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62話 僕が勇者かもしれないと言った人は誰ですか

「し、しかし魔の者とはいえ仮にも神なのでしょう? 人の身でどうこう出来る相手とは思えませんわ……」


 突飛な頼みごとに、ニルヴィーさんだけでなく皆さん怖気づいてしまったようです。

 いかにミリアシス様から直々の頼みごととはいえ、神を相手にするなど恐れ多すぎますから。

 かくいう僕も丁重にお断りしたい所存。

 ですがミリアシス様は微笑を崩さぬまま、それは違いますと続けたのです。


「何も魔神を倒してくれと言っているわけではありません。そのようなことは不可能ですし、他の神々と違って私と魔神は強すぎる力故、現世に降り立つことすら出来ませんから。魔神には、そもそも出会うことすら出来ないでしょう」


「で、ですが……我々は今こうしてミリアシス様にお会いしているのでは?」


「ここにいるのは影に過ぎません。それですらこうして人里を離れた場所に結界を張り、ここから出ることすら叶いませんが。仮に天上にある私の本体が現界しようものなら、その光だけで世界が焼き尽くされてしまいます」


 そ、それほどですか。

 圧迫感すら覚えるほど膨大な魔力は感じていましたが、出会いが出会いでしたのでどこか侮っていました。

 そんな僕の心の機微を悟ったのか、チラッとこちらを見たミリアシス様が、勝ち誇ったようにニヤリと笑った気がします。

 思わず靴をぶつけたくなるお顔です。


「ですから貴方達にやって頂きたいのは、魔族や魔神派の神がおかしな動きを見せていないか。それを調べて欲しいのです。報告はわざわざこちらに来なくとも、神伝えの石を通して頂ければ大丈夫ですので」


「よろしいですかミリアシス様」


 スッと手を上げたのはゾモンさんです。

 ミリアシス様はそれに笑顔で頷き、発言を許可する旨を示します。


「ありがとうございます。ではお聞き致しますが、もともと我々人間と魔族は遥か昔より対立しております。中には此度の聖選のように人の中に紛れ込み、裏で陰謀を巡らす輩もいるようですし、殊更におかしな動きと言われましても――」


「ちょ、ちょっと待ってください。人に紛れ込んで妨害? 聖選を?」


 僕達にとっては周知の事実だったのですが、慌てたのはミリアシス様です。

 何やら考え込んでしまったご様子ですが、それほどおかしなことなのでしょうか?

 ポードランではお城の中にもイビルデーモンが紛れていましたし、そういうものだと思っていたのですけど。


 すると考えが纏まったのか、俯き加減でミリアシス様は言葉を紡ぎ出しました。


「やはり魔神派の動きが今までとは違うようですね。魔神とは長い時を争ってきましたが、そのようなこと聞いたことがありません。争うと言っても……それもほとんど形骸化していますから」


「そうなのですか?」


 それがどういう意味なのかと首を傾げると、自嘲するような笑みを零し、ミリアシス様が魔神との長い争いの歴史を語ってくれました。

 それはまごうことなく神話そのもの。

 人の世に残る数々の伝説や伝承。その大元となったお話だったのです。


 一言一句を脳に刻むのは難しそうなので、僕は概要だけをババッと記憶に留めていきます。


 人が生まれ、その想いから神々が産まれた。

 明るい感情から産まれた神を代表するのがミリアシス様。

 暗い感情から産まれた神を代表するのが魔神さん。

 両者は自分こそが人を導く者だと争い合ったけれど、強大過ぎる力を持つお二人は戦うどころか世界に顕現することも出来ない。

 そこで魔神は魔王を産み出し、世界を負の感情で満たそうと画策。

 対してミリアシス様も勇者を産み出し、世界を正の感情で満たそうと争う。


 まぁようするに、魔王と勇者の戦いって神の代理戦争みたいなものってことですね。

 そう聞くと、なんか煎餅神の為に戦わされているようで、勇者候補と共に世界を救うと息巻いていた頃の自分が黒歴史でしょうか。

 この世には、知らなくて良い真実もあるのです。


 さてしかし。

 長く長く争ううちに、お二人は気付きました。

 正の感情があるから負の感情が生まれ、その逆もまた然り。

 正と負は相容れぬものなので争い続けることにはなるけれど、どちらかを滅ぼしてはいけないという結論に達したのです。


「こう言ってはなんですが、その後は予定調和。魔王は負の感情を集める為に人を脅かし、勇者は正の感情を集める為に魔王と戦う。そういったシステムが出来上がったのです」


「それでは茶番じゃありませんのっ! そんなことの為に人は傷つき、苦しみ、辛い想いをしているのですかっ!?」


「返す言葉もありません。ですが信じて下さい。私は悪戯に人を苦しめているわけではなく、世界の秩序を守るためにはこうするしかなかったのだと」


 顔を歪め、本当に辛そうに語るミリアシス様。

 その御労しい姿に、気勢を強めていたニルヴィーさんもしゅんとしてしまいました。

 僕だって、そう言われてしまったら慮るしかありません。

 人を司り守る存在であるミリアシス様が、人の世を守る為に苦渋の決断を強いられているのだと。

 きっとこの方は、いつも心を痛め、人々を想って下さっているのだと。

 そう信じることが出来たのです。

 口元に煎餅のゴマさえ付いてなければの話ですが。


「そしてその秩序が、今破られようとしています。私と人々が交信出来ないように神伝えの石を破壊したのがその証左。人の中に魔を潜ませ、魔神派は本気で世界の侵略を開始したのかもしれません」


「だから魔族の動きに注視し、何が起きているのか見極めたいと?」


 ミリアシス様がコクリと頷き、金色の髪がふわりと肩を滑り落ちました。

 そんな動作の一つ一つが神々しく、こうしてみていると本当に神様なんだなぁと思ってしまうから悔しい。


「いかに魔神とて、私と同じように直接現世に手を下すことは出来ません。ですから魔神の野望を砕く一番手っ取り早い方法は魔王の討伐となるでしょう。向こうもそれを分かっているから、きっと魔王を討たれぬような対策を考えていると思われます」


「なら大丈夫じゃないですか? ディアトリさんを始め、他の勇者候補さん達も頑張っていると思いますし」


 そうです。

 元々僕とヘーゼルカお姉ちゃんは、その為に旅立ったのですから。

 残念ながら僕は力不足でパーティーから離脱してしまいましたが、彼等は今も戦い続けているでしょう。

 ミリアシス様もこう仰っていることですし、僕もすぐに復帰しなければ。


 そう決意を新たにしていたのですが、それを否定したのはエリーシェさんでした。


「違うんですよ~ディータさん。勇者を選ぶのは聖女ですけど~、それも神様からの神託があって初めて出来ることなんです~」


「神伝えの石が贋物だった以上、今の勇者候補達がミリアシス様に選ばれた者である可能性は低い。いやむしろ、あえて勇者足り得ない者達が選ばれたのではないだろうか?」


 あ……そういうことだったんですか。

 どのタイミングで神伝えの石が贋物とすり替わったのか定かじゃないですが、その後で勇者に選ばれた人が本物の勇者である筈がない。

 ならば他に勇者がいるはずだと考え、多数の魔物を退けた僕を勇者なのではないかとエリーシェさんは思ったんですね。


 ……勇者。

 僕が勇者?


 数多の魔を退け魔王を討ち滅ぼす存在。

 幼い頃から僕とヘーゼルカお姉ちゃんが憧れていた人々の希望。

 僕がそうである可能性があると?


 な、なんでしょうか?

 この胸の奥から沸き上がる、とてつもなく熱い感情は。

 分不相応かもしれませんが、もしそうであるなら、僕は命の限りその宿命を全うしましょう!

 もちろんヘーゼルカお姉ちゃんにもそのことを伝え、手伝ってもらわなければなりませんね!

 そして幼い頃の約束を果たし、一緒に魔王を打ち倒すのです!


 運命を受け入れ、覚悟を決めて。

 僕はバッとミリアシス様を見上げました。

 すると神様はニッコリ微笑んで


「違いますね。貴方は勇者ではありません」


 ……別に?

 知ってましたし?

 僕が勇者とか、そんなわけないですし?

 大体僕なんかにそんな大役務まるわけないじゃないですか。

 何を勘違いしてるんですかエリーシェさんは。

 まったく早とちりですねぇ。はは……は……。


「な、泣かなくてもいいじゃありませんの」


「そうですよ~ディータさん。ここは「普通で良かった~」と喜ぶ場面です~」


「な、泣いてないですしっ!? なんか盛り上がってたのにバッサリされて恥ずかしいとか全然ないですしっ!?」


 帰りたい。

 全速力で帰りたい。

 帰って頭から布団を被って数日間は寝込みたい気分です。


 そんな僕を見て溜飲を下げたのか、楽しそうな気配を出しつつミリアシス様が僕をフォローしてきやがりました。

 余計なお世話なんですけど。


「そもそも勇者とは、その人の持つ力や権力や資質に捕らわれるものではありません。魔王を討つ為に私が世界に蒔いた勇者の加護。それを魂の中に内包する者を指すのです」


「勇者の加護、ですか? 確かに魔王を討つ為には、力とは別に特別な加護が必要だと聞いたことはありますが」


「魔王も魔神から神の力を与えられた存在ですから。それを倒すとなれば、同様に神から与えられた力が必要なのですよ」


 ただし人の寿命は短い上に、魔族に比べて身体も貧弱。

 ゆえに七つの勇者の加護を世界に蒔き、魔王によって世界が滅ぼされないようにしたのだとか。


 ちなみにその加護。

 勇者が死ぬと魂から抜け落ち、次の誰かの魂に飛んでいくそうです。

 選ばれやすい血族というのはあるみたいですが、基本的にはランダム。

 産まれも育ちも関係なく、まだ魂が育つ前の赤子に定着するということでした。


「魔王の加護は世界に一つしかありませんが、それゆえに強力。選ばれた者には膨大な魔力が与えられ、決して勇者の加護を持つもの以外が倒すことは出来ないのです」


「一つ質問いいですか?」


 涙を拭い……いや泣いてませんけど。

 とにかく目元の汗を袖で拭い取り、僕は煎餅に聞いてみることにします。


「魔王の加護も魔王を倒せば次の魂に移っちゃうんですよね? しかも勇者と違って生まれながらに膨大な魔力を持って」


「そうなりますね。もっとも魔族に君臨するだけの実力を得るまで成長するのには、数十年から数百年かかるようですが」


「それって、完全に破壊することは出来ないんですか? 世界の秩序うんぬんは理解してますけど、別に魔王も勇者も必須ではないですよね?」


 別に魔王がいなくても魔物は人を襲うでしょうし、勇者がいなくても人々はミリアシス様を信仰する筈です。

 ならバランスを崩しかねないそんなシステムは、根本的に無くしてしまっていいんじゃないか?

 それが僕の考えです。

 そしてどうやらそれは可能なようですが、一つだけ問題があるとのことで


「魔王の加護を完全に破壊する為には、勇者の加護そのものをぶつける必要があります」


「そうすれば可能なんですか?」


「はい。ただし加護を切り離した勇者は、その衝撃で命を落としてしまいますが」


 なんて厄介なシステムでしょうか。

 人一人の命で魔王の脅威を永遠に退けられるとなれば安いと考える人もいるかもしれませんけど。

 だから死んでくれなどと、僕にはとてもお願い出来ません。

 あぁでも、そこで「分かった」と答えられるような人が勇者なんでしょうね。


 勇者じゃなくて良かったと、密かに安堵しておきましょう。



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