59話 僕はミントさんの過去を知る
僕とグーダンさんは、町長さんと共にラギュット亭へと場所を変えました。
ちなみに外ではエリーシェさんが神獣さんに跨り、さっそく開墾を始めているみたいです。
う~ん……統一言語空間の圏外なんですけどね……。
なんで意志疎通出来ているんでしょうかあの聖女様。
「で、ガキっ! なんでてめぇが俺の娘の名を知ってやがるんだっ!?」
運ばれてきた料理にも手をつけず、グイッと身を乗り出してきているグーダンさん。
そんな彼に対して僕は、出会いからの一部始終を語って聞かせたのです。
すると初めは険しかったグーダンさんのお顔が、段々と柔らかいものになり、最後は薄っすら涙まで浮かべているようでした。
「そうか……そうかぁ……っ! ありがとよディータ。ミントは幸せなんだな?」
「そこまでは分かりませんけれど、でも毎日楽しそうにしていらっしゃいますよ」
それは間違いないでしょう。
脳裏に浮かぶのは、銀色のサイドテールをぴょこぴょこ跳ねさせ「よし来いっ!」と騒ぐ彼女の姿。
楽しそう……ですよね?
ズズッと鼻をすすり上げてからこちらに向き直ったグーダンさんに、もう敵意の色はありませんでした。
それどころか、まるで息子を見るような瞳で僕の肩に手を乗せたのです。
「分かった。俺も全部話してやる」
そうして始まったグーダンさんの昔話は、僕の中の『ミント感』を一変させるものでした。
というか、それ本当にミントさん?
まさかエルフ違いではと、そう思わずにはいられない内容だったのです。
事の起こりは今から六十年も前。
当時のミントさんは成態の姿であり、金色の髪を靡かせ真っ白の肌をもつ、生粋のエルフ種でした。
美男美女ばかりのエルフさん達の中でもその美貌は際立ち、しかしなんら気取った風はなく、誰であろうと分け隔てなく接する女神のような存在だったそうです。
……だったそうです。
これにはきっと、父親の娘贔屓的な誇張が入っているでしょう。
さて、そのミントさん。
彼女は当時からエルフの長だったグーダンさんの娘ということもあり、積極的に人間とも関わろうとしていました。
この島で唯一の町であるポーシーは、今ほどではないにしろやはり寂れており、細々と自給自足の生活をしていたそうです。
その原因も今と同じく、作物の不作。
昔からこの島では、あまり作物が育たないらしいのです。
ですが当時はまだ住民も多く、協力して畑を耕し、協力して漁を行い。
貧しいながらも日々を営んでいました。
しかしミントさんは、エルフの村では野菜がすくすく育つのを見ていました。
ではなぜエルフ村の畑と、人間達の畑でこうも違うのか。
それを調べ、要因が堆肥にあると突き止めたそうです。
その辺りは今もって研究者を名乗る彼女らしいですね。
ちなみに堆肥の原料はエルフさん達の排泄物なのですが、これが人のものとは全く異なるものでした。
そもそも数百年を生きる彼等なのですから、体内の仕組みも違うのでしょう。
さらにエルフさんは病気にも強いので、彼等の造り出す堆肥も病原菌などは発生せず、理想的なものだったそうなのです。
「あぁ、それでですか」
僕は妙に納得してしまいました。
エリーシェさんのお漏らし事件の時、人間用の手洗いとエルフ用の手洗いは分けられていると聞いていましたからね。
あれはただの種族差別ではなく、そういった事情があったのです。
と、話を戻しましょう。
とにかく畑を豊かにする方法を知ったミントさんは、さっそくその堆肥をポーシーの方々に分けることを提案しました。
初めは渋っていたグーダンさんも、森の中では手に入らない魚貝などと交換出来るということもあり、それに閉鎖的な島の中のこと。
協力して生きていくのも悪くないと、人間種との交流を持つようになったのです。
「平和だった。みなが笑顔だった。娘は俺達からも人間達からも愛され、いつまでもこの幸せが続くと思ってたんだ」
途端にギュッと唇を噛み、苦々しい顔になってしまったグーダンさん。
そこには怒りと、後悔と、どうしようもない悲しみが浮かんでいました。
「あれは月の綺麗な夜のことだった。月見がてらに散歩してた娘の絶叫が、突然村に木霊したんだ……。忘れねぇよ。あの声だけは今でも夢に見る」
何事かと駆けつけた彼等が見たのは、髪が銀色に染まり、真っ白だった肌が褐色に変わり果てたミントさんの姿でした。
彼女ははぁはぁと息を荒げ、上気した顔で座り込んでいたそうです。
「その瞬間、俺は村の男達を全員退避させた。もちろん信じられねぇって気持ちはあった。だがそれよりも、なんとしても村を守らなきゃならねぇって思ったんだ」
「ちょ、ちょっと待って下さい。それはどういう意味なんですか?」
「俺も見るのは始めてだったが、娘の姿はまごうことなくダークエルフ。それそのものだったってことだ」
ことだ、って言われも分からないんですが?
大体今だって彼女はダークエルフです。
別に危険とかないですよね? 若干取り扱い注意的な感じはしますけど。
しかし町長さんもゴクリと喉を鳴らしているところを見ると、僕が知らないだけでそれが恐ろしいことだと分かりました。
賢者の知識。当てになりません。
「魔族の中にゃサキュバスなんてのもいるが、ダークエルフに堕ちた女の破壊力はその比じゃねぇ。『種の破壊者』やら『男殺し』なんて言われてるぐらいだからな」
「私も聞いたことがあります。たった一人のダークエルフが、国一つを滅ぼした伝承なんかも残っているようです。男達は全員、至福の表情で干乾びていたのだとか」
ブルリと二人は震えていますが、やはりいまいち事態が飲み込めませんでした。
そういえば、昔サキュバスという魔族とは戦闘になったことがありますね。
勇者候補のディアトリさんが、魔法使いさんと僧侶さんに両側から捕まえられて、無理矢理引き剥がされていたことが思い起こされます。
それほど危険な魔物なのかとヘーゼルカお姉ちゃんに後ほど聞きましたが、「ディータにはまだ早い」と怒られたのでした。
きっと当時の僕程度では、たちうち出来ないほど恐ろしい魔物だったのでしょう。
「幸いなことに、娘にはまだ自我が残っていた。抑え切れないほど心を焦がす衝動を必死に堪え、ミントは「殺してくれ」と嘆願してきたんだ」
「なっ!?」
い、いや落ち着きましょう。
これは遥か昔の話。
ミントさんは、今も元気に生きているのですから。
「もちろんそんなことは出来ねぇ。心を鬼にして縛りあげることにはしたが、娘を殺すなんてこたぁ絶対に出来ねぇ相談だった」
そうして事態が収拾したのは二日後。
ミントさんは自らの身体を幼態に戻す呪いをかけることで、衝動とやらを極力抑えることに成功したそうです。
「だが娘がダークエルフに堕ちたって話は、どこからか人間どもにも広まっていた。まぁ当時は交流が盛んだったからな。口に蓋を出来ねぇのは人間もエルフも同じってことだろ」
その後は坂道を転がるようでした。
ポーシーの町からは人々が逃げ出し、エルフと見れば逃げるか追い回すようになり、結局エルフと人間の交流は断絶。
ミントさんが築き上げた平穏は、皮肉にも彼女の変身によって崩れ去ったのです。
「もう娘は危険なものじゃなくなってた。だがそんな説明をしても奴等は聞く耳持たず……。責任を感じた娘は、書置きを残して姿を消した」
きっとミントさんは、自分がいなくなればまた元のように戻ると思ったのでしょう。
ですがそうはならず、エルフさん達には虐げられた怒りが残り。ポーシーの人々にはダークエルフの恐怖が残り。
彼等の距離が近付くことは、二度となかったのです。
それからのミントさんのことは想像するしかありません。
姿を隠し、誰にも見られないようにし。
それでも普通のエルフに戻り、村に帰ることを夢見て、彼女は一人、研究し続けていたのでしょう。
途中でマルグリッタさんという方と知り合えたのは、きっと心の拠り所になった筈です。
しかしそこからも追われ、最後はあの寂しい森の中。
グーダンさんの話を聞けば、決してミントさんが孤独を好むような方ではないと分かります。
むしろ皆のことが好きで、皆で楽しく過ごすことが大好きな、そんな方なのです。
なのに誰にも会うことが出来ず、ずっと森の中に引き篭もっていた彼女。
初めて僕と出会い、ダークエルフだとバレても態度を変えなかった僕に対し、涙を零していたのはそういう事情だったのですね。
だから僕は、ミントさんの代わりに提案するのです。
「グーダンさん。ポーシーの町に堆肥を譲るという話。僕からもお願いします」
「……なんだと?」
「貴方も分かっている筈です。ミントさんは、今のような状況を望んではいないと。人とエルフが協力し、みんなが幸せになれる未来を求めていたのだと」
「……」
「それに彼女は今も、この島に帰るために魔法を研究し続けているのです。その願いが叶った時、人とエルフがいがみ合っているなどと知れば、どれだけ悲しむことか」
「……」
「お願いします! 是非ポーシーの方々と手を取り合って下さい!」
ぐぬぅっと唸り、悩み……。
最後にボサボサの金髪をガリガリっと掻き毟り、グーダンさんは
「仕方ねぇな! 婿殿の頼みだ!」
そう言ってくださったのです。
……婿殿?
まぁとにかく話は纏まり、エルフさん達とポーシーの方々の交流が再開することになりました。
晴々とした気分でラギュット亭を出ると、なぜか町の至るところにあるエリーシェ像。
出来栄えはさすがとしか言いようのない完成度ですが、恐らくこの町の総人口以上の数が立ち並ぶそれは、控えめに言って邪神像。
あとで必ず壊滅させると心に決め、僕達はエルフの村へ戻ることにしたのでした。




