6話 僕は本気でイビルごっこを楽しみます
お城に到着してしまいました。
やたら広いお部屋は、僕が泊まっている部屋の十五倍くらいでしょうか。
しかも全面が青いふかふか絨毯で、高い天井にはシャンデリアが三つも付いてます。
完全に別世界。
なのに堂々たる振る舞いでソファに腰掛けているからには、本当に彼女。
ナティルリアと名乗った女の子は、この国の王女様なのでしょう。
しかしどうしてこんなことになってしまったのでしょうか。
訳も分からず連れ去られ、今は王女様と正対するように、僕とシフォンは椅子に座っていました。
普通の椅子っぽく見えるけど、手触りは木製と思えないほど滑らかで、明らかに高級品だと分かります。
緊張と恐怖でガチガチになってしまっていると、誘拐犯がニコッと笑いました。
「さぁ! 何して遊ぶ?」
そりゃあもうワクワクといった感じで目をキラキラさせてくれてるナティルリア王女。
けど少しは説明して欲しいです。
あぁでも、下手なことを言って機嫌を損ねたら死刑でしょうか?
シフォンだけでも無事に帰すためには、僕がしっかりしなきゃいけません。
「え、えぇと……王女様は僕達との遊戯を御所望ということでしょうか?」
でもまともな答えが返ってくるとは思えませんね。
まともな受け答えが出来る方なら、こんな強引に誘拐はしないでしょう。
なので僕は、言いながら王女様の斜め後ろに控えているメイドさんに、チラッと視線を飛ばしました。
するとどうやら、彼女は意図を読み取ってくれたようです。
コホンと一つ咳払いし、経緯を話し始めてくれました。
「昨今は魔物の動きや戦争が活発で、子供といえど遊んでいるものはほとんどおりません」
「そ、そうですね。ごめんなさい」
「ナティルリア王女もそうした情勢を鑑み、普段は慎ましく暮らしております。ですが、河原で何やら楽しげに遊ぶ貴方達を見つけ、息抜きをしたいと仰せなのです」
つまり遊び相手がいないから我慢してたけど、遊び相手になりそうな人を見つけたから攫っちゃえってことでしょうか?
さすが王女様。すっごく王女様です。
そんなメイドさんの説明に、王女様がさらに補足しました。
「メイド相手に遊んでも、お城の人間はみんな手加減しちゃうのよね!」
そりゃそうです。
自分の主。まして王女様を負かせちゃったら、あとでどんなことになるか分かりません。
軽く死刑三回は固いでしょう。
「私は真剣な勝負がしたいのっ! その点貴方は合格よっ!」
「え? な、なんででしょうか?」
「隣の子は妹さんでしょう? 妹とはいえ、小さな女の子を吹き飛ばしてしまうくらい本気を出せるなら、きっと私を満足させられるわっ! そうよねサティ」
「仰る通りで御座いますナティルリア様」
ん~、誤解させてしまっているみたいです。
僕だって、好きでシフォンを吹き飛ばしたわけじゃないのですから。
「さ、つまらない話はこれくらいにして、早く遊びましょ? 何がいいかしら……」
僕の困惑なんて気にも留めず、王女様は遊ぶ方法を模索し始めてしまっています。
けど、ある意味チャンスかもしれません。
王女様なら、きっと僕達が知らないような遊びも知っているでしょう。
意図せず、遊び人スキルを増やせるかもしれないのです。
「イビルごっこなんてどう?」
「イビルごっこ……ですか?」
「知らないの? サティ」
「畏まりました。イビルごっこというのは、一人イビル役を決め、その者から逃げ回る遊びに御座います。制限時間内に全員捕まえればイビル役の勝ち。そうでなければ逃げた者達の勝ちとなります」
「なるほど……」
人数は、僕とシフォン、それに王女様とメイドのサティさんで計四人。
イビル役になったら、他の三人を捕まえればいいってわけですね。
これなら危険もなさそうだし、簡単でいいかもしれません。
「じゃあさっそくイビル役を決めましょう!」
待ちきれなさそうな王女様の掛け声で、最初のイビル役決めが始まりました。
話し合いの結果、イビル役はサティさん。
彼女が部屋の中心に陣取り、僕達は部屋の隅からスタートです。
「手加減しないでよサティ!」
「畏まりました」
王女様が言うと、開始とともにサティさんが跳びまし――跳んだっ!?
なんと彼女は、椅子を踏み台にして一直線に王女様へ飛び掛ったのです。
さすがに唖然としてしまいます。
確かに手加減無しと言ったのは王女様だけど、それは本気を出し過ぎではないでしょうか?
しかし王女様も煽っただけのことはあるみたいで、真横にクルンと転がりながら、サティさんの手を華麗に躱しています。
転がった時に重そうなスカートがフワリと翻り、すごく優雅な感じがしますね。
さすが王女様です。
「ボケッとしないっ! 次が来るわよっ!」
ハッとして状況に目を戻すと、爬虫類みたいな動きでサティさんがテーブルの下から奇襲してくるところでした。
「ひぃっ!」
あまりの気持ち悪さに怯えつつ、必死に逃げ惑う僕。
なんとかやり過ごしたけど、シフォンは大丈夫でしょうか?
チラッと彼女の様子を確認すれば、シフォンは優雅に椅子の上に立っていました。
なぜ逃げ場のない椅子の上?
不思議に思っているうちに、サティさんがシフォンを標的に変えます。
「シフォンっ!」
まるで水の中から飛び上がる魚みたいな動き。
腰を低くして疾走したサティさんが、一気に椅子の上のシフォンへと飛びかかりました。
だがシフォンは慌てません。
トンッと軽く椅子を蹴り、次の椅子へと飛び移ったのです。
意外と彼女は、凄い女の子なのかもしれませんね……。
……。
やけに本気なサティさんから逃げ回ること数分。
時計がカーンと制限時間を告げた時、捕まっていたのは僕だけでした。
女の子二人は逃げ切ったのに、ちょっと情けなくなってしまいます。
元賢者だから仕方ないけど、体力も鍛えておくべきでした……。
「ふぅ……。やるわねサティ。いい動きだったわっ!」
「お褒めに預かり恐縮でございます」
一方上機嫌なのは王女様。
額に汗を滲ませながら、良い運動だったと満足気。
一番動いたのはサティさんだろうけど、彼女の方は汗一つかいてません。
メイドさんって実は凄い職業なのかもしれないですね。
「これなら僕達を連れてこなくても良かったんじゃないでしょうか?」
どう見てもメイドさんは本気だったし、実際王女様も満足していらっしゃいます。
僕達がいる必要はないように思えるのですが。
「普段はサティもこんなに本気を出してくれないわ。きっと貴方達がいるから張り切ってるのよ。そうでしょサティ」
「その通りで御座います」
そうなんですか?
なんで僕達がいると張り切るのか分からないけど、決して意味の無いことじゃないようです。
ならもう少し僕も頑張ってみましょう。
シフォンに格好悪いところばかり見せるわけにもいきませんから。
「捕まったのが貴方だけだから、次は貴方がイビル役よ。……そういえば、名前をまだ聞いてなかったわね」
今更ですか? と思わなくもないけど、それが王女様なのでしょう。
「僕はディータと言います。こっちはシフォンです」
「そ。分かったわ。じゃあディータ。イビル役、しっかり務めてみせなさいっ!」
言いながらスカートを捲り上げ、王女様は本気で逃げる姿勢を見せています。
よぉしっ!
じゃあ僕も、本気を出してご覧に入れましょう!
一瞬だけボーッとし、体力を回復させてから、僕は腰を低くしました。
その間に、こっそり素早さ強化の魔法を自分にかけておきます。
ちょっと卑怯?
いやいや。元とはいえ賢者なんだから、魔法は手足みたいなものです。
これが僕の本気なのです!
「行きますよ王女様っ!」
「来なさいっ!」
そうして第二回戦のイビルごっこがスタートしました。
ひゅんっと風を切るような速度で、僕と王女様の距離が縮まります。
「なっ!?」
余りの速度に目を見開きつつも、王女様はサッと身を躱していました。
さすがですね。
「は、早いわねっ! なかなか良いわっ!」
「ありがとうございますっ!」
お礼とともに王女様に肉薄しながら、実は僕の狙いは王女様ではありません。
自分が狙われていないと安堵しているサティさんが本命なのです。
右へ左へフェイントを入れながら、王女様とサティさんの立ち位置を一直線になるように調整。
そして王女様に飛び掛り、躱されたのも気にせずさらに踏み込みます。
そこにいるのは、無防備に突っ立っているサティさんです。
「捕まえましたっ!」
一瞬遅れて逃げ出そうとしたサティさんの肩を、バッと僕の手が掴みます。
よし。あと二人ですね。
そう思って次の標的を探そうとして、すぐさま異変に気付きました。
捕まえたサティさんの身体が、いつのまにかゴツゴツした感触に変わっていたのです。
どうしたのでしょうか?
不思議に思いながらサティさんへ振り返ると
「捕まってしまいました。お見事です」
と、口調は変わらないものの、彼女の見た目はガラッと変わっていました。
全身が紫色の筋肉質な身体で、真っ黒い翼も生えています。
頭からは角が飛び出し、ツンと澄まし顔だけども鋭い牙が見えているではないですか。
これ以上なくイビルデーモンです。
「どうしました?」
斬新なイメージチェンジをしたにも関わらず、サティさんは恐ろしい顔で微笑んでいました。
世の中色々なことがあるものですねぇ……。