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60話 僕はラギュット山を登ります

 エルフさんの村に戻ると、今朝までの態度とは一変していました。

 僕は大勢のエルフさんに囲まれて、あれやこれやと話をせがまれることになったのです。

 なんの話しかといえばもちろんミントさんの話。

 集まった方々は見た目は十代から二十代ですが、平均年齢二百五十歳。

 皆がミントさんの友人であったり、幼馴染であったり、憧れの対象であったり。

 彼女がいなくなってから六十年程ということですが、未だにミントさんは皆に慕われる存在なのでした。

 それが無性に嬉しかった僕は、ニルヴィーさんが呆れて呼びに来るまで、饒舌に語り続けたのです。


「名残惜しいですけれど、僕達にも使命がありますのでそろそろ……」


 ニルヴィーさんにせっつかれ、そう言って席を立とうとすると、グーダンさんが石を持ってやって来ました。

 ちょうど漬物が上手に作れそうな大きさの石。

 なんでしょうか?


「婿殿達は神さんに神伝えの石を貰いに行くんだったよな?」


「はい~。その予定です~」


「だったらこれを持っていきな。これが所謂神伝えの石ってやつだ」


 はい?

 この漬物石が神伝えの石?

 これを持って帰ればミッションコンプリートなんですか?


「あぁ、ちっと言葉が足りなかったな。言ってみりゃこれが原石。ここに神さんが変な魔法で力を付与したもんが、神伝えの石って呼ばれるもんになる」


「石ならなんでも良いというわけではないんですか?」


「そりゃあな。穢れてなくて、かつ魔力に作用しやすいとかなんとか。まぁ詳しいことは知らねぇが、そういうことらしい」


「そう言われてみれば、確かにエリーシェが壊した石と似ていますわね」


 ニルヴィーさんの仰る通りかもしれません。

 ならあの石は、ミリアシス様に力を付与されていないものの、この付近から取ってきた石ということでしょうか。


「んでこの手紙は……」


 石とは違い、なんだか恥ずかし気に差し出された一通のお手紙。

 少し視線を逸らし、山賊さんが頬をポリポリ掻いている姿はとても微笑ましいです。

 だから僕は快くそれを受け取り、グーダンさんにお約束しました。


「はい。必ずミントさんにお渡しします」


「……おぅっ! 頼んだぜ婿殿っ!」


 バシッと背中を叩いてきたグーダンさんは、今までに見たことのない爽やかな笑顔。

 彼の心を覆っていた暗雲が、きっと六十年ぶりに取り払われたのでしょう。

 そしてポーシーの町を覆っていた暗雲も、間もなく晴れ渡る筈です。


 ラギュット山へ向かうという目的から大分遠回りになってしまいましたが、それらは決して無駄じゃなかったと。

 そんな清々しい想いで、僕達はエルフの村を出発したのでした。



 ……。



「今回は……いや今回も、だな。ディータ殿には本当に助けられるばかりで、なんとお礼を申し上げてよいやら」


 山へ向かう道中、並走しているゾモンさんがそのように頭を下げてきました。

 ちなみに僕とニルヴィーさんとエリーシェさんは、神獣さんの背中をお借りしてます。

 ゾモンさんと護衛の方々は馬で並走という形ですね。

 馬車に比べれば素晴らしく快適ですし、なによりとてつもなく早い神獣さん。

 この分なら、あと三十分もすれば麓まで到着出来るでしょう。


「いえ、そんなことないですよ。前回も今回も、エリーシェさんが……」


 言いかけて、本当にそうだなと思いました。

 だってグローシェル騒動の時は、エリーシェさんがあの場に向かわなければ僕達も普通に逃げていたでしょうし、今回もエリーシェさんが神獣さんと話し始めなければ、僕達の行動も変わっていたことでしょう。

 そう考えると、彼女は本当に聖女様なのかもしれません。

 いや聖女様なんですけど……。


「あたひのはおになには~?」


 振り返ってエリーシェさんを見てみると、彼女は口いっぱいにエルフさんから貰ったお土産を頬張っている最中でした。

 もちっとした皮の中に、とろりと甘い果肉が入っている携帯食。

 それを一口で頬張り、満面の笑みなのです。


「エリーシェさんって凄いなぁと思いまして」


「ほんなほほ……んぐっ。そんなことないですよ~」


「あまりエリーシェを褒めないようにしたほうがいいですわよ? すぐに調子に乗りますから」


「ニルちゃんは酷いですね~。私がいつ調子に乗ったっていうんですか~?」


「と言ってる側から踏ん反り返り過ぎて落ちそうになってるじゃありませんのっ!?」


 落っこちそうになっていたエリーシェさんに、ニルヴィーさんが手を伸ばして慌ててキャッチ。

 こういうところを見ていると、副聖女とかいうシステムも先見の明があったのかもしれません。


 あ、そういえば副々聖女はちゃんとやれてるのでしょうか?

 適当な事を言って、ミリアシス教の方からバッシングとかされてませんかね?

 ……うぅ~、心配です。



 ……。



 とまぁそんな穏やかな旅路もそろそろ終着点。

 ラギュット山の麓まで辿り着いた僕達は、そこから徒歩で登山を開始しました。


 険しい山とは聞いていましたが、いざ辿り着いてみるとそこまででもありません。

 整備されているとは言い難いですが、一応山道らしきものがあるのです。

 というのも、この道はエルフさん達が山菜を採る為に使う道なのだそうです。

 当然地図には載ってませんし、本来の予定ルートとは違いますが、こちらのほうが圧倒的に快適でしょう。


「ん~っ! 空気が澄んでいて綺麗ですね~!」


「そうですわね。ここまでは町を覆っていた煙も流れてきていませんし、久しぶりに新鮮な空気を吸い込めた気がしますわ」


 久しぶりに森から出たということもあり、ゾモンさん達も開放感いっぱい。

 危険もなさそうなので、半ばピクニック気分で僕達は山を登っていきます。


 そんな空気が変わり始めたのは、七合目くらいまで登った頃でしょうか。

 色取り取りの花が咲き乱れる景色にも、澄み切った空気にも変化はないのですが、違うのです。

 上の方からピリピリとした圧迫感のようなものを感じ、思わず僕は足を止めていました。


「ディータ殿。これは……」


「えぇ。恐らく魔力。それも、とんでもない高純度です」


 歴戦の武人たるゾモンさんも変化に気付き、すぐさま顔を引き締めていました。

 しかしこんな魔力。

 明らかに常軌を逸しています。


「私は魔力と言われてもピンと来ませんけど……でもそうですわね。何か圧倒的な存在に、心臓を鷲掴みされているような。そんな恐ろしさを感じますわ」


「ん~、でもこれ。悪い感じじゃないですよね~? ならきっとミリアシス様なんじゃないですか~?」


 ただただ力に圧倒されていた僕達とは違い、エリーシェさんはその性質まで見極めているようです。

 これがミリアシス様の力。

 その存在はグーダンさんによって裏づけられていますし、であれば確かにそう考えるのが妥当かもしれません。


「なんにせよ、ここまで来て登らないという選択はないのですから。聖女様方の安全を確保しつつ、慎重に参りますぞ」


「そうですね」


 山道はあまり幅が広いわけではないので、先頭をゾモンさんと護衛の方が一人。

 その後ろにニルヴィーさんとエリーシェさんが着いて行き、後方から僕と護衛の方が二人という陣形で登っていきます。


 次第に減っていく口数。

 聞こえるのはジャリ、ジャリっと土を踏む音と、パリッ、パリッとエリーシェさんがお菓子を齧る音のみ。

 ……よくこの状況でお菓子食べれますね。


 重苦しいのかなんなのか分からない行軍も、やがて終着点。

 ついに山頂へと辿り着きました。


 山頂は、広々とした草原地帯。

 色々な花が咲き、中にはシフォンの名前のもとになった、シフォナレーゼの花もあるようです。

 ですが肝心の


「誰もいませんな」


「みたい……ですわね」


 ミリアシス様の姿は、どこにも見当たらなかったのです。


「でも圧迫感は確かにここから感じます」


「何か仕掛けのようなものがあるのかもしれません。少し調べてみましょうか」


 僕とゾモンさんは頷きあい、エリーシェさんとニルヴィーさんを護衛の方に任せて付近を探索することにしました。

 といっても本当に何も見当たらない草原。

 確かに強大な魔力は感じるのですが…………おや?


 何も無い空間に、ほんの僅かですが揺らぎのようなものが見えました。

 なんでしょうか?


 そう思って近付いてみると……


「……え?」


 一瞬にして、ガラッと景色が変わったのです。


 真っ白な空間。

 上下も左右も、どこまで続いているのか分からないほど、とにかく真っ白な空間でした。


 そしてすぐ目の前には、一人の女性が寝ていたのです。

 あ、これは凄まじく好意的な解釈ですよ?

 だって事前の状況を踏まえて、こんな不思議空間にいる女性とくれば、一人しか思い当たりませんから。

 間違っても失礼な言い回しは出来ないのです。


 まぁそれでもより正確に状況を説明しますと、真っ白いドレスのようなものを着た女性が、横向きに寝っ転がってます。

 肩肘を立てて枕変わりにし、パリポリとゴマ煎餅を齧り、たまにポリポリお尻を掻いてるのです。

 タイトルを付けるとしたら、無職の昼下がりとかそんな感じ。


 しばらく見ていると、ようやく僕の気配に気付いたのか。

 まるで背後に幽霊の気配を感じているように、女性はその体勢のまま、ゆっくりと振り返りました。


「……」


「……こんにちは」


 軽くご挨拶したのですが、残念ながらまた向こうを向いてしまいました。


「……」


 そのまましばしの静寂。

 と


「――っ!?」


 今度はバッと勢いよく振り向いてきたのです。

 その勢いたるや、まるで「だるまさんが転んだ」でもしているかのよう。

 まぁまた動けなくなったのは女性のほうでしたが。

 なので今一度、僕は声をかけてみることにしました。


「えっと……ミリアシス様?」


 その瞬間、パリッとゴマ煎餅が砕け散ったのでした。



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