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5話 僕は軽やかに誘拐されました

 翌日から、僕の猛特訓が始まりました。

 遊び人のスキルブックに記されていたスキルは全部試しました。

 けどそこに、お金を稼げるようなものはなかったのです。


 なら新しいスキルを見つけるしかありません。

 出来ることならお金を稼げるようなものか、戦闘で使えるものが望ましいでしょう。

 そうなれば僕を入れてくれるパーティーが見つかるかもしれないし、二人で暮らすだけのお金が稼げるかもしれませんから。


 宿屋のおばさんに事情を説明したところ、渋い顔はされたけれど二人分にしては安くしてもらえました。

 一ヶ月は無理でも、これなら三週間くらい猶予があります。

 その間になんとかしなきゃいけません。


 そういえば、女の子に名前をつけてあげました。

 聞いてみたけど自分の名前が分からないらしいから、それじゃあこれから大変だろうと、名前を付けることにしたのです。


 散々悩んだあげく、つけた名前は『シフォナレーゼ』

 山の方に咲いている、白くて可愛い小さな花の名前です。


 ちょっと安直過ぎるかなと女の子を見ると、初めはビックリして。

 でもそれから嬉しそうに「……シフォナレーゼ」と自分の名前を噛み締めていました。

 このぶんなら、たぶん大丈夫でしょう。

 もっとも普段呼ぶには少し長いから、「シフォン」と愛称で呼ぶことにしましたが。


 特訓を始めて三日目。

 今日もなんの成果もなく宿へ戻って休んでいると、お風呂上りのシフォンが裸のまま走ってきました。


「ちゃんと身体を拭いて、服を着てから出て来なさいって言いましたよね!?」


「……やぁ~!」


 出会いこそ奇抜だったけど、シフォンはすぐに心を許してくれたみたいです。

 まるで妹が出来たみたいで嬉しいけど、甘え過ぎられてちょっと戸惑ってしまいます。


 パサッとシフォンの身体を包むようにタオルを広げ、長い髪の毛をワシャワシャ拭いてやると、気持ち良さそうにシフォンの目尻がとろんと垂れました。

 どうやら彼女はこうされることがお気に入りみたいで、お風呂から上がるといつもビショビショのまま出てきてしまうのです。

 風邪をひいたら大変だから駄目って言ってるのに、一向に言うことを聞いてくれません。

 子供を育てる親っていうのは、本当に大変なんだなって思います。


「はい、ちゃんと拭けましたよ。お着替えは自分で出来ますよね?」


「……ん」


 終ってしまったことが名残惜しいのか、シフォンはちょっと不満げです。

 でも素直に着替えてくれるから、やっぱり良い子なんだと思います。


 着替える彼女を見ながら、僕の心は焦り始めていました。

 最初に現れた時に着ていたワンピース。それ以外にもう二着ほど普段着を買ったけど、とても足りてるとは思えません。

 けど着替えの服に回すお金も余裕がないから、早くなんとかしなきゃいけないでしょう。

 

 一向に覚える気配のない新スキル。

 予想以上に早く失われていくお金。

 焦りばかりが募っていくのでした。



 ……。



 翌朝。

 今日も僕達二人は、特訓のために河原までやって来ていました。


 偉そうに特訓なんて言っているけど、何をすればいいのか正直分かっていないのが実情。

 だって新しいスキルを探すって、まるで雲を掴むような話なのですから。


 遊び人という職業柄、きっと遊びに関係したことだろうという予測はあります。

 けど幼い頃から修行に明け暮れていた僕は、遊ぶということが良く分かっていないのです。

 第一魔物が跋扈するこの世界。

 親を手伝いもせずに遊んでいるような子供は、あまりいません。

 それこそ賢者を目指している遊び人くらいのものでしょうね。


 だからまず、特訓は遊びを発明するところから始まりました。


 河原で石や木の枝を拾い集め、何か遊ぶことが出来ないかと考えてみます。

 枝で石を突いてみたり、石と石をぶつけてみたり。


 う~ん……。

 全然楽しくありません。

 これじゃあ遊びなんて呼べないでしょう。

 枝で地面にお絵かきしているシフォンの方が、よっぽど遊んでいるように見えてしまいます。


 あ、そうだ。

 シフォンなら、何か遊びを知っているんじゃないでしょうか?


「ねぇシフォン。僕と一緒に出来る遊びを知りませんか?」


「……知ってる」


 訊ねてみると大正解。

 パンパンッと手を叩いて砂を払い、立ち上がったシフォンが僕のもとまで駆けて来ました。


「……あっち向いてホイ。する?」


「あっち向いてホイ?」


 聞いたことのない遊びです。

 どんなものかシフォンに説明してもらい、ようやくその概要を掴むことが出来ました。


 なるほど。

 まずジャンケンというもので勝者と敗者を決め、勝者が上下左右のどちらかを指差す。

 敗者は指された方以外を向いて、その攻撃をかわすという遊びですか。

 なんか遊びっていうより勝負だけど、ものは試しです。


「よし、やってみましょう!」


 こうして、僕達のあっち向いてホイ対決が始まりました。


「じゃ~んけ~ん」


「ぽんっ!」


 勝者は僕。

 続けて人差し指で向きを指定します。

 う~ん。

 まずは左にしましょうか。


「あっち向いて~」


「ホイッ!」


 ビッと僕の人差し指が左を向きました。

 それに合わせて、シフォンが左。彼女から見たら右を向きます。

 つまり、この勝負は僕の勝ちってことです。


 これだけなら普通の遊びっぽいのですが――


 ふわぁっ!?


 普通じゃないことがすぐに起こってしまいました。

 シフォンの身体がフワリと浮き上がり、そのまま左方向へ飛んでいってしまったのです。


 慌ててダッシュです。

 幸いなことにフワッと飛んだだけだったから、なんとか小さな身体をキャッチすることが出来ました。

 良かった。怪我をさせずに済んで。


 でも、今のはなんだったのでしょう?

 まさかただの遊びで、人の身体が浮くなんてことがあるわけありません。


 ていうことは……スキルでしょうか?

 そういえば、ちょっと魔力を使った気がします。

 なら間違いないですっ!

 あっち向いてホイは、遊び人スキルだったのです!


「あ、ありがとうシフォン! おかげで新スキルが手に入ったかもしれません!」


「……んっ!」


 使用用途がさっぱりですけど、とにかく一歩前進。

 それが嬉しくて、僕はシフォンの頭を撫でてあげます。

 目を細めて嬉しそうに見上げるシフォンは、とても可愛いですね。

 なんだか本当に、兄妹になったみたいです。


「楽しそうなことをしてるわね。私も一緒に混ぜてくれない?」


 シフォンを撫でていると、不意に後ろから声をかけられました。

 ん? と思って振り返ると、そこには見たことのない綺麗な衣装を纏った女の子がいます。


 歳は僕と同じくらいか少し上でしょうか。

 ウェーブのかかった金色の髪が、キラキラと太陽に反射してとても眩しいです。

 瞳は薄いブルーで、まるで宝石みたいですね。

 誰でしょう?


「いいですけど君は?」


「いいのね?」


 女の子が、グイッと嬉しそうに顔を寄せてきました。

 なんだか凄い圧力です。

 というか、どこの誰なのか教えて欲し――


「さぁ、そうと決まれば行きましょう!」


 困惑している間にも、あれよあれよと話が進んでしまいます。

 なんなのでしょうこの子は。強引にも程があります。


 シフォンとはぐれないように慌てて手を掴むけど、そのままグイグイ背中を押され、気付いたら馬車の中。

 やけに高そうな装飾を施した馬車の中で、僕とシフォンは女の子の前の席にチョコンと座らされてしまっていました。


「え、えぇっと……。これはどこへ行くのでしょうか?」


 窓の外で、景色が流れていきます。

 速度的に、途中下車は認められていないのでしょう。

 強制連行です。


 どこかへ連れ去られてしまうのは間違いないから、不安がむくむくしてきました。

 思わずギュッとシフォンの手を握りしめると、同じくギュッと握り返されます。

 彼女も不安なのでしょうか?

 そう思って横をみたけど、あまり不安は感じてなさそうですね。

 いつもと同じく、どこかポケーッとしています。


「決まっているでしょう? お家へ帰るのよ」


 どことなく上機嫌な女の子が、さも当たり前といった感じで答えてくれました。

 全然当たり前じゃないですけどね?


 いきなり見知らぬ人に馬車へ押し込められて連れ去れる不安。

 少しでも君に届け!


 そんな眼力を込めて女の子を見ると、逆に不思議そうな顔をされてしまいます。


「私が誰かご存知ない?」


「ご存知ないです」


 外の景色はいつの間にか城下町を突き抜け……突き抜け!?

 白を基調とした立派なお城が見えてきているんですけどっ!?


「ナティルリア・ベラ・ポードランよ? この国の王女を知らないなんて可笑しな子ね」


 ……え?

 王女様?


 まずいです。

 死刑です。

 常識知らずの僕なんて、あっという間に粗相&死刑のコンボが華麗に決まるのです。


『王族には近付いちゃ駄目よ? 私達平民とは違うルールで生きているから、機嫌を損ねただけですぐ死刑にされちゃうんですからね』


 養母(おばさん)の教えが、頭の中でリフレイン。

 でもそうなら、河原で遊ぶと王族に捕まることも教えて欲しかったです……。


 混乱の極地に達した僕をよそに、馬車は無情にも、お城の正門を潜り抜けてしまっていたのでした。


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