75話 僕は転ばせまくります
ナティの仕度が終るのを待ち、僕達はお屋敷を出発することになりました。
向かうのは港。
来る時と違って帰りは五人に増えてますから、ボードには乗り切れないのです。
ミントさん同様にフードを被らせたナティは、少し不機嫌そう。
嫌な事を思い出すからフードは嫌いなのだそうですが、しかしここは我慢して頂かなければなりません。
なにせ王女様ですからね。
せめてポードラン大陸から出航するまでは、顔を隠していただかなくては。
しかし、そんな苦労虚しく――
「どちらへ行かれるのですかナティルリア王女」
見つかりました。
しかも団体様です。
城下町を避けて林を突っ切ろうとしたところ、突如前方に現れた十名ほどの分隊。
立派な鎧に身を包んで騎乗している姿から察するに、恐らく近衛兵ではないでしょうか。
偶然……ということはないでしょうね。
フードで顔を隠しているにも関わらず、ナティを名指ししてきているのですから。
「な、何故ここが?」
ラシアさんもそれに気付き狼狽している様子。
すると分隊の隊長と思しき人が進み出て来ました。
「申し訳ありませんがナティルリア王女とお付のメイドである貴女の行動は、ダグラス様のご命令で監視しておりました」
「なら私が命令するわ。いいからそこをどきなさい」
兵士らしく立派な身体つきの分隊長に臆する事無く、ナティが腰に手を当てて言い放ったのです。
毅然とした態度には、否が応にも王族の風格を漂わせます。
しかし分隊長はまったく動ずることなく
「いかにナティルリア王女の命令でも、それは聞けませぬ」
部下に命令し、進路を完全に塞いでしまいました。
「このままお戻り頂くのであれば、我々は今後も国王陛下の、そして貴女様の忠実な兵でいることでしょう。ですが亡命するとなれば話は別なのです」
「な――っ!?」
その言葉にはさすがのナティも言葉を失ったようです。
僕達の行動が完全に筒抜け。
それでも無理に押し通ろうとすれば、それは国家の敵だと言われているようなものですから。
ダグラスという人は読んでいたのでしょう。
ナティの話では、彼はあの洞窟でナティを見殺しどころか囮にし、自分だけ助かろうとしたらしいのです。
王様がそれを見て見ぬフリをしたところで、肝心のナティが許容するかは別。
ならば結婚を控えたこの時期、彼女が国外へ逃げ出す可能性を考えていたとしても不思議じゃありません。
そしてそれは現実のものとなったのです。
「ナティルリア様に対してその言い草は無礼にも程があります。相応の覚悟あっての発言なのですか?」
「メイド。貴様には亡命を唆した罪がかけられている。今ならばまだ許される可能性もあるが、進むのであれば死罪は免れん。いや、その罪は貴様の親族にまで及ぶであろうな」
これはダメです。
向こうには一歩も引く気がありません。
しかしラシアさんも退がる気はないようで
「構いません。あんな人は、父でもなんでもありませんから」
ナティを庇うように立ちはだかったのでした。
「ラシアさん、いいんですか?」
家族よりもナティを優先する。
そこにどんな想いがあるのかは知りませんけど、その決意に後悔はないのか。
そう問いかけたのですが、ラシアさんはにっこり微笑んでいました。
「もちろんです。ナティルリア様やディータ様より大切なものなどありませんから」
僕まで含めていただいて恐縮です。
ならば僕も精一杯お答えしようじゃありませんか。
「だ~るまさんが~……」
「あ? 何をしている?」
突然後ろを向いた僕を兵隊達が不審に思っているようですけど、もう遅いです。
「転んだっ!」
瞬間ピシッと空気まで凍りついたように、近衛兵の方々の動きが止まりました。
ですがこのまま僕達が走り出せば、すぐにスキルが解除されて追いかけられてしまうでしょう。
なのでそう出来ないように、僕はラシアさんとミントさんにテキパキ指示を飛ばします。
僕は視線を外せませんからね。
二人に協力してもらわなければならないのです。
全員を馬から降ろし、後ろ手に縛っていくのは中々の重労働。
ついでに馬達だけスキルを解除し、思いっきり尻を叩いて走らせておきます。
これで拘束を解いたとしても、馬がないので追いついてくるのは難しいでしょう。
馬を借りてしまうというのも考えましたが、馬に乗れるのはミントさんしかいませんでしたので。
「よし、終ったぞ」
「こちらも終りました。というか本当にまったく身動き出来なくなるのですね。なんとも使い道のありそうな素晴らしい技です。ディータ様、是非私にもご教授願えませんか?」
「え、えぇ。いつか」
嘘です。
ラシアさんには、なんとなく教えないほうが良さそうです。
それに遊び人に転職したラシアさん……なんか嫌ですし。
ともあれ近衛兵さん達を縛りあげた僕達は、先を急ぐことにしました。
スキルが解除された彼等は「ん~っ!! ん~っ!!」と唸っていますが、すいません。
助けを呼ばれても困るので、猿轡もさせていただいたのです。
僕達の安全が確保され次第、どなたかに頼んで助けに行かせますので、しばらくお待ちください。
「す、凄いわねディータっ! いえ、前よりもずっとずっと凄くなってるわっ!! 精鋭である近衛兵の分隊を、たった一人でなんてっ!!」
「ナティも以前より美しくなってますからね。僕も成長したところをお見せ出来て良かったです」
「あ、そ、そう? 気にしなくていいのよ? そんなことを気にしなくても、私はずっとディータだけを見てるんだから……っ」
ん~、いまいち噛み合っていないような……。
フードで顔を隠してしまったナティを不思議に思いながら、僕達は先へと進みます。
「おい。あいつ、実は女の敵なんじゃないのか?」
「純粋も過ぎれば毒ですね。尊いです」
後ろから付いて来ているミントさんとラシアさんから、何か批難めいた言葉が聞こえますが……気にしないようにしましょう。
気にしても仕方のないことは、世の中たくさんあるのです。
「……にぃ、さいてー」
何故にっ!?
……。
人目を忍びつつの行程でしたので時間はかかりましたが、なんとか僕達は港へと辿り着きました。
ポードランの港はロコロルとは違い、物資の輸出入が主らしく、数件の宿屋や貸し馬車屋はありますが、町として成り立っているわけではありません。
なので普段はそれほど人も多くないのですが
「止まれっ!!」
今は兵隊さん達で溢れ返っているご様子。
その数ざっと百人ほどでしょうか?
小隊どころか中隊規模です。
さすがに隠れきれるものではなく、あえなく見つかってしまいました。
「ここから先に行かせるわけには参りません。どうかお戻りくださいナティルリア王女」
進み出て来たのは中隊長でしょうか?
先ほど見た近衛兵の方々よりも質素な装備ですが、その顔には歴戦の強者っぽい風格があります。
今回はほとんどが歩兵らしく、抜剣はしていないものの、油断なく兵達がこちらの進路を塞いでいました。
「どうするディータ。数が多いぞ」
「でもグロウシェルよりは少なくないですか?」
「はっ。そりゃそうか」
そうなのです。
この程度の数であれば、全員射程内ですよ。
それに今回は、みんなナティに注目していますからね。
セクシーダンスで視線を集める必要もないでしょう。
「だ~るまさんが~……」
ナティの後ろで僕が必殺の構えをとり、それに合わせてミントさんがナティのフードを捲りました。
どちらにせよ正体がばれていますし、ならば確実に視線を集めるため、顔を晒してもらったのです。
「転んだっ!」
そうして振り返った瞬間。
百人からなるポードラン王国軍の中隊は、誰一人として動ける者はいなくなったのでした。
「す、凄すぎるわ……」
さすがにその光景は異様だったのか、ナティとラシアさんが瞠目していらっしゃいます。
僕はそんな二人に声をかけ、早くこの場を去ろうと促すのです。
「さ、早く行きましょう」
「そ、そうねっ! 今のうちに船に……船に?」
あ……。
「船。操縦してくれる人がいないと動きませんよね……」
船自体は港に停泊しているようですが、そこには誰も乗っていなかったのです。
この兵隊達は万が一を考え、出航を停止させていたのでしょう。
どうしましょうこれ。
そう思い悩んでいると、宿屋から新手の兵隊達が出てきてしまいました。
たぶん交代要員か何かなのでしょうけど、外の異変を察知して様子を確認しにきてしまったのです。
しかも悪いことに、僕の後方にある宿からも駆け出してくる気配があります。
四面楚歌。
後ろにも目があれば、全方位にだるまさんを転ばせられるのですけど……。
あいにくと僕は人間なので、そんな都合の良い話があるわけもなく。
「確保ぉっ!!」
とうとう僕達は捕まってしまったのでした。




