79話 僕たちの方針が決定です
夕食の時間になり、マルグリッタさんのお屋敷で僕達はテーブルを囲んでいました。話はご飯を食べてから、ゆっくりしようという事になったからです。
どうやらミントさんも起き上がれる程度には回復したらしく、軽めの食事を取る様子。
リヒジャさんは……あ、いました。
窓の外。庭にある木の陰から、油断なくこちらを監視しています。
乾物を齧っているようですが、ちゃんとした物を食べているのでしょうか?
「マルグリッタさん」
「どうかなさった? ローバッシャのソテーはお口に合わなかったかしら?」
「あ、いえ、そうではありません。とても美味しく頂いてます」
「それは良かったわ。ならどうしたのかしら? 浮かない顔をしているみたいだけれど」
言って良いものかどうか。
マルグリッタさんは良い人なのでたぶん大丈夫でしょうけど、リヒジャさんにとっては迷惑かもしれません。
任務の妨害。もしくは懐柔しようとしていると思われかねないのです。
でもこっちはみんなで楽しく食卓を囲んでいるというのに、任務だからと一人木陰に佇む少女の姿は見てられません。
だから
「もうお一方分お食事を準備して頂くことは出来ませんか?」
そう言ってリヒジャさんの方を見ると、マルグリッタさんも僕の視線を追って気付いたようです。
「良いの? あの娘は貴方達の監視役なのでしょう? いわば敵のようなものだと思うのだけど」
少し呆れながら肩を竦めたマルグリッタさんは、他の人達にも視線を廻らせました。
貴女達もそれでいいの? そう聞いているのかもしれません。
「ディータ様らしくて良いと思います」
「そうだな。まぁ何かあれば私がディータを守るし問題ないだろ」
「お言葉ですがミント様。それは私の役目です。身を挺してディータ様を御守りすることも、メイド業務に含まれておりますので」
「はんっ! どうせ怪我をしたらディータに看病してもらおうとか考えて……はっ!? 第二次お医者さんごっこかっ!? 私抜きでそれは許さんぞっ!! よし来いっ!!」
このお二人、実はとてつもなく相性が良いのでは?
喧嘩するほど仲が良いとも言いますし、なんだか似たもの同士な気がします。
でもどうやら反対意見を述べる方はいないようですね。
シフォンは我関せずとマルグリッタさんの料理に舌鼓を打っていますし。
ならばと僕はもう一度マルグリッタさんに許可を求め、彼女が頷くのを確認してから窓を開けました。
ダイニングは、窓を開けるとそこから庭に出られるようになっているのです。
暗がりでリヒジャさんがビクリと肩を震わせたのが見えました。
ですがそれに構わず、僕はゆっくり彼女に近付きます。
「な……んで……すか……?」
「そんなところにいないで、一緒にご飯を食べませんか?」
「ボク……は……ディータ……の……監視……役……」
「知ってます。けどご飯を食べる時くらいお休みしてもいいのでは? 僕はご飯の最中に逃げたりしないですよ?」
僕が近付いたことで半身を木の陰に隠したリヒジャさんですが、そう言って手を差し伸べると、木陰から出たり入ったり。
迷っておられるようでした。
ならば
「あ……」
少し強引かとも思いましたが、僕は思い切って彼女の手を掴みました。
迷っていたのは、きっと任務との板ばさみで自分では決め切れなかったから。
そう判断したのです。
これで振り払われてしまったら諦めましょう。
「さ、行きましょう。マルグリッタさんの作るお料理は絶品ですよ?」
「え……あ……」
リヒジャさんは困惑の真っ只中のようですが、しかし暴れる様子もないので、そのまま彼女をダイニングの席へと座らせます。
するとすかさずマルグリッタさんが料理を運んできてくださりました。
「さぁ、冷めないうちにどうぞ」
目の前にはホカホカと湯気の立ち昇るスープ。
乾物をポリポリ齧っていただけのリヒジャさんには、御馳走に見えたことでしょう。
困った顔をしながら左右を見て、でもおずおずとスプーンに手を伸ばしたのです。
「あ……おい……しい……です……」
一口食べて止まらなくなったのか、そこからは無言で料理を口に運ぶ彼女。
それを見届けてから、他の方々も食事に戻りました。
これで心置きなく料理を楽しみ、そして今後のことを話し合えますね。
……。
食事も一段落し、食後のデザートまで御馳走になっている僕達。
隣のシフォンはすでに自分の分を食べ終え、さらに僕の皿に手を伸ばそうとしてきているので、僕はそれを牽制しつつ会話を切り出しました。
「カジノ案は良いと思ったのですけど、どうして駄目なんですか?」
マルグリッタさんには「駄目です」とバッサリ切り捨てられてしまいましたが、僕にはまだ未練があるのです。
しかしマルグリッタさんは、聞けば当然であり非の打ち所の無い理由を説明してくれました。
「あの土地はミリアシス大聖国のすぐ隣ですからね。ミリアシス様のお膝元で賭け事など推奨出来るはずもないでしょう?」
あ……言われてみればその通りでした。
崇拝する神があんな煎餅だと知らない彼等からすれば、堕落の象徴とも言える賭け事などもってのほかでしょう。
神様本人が一番堕落してそうなので、そこまで頭がまわりませんでしたよ。
「だが発想は悪くないと思うぞ。広大な土地とはいえ、そこで宿屋や食い物屋を経営したところでたかが知れているしな」
「私もそう思います。ですが、確かに健全なものの方が良いでしょうね」
人を多く集め、その人達が楽しめるような場所を提供する。
その方向性を、ミントさんとラシアさんも後押ししてくれます。
ではカジノ以外だとどんなことがあるでしょうか?
するとデザートまできっちり食べ終わり、どこか棘の抜けたようなリヒジャさんが会話に加わってくれました。
「ディータ……は……遊び人……だよね……?」
「えぇ。望んだわけではないですけど、今はそういうことになってます」
「なら……その職……を……活か……す……」
遊び人の職業を活かす、ですか?
これまた難しいことを仰いますね。
お客さん全員でだるまさんが転んだ大会?
う~ん……収拾がつかなくなりそう。
なら靴飛ばし大会?
スキルが発動するとは思えませんが、万が一発動したら死人が出ますね。
阿鼻叫喚の地獄絵図間違いなしです。
「思いつかないなら、無理に商売に拘る必要もないぞ? 例えば魔物討伐なんてどうだ?」
「魔物の討伐ですか?」
「あぁそうだ。ディータの遊び人力が凄いってのは、今まで側で見てきた私には分かっているからな」
胸を張って自慢げに語るミントさんの視線はチラチラとラシアさんの方へ。
ラシアさんはそれを何気なく受け流しているようですが、カップを持つ手がぷるぷると震えていらっしゃいます。
「ディ、ディータ様のお力が凄いことなど、私だって言われるまでもなく分かっています。しかしだからといって、魔物討伐というのはどうでしょう? 高額な依頼だけをこなしたところで金貨十万枚に届くとは思えませんし、いたずらにディータ様を危険に晒す必要があるとも思えません」
「メイドは知らないのか? 世の中には身体が金で出来ている魔物もいるんだぞ」
あ、それなら僕も知ってますよ。
ゴールデンゴーレムですね。
全身が金なので、死骸そのものが取引されたりしています。
一体あたり、確か金貨五十枚くらい。
でも一攫千金を狙う冒険者がいないのは、そもそも遭遇率が低いということもありますけど、ゴールデンゴーレムには魔法が効かないという理由が大きいのです。
高い物理防御力と魔法を通さない身体。
倒すためには防御力を上回る攻撃で、ちまちまやるしかありません。
相応にゴールデンゴーレムは攻撃力も高いので、それは精神を削るような戦い。
とても割りに合わないのです。
「ディータなら可能だろ? 動きを止めてから縛り上げてしまえばいいんだから」
「あれ重いですよ? 縛っても町まで連れてくるのは無理ですし、連れて来られても町の方が迷惑だと思うのですけど」
「ミント様のお考えはいつもどこかに無茶がありますね。もっと確実な方法を模索するべきでは?」
「ほぅ? ならメイドには、その確実な方法とやらがあるんだろうな?」
「博物館です!」
今度はラシアさんが胸を張ってプレゼンを始めました。
「古今東西、集客で狙うべきは女性か子供と相場が決まっているものです。ならばそういう客層を集められる展示物を用意することで、高い集客性と利益をあげることが可能だと私は考えます」
「具体的には何を展示するんだ?」
「絵画や彫刻品。それから貴金属や工芸品ですね。これであれば健全という課題もクリアされますし、その場で売ってしまってもいいかもしれません。特に絵画などは、物によっては金貨一万枚以上の値が付くものもございますから、十万枚という目標も現実的ではないでしょうか?」
おおっ!
それは良いアイディアかもしれませんねっ!
王宮勤めが長いラシアさんならではのアイディアです。
しかしミントさんは、その意見に嘆息でしょうか。
「ご立派な意見だが、その絵画や彫刻品ってのはどこから持ってくるんだよ。ポードランの城から拝借でもするか?」
「そ、それは……」
「ディータなら折紙で贋作くらい作れそうだが、それはマルグリッタからストップがかかっているしな。本物だけを集めようと思ったら、それこそ金貨十万枚でも足りないぞ。開店する前に破産だ」
あれやこれやと意見をぶつけ合うお二人。
僕も色々考えてはいるのですが、なかなかこれといったアイディアが浮かんできません。
するといつのまにか、結局僕のデザートまで食べ終えていたシフォンが、上品な仕草で口元を拭いてから
「……あれがいい」
目を輝かせてそう言ったのです。
「どれですか?」
僕にはシフォンの考えがいまいち分からないので聞き返したのですが、しかしシフォンと目が合ったミントさんは「なるほど!」と同意のご様子。
ラシアさんも分かっていないらしく、首を傾げながらミントさんに訊ねました。
「申し訳ありませんが私にも分かるように説明していただけないでしょうか」
するとシフォンとミントさんはニヤリと笑い、同時に言ったのです。
「東京ファンタジーランド!!」




