですから、接客をするスタッフは誠心誠意をもってそれにあたり「また来たいな」とお客様に思っていただけるような接客をしなければならないのです」
凄いです。
本当にラシアさんは凄い方です。
そこまで接客ということを重んじ、なによりディータランドの将来まで考えて下さっている。
それが分かり、僕も考えが足りなかったと自分を恥じ入るばかり。
ミントさんも返す言葉をなくし、サイドテールがしゅんとうな垂れてしまいました。
すると言いたいことは言い終えたのか、ふぅっとラシアさんが息を吐き出します。
「ミント様。お気持ちはお察ししますし、焦っているのは私も同じです。ですが、だからこそ、今は自分が出来ることを精一杯やりましょう? 決してミント様が邪推したようなことではありませんので」
一転した優しい物言いに、ミントさんがコクリと小さく頷きます。
その姿に頬を緩め、ラシアさんは今一度丁寧なお辞儀を見せてから、青いポニーテールを揺らして支配人室を後にしたのでした。




