82話 僕は歓迎されたので石を下さい
ポーシーの町で借りた馬に跨り、僕とミントさんはエルフさん達の村へと向かっていました。
といっても手綱を握っているのはミントさん。
残念ながら僕は乗馬技術を持っていないので、今回はミントさんにしがみ付かせて頂いています。
本当に申し訳ないです。
「逆だ! 申し訳しかないぞ! いつまでも乗馬出来ないままでいろ! いいな!」
「良く無いです。ご迷惑でしょう?」
「一人で乗れるようになったほうが迷惑だっ! い、いやそうかっ!? 馬に乗るついでに私にも乗ろうとっ!? なんて荒々しい……。よし来いっ!!」
相変わらず言っていることは迷走してますが、馬は森の中をちゃんと疾走。
乗馬技術は確かなようです。
「当たり前だ! エルフにとって馬は家族だし、なにより歩き慣れた森なんだからな! 本当に……あの頃と何も変わってないっ!!」
ガバッとフードを捲くり上げたミントさんの声は、心なしか震えているようでした。
しがみ付いている小さな身体は体温が上がり、ふとした瞬間、僕の頬に温かな水滴が――。
そうですね。
六十年ぶりですもんね。
「な、なんだディータ!? そんなにギュッと腰を抱かれたら走りにくいじゃないか! そのままでいいぞ!」
「はい」
きっと照れ隠しなのでしょう。
だから僕はミントさんの涙に気付かないよう、気付いたと気付かれないよう。
その背中に顔を埋めるのでした。
……。
「ミ……ミントちゃん……? ミントちゃんなの!?」
突然聞こえてきた声に顔を上げると、どうやらエルフさん達の村に到着していたようです。
こちらに気付いた女性が驚愕の声を漏らし、すぐにあちこちからエルフさん達が走り寄ってきました。
「本当だ! ミントさんじゃないか!」
「ミントおかえりっ!」
「後ろに乗ってるのは婿殿か!? だ、誰か族長を呼んで来いっ! 宴の準備だっ!!」
もう上へ下への大騒ぎ。
それを馬上から照れ臭そうに眺めながら、ミントさんは手を振り返していました。
すると騒ぎを聞きつけたのか、それとも誰かが呼んできたのか。
見目麗しいエルフさん達の中で、異彩を放つ山賊のような方。
グーダンさんがのっしのっしと現れたのです。
「ミント……。本当にミントなのかっ!?」
「お……父様……っ」
感極まったように俯いたミントさんですが、すぐに目元を拭って馬を下ります。
僕もそれに従い下馬すると、ミントさんはグーダンさんの下へゆっくり歩いて行ったのです。
「まだこんな形だけど……戻ってきてしまった。どうか許してく――」
「馬鹿かっ!! 娘が帰ってくんのに許すも許さねぇもあるわけないだろっ!!」
走り寄り、そのままミントさんの体を抱きしめたグーダンさん。
必死に我慢しているようですが、隠しきれないほど瞳からは涙が溢れていたのです。
「い、痛いぞお父様っ」
「うるせぇっ! 心配かけた罰だっ!」
ミントさんの形が変わってしまうほど、グーダンさんはぎゅうぎゅうと力の限り抱き締めているようです。
それを痛いと訴える彼女ですが、しかし暴れたり抜け出そうとしたりはせず、黙って抱かれるまま。
周りからはすすり泣くような声も聞こえますし、僕もかなりウルウルきてしまってます。
するとグーダンさんは顔をあげ、僕を真っ直ぐ見てきました。
「ありがとうよ婿殿っ! ミントを連れて来てくれてっ!」
あ……。
ちょっと僕、我に返ってしまいました。
凄く感動的な帰郷ですし、きっと感謝とかされちゃうんでしょうけど……。
あれなんです。
ミントさんを連れて来るのが目的だったわけじゃないんです。
ちょっと欲しい物があるとミントさんに言ったら、私が一緒に行けばたくさん貰えると言ってくれたので、それでご同行願っただけなんですよ。
う~ん、気不味さマックス。
……。
貰う物を貰って帰る予定だったのですが、そんなことを言い出せる雰囲気ではなく
「おらぁっ! 婿殿もちゃんと飲んでるかぁっ!?」
「ディータはまだ子供だからっ! 無理に飲ませようとしない……はっ!? 奥手どころかまだ何も知らなそうなディータを酔い潰させて、既成事実を作ってしまおうとっ!? さすがお父様っ! それでこそ私の父っ! よし飲めっ!!」
「いやです」
とてつもない大宴会が始まってしまっていたのでした。
参加者?
たぶんですけど、この村にいる人全員ではないでしょうか。
会場は族長さんのお屋敷ですけど、それでも入りきることなど不可能で、どうやら他の方々はお屋敷を囲むように飲めや歌えやの大騒ぎになっている模様。
外で騒ぐ方々の喧騒が、屋敷の中まで届いてきているのですから。
「いやぁしかし目出度いなっ! 娘が帰ってきただけでも目出度いってのに、一緒に祝言まで挙げられるたぁなっ!」
「……え? どなたかご結婚なされるのですか?」
「おいおい惚けなくたっていいだろう? 二人で同じ馬に乗って来たんだ。それ以外の意味があるかってんだよぉっ!」
それ以外の意味しかないんですけど?
ていうか、エルフさん達ってそんなしきたりがあるんですか?
ミントさん?
「……」
あ、目を逸らしやがりました。
「なんだぁ!? いきなり夫婦喧嘩とは見せ付けてくれるじゃねぇかぁ!」
「いやいや。今のどこをどう見るとそういう結論なんですか?」
「細けぇことを気にすんじゃねぇよ婿殿っ!」
がははと大口を開けて笑いながら、ついでのように酒を流し込む豪快なグーダンさん。
ミントさんはそれを懐かしそうに眺めながら、そっとお酒を注いでいました。
まぁ……今は無理に反論しないでおきましょうか。
せっかくの帰郷に水を差すこともありませんから。
それよりも、欲しい物があるのでその話を先にしなくては。
そう思い立ち、僕もグーダンさんにお酌をしながら聞いてみることにします。
「実は欲しい物があるのですけど、ご相談に乗ってはいただけませんか?」
「おうおう? なんだってくれてやるぞっ! なんたって族長の娘婿なんだ! この村全部がお前の物なんだぜぇ?」
「そんな大それた物じゃなくてですね。石、なんですけど」
「石ぃ?」
そうなのです。
僕が今回ここを訪れたのは、あの石。
神伝えの石の原石が欲しくて、遥々やって来たのです。
「なぁんだってあんな物を。また贋物にでもすり替えられちまったかぁ?」
「そういう訳ではないのですけど、少し使い道がありまして。なので、出来ればたくさん欲しいのですが」
「構わねぇぞ! じゃんじゃん持ってけぇ! それだけじゃあ結納品にもなりゃしねぇけどよ!」
むしろそちらはいりません。
僕にはまだ、結婚なんて早すぎますから。
「だが何に使うのかくらい教えてくれねぇか? 別にどんな使い方でも構わねぇけど、興味が沸いちまった」
「分かりました」
もう一杯とグーダンさんにお酒を注ぎつつ、僕は神伝えの石の利用方法をお話することにしました。
あの石が神伝えの石として使われている理由は、穢れてなくて魔法に作用しやすいから。
そしてミリアシス様はあの石に自分といつでも交信出来る魔法を付与しているのですが、それってつまり魔法をあの石に蓄えておいて、いつでも使用できるってことなんです。
この世界のあらゆるものは、魔法を受け入れる器のようなものを持っています。
ただしその器は大小様々ですし、不純物が混ざることで魔法との相性が悪くなり、威力が弱まったり予期せぬ効果に変わってしまったりすることもあります。
なので媒体になるような物は慎重に選ばなければなりませんし、入れたい魔法との相性も吟味すればなかなか見つからないものなのです。
マルグリッタさんが持っているブルーサファイアなんかもその一例ですね。
しかしこの神伝えの石。
穢れていないということは、不純物が少ないということ。
そして魔法に作用しやすいということは、器が大きいということを示しているのだと僕は気付いていました。
確かに稀少品ですがエルフさん達の特産物でもありますし、どのくらい採石出来るのか分からないので欲しいとも思いませんでしたが、今は違います。
めっちゃ欲しいのです。
「石には僕が初級雷魔法を溜め込みまくります。それをちょっとずつ取り出すことで、電力として利用するのです」
「電力?」
そこはまだ理解出来なくても良いですよ。
エルフさん達も、そのうちご招待しますから。




