8話 僕は全力で天を指す
箱の外から、カウントゼロを告げる声が微かに聞こえました。
それからのっしのっしと、イビルサティさんは僕達を探し始めたようです。
時間はあまり残されていないでしょう。
早く倒す方法を考えなきゃいけません。
だというのに
「ちょ、ちょっとっ! 今変なところに触ったでしょっ! 不敬罪よっ!」
王女様がうるさい。
自分から押し込めておいて死刑だなんて、理不尽にも程があります。
さすが王女様ですね。
「すいません。少し静かにしてもらっていいですか?」
ただでさえ何か良い匂いがして集中が乱れるのに、あまり騒がれても困ります。
「デ、ディータ……と言ったわね?」
「はい」
「覚えておきなさいよ?」
「生き残れたら覚えておきます」
生き残れても死刑が確定したみたいです。
やっぱり僕は、何をやっても駄目ですね……。
まぁそれでもシフォンと王女様さえ守れれば、僕にしては上出来でしょう。
だから必死に頭を回します。
イビルデーモンは魔族の中で悪魔系に属する中位種。
聖系の魔法が弱点だけど、それがないとディアトリさん達のようなパーティーですら苦戦を強いられる強敵です。
そして残念なことに、僕は聖系の魔法を覚えていません。
賢者として順調にステップアップ出来ていれば、今頃覚えていた筈なんですけど……。
過ぎたことを悔やんでも仕方ありませんね。
他の魔法を考えましょう。
炎系は効くらしいけど、お城まで燃えてしまうから却下。
氷系には滅法強いらしく、まったく効きません。
となれば、雷系ですかね。
僕が使えるのは初級威力のレシビルまでです。
中級のレシービルなら二十発くらいで倒せるけど、レシビルなら五十発は必要でしょうか?
いや、僕の魔法は威力だけなら中級以上だった筈。
ならレシビルでも、二十発もかからず倒せるかもしれません。
問題は、その二十発をどうやって喰らわせるか、です。
黙って喰らってくれるほど、簡単な相手じゃないのですから。
動き回るイビルデーモンに対してだと、精々三発くらいが関の山。
四発目を喰らわせる前に、こちらがやられてしまうでしょう。
動きを止め続ける方法。
それさえあれば……。
「ね、ねぇ?」
もう少しで良い案が浮かびそうなところで、またも王女様が話しかけてきました。
不安からかモジモジ身体を動かしているので、全身が擦り付けられてるみたいでくすぐったい。
シフォンを見習って、ジッとしていて欲しいものです。
かといって無視することも出来ません。
「どうしました王女様」
「おかしくない?」
言われてみて、僕もハッとしました。
おかしい。
確かにおかしいです。
カウントダウンが終わってから、結構な時間が経っています。
なのに、こんな分かりやすい箱を調べないなんてあり得ません。
話しやすいようにか、モゾモゾと王女様が体勢を変えるように動きました。
そのために、息がかかるほど顔と顔が接近してしまってます。
「これ、余計に話し辛くなってませんか?」
喋るたびに、唇が触れそうになってしまうのです。
なのでそう告げると、ようやく暗闇に慣れた視界の中。
顔を真っ赤にした王女様が硬直してしまいました。
箱の中の温度は大分上がっているから、のぼせてしまったのかもしれません。
これは一刻も早く、あのイビルデーモンを倒さなければ。
「な、な、なんでディータは平気なのよっ!」
「平気じゃないですよ? でも……守ってあげたいんです」
そりゃ平気じゃありません。
まともに戦えば、確実に負けてしまうような魔物が外にいるんです。
恐怖がないと言ったら嘘も嘘。大嘘です。
けど、だからこそ守りたいのです。
シフォンを。わざとじゃなくても、僕が呼び出してしまったこの子を、守る責任が僕にはあるんですから。
王女様の顔は、何故だかますます真っ赤になっています。
気のせいか目がうるうるしてるから、ひょっとしたら泣き出す寸前なのかもしれません。
「わ、分かったわ……。信じてる」
ボソリと呟くように言いながら、王女様はぷいっと横を向いてしまいましたが、その瞬間、僕の脳内に電撃が走りました。
これだっ!
あまりの閃きに、ガタッと箱が揺れてしまったようです。
すると直後、ゆっくりと光が差し込んできました。
「みぃつけたぁ!」
「きゃあぁぁぁぁぁッ!!」
王女様の悲鳴が耳を劈き、思わず僕まで叫びそうになっちゃいました。
だってそうでしょう?
箱の蓋が開き、イビルデーモンの顔が現れたんですから。
朝起きたら布団がぐっしょり濡れていた時と同じくらい、すっごく心臓に悪い光景ですよ。
でもとにかく、まだイビルサティさんはバレてることに気付いてないようです。
箱から這い出てくる僕達を、のほほんと見守っているくらいですから。
「やっと見つけられました。何故こんな簡単なところが分からなかったのでしょう……」
目立つ箱に目がいかなかったことを、どうやら不思議に思っているようです。
僕も不思議だったけど、今ならなんとなくその理由が分かります。
きっと隠れごっこも、遊び人スキルの一つなのでしょう。
遊びの内容と今の状況を考えれば、その能力も察しがつきます。
たぶん、隠密系のスキルです。
物音を立てなければ、いつまでも隠れられていた気がしますから。
もちろんそれでは、なんの解決にもならないんですけど。
「まぁいいでしょう。次はどのような遊びをしますかナティルリア様」
言いながらも、イビルサティさんは飛び出た角に手を伸ばしかけていました。
咄嗟に僕は、さっき思いついたことを実行に移すことにします。
「さ、サティさん!」
すると角に触れそうになっていた手を下ろし、手を前で組むメイドポーズに戻ってくれました。
危なかった。もう少しで角に触れ、サティさんが気付いてしまうところでした。
いよいよもって、猶予はなさそうですね。
「はい、ディータ様。何か良い案が御座いますでしょうか?」
「あります。ただ、おそらく王女様も知らない遊びですので、まずは僕とサティさんでやってみませんか?」
そう切り出して説明したのは『あっち向いてホイ』です。
どうやらサティさんも王女様もそれは知らなかったようで、二人は興味深そうに僕の説明を聞いていました。
「なるほど。それは面白うございますね。では、やってみましょう」
「お願いします」
そして始まる僕の戦い。
一発勝負だからミスは出来ないし、上手くいくかもわかりません。
だから手加減はなしです。
「じゃ~んけ~ん」
「ぽんっ!」
勝ったのは僕。
そして指定する方向は、もう決まっています。
「あっち向いて」
行きますっ!!
全力のっ!!
「ホイッ!!」
ありったけの魔力を込めて、僕は天高く上を指差しました。
そしてイビルサティさんの顔もまた、上を向いています。
瞬間。
――ズドォォォン
凄まじい速度でイビルサティさんの身体が発射。
筋肉逞しい紫色の身体は天井を突き破り、上半身を天井に埋め込んでいたのです。
まるで天井から下半身が生えているような光景に、僕は拳をギュッと握りました。
やった!
成功ですっ!!
でもこれだけで倒せる相手じゃありません。
あくまで足止め。
なのですかさず
「レシビル! レシビルレシビルレシビルッ!!!」
雷系魔法のレシビルを連射。
指先から迸る電撃が、ジグザグの軌跡を描いて紫色の身体に何本も直撃していきます。
「グオォォォォォッッ!!」
天井から、くぐもった絶叫が木霊しました。
それに構わず、僕は更にレシビルを連打です。
「レシビルレシビルレシビルッ!!」
二十発ほど打ち込んだでしょうか?
いつしか絶叫も止まり、イビルサティさんの身体からはプスプスと焦げた煙が立ち上っています。
そして黒紫色になった身体が、ドサリと天井から落下しました。
「や、やったの?」
僕の後ろに隠れていた王女様が、ひょいっと覗き込むようにサティさんを見ました。
と、同時。
死んだと思われていたイビルサティさんの顔が、グイッと持ち上がってしまったのです。
「キサマァッッ!!」
悪魔の咆哮が、ポードラン城に響き渡りました。