84話 僕はお引越し
「まぁ! では貴女がナティルリア様の仰っていた、もう一人の女性冒険者だったのですね!」
手近なカフェで腰を落ち着け、自己紹介をし合った僕達一行。
話は聞いていたけど会うのは初めてだったらしく、ラシアさんが「その節は――」と丁寧にお辞儀をしていました。
リルゼさんはケルベロス討伐の後にナティと一緒に保護されたようですが、傷が癒えるかどうかといううちにお城から帰らされてしまったとのこと。
推測になりますが、これも恐らくダグラスさんが一枚噛んでいるのではないでしょうか。
ナティだけでなく同行者からも「私達を囮にした最低な男」と罵られれば、さすがに立場が危うくなりますからね。
最悪の場合、口封じをされてしまう可能性もあったと思いますけど、たかだか町娘一人と放置されたのでしょう。
自己紹介が終ったところで、僕はすかさず立ち上がって頭を下げます。
リルゼさんは何事かとあたふたし始めましたが、言うべきことは言っておかなければなりません。
「あの時は勝手にお体を使わせて頂いてありがとうございました。そしてごめんなさい」
「え……? えぇ……っ!?」
店内のあちこちから、ガシャンとコップの割れる音。
みんなが僕を唖然とした顔で見てますし、当のリルゼさんも顔を真っ赤にして困惑していらっしゃいます。
あぁそうでした。
彼女は意識がなかったので、ちゃんと説明しなければ分かりませんよね。
僕としたことがうっかりです。
「ど、どどど、どういうことかな?」
「今ご説明します」
そう言うと、僕は懐から紙を一枚取り出しました。
それで人形を折り、本物の人形に変わったところで、今度はラシアさんにブローチを借りて人形に取り付けたのです。
「実は僕のスキルでこのようなことが出来まして」
言いながら人形の手をグッと上にあげると、ラシアさんも頬を染めながら一緒に挙手。
それをリルゼさんは、良く分からないといった風に眺めていました。
「あの時どうしても結界の外からケルベロスを攻撃することが出来なくて、仕方なく今のようにリルゼさんを操らせて頂いたのです」
「あ、あぁ! ……えぇっ!? じゃ、じゃあ、ケルベロスを倒したのは私っ!?」
「いえ、そこまでは無理でした。なので頭の一つを潰して結界を解除した後、僕がなんとか処理した次第ですね。他に方法がなかったとはいえ、勝手に身体を操ったのですから本当に申し訳ありません」
すると今度はリルゼさんが立ち上がり、大仰に両手をぶんぶん振ります。
「そんなことないよっ! 助けてもらって本当に感謝してるんだからっ! ナティちゃんからディータ君は凄いって聞かされてたけど、本当に凄いねっ! こんなスキル聞いたこともないよっ!」
「そう言って頂けて良かったです」
ラシアさんとミントさんも同じ気持ちなのか、ホッとした感じで背もたれに寄りかかっていました。
シフォンは何故か溜息ですけど。
「でもそっかぁ。だからなのかなぁ」
リルゼさん。
今度は何か得心したように、うんうん頷き始めています。
どうしたのでしょうか?
「なんかあの後ね、私すっごく強くなっちゃったみたいで、その理由が分からなかったんだけど。きっとケルベロスの頭を潰したことで、無意識のうちに経験を積むことが出来てたんだね」
「強くですか? あぁ、それで勇者候補に?」
先ほど彼女は勇者の素質があるか調べようとしてましたから、そういうことなのでしょう。
そう思って聞いてみたのですが、リルゼさんは照れくさそうに笑いながら、静かに首を振りました。
「それもちょっとはあるんだけどさ……知ってる? ナティちゃん、結婚するかもしれないって」
随分とタイムリーな話題が出てきて、思わず僕とラシアさんは顔を見合わせてしまいます。
それを見ていたリルゼさんは「あ、やっぱり知ってるんだ」と呟いてから、ぎゅっと拳を握り締めました。
「相手はあのダグラス。私とナティちゃんを囮にした最低の男だよ。そんなの許せないよね」
「そう、ですね」
「だから私、勇者の素質があるか知りたかったの。もし私が勇者候補になれるなら、その力で王様に取り入ってダグラスを追い出せるんじゃないかって。そうすれば、ナティちゃんがあんな男と結婚する必要もなくなる筈。……まぁ浅知恵かもしれないけどさ」
もともとポードラン国王はディアトリさんという勇者候補を国をあげてバックアップし、同時に勇者候補を輩出した国として周辺諸国から羨望を集めていたそうです。
ですがディアトリさんと連絡が途絶えてしまい生存が危ぶまれる状況になったので、次なる英雄を欲した結果、ダグラスなる男を英雄に祭り上げてナティと結婚させるという計画を思いついたのでした。
この辺りはナティとラシアさんの推測なので事実と異なる可能性はありますが、状況を鑑みれば当たらずも遠からずといったところ。
ならば作られた英雄などではなく、本当の勇者候補がまた現れたなら、そちらに注力することは十分考えられるのです。
「リルゼさんはナティルリア様のことを大切に思ってくださっているのですね」
「え、あ、はいっ! 私みたいな一般市民が恐れ多いかもしれないけど、ナティちゃんとは一緒に冒険して一緒に死線をくぐりぬけた仲間だからっ!」
快活な笑顔に、思わず僕達も頬が緩みます。
ナティは良い友人をお持ちですね。
僕も友人の一人として、負けてられません。
そこで彼女にも、僕達とナティが置かれている状況を説明することにしました。
その話をビックリしたり笑ったりしながら聞き、最後には強い決意を瞳に宿してくれたリルゼさん。
何か納得したように、スッと僕の後ろを見ながら頷きました。
「そっか。だから変な人に監視されてるんだね」
「変な人?」
言いながらリルゼさんの視線を追うと、そこには黒ずくめの少女。
リヒジャさんが、ちびちびとジュースを舐めていました。
凄いですね。
いるのだろうとは思ってましたけど、実際のところさっぱりどこに居るのか気付きませんでしたよ。
「私にも何かお手伝い出来ないかな? こう見えても結構強くなってるから、力仕事でも大丈夫だよ。なんならあの娘を追い払ってあげてもいいし」
「いやいや! リヒジャさんは放っておいても大丈夫なので! それにそんなことをしたら、叛意ありと判断されてしまいますし!」
「それもそっか」
う~ん、と唸るリルゼさんのためにも、何かお手伝いしてもらうことがあれば良いのですが、今のところ思いつきません。
一番の力仕事である土木作業は、ほとんど神獣さん一人で賄えていますし。
「じゃあ何かありましたらすぐご連絡差し上げます」
結局これといって思いつかなかった僕は立ち上がり、そう言って手を差し伸べました。
「うん、絶対だよ?」
リルゼさんも気持ち良い笑顔でそれに応えてくれ、がっちりと握手を交わしたのでした。
……。
リルゼさんと別れた僕達は、ようやくディータランド予定地を目指します。
ラシアさんはまだ新人教育があるので、教会に戻られました。
最後まで「今回ばかりは本当に肝が冷えました。ディータ様は言葉を選べるようになって下さい」と、なぜかお説教されてしまいましたが。
「お、おぉ……おぉぉぉっ!!」
馬車の窓から顔を出し、今か今かとディータランドが見えてくるのを心待ちにしていたミントさん。
どうやら見えて来たようで、感動に喉を震わせていらっしゃいます。
「凄いぞディータっ! もう出来ているじゃないかっ!!」
「神獣さんは仕事が早いですからね。それでもまだ半分といったところですけど」
僕は現場監督として毎日こちらに顔を出しているので進捗も頭に入っていますが、今は全工程の五割から六割といったところ。
それにあくまで建物だけなので、内装や装飾はまだこれからなのです。
それでも人の手で作ろうと思えば莫大な時間がかかったでしょうし、わずか十日ほどで大きなテーマパークが形を成している様は、大魔法どころの騒ぎじゃないのですが。
だてに神の名を冠してはいない神獣さんなのです。
そうこうしているうちに、ディータランド正面入り口に到着です。
このテーマパークは一応魔物なんかの襲撃もあるかもしれないので、全方位をぐるりと外壁で囲ってあります。
なので入場は地下から。
正面からなだらかな坂道を下って地下へ潜り、そこを進んで内部へと出るのです。
完成時には、ここは徒歩ではなく電車を通す予定。
地上の駅から電車に乗って地下へ潜り、降りたい場所からランド内部に出られるといった仕組みになっているのです。
ミントさんが言っていた「帰りは電車で」というお考えと、ちょっとした男の子心が騒いだ結果ですね。
だってワクワクしませんか? こういうギミックって。
現在はまだ電車が出来ていませんし、電力の本格利用には至っていないので馬車のまま降りていきますけど。
電力の本格利用、早くしたいですね。
そのためにはモーター類の入手が必須なので、これは異界から購入予定となってます。
ただ大型のモーター系は入手自体が困難で高額になる可能性があるので、そのあたりは追々。
本なんかで知識を蓄え、可能な限り自作する所存なのです。
「おぉぅっ!? これは異界の街中を再現してるのか!?」
今回の出口は街中ゾーンでした。
出来るだけ異界の街を再現したこのゾーンは、主に食事や買い物を楽しむためのゾーンとなっています。
ちなみにお土産として売る物は異界の玩具やぬいぐるみなんかを再現したものが大半。
これにはラムストンさんに協力していただく手筈です。
彼は大きな商機になるかもと、とても強い関心を寄せられていましたからね。
こちらとしてもディータランドが賑やかになる上に、出店料金や売上の何割かを頂けるとのことで大変有難いお話なのです。
「さすがにまだ開店してる店はないんだな」
「オープンまでには間に合うそうですよ。それとこのお店ですが……」
言いながら指し示したのは、オシャレな外観のカフェ。
「マルグリッタさんが異界のレシピを再現し、クレープやパフェなんかも販売予定らしいです」
「……んっ!!」
シフォンは現金ですねぇ。
早くも涎が出始めてますよ?
「やばいなっ! ディータランドやばいなっ!」
「色んな方の協力を得られていますからね。なにがなんでも失敗できません」
そう。
この計画は、いつの間にやら色々な人達が関わってしまっているのです。
そう思うと、なんか胃がキリキリでしょうか。
けど、同時に楽しみでもあります。
ここにたくさんの人達が訪れ、楽しみ、笑顔になってくれる日が。
「さぁ、頑張りましょう!」




