69話 僕は風になる
パーッと眩しい光に包まれていた視界がようやく戻ってきました。
辺りを見回すと平原ですが、出発する時とは少し場所がずれています。
どうやらロコロルの港町とミリアシス大聖国の中間辺りに出てしまったみたいですね。
とはいえ異界からの帰還は成功。
まずはそのことに安堵でしょうか。
「お、戻ったみたいだな」
ゆっくり目を開いたミントさんが、う~んっと背筋を伸ばしました。
異界もお気に召したようですけど、やはりこちらの世界の方が安心するのかもしれません。
ちなみに今回は新宿御苑の中にある池を使わせて頂きました。
その際玩具類をキャリーバッグに詰めて運んだので、少し不審がられてしまいましたが。
まぁ他にも観光客はたくさんいたので、それほど問題にはならなかったでしょう。
結局昨夜は、三人ともホテルに戻るや否や寝てしまいましたからね。
なのでまだ試していない玩具は全て持ち帰らざるを得なくなり、ちょっとした大荷物なのです。
キャリーバッグ二つに加え、収納不可能なものが数点。
それらを抱えての帰還は、旅に浮かれてお土産を買い漁ったお上りさんのようです。
……まぁ実情はあんまり変わりませんけど。
流されやすい自分が恨めしいです。
「ミリアシスまでちょっと距離があるな」
現在地を確認したミントさんが、遠くを覗き見るような姿勢で伝えてきました。
つまさき立ちになっていますけど、それでもミリアシスは見えないのでしょう。
徒歩となれば相応の大変さが予想されるのか、少し溜息混じりでした。
「まぁ仕方ないですね。運良くロコロルとミリアシス間の定期馬車を見つけたら乗せてもらいましょう」
「……ん」
諦め気味に言うと、シフォンもニャー太君を抱えたまま同意を示していますが……駄目ですよ?
シフォンだけそれしか荷物を持たないなど許されませんからね?
とはいえ重いものを持たせるわけにもいかず、シフォンには軽いほうのキャリーバッグを一つ。
ミントさんは重いキャリーバッグ。
僕は両手でギリギリ抱えられるくらいの荷物を持って、いざミリアシスを目指します。
しかし歩き始めて三十分。
「ギブアップ」
僕でした。
最初に根をあげたのは、遺憾ながら僕でしたごめんなさい。
っていうか無理です。
右脇にスノーボードとスケートボードを抱え、左脇にサーフボード。
背中にはスゴロクゲームやら野球盤の入った袋を担いでいるのですから、こんな状態で歩き続けるなど、元賢者には荷が重いです。本当に重いです。
「代わってやりたいところだが、今の私の姿ではな……」
本来のミントさんは成態らしいので、その姿に戻ればお手伝いしてもらえるのでしょうけど。
さすがにそんなことをしてもらうわけにはいきません。
その問題も、早く解決して差し上げたいところではありますが。
「そうだ。お前、折紙で何か作れないのか?」
「何か? とは?」
「例えば荷車とか。それなら引くだけでいいんだから楽になるだろ?」
良い意見ですが、残念ながら無理です。
そもそも折紙は、円形を作るのに適していません。
例え荷車っぽいものを折ったとしても、不恰好な車輪では今以上に大変でしょう。
あぁでも、何かに乗せて引っ張るというのは大変良いアイディアですね。
一計を閃いた僕は、さっそく試してみることにしました。
スケートボードを地面に置き、その上に他のボードを重ね、背負っている荷物を上に置くのです。
紐で縛って固定してしまえば、なんとか引っ張って行くことも出来そうじゃありませんか?
「……にぃ、あたまいい」
「でしょう?」
シフォンからの称賛を浴びて有頂天の僕は、さっそくスケートボードを引っ張ります。
ん……っ。意外と重いですね……。
でもこれなら……なんとか……。
――コテ
倒れました。
敗因は地面の凸凹でしょうか。
異界と違ってアスファルトで舗装されているわけではありませんから、上手く車輪が転がらないのです。
そこを無理矢理引っ張れば、バランスの悪さも相まって転倒。
僕の希望はあえ無く撃沈したのです。
「……にぃ、あたまわるい」
「なんですと!?」
キラキラ目から一転。ハイライトを失った瞳のシフォンが、はぁっと嘆息しました。
ぐぬぬ……。
なんとか兄としての威厳を取り戻さなければ。
散らばってしまった玩具を袋に戻しつつ、僕は次なる作戦を提言です。
「折紙で荷車は無理ですが、箱と犬は作れます。なので箱を作って荷物を入れ、それを複数の犬に引っ張らせるというのはどうでしょう? 題して『犬ゾリ大作戦』です!」
「おぉ!」
ふふんっ!
これならばバランスも安定する筈ですし、なにより犬が引いてくれますから。
僕も疲れなくて済むという、一石二鳥の閃きなのです!
ということでさっそく折紙で犬を作ってみます。
不安要素として、生物を折るのは始めてなのでそこがどうなるか。
見た目だけで命を持たない、なんて可能性は十分ありますからね。
「出来た! どうでしょう!?」
出来上がった折紙はいつものようにポンッと本物の犬へと変わり
「わんっわんっ!!」
成功です!
折紙で作った大型犬は見事に生命を持ち、僕に向かって二つほど元気に吼え、そして一目散に逃げ去ったのでした。
「……」
「……にぃ……」
やめてっ!
そんな憐れみの目で見ないでっ!
「ま、まぁ……なんだ。生き物を作れたってだけで凄いじゃないか。造物主に対する忠誠心までは折り込めなかったみたいだけどな……」
ミントさんが眺めている大型犬の後ろ姿はご立派で、元気に草原を駆けて行きます。
実際のところ、あの犬はちゃんと生命なのでしょうか?
餌は食べるのか? 知能はあるのか?
例えば牛なんかを作ったら、それは食用に出来るのか? 栄養は?
色々な可能性と疑問が浮かびますが……止めておきましょう。
紙一枚から命を造り出すなど、生命に対する冒涜な気がしますから。
冒涜していいのは紙の命ではなく煎餅の神だけです。
「諦めてのんびり行くか?」
「……ん」
楽に荷物を運ぶ妙案がなくなり、ミントさんが手を差し伸べてきました。
「一つくらいはまだ余裕がある。持ってやるぞ」
にっこりと微笑んでくれていますが、そこまでお世話になるわけにはいきませんし、それに僕はまだ諦めていないのです。
せめてスケートボードに乗って、スイーッと移動出来れば幾分楽なのですけど。
……乗ってみましょうか?
「お、おい? さっきの二の舞じゃないのか?」
両手に二種類のボードを抱え、さらにスケートボードに片足を乗せる僕の姿は、さながら重盾兵でしょうか。
防御力なんて皆無ですが。
「さっきのはバランスが悪かったんですよ。きっと……」
嘘です。
知ってます。
たぶん上手くいかないです。
でも半ばやけっぱちなのです。
兄として絶対に引けない戦いがここにあるのです!
「行きますよぉっ!」
ボードに乗せた足に重心を傾け、僕は反対の足で思いっきり地面を蹴りました。
異界に比べれば凸凹の悪路。
しかし予想に反して、勢いよくボードが地面の上を滑り始めたのです。
「おぉっ! ……おぉぉぉぉぅッ!!??」
勢い良くという表現を訂正。
マッハです。
僕を乗せたボードがマッハでぶっ飛んで行ったのです。
「あわわわわわわわぁぁぁぁッッ!!」
溶けるように流れる視界。
煩さ過ぎて何も聞こえないほどの風音。
呼吸すら出来ない状況です。
死にます。
これ普通に死にます。
転んだら、見るも無残なバラバラ死体になるでしょう。
転ばなくてもいずれ何かに激突し、壁の染みと消えるのです。
遊び人スキル本当いい加減にしてくれませんかね。
ってそんな暢気に考えている場合じゃないです!
スキルの影響なのか揺れは感じませんが、その分速度もまったく落ちず、早くもミリアシス大聖国が近付いてきてるのです。
どうやって止まるんですかこれっ!?
このままでは街中に突っ込んでしまい、甚大な被害が出るんですけどっ!?
落ち着きましょう!
落ち着いて考えましょう!
元はスケートボードなので、速度は違えど操作は一緒のはず。
ならばこうでしょうか?
「えぃっ!!」
僕は板の後ろを思い切り踏みつけました。
途端にボードが地面と擦れ、凄まじい砂埃を巻き上げてブレーキがかかります。
ガガガガガッ!! と長い爪跡を地面に残し、ようやく静止したのはミリアシス大聖国の外壁まであと少しというところ。
危うく本当に死に掛けました。
遊び人スキルの前では、僕の命まで弄ばれてしまうのです。
いや本当いい加減にして……。




