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61話 僕は神様とご対面

 寝っ転がったままフリーズしてしまったみたいですが、僕は女神様(仮)にもう一度確認してみます。


「えっと、貴女が人を司る女神ミリアシス様で――」


「ち……違いますん」


 どっち?


「でも、ここに来ればミリアシス様にお会い出来ると聞いて来たのですけど……」


「……あぁ……あぁあぁっ! そうっ! そうですっ!」


 おもむろに立ち上がり、何かを思い出したように『そうだったそうだった』と繰り返す女神様(仮)

 はっきり言って胡散臭さしかない三文芝居ですが、しばらく様子を覗うことにしましょう。

 どう言い繕うのかちょっと楽しみです。


 すると彼女は僕の肩をパンパン叩き


「ミリアシス様は大変お忙しいお方なんです。今は向こうで世界中の人々に祝福を授ける為お祈り中なので、ちょっと外でお待ち頂けますか? 五分……あ、いや十分したらまた来て下さい!」


 と早口に捲くし立てたのでした。

 そして僕の肩をクルッと回して、強制的に回れ右。

 そのままグイグイ背中を押して、僕を追い出そうとしてきたのです。


「あ、あのっ! 大丈夫ですよね!? 十分待てばまたお会いしてもらえるんですよね!?」


「はい大丈夫ですよ。ただし十分間は絶対来ちゃ駄目です。絶対ですからねっ!」


 必死な声で訴えられながら背中を押されていると、またも突然景色が変化。

 飛び込んできたのは花咲く草原と、澄み切った青空と、唖然と僕を見ている皆さんのお顔。

 つまり戻って来れたということでしょう。


「ディ、ディータ殿っ! ご無事でしたかっ!!」


「もうディータさん突然消えたら心配するじゃないですか~。オシッコならちゃんとそう言ってから消えてくれないと~」


 エリーシェさんの中で、僕はお手洗いのために空間転移するようなとんでも人間という認識なのでしょうか?

 心外すぎて涙が出そうなんですけど。

 ちょっと凹みそうになっている僕の顔を、常識人であるニルヴィーさんが覗きこんできました。


「で、なにがありましたの? 焦ってはいらっしゃらないみたいですから、危険なことではなさそうですけれど」


「それなんですけど、どうにもここから先がミリアシス様のいらっしゃる空間と繋がっているみたいなんですよ」


「本当ですか~!?」


 興味津々で駆け出したエリーシェさんを、僕は慌てて引き止めます。

 十分ほど待てとのお達しですからね。

 約束を違えてしまえば、神罰が下ってしまうかもしれません。

 それに身だしなみを整えたり煎餅を片付けたりしている女神様(仮)を見てしまったら、皆さんが改宗しかねないのです。


「ともかくミリアシス様にも都合があるとのことなので、少し待ちましょう」


 そのように説明し、僕達は少しの間休息を取る事にしました。


 そしてきっかり十分後。

 満を持して、再びミリアシス様のもとへ伺うことにします。


 玄関から外へ飛び出したように、フッと突然切り替わる景色。

 するとどこまでも真っ白な世界の中で、今度は美しい女性が待っていました。


 キラキラと黄金色に輝く長い髪。

 透き通るほど白い肌に、神秘的な真っ白いドレス。

 優しげで、たおやかで、全てを慈しむ聖母のような表情の女性は、厳かに口を開きました。


「よく参りました、私の可愛い子等よ」


 スッと耳に馴染む声は、ただ聞いているだけで癒されるよう。

 その存在を前に、この方がミリアシス様なのだと知らずとも理解させられます。

 口元に煎餅のゴマが残っているので、誤魔化し様もなくさっきの女性と同一人物ですけどね。


「お会いできて光栄です、ミリアシス様」


 神の威光を前に誰からともなく膝を付き、エリーシェさんまでもが頭を垂れていました。

 あの姿を見た後ではちょっと癪ですけど、僕もそれに倣って頭を垂れます。


「そう畏まらなくても良いのですよ。人はみな私の子。愛すべき子供達なのですから」


 両手を広げ、にこやかに微笑んでいるミリアシス様。

 神の威厳と慈愛に満ちたその姿に、皆がポーッと見つめています。

 僕だってさっきのアレさえなければ、素直に感動出来たというのに。

 ちょっとだけ恨みがましい視線を向けたら、プイッと視線を逸らされました。


 ほう?

 恥ずかしい姿を見られた意趣返しですか?

 なんて器の小さい神なのでしょうか。

 僕の貴女に対する敬意は、今地の底まで落ちました。


「子等よ、どのような用件で参ったのですか? ここは神聖なる神の山。もちろん私に会いたいと想う気持ちを無碍にはしませんが、人の身が軽々に立ち入って良い場所ではありません」


 言っていることはもっともです。

 簡単に神様に会えるとなれば、訪れる人はひっきりなしでしょう。

 まかり間違っても、寝っ転がって煎餅を食べる暇などなくなってしまいます。


 そう考えれば、神獣さんはその為の存在なのかもしれません。

 今では印象がガラリと変わりましたが、普通あんなものが闊歩する森の中を抜けようなどと思いませんから。


「実は恐れ多くもミリアシス様に下賜された神伝えの石が、何者かによってすり替えられてしまいました。慙愧の念に耐えませんが、何卒新しい神伝えの石を頂戴致したく、恥を忍んで参上仕った次第で御座います」


 ゾモンさんが代表して登頂の理由を説明すると、ミリアシス様にも思うところがあったのか。

 静かに目を伏せ、納得したような顔で頷いています。


「やはりそうでしたか。聖女からの信仰が届かなくなったので、おかしいとは思っていました」


「聖女からの信仰……ですか?」


「そうです。そもそもあの石の役目は、聖女が集めた信仰心を私に捧げることにあるのですよ」


 いまいち良く分かりませんが、どうやら神様にとって信仰心とは力の源であり、その存在理由ですらあるというお話。

 なので聖女様から信仰心を届けて貰うため、あの石を授けたのだとか。


「偉そうに私の子等などと言いましたが、本来は逆なのです。神が人を造ったのではなく、人の想いが神を産み出したのですから。大地に感謝すれば大地の神が。水に感謝すれば水の神が。そうして今、この世界には無数の神が存在しています」


 ただし信仰を失くせば神は力を失い、いずれ存在そのものが消えてしまうと。

 神伝えの石は、その信仰心を効率良く集めて神に捧げるシステムなのだそうです。

 そう考えれば、聖女が投票で決まるのも納得ですね。

 より多くの人の支持を集めた方が聖女になれば、より多くの信仰心を集められるのですから。


「貴女が今代の聖女ですね? なるほど、良い顔をしています。たくさんの信仰心を集め、私に捧げて下さい。さすればより多くの力で、私も人々に祝福を授けましょう」


 ギブアンドテイク的な事を言われてしまうと、なんか有り難味がなくなってしまいますが。

 意外と俗物的な神様事情でしょうか?

 それにニルヴィーさんの顔を見て微笑んでいるので、彼女が困ってしまっていました。


「も、申し訳ございませんミリアシス様。私も副聖女という立場ではありますけれど、今代の正当な聖女は――」


「あ、それ私ですね~。期待に応えてガンガン信仰心集めちゃいますよ~?」


 軽いっ!

 仮にも神様を前に、なんという軽さっ!

 ミリアシス様、ちょっと頬が引き攣っていらっしゃいます。


「そ、そうでしたか。失礼しました聖女」


「いえいえ~、お気になさらず~。聖女っぽくないって良く言われるので~」


「そ、そうですか? ですが信仰心を集める為にも、もう少し神聖さを持ったほうが良いですよ?」


 もうなんか、色々台無しです。

 ミリアシス様もせっかく頑張って準備したのに、だんだん神聖性とやらが取り繕えなくなってきてます。

 少なくとも僕の中では、神様というより近所のお姉さんくらいの感覚になってきてますよ?


「ま、まぁ良いでしょう。人々が選んだのであれば、それが求められる聖女なのですから」


 なんとかギリギリのところで威厳を維持しつつ、ミリアシス様は続けます。

 ゾモンさんから受け取った神伝えの石の原石に、そっと手を当てて祝福を授けたのです。


「これでこの石は正しく役目を果たせるでしょう」


「はっ! ありがとうございますっ!」


 さて、これで一件落着。

 あとはミリアシスに帰るだけなのですけど、先ほどから僕は嫌な予感がしていました。

 だから早くこの場を離れたいのですが、やはりというか当然というか。

 ミリアシス様は、更に話を続けてしまったのです。


「本来であればこのようなことを子等に頼むのは気が引けるのですが」


 先ほどからミリアシス様は、神の在り方や信仰心の必要性を、不必要なまでに僕達に説明していました。

 その辺りから、僕はずっと疑念を抱いていたのです。

 何故そんな話を聞かせるのか?

 そんな話をすれば神性が薄れ、それこそ信仰心が薄まるのではないのか? と。


 だからきっと、それを聞かせてでも言いたい事があるのだと、そう考えていたのです。

 そしてそれは的中してしまいました。


「魔神の動向を調べては頂けませんか?」


 魔神っ!?

 ある程度のことは予想してましたけど、飛び出したのは更に斜め上の不穏極まる危険ワード。

 魔王ですら手に余る人類に、魔神を調べろとかとんだデスミッションです。

 ざわつく人間一同を代表して、ゾモンさんが疑問を投げかけてくれました。


「魔神というのは?」


「神は信仰心から成り立っていると話ましたが、人の強い想いには逆の性質のものもあります。つまり恨みや妬み、怒りや怨念ですね。人の営みに欠かせないとはいえ、金銭欲や色欲などの後ろめたく感じるものも含まれますが」


 ふむふむ。

 信仰心はいわばプラスの感情。

 そういったものから人の神が産まれたが、逆であるマイナスの感情からも神が産まれ、それが魔神ということでしょうか?


「この世界には数多の神が存在しますが、それは大きく二つの勢力に分かれています。人の神である私を主神とした勢力と、魔の神である魔神を主神とした勢力です。私は人を清く正しく導こうと、祝福と言う形で人々に理性や感謝の気持ちを授けていますが、魔神は逆に欲望や悪徳を授ける存在。そして私達は長い間……何億年も前から対立してきましたし、均衡という名の秩序は保たれてきたのですが……」


「それが崩れつつある、ということでしょうか?」


 神妙な顔で、ミリアシス様がコクリと頷きました。


「今回の神伝えの石の紛失。恐らくそれも魔神派の差し金でしょう。今までは大きくバランスを崩さぬようにしていた筈なのですが……」


 だから調べて欲しいと。

 魔神がどう動いているのか。

 何をするつもりなのかを。


「これは、人の世の在り方を変えてしまう事態になる可能性すらあります。ですからどうか、頼みを聞いてくれませんか?」


 そう言って、煎餅の神様は頭を下げたのでした。


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