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71話 僕は色々足りないようです

 ポードラン王国のお屋敷で暮らしていた頃。

 僕とシフォンの世話をしてくれていたのがラシアさんです。

 あの頃となんら変わらないメイド服を着用し、柔らかな物腰で佇む姿がとても懐かしく感じます。


 けれど突然の訪問には嫌な予感しかありません。

 なぜなら僕はポードランで狙われる立場だったのですから。

 特に僕の暗殺までも下令されていたラシアさんが現れたとなれば、警戒しないわけにはいかないでしょう。

 もちろん僕達を逃がしてくれた彼女を信頼していますし、大好きであることは変わりませんが。


 再会の挨拶が終ると、僕はシフォンの手を引いて少しだけ後ろに隠します。

 その態度から僕の考えを読み取ったみたいですけれど、それでもラシアさんは不快な顔を見せず、むしろ微笑んでいました。


「油断なく妹を守るお兄ちゃん……尊いです!」


 口の端から零れそうな涎をじゅるりと拭いているあたり、どうやら空腹のようですね。

 飛び込まなくて正解だったかもしれません。


「お二人ともお変わりなさそうで安心しました。このくらいの年齢ですと成長が早いですからね。いつ穢れてしまうのかと気が気じゃありませんでしたから」


「よく分かりませんが、ラシアさんもお変わりなさそうで良かったです。僕達がいなくなった責任を取らされるんじゃないかと心配してました」


「ふふ。それは大丈夫だと申し上げたじゃありませんか。でもありがとうございます。ただ……」


 ずっとにこやかだったラシアさんの目が細まり、スッと温度を下げながら横へズレました。

 その視線の先にはミントさん。

 フードを被っているのでダークエルフだとはバレてない筈ですが……。


「少し良くない女の匂いがします……。差し支えなければ、そちらの方を紹介して頂きたいのですけれど」


「えっと……。彼女はミントさんです。僕の遊び研究に協力して下さっている方で――」


「まぁ、遊びの研究にですか? それは素晴らしいですけれど……女性ですよね? 顔を見せては頂けませんでしょうか」


「な、なぜです?」


「ディータ様とシフォン様の近くにいるのです。どんな方か分からないと、私も安心出来ませんので」


 なんか今日の彼女は押しが強いです。

 ミントさんは良い方ですからそんな心配はないのですが、僕とシフォンを案じているのが分かるので無碍にも出来ず、窺うようにミントさんを見やると、彼女はコクリと頷いてフードを捲り上げました。


「これでいいか?」


 その瞬間ラシアさんの目が驚愕に見開かれました。


「エ、エルフ……!? い、いえ、もしかしてその肌はダークエルフなのですか!?」


「待ってくださいラシアさん! 彼女に危険はありませんから!」


 ラシアさんが自分の腰に手をやったのを見て、僕は慌てて彼女を制止です。

 だってきっと、そこにはなんらかの武器があるのだから。

 今の彼女からは、殺気が漏れているのです。


 でも僕の言葉に反応し、ラシアさんは更に目を見開いていました。


「危険はないって……ディータ様は大丈夫なのですか? 何もされていませんか? もしかして毎晩されまくっても平気なくらいにお強くなられたのですか!?」


「つ、強くなったとは思いますけど」


「――ッ!? お……おのれダークエルフっ! ディータ様の穢れなき身体を踏み荒らしたなっ!!」


 おかしいです!

 何故状況が悪化するんですか!?

 より一層の殺気を込めて、ついにラシアさんがナイフを構えてしまっていました。

 しかし黙ってやられるミントさんではありません。

 いつの間にか取り出した短弓を構え、さっと距離を取っていたのです。


「おいディータ。コイツはなんなんだ? 昔の女か?」


 ラシアさんは見ての通り女の人です。

 性別に今も昔もないと思うのですが?

 それともエルフさんの中には男になったり女になったりする人がいるのでしょうか?

 さっぱり意味が分かりません。


 混乱する僕をよそに、ラシアさんとミントさんの睨み合いは続き、一触即発の雰囲気。

 何が原因か分かりませんけど、なんとか説得をしなければなりません!


「ちょっと落ち着いて下さい! ミントさんは悪い方ではありませんから!」


「で、ですがディータ様っ! この淫売はディータ様をっ!」


「誰が淫売だっ! お前だってさっきから言動がおかしいぞっ!」


「ミントさんも落ち着いて! ラシアさんはとても素晴らしいメイドさんなんです! そりゃあ僕を食べようとしたり、ちょっと食の傾向がおかしいところはありま――」


「食べっ!? やっぱりお前のほうが変態じゃないかショタコンメイドっ!」


「な――ッ!? ふ……ふふ……。今殺しますすぐ殺します即殺します……」


 余計火に油を注いでしまい、慌てふためく僕。

 もはや流血は避けられないと、血の気が引く思いです。

 しかし殺気がぶつかり合うその中心に、なんとシフォンがトコトコ進み出てしまいました。


「……けんかダメ。みんななかよく」


「おいシフォン。そこをどかないと危ないぞ」


「……ダメ」


「シ、シフォン様……」


 二人を交互に見やり、頑なにそこを動かないシフォン。

 そんな健気な様子に毒気を抜かれたのか、ようやくラシアさんもミントさんも武器を下ろしてくれたのでした。


「分かりました。シフォン様に免じてここは刃を下ろしましょう。ですが詳しい話は聞かせていただきますからね?」


「あぁ、いいだろう。こっちもお前が何者か教えてもらいたいところだ」


 そうして始まった二人の自己紹介。

 ラシアさんは優雅にメイド服のスカートを指で摘まみ、丁寧なお辞儀をしながら身分と名前を告げています。

 一方ミントさんはぶっきらぼうながらも、僕と出会った経緯から今日に至るまでを、淡々と語ったのです。

 もちろん元々は普通のエルフだったこと。

 今はダークエルフになってしまったが、幼態なので危険はないこと。

 そしてエルフに戻る為に僕のスキル研究を手伝っていることなども含めて。


「そう……ですか。早とちりをしてしまい申し訳ありませんでした。ミント様も苦労なさっているのですね」


「いやいいさ。世間でダークエルフがどう見られているのかは痛いほど知っている。それでも姿を晒したのは、ディータがお前を信じているからだ」


「ありがとうございます。危うくその信頼を損なうところでした。しかしそうですか。あのお屋敷の裏の森に住んでいる方がいらしたなんて……。ディータ様も仰って下されば良かったですのに」


 ニコニコとした視線がラシアさんから向けられましたが、笑顔……ですよね?

 なんかちょっと瞳の奥が怖いんですけど?


 ともあれなんとか落ち着きを取り戻し、僕達はテーブルを囲むことになりました。

 するとすかさず持参したという茶葉で、ラシアさんが紅茶を淹れて下さったのです。

 もう遠くなってしまったお屋敷での生活。

 あの日々を想い出させるような、懐かしい味がしました。


「やっぱり美味しいですね。ラシアさんの味がします」


「ぶ――っ!!」


「ちょ、ミントさん汚いです。いきなり吹き出さないで下さい」


「相変わらずディータ様は無邪気に劇毒をばら撒いておられますね。純粋さの裏返しではありますが、勘違いして鼻血が出そうになりました」


「そ、そうだよな! 変な意味じゃないんだよな! ディータはアレだぞ? もう少し言葉を選べ!」


 はて?

 何ゆえ咎められるのでしょうか。

 エリーシェさんと同じような扱いをされると、とても遺憾なのですが。


「……にぃ、べんきょうが足りない」


 シフォンからも冷たい視線を感じます。

 こちらもラシアさんが持参したお菓子を食べながらですが、呆れたように僕を見てきたのです。

 これでも僕は元賢者なんですけど……。


 まぁいいです。

 気を取り直して、ラシアさんが訪問してきた理由を聞かねばなりません。

 そう思い視線を向けると、彼女は「そうでした」と手を叩きました。


「大変なのですディータ様」


「何があったのですか? というか、よく僕達がここにいることが分かりましたね」


「それは簡単です。ポードランで最近流行し始めているトランプなるものに、シフォン様のお顔が描かれていました。聞けばそれは、ミリアシスにいる聖女様のお顔とのこと。どういう経緯かは存じませんが、シフォン様ならば聖女になられてもおかしくありませんから。ならばミリアシスに来れば会えるだろうと思った次第です」


 あぁなるほど。

 思わぬところから足が付いたものです。


「それで、ポードランから追っ手が掛かったということでしょうか?」


「いえ、そのことではありません。国外に脱出したディータ様は、追わなければならない程危険視されていませんから」


「ではどういったご用件で?」


 するとラシアさんは立ち上がり、おもむろに僕の両手を掴みました。


「ナティルリア様がご結婚されるのです!」


 え?

 ナティが!?


 活発で、いつも元気で、ちょっと思い込みの激しい王女様。

 まだ子供と言える年齢ですが、王族とはそういうものかもしれません。

 ならば僕が言うべき言葉は一つでしょう。


「おめでとうございます!」


「違うでしょっ!?」


 ホワイ?



 *****  神々との邂逅編 完  *****

ディータの遊び人ランクが「遊びの達人」から「遊びの伝道師」にあがった!

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